一章 第九話 強さと暴力
◆ 一章 第九話 ◆
騎士とは強さ。騎士とは誇り。騎士とは栄光の先に立つ者。1000年に渡る騒乱を切り抜けてきた彼らは、人々にとっても文字通り最強の剣であり、最高の盾なのだ。
そんな強者を体現する者達の中にも、さらなる上位者が存在する。『極彩の騎士』王より直接賜う、階級よりも優先される称号。
騎士において部隊長格以上に上り詰めた者に送られる鉄鎖。騎士にすら納まらぬ武功を遂げた者に授ける青銅。国単位へ影響を及ぼすほどの大成を成した者へ賛辞と共に捧げられる白銀。そして言葉ですら表せぬ武功を上げた者へと王の畏怖を形とした黄金。
最強と呼ばれる彼らの中でなお特別、いや異端と崇められる者達。
100年に一人がいるかどうかと呼ばれる最高位の黄金騎士。まさしく英雄の中の英雄。それが今代の騎士団には三人もの男がその名を連なる。
『勇者』ラング・フォルステイン
『光の剣聖』第六騎士団団長マックス・バイナス
そして『黄金の螺旋』第一騎士団団長ギーン・ウォール
騎士団を代表し、国をも動かしうる彼らは、友愛と尊敬。そしてどこまでも深い憎悪で結ばれていた。
「我が得る筈であった物を貴様らは二つも奪い取ったのだ。その罪を絶望の中で嘆き苦しみ、そして死で償うがいい」
魔王領との国境線には強固な砦が数多く建設されている。しかし二年前までその内にソーンの姿はなかった。
かつて『巨人の塔』と恐れられた、鬼族の集う巨塔が存在した。鬼族は人と同じような姿形をしてはいるもののその体は3
メートル、大きな者だと6メートルに達した。頭や体に尖った突起物を生やしており、その数が多いほどイドの保有量が多いと言われ、強さの象徴ともいえる。肌は黒、もしくは赤黒く、それが見る者に更なる重量感を与えていた。
彼らは魔族の中においても凶暴で、人間との戦いにも非常に好戦的であった。戦乱の剣戟がなりやんでいた今の世に置いても、彼らは度々タンバ王国侵入を試み、騎士団と衝突していた。それでも規模そのものは小さい物で済んでいた。
ある時鬼族の長が倒れることで世代交代が起こった。そこまで人間との戦争を全面的には支持していなかった長の次に任命された最も強い鬼は、極度の戦闘凶の若い鬼だった。彼は長へと成り上がったその場で言い放った。
「人間など下等で貧弱な一族! 腰抜けの魔王に代わり我ら鬼族が奴らの喉を引き裂き、奴らの王の首を引き抜いてくれようぞ!」
年老いた老人達が止めるなか、血気盛んな若い鬼達を引き連れて山奥にあった鬼の里から飛び出した。そして巨人の塔へと約300体の巨体が集結し、戦の準備を完了させた。湧き踊る血肉を雄叫びへと変えてタンバ王国を蹂躙すべく出陣しよう塔の門を開け放ったその前に、二人の人族と思われる男が立ち塞がっていた。
「なにものだ貴様ら!?」
いくら出陣前で警戒が緩んでいたとはいえ、ここは巨人の塔。鬼族にとっての砦なのだ。その警戒網を潜り抜けて彼らは数多の鬼族の眼前に迫ったのだ。
「……オレらはお願いがしたくてここまで来たんだ」
その言葉を聞いた鬼族は全員が顔を合わせ、奇怪な者を見るような目線を彼らに向けていた。
「この進軍をやめてもらいたいんだ」
「!? 貴様なぜそれを知っている!」
里を出て一週間ほどで準備を終え、他の種族ともあまり関わらないままここまできた。魔族でさえ鬼族の動向を知ったとし
ても、まさかタンバ王国へと進軍するなど想像することすら難しいはず。それなのに目の前の人族はその情報を知り得ていた。
「いや、それはどうでもいいだろう? やめるか、やめないか。それを答えてほしいんだ」
「……この俺がやめるなどと言うとでも思うか?」
「言わない……だろうね」
彼らの望みは金でも地位でも栄光でもない。戦いそのものが目的なのだ。いかな代案を提示したところでその歩を止めることなどできないだろう。
「人の世に責めていってもらうのは困る。……だからオレらが代わりに戦おう」
突然の出来事に警戒を深めていた鬼の兵たちは一瞬呆気にとられると豪快に笑い出した。
「ヌハハハハハハハ、言うに事欠いて代わりに戦うだと!? 面白すぎるぞその冗談は! 我らが望むは壮絶なる戦乱よ! 闘争よ! 人にしてはそれなりの強さを持つあの騎士とやらを蹂躙し踏み潰してこそ満足を得るというものだ」
笑いと侮蔑の声が響きわたるその場に一人の男マックス・バイナスの溜息が漏れ出る。
「聞いてた通りにアホなんだな。戦うことは苦しい事で、闘うことは怖いものだって事を忘れてるのか……」
「最初から力を持ってるやつってのはだいたいこんなもんさ」
剣を肩に乗せてユウマ・カミザキが笑う。
自分たちの行動理由そのものを馬鹿にしたその言葉に、鬼達の殺気が走る。
「言ったな人間。その言葉の代償は高くつくぞ」
「フン、ありがたく思ってもらおうかな。井の中の蛙に大海を教えてやるよ」
言い終わると決戦は始まった。鬼達は微塵も負ける気などない。例え一対一で戦ったとしても10倍以上の身体能力を誇る鬼に人が勝てるはずがない。それが彼ら全員の共通認識だった。
彼らの長が群れから飛び出し、手にもった巨大な鉈を振りおろせばそれで勝負は終わると誰もが思っていた。しかしその一振りをマックスは躱し、その動作のまま刃を長へと返した。さすがに一度では倒せなかったものの、その攻撃にたたらを踏んだ長を見て他の鬼たちは一斉にマックス達へと殺到した。
「そう、それだそれ。侮ってる所を不意打ちで倒しても仕方ないからね。全力全開でかかってこいよ問題児」
その後の光景は人を脅かし続けてきた鬼達に忘れられない悪夢として刻まれた。どれだけ攻撃しても躱され切られ、当たったと思ったら相手の武器で軌道を反らされ体勢を崩される。数で押し込もうとすればどこからともなく矢と法術と思われる攻撃が飛んでくる。しかも誰一人としてそれを放った張本人を発見することすら出来ていない。
かすり傷すら付けられず、動けなくなった者が数の3割を超えた時、勝利を疑いもしていなかった彼らの中に負けるという言葉が心に沸き上がりだした。しかし闘争こそを喜びとしてきた彼らはその考えを振り払い、マックスとその横で歓喜の表情で暴れるユウマへと向かっていく。
しかしどれだけ懸命に武器を振るおうと虚しく空を切り。どれだけ必死に勝機を探っても次から次に見せられる理解不能な技と状況に、その欠片すら掴む事ができない。悪夢に相応しいそれは、倒れる者が5割を超えたとき絶望に変わった。倒れてはいる。だが全員に息があったのだ。つまりそれは殺さないように手加減をされている。もはや勝てる気すらしていない目の前の人間は、いまだ全力を出さずに戦っているという現実を認めざるおえなかった時、鬼達はその動きを止めてしまう。
「貴様! この俺達に情けをかける気か!」
一番最初の攻防でマックスに斬られた鬼族の長がすでに戦うことをやめてしまった一団からマックスの前に乗り出す。止めようとしていた側近を跳ね除け全身に力を注ぐ。
魔族で法術を使うものは少ない。その理由は簡単で、種族によって魔族は生まれた時より特殊な力を行使することができる。火を吐いたり、氷を出したりなどまるで法術を使ったような力を苦も無く使ってみせるのだ。いうなればまるで手や足を動かすかの如くである。同じような力を同じように作用する法術をわざわざ使わないのは当然だろう。そんな労力を使うならば自分のもつ力を磨きあげるほうが余程有意義だといえよう。
鬼族の力は身体操作。個人の得手不得手はあるものの、体に関することならばほとんどの事をイドを巡らせ操作できる強力な能力だ。その力を使用した鬼族の長は巨躯をさらに膨らませ、元の顔がわからないほど顔を怒りに染めて再びマックスへと鉈を振り下ろす。
しかし当たらない。その場にいた全てが攻撃を避けた姿すら認識できないでいた。
「まだ心が折れないのは褒めてあげたいところだけど、今日はそうもいかないんだよね」
この日初めてマックスは構えてみせ、本気の殺気を放つ。その気に当てられたモノたちは絶対に逃れられない死を予感した。次の瞬間にマックスの姿は消え失せ、長の首が空中に舞った。
ように見えた。
「ハッ!?」
自分の首が飛ばされたと認識した長が首元に手を添える。しかしそこにはちゃんと首があった。マックスの殺気とその動作に死を体感した長は全身から汗を噴き出し、その場に膝から崩れ落ちた。
「こんな事が楽しい? これは喜び? ふざけたことを抜かすなよ鬼ども。意味も価値も明日も生み出さないこれは力じゃない。単なる暴力。こんな虫にも劣ることするためにオレらの命が|継≪つなが≫ってるわけじゃない」
こうして起こる前から鬼族の戦争は終戦してしまった。一応ながら停戦を結んでいた魔族側から約を破った賠償として『巨人の塔』を受け取り、それらが改築された結果タンバ王国で最新の街ソーンが生まれる事になる。その結果、マックス、ユウマ、見つからないように援護していたオリガとシーリン。そして出番がなかったヨウコはその功績を称えられ騎士になる事にもつながっていく。
ソーンの外壁の上でジョージ・マッケロイドは苦い顔をして一枚の紙に目を向けていた。首都からマックスの連絡を受けてジョージは自信のギフト『フォアスケッチブック』を使用した。生涯でフォアスケッチブックの本当の力をマックスとヨウコにしか教えなかった世界最高峰の諜報能力。その力を使ってギーンが魔王に送った書状の内容を確かめていたのだ。
「いけすかぬとは思っておったがここまで下衆だったとはな」
その内容は至極簡単。ラングのありとあらゆる情報を載せ、おまけに現在どこにいるのかも記載したものだった。それは確かに細かく情報を渡し過ぎだと思われるが、マックスが賢人会で作成してもらう書状と比べても僅かな違いだった。問題はそこではなく出した時期だ。実は魔王の就任は前魔王崩御から一週間で決まっており、魔王からの要求はすぐさま人の元に送られていた。その話をギーンはその手で止めていたのだ。つまりギーンが返答してからすでにかなりの時が経っている事実だった。もちろん証拠はない。あらゆる情報の断片と断片を繋ぎ合わせてやっとたどりついた憶測でしかない。しかしジョージの
眼前に迫る光景がそれを明確に証明していた。
「優秀なアホはやっかい極まりないの」
荒れた大きな岩肌がそこかしこに転がる街道。遠目に見える丘も草木がない岩山で、そんな灰色に染まっていたソーンの外壁からの風景は今、目に痛い配色をした道化の集団が|跋扈≪ばっこ≫していた。踊り歌う道化の集団から一際大きく名が細い一体が前に出る。
「みなみなさまごきげんよう」
身の丈3メートルほどの大きさ、いや長さと言った方がいいだろうか、その身長に対して異様に長い4本の腕。赤い生地に黄色と青の幾何学模様を彩らせた派手な衣装。だがなぜか帽子は白いシルクハットなアンバランスさ。そして仮面のようにしか見えない無機質な顔面が異質さを際立たせていた。
どんな方法を使ったのか、いまだその距離100を切ったところに止まった彼の言葉はソーン外壁に配置された兵たち全員の耳に届いていた。
「ワタクシめは鎧族が長、ドノバン・ドノバンともうしますでございましまする。此度はワレらがサーカス団一同がみなみなさまに楽しんでいただくために参りマイリました。どうかこの一興にお付き合いくだいませセ」
シルクハットを脱いだ丁寧なお辞儀から、口調は丁寧にしかし動きは神経を逆なでするようなジェスチャーを加えながら飄々と語るドノバン。
「そして! もしもモシモご満足いただけたならば! その報酬として勇者が首をこの帽子の中へといれていただきたい!」
両手を挙げて高らかに宣誓し、帽子を前に出して笑顔を見せるドノバン。
高さ20メートルに及ぶソーンの外壁からジョージが飛び出す。法術を併用しての跳躍はたった一度でドノバンまでの距離を30メートルまで縮めてみせた。
「その宣誓を受けよう。だがわしらを満足させるにはおぬしの稚戯ではちと物足らんとおもうがな」
「……それでは始めましょう。狂気と驚異の一台舞台を!」
ドノバンが肌に響くほど大きく指を鳴らすと、さらに後方の岩が隆起し、その形を変えながら呻きをあげて立ち上がっていく。その様をみてジョージも砦へと踵を返す。
「一番手からして面倒なやつがきたものだの」
岩の巨人と岩の獣たちの咆哮がソーン全体を包み込んだ。
停戦協定よりちょうど100年目、ついにその幕は切って落とされた。
やっと戦争はじまった。戦記のはずなのに遅いよなにやってんの!?