プロローグ:終わりで始まりで
◆ 序章 始まりで終わりで◆
アナグラム【anagram】
つづり字の位置を変えて、別の語句をつくること。
また、その遊び。「evil(悪)」が「live(生きる)」になるなど。字なぞ遊び。
世界は二分する。一つは人間界。様々な国と文化を持ち、法術と精霊たちより発展を繰り返してきた。
一つは魔界。悪魔、魔獣、魔人。魔に属する者達が『魔王』という絶対的強者の元に統治されていた。
人と魔は争い続けている。時に何万という命が消える戦争を。時に伝説と呼ばれる強者達の戦いを…何千年という間繰り返す。
若草が揺れ触れ合う音が日々の実りを知らせ、緑香る心地よい風が頬を撫で、草原から町へとその息吹は流れていく。
その風の流れる工房都市フラスカは外に広がる草原の穏やかさとはうって変わり、今日も鉄を叩く音を街のあちこちで血気盛んに響かせていた。
働き者の街と称されるその中で、卵をそのまま飲み込めるほどの大口を空けて欠伸をかく、若き衛兵が東門の上にいた。
「ふぁ~あ、暇だなぁ、なにかおもしろいことないかなバージ」
両手をあげて背筋を伸ばしながら、のらりくらりと喋る青年。
「確かに暇だな。じゃあ面白い話をひとつしようかラング。つい先日周辺警備を任された衛兵がなんと仕事中に本を読んでさぼってて、しかも衛兵隊長に見付かってこっぴどく怒られたらしいぜ」
「おお! そいつはなかなかのマヌケだな」
再び片手に持っていた本に目をやりながら喜ぶラング。
「じゃあっ! なんでっ! 本の数増えてる上にイスまで持参してんだよ! ていうか怒られたのお前だろラング!」
椅子はゆったり後ろに倒れる仕様。本はパッと見ただけでは何冊か分からないほど右に左に積み上げられていた。
「バージだってさっき言ったろ、暇だって。なら本でも読んでたほうがよほど有意義な時間の使い方と思うわけだ」
「いやいやなにかあったらまずいだろやっぱり」
言い合う二人の青年はフラスカ守衛隊に戦闘兵士の一兵として所属している。そして現在門番及び観測兵の任務の真っ最中なのだ、まずくないはずがない。
「それにここフラスカは首都についでこの国で人口第二位。武器工房で有名で武器の豊富さなら首都にだって勝ってるって話だ。おまけにこの目の前に広がる平原と頑丈な城壁。魔王軍の将軍だって攻めるのに躊躇するほど鉄壁だ。だから"なにか"なんておきないさ。さぼってたって大丈夫大丈夫」
フラスカはその街並み四方を平原が囲み、町その物は小高い丘を切り開いて作られており、外壁にそって緩やかな坂を作り出している。あまりに攻めずらく守りに適した地の利。そして最新鋭の武器と備蓄は歴史において500年以上もの間、この街は魔王軍に"敗北"の二文字を送り続けた。
「それに人生を巧く効率よく過ごす秘訣は"余裕を持つ"だよ、バージ君」
話していても顔を向けず本を読んだままのラングだが、確実に今どうだって顔なんだろうなとバージは思う。
「まあ……それも……そうかぁ?」
正論のようでまったく筋の通らない丸め込みに困惑しながらうなずくバージ。
まったく純粋な男だなと思うサボリ魔の衛兵ラング・フォルステイン。通常ならば衛兵の鎧に全身を包まれているところだが、有事の際以外は兜は脱ぎ、上半身も厚手のシャツを一枚着ているだけで武器さえも壁に立て掛けていた。正規兵としては下半身のみがその様相を保っている有様だ。
一方真面目に任務をこなすバージ・ナウラ。鉄の鎧を全身に装着し右手に槍を持ち、ラングとは対照的に姿勢正しく門の上に立っていた。
鉄の鎧と言ってもその鉄で覆われた部分は全身の半分ほどになっている。彼らは数多くいる兵の中でも軽装兵にあたり、速さと行動範囲の広さを重視されている。
「よしよし納得したなら我が友にも実りある時間をプレゼントしようじゃあないか」
ちょっと芝居じみたわざとらしさで紙袋を手渡すラング。
「なんだ、本なら俺はそんなに興味ないぞ。ていうか眠くなるし」
「内容がピンク色の艶かしいものだったとしても?」
瞬間ラングの手から紙袋を掠め取るバージ。
「君も好きだね、むっつりめ」
ふふふ、クククと互いに微笑する。
「お、おれも男の子ですから」
(ほんとこっち系の本は懐柔するとき効果絶大で助かるな、おれはあんまり興味ないんだけどね。)
「そういや一昨日の実践訓練はどうだったんだ?」
「良い悪いでいうなら悪いだったよ。一対一ならともかく集団戦闘の実践形式での演習なんて初めてだったからあたふたしちゃって、そのまま良いとこ無しで終わっちゃったよ。」
僅か口を尖らせて少し不機嫌に演習での一部始終を語るバージ。新米であるバージがラングに戦闘に関しての相談をするのはよくある光景だった。なぜなら同じ年の同じ下級兵であるのにも関わらずラングは危険な街道を行く護衛団の隊長を勤めたことがあり、実戦経験もそれなりに積んでいるのだ。
下っ端も下っ端な兵としては有り得ない待遇、扱いだ。
事の始まりは三年前。まだラングが守衛騎士団に入団したてのころ、集団戦闘の演習にてラングを試しに隊長役を任せたことにあった。それは筆記試験での成績の良かった者に対し、知識で知っているのと、現実の戦闘は違うということを身を持って知ってもらう。そういう建前の先輩たちによる新兵たちへの熱い洗礼式だったのだ。
演習はいくつかのの障害物を設置した訓練所で10体10で行われる。刃の部分を取り除いた剣と槍、そして投手空拳の使用のみで相手を無力化させるのだ。致命的な一撃と判定された者はその場で退場とし最後まで残った方、もしくは5分間の制限時間までに人数の多かった方の勝利となる。
これを聞き味方の面子と敵側の面子を見比べたラングは、こちらの鼻っ柱を折るという先輩方の意図にすぐさま気付いた。
「なるほどなるほど。確かにこれは経験値が物をいうなー。でもさっ、別に思い知るのは俺たちじゃなくても―――いいよね。」
綺麗だと評判の赤い短髪の青年。その攻撃的な髪型とは対象的に彼の表情は常に緩い。人によればお人好しやら昼行灯などに見える。そんなのほほんとした印象を周りに与えていた彼の口からは考えられない、挑戦的な言葉が飛び出した。
緊張と不安に体をこわばらしていた新兵はその言葉に思考までもが固まり、ラングだけが口の端を片方だけ上げ、悪そうに微笑んでいた。
結果、最後の一人にラングだけが立っているという辛勝だったものの、勝利を納めるものとなる。
集団戦においては戦術と連携こそがその真価を発揮する。ただ単に戦う同じ実力の10人がそれを駆使する者達に、たとえ100回戦ったとしても一度も勝てないだろう決定的な差が生まれる。
それを実践してきた熟練兵と、なんの経験もない新兵では勝目などないはずだった。
始まるまで弱気だった新兵達に指示したことは至極単純。開始10秒たったら相手のいるだろう反対側まで全力で走れというものだった。あと二人一組で一人を狙っていくことと、やられることは気にしない事。それで多分半分から7人まではどうにかなるはずだ、といったものだった。
勝負にすらならずに無様に負けると萎縮していた新兵達は、先輩に一矢報いる事ができるかもと士気を取り戻した。
こうすることにより戦術を駆使される前に勝負に乱戦に持ち込ませ、10人では難しくても二人ならば連携もなんとか形になる。そして恐怖感も10人ではなく一人づつを倒す事専念させれば今までの訓練とも大差ないことだった。
ラングの予想通り一方的な展開になると思い込んでいた敵兵達は不意を付かれる形となった。法術も陣形も整える暇も無く新兵は次々に襲い掛かっていった。
それなりの成果は出たものの、やはり実力の開きが元から大きい両者。奇襲を成功させても7人を倒した所で新兵達は制圧されてしまった。
「玉砕覚悟とは、新人にしては良い度胸してるじゃないか。」
息を荒らげて強打にうずくまる新兵の頭をコンコンと剣でつつく部隊長。
「そりゃどうも。」
その返答は後方から返された。
もはや勝負は決し、そこにいるはずもない4人目の声に残った3人は一斉に振り向いた。
しかし振り向く前に槍を持った一人が倒される。すでに戦闘の終わりを確信して剣を鞘に収めてしまった一人はその剣を抜く動作の内にうち負かされてしまった。
「やってくれる。流石は団長の息子といったところか」
先輩側の部隊の隊長は慌てることなく数歩後退し、構えを取り直していた。それに対しラングも剣を上段に構えて向かい合った。
「さあ最後だ。その剣技の程を見せてもらおうか。」
正面に構えた隊長に対して、全力で踏み込む新参兵。約10歩の距離を瞬く間に埋める見事な踏み込みだったが、そ隊長へとの距離を半分埋めたあたりで剣を振りかざそうとしていた。明らかに届かぬ距離での動き出しに一瞬戸惑った隊長の目の前に次の瞬間、その剣は迫っていた。
有り得ない現象ではあったが端から見ればなんのことはない。ラングは振りかぶったその剣を、腕と手首のしなりを生かして投げたのだ。
顔面に飛来した剣先にはっとさせられたものの、そこは熟練者。体に触れる前に自らの剣で叩き落とす。だが安堵の間もなくその腕をラングが掴んでいた。
「すんません」
なぜ謝るのかとの疑問を浮かべる前に、視線が宙に舞っていた。両腕を取ったラングは隊長の足を掛け、後ろへと倒したのだ。その衝撃を受けて隊長はその意識を失った。
屈強な戦士がそれくらいで、という疑問もあるだろう。しかしこの時両者は、鎧を着込んでおり、その重さは一人20キログラムを超え。さらにラングもその全体重をかけて倒れ込んだのだ。その総重量は180キロを上回り、その威力を受身もなく背面に受ければ、全身の機能で動かせるもののほうが少なくなるのは道理なのだ。
こうして史上初めて新人への洗礼式は、勝敗を逆転する結果となる。
縦社会のきらいの強い兵隊稼業でこんなだいそれた事をすれば、陰険な嫌がらせや報復訓練などが目白押しになるものだが、ラングのとある事情によりこの出来事は絶賛された。
こうして実力というか状況対応能力の高さを証明したラングは、護衛任務に時折使われているのだ。といっても筆記成績優秀で実戦もこなすラングは出世に困る事はないはずだが本人にその気が無く、サボり続けるせいでその能力を無駄遣いさせないためというほうが、理由としては大きいかもしれない。
「まあさっきも言ったけどさ、余裕ってマジで大事だぜ。戦闘だって同じだ。コップに余裕が無くて、予想外の物が入ってくれば、なにかが溢れちゃうのは必然さ」
「うーん。わかったようなわかんないような」
「言われて直ぐできるようなもんでもないかっ」
ハハッと笑って再び本にラングは没頭していった。
街の中心にある大聖堂から鐘の音が響く。それに呼応して次々に街中にある鐘が鳴り響き、全ての人に等しく時を告げ出した。
「おっと昼の鐘だ」
ラングは読みかけの本に栞を挟み、座っていた椅子を片付けていた。その最中、一瞬気配を感じた後に大きな影がラングめがけて飛び込んできた。
「ニイサマァァァー!」
不安定な状態ながら、いきよい良く飛んできた少女を受け止めるも、そのまま後ろに倒れこんでしまい積んであった本も無残に空中へと飛び出してしまう。
端から見れば完全な攻撃技だ。いかに軽装の兵とはいえ受身も取れぬ背面打ちはたまったものではなかった。
カハァと小さく声を漏らしてラングは激痛に耐えている。
「お弁当持ってきたよ! 褒めて褒めて!」
さわやかな青い服にかわいくフリルあしらった服を纏い。下は膝上までのズボンを。そして肩に届かない程の髪の長さと合わさって少し中性的なイメージをもたせる活発な少女は、まるで子犬が尻尾を振っているような目線と表情でラングに攻め入っている。
「ルーティー……その前にどいて。」
「あぁ! ゴ――ゴメンナサイ」
ルーティーは6歳離れたラングの実の妹で、昔から兄にべったりであり『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』という幼児にみられる現象を、今だ爆進中。強烈な一撃のもとに倒されたラングは、さすが兄といったところなのか。痛そうな素振りを極力見せないよう我慢し立ち上がる。
それを隣で見ていた友人は笑いをこらえて肩を震わしている。
「ハァハァハァ。ルーティーかけっことか言い出すのはいいけど――ハァハァ、おいてきぼりとか――ひでいですよ。それにこんなに階段が長いなんて……」
石段を登りきり目線を向ける余裕もなく息を切らしながら愚痴をいうもう一人の妹、ルーティーの双子のリーン。膝まで届くだろう髪は長く、スカートも足元まであり、白と黄色でまとめられた服は全身にフリルがちりばめられ妹のルーティーとはまた違った『かわいさ』を纏っていた。
「おっ今日は黄色の方も来てるんだな」
バージは少し驚いていた。昼の鐘がなる頃にルーティーが弁当を持ってきてくれる風景はこの隊にとっては慣れ親しんだ日常だが姉のリーンが直接持ってくるのは珍しいことだった。
「ルーティー、リーン二人ともありがとな」
「ヤッター褒められたぁー」
「フ、フンッ!! もうちょっとリーンに感謝してもいいんですよ。いえするべきです」
口で文句を言う少女の顔はどう見ても喜びの表情でいっぱいだ。
「お、今日は三人分の弁当があるってことは」
「今日はお父様にここで食べていいってちゃんと許してもらって来たんだよ」
目には見えていない尻尾をルーティーが再び振り出した。
同日の朝。
大きな家が立ち並ぶ富裕。、華やかな外装や、派手な趣向を凝らしたイミテーションを前面に主張した家々が立ち並ぶ。
そんな中、他と違い一軒だけ余計なものと言わんばかりに装飾を省いた家があった。門構えだけは立派で見た目からしてこの家の主は誠実さと気骨さを持った人柄が伺える。そんなある意味分かりやすい家があった。しかし外見とは裏腹に、早朝から道に聞こえるほどの騒がしく姦しい声が響いていた。
「お願いお父様! 今日は……今日は学校休みだからニイサマと一緒に城壁の上で食べてもいいよね! いいよね!」
ラングと双子の父であるラスカ・フォルステイン。家の見た目通り厳格で生真面目だ。だがそういった手合いにありがちな、視点の狭さという欠点は持たず、柔軟な姿勢をも持つこの街の守衛騎士団最高責任者である。だれからも尊敬の念を持たれ、欠点らしい欠点を持たぬまさに理想的模範者だ。かつては優男だのもやしだのとのたまわれた緩い雰囲気も、今では自宅でしかみせておらず。もっぱらの人の印象は鉄の盾だ。
しかしどうしても子供には弱かった。
「いやあそこは……軍関係者以外立ち入り禁止なんだ――が」
「ニイサマの働いてる門の上はとっても見晴らしが良くって、とっっっても気持ちいい風が吹くんだって!そんなところでニサイマと一緒にランチを一緒に食べるのをずっと楽しみにしてたんだ。」
これが夢見る乙女というのだろう。眩いばかりに目を輝かせ、もはや父の言葉など耳に入らず、すでに兄とランチを食べる情景を頭に描ききっている。
ルーティーにとって今日その場所でお昼をする事は、確定事項になっているようだ。このはしゃぎ様をを見れば肉親でなくてもわかるだろう。
「兵士には私が許可したと……言っておいてくれ」
(断れるわけが無いだろう……)
「ありがとう! お父様!」
まるで私は興味ありませんとばかりにキッチンの机で読書に浸っていた姉は少しだけうれしそうに。
「しかたないですねー。じゃあリーンも一緒について行ってあげますよ。それならお父様も安心でしょう」
立ち入り禁止の場所に行くのに13歳の同い年の姉が一緒にいっても安心どころか心配が増えるだけである。父の胃がキリキリと唸りだす。
「ああ、それなら安心だな気をつけて行っておいで」
涙ぐましいまでの気遣いである。
「……さて仕事に行くか」
「あの厳しい守衛団長でも娘には弱いんだな」
「そこは親父に少し同情してしまう事は……多いな」
春のそよ風の吹く中、双子は手際良く会心の出来である弁当を広げていく。色とりどり具材は普段食べる物と見比べれば、当社比三番のがんばりなのは見て取れる。
「この飯のラインナップはリーンも手伝ってくれたのか?」
少女はその問いかけに、頬を赤く染め視線を泳がせながら。
「べ、別に兄ちゃんと一緒にお昼ご飯食べたいわけじゃなくて一人で家で食べるのが寂しかっただけなんですからね! 勘違いしないでよね」
あまりにも分かりやすい意地を張る。
「これが最近首都で流行のツンデレか……あれ? それってどっちでもダメじゃね?」
「フフッ。じゃあ俺は下の駐屯所行って食ってくるから、また後で――」
気を使ってくれたのかその場を後にしようとしてくれるバージは、去り際の手振りとセリフを吐く最中に手元から一つの物を落としてしまう。
「なんか落ちましたよ。バージさん……ってこれは!」
「え……ああああああああああああああああああ」
落としてしまった衝撃で紙袋から出たそれは、あまりに分かりやすい表紙と題名で本の内容を示していた。
「エッチ! 不潔! 変態! なんで仕事場でこんなもんを持ち歩いてるんですか!!」
「なになに? 何の話?」
顔を真っ赤にしながら猛然とバージを非難するリーン。
たしかに当然の反応ではあるのだが。13歳のみそらで一瞬見ただけでそれとわかるのも大概な話だ。
「ちょちょちょっと待て!それはラングから借りたもので、ほらちゃんと名前書いてあるだろ…………あれ?」
今日に限らずラングは読書家だ。いや活字中毒といっていいのかもしれない。
自室の壁際は本棚で埋まる始末。しかし収集にも、金銭と場所の問題も関係して限界がある。そのため図書館から借りる本も少なくなく、自分の本には必ず名前を書いて区別できるようにしている。もちろんバージに貸したような懐柔用の秘蔵コレクションも例外ではない。むしろ高い金を出して買った他人への貸し出し(買収)専門の本なのだ、むしろ書いていないほうがおかしいとも言える。
しかしその名が刻まれているはずの場所にある名は、どうみても『バージ』であった。
「バッチリ自分の名前書いてあるじゃないですか! あっちに行って下さい!」
驚愕と恥ずかしさでこれ異常なく表情の歪んだバージにとっては濡れ衣もいいところだが、この状況はどうあがいても好転しないのも確かだ。
「ラングーーーーテメェ"使い"やがったなぁ! 裏切り者ぉぉ!」
半泣きになりながら、階段を駆け下りてく可哀想な青年19歳。
(さすがに妹に前で醜態さらすわけにはいかないんだわ。明日の昼飯は奢るから成仏してくれバージ)
ラングは目を閉じながら小さく頭を下げ、心の中で感謝し、必死に笑いを噛殺す。
食後のお茶を飲みながら三人は、この国最高の絶景を楽しんでいた。
「ここの眺めは最高ですねー。」
門の上からは青く茂った草原が視野の全てを埋めるほどに広がっている。晴れ渡る空から指す日光が揺れる草達に反射し、風に吹かれて優しく輝き揺れていた。その自然の命を感じるうねりは地平線の向こうまで続いていた。
これほど気持ちの良い景色は、フラスカではここ以外ではお目にかかれないだろう。
「確かに暇な門番係だけど、この地平線を眺めてられるってとこだけは、いいとこだな」
「ニイサマニイサマ、あの地平線の向こうにはなにがあるの?」
フラスカの目前に広がるサリバ平原。城壁から見える範囲には平原の地平の果てまで本当になにもない。
「そういや二人はまだ他の街に行ったことないんだったな」
「お父様が心配性すぎてまったく外に出してくれないです。困ったものですよ」
魔王軍との大きないさかいはあまり起こってはいない。戦乱の歴史を1000年以上重ねるタンバ王国にとって珍しく平和と言っていい時代にあった。
しかし魔の脅威が去ったわけではない。人気のない街道では魔獣にでくわすこともあり。盗賊を生業にする魔族もいる。外の世界は安全とは決して言えなかった。
「親父はかわいいリーンとルーティーに少しでも怪我をしたらと思うと夜も眠れなくなってしまうじゃないかなぁ。ハッハッハ」
(あの親ばかは――といっても確かになにかあったら死んだ母ちゃんに、申し訳もたたないな……。ワガママを許すのもそのあたりを縛りすぎてる罪悪感故…かな)
「この門から出て地平線の向こうまで続いてる道が見えるな。あれをたどると歩いて半日ほどで遊牧の街タンツに着く。羊と馬が数えれないほどいて、明るい歌の途切れないおもしろい街だ。さらにそこから西に2日ほど歩くと首都ラライルラに行ける。こっちは説明はいらないな」
「ニイサマはいろんな街に行ってるんですよね?」
「まぁ確かに護衛任務であっちこっち行かされてるからな。そっちのほうが本職みたいな扱いされてるし……。そうだ今度の夏の連休で首都に旅行でも行ってみようか」
「え?」
「いいんですか!!」
まだ意味を飲み込みきれていない妹を差し置いて、意地っ張りな姉が目を輝かせ勢いよく、体を兄の方に乗り出した。
「ほほぅ、まさかリーンのほうがリアクションでかいとは……」
ニヤニヤとラングはリーンを見つめるが。別にバカにしているだけではなく、こんなに率直に喜ぶリーンは珍しい。よほど嬉しいんだなと自分の事のように喜んだのが、顔に出ているのだ。
「いやそんな! 王宮とか騎士団本営とか国立大図書館とかそんな建物みたいなんて思ってないですよ!」
「ホントに?」
「見たいです。」
超が付くほどのブラコンの妹ほどではないが、リーンも小さい頃から兄の影響は大きかったらしく、本を読む習慣がついていった。だが小さい頃から難しい本が読めるわけでもなく、絵が付いたものがその大半を占めた。とりわけ芸術的に建設された建物にとりわけ興味が注がれてていく。
「でもお父様許してくれるかなぁ。」
「そこまで過保護だったらリーンは家出による抗議を辞さないですよ。」
「そこらへんは何とかするさ。バージや他の団員も誘ってちょっとした護衛隊並みの規模で行けば安全を保障できる。あとはル-ティーの目力で陥落できるだろ」
「なるほどあれは強力ですからねぇ」
「え? あたし? え?」
「若干理不尽さを感じるほどね」
納得の頷きと溜め息を漏らすラングとリーン。
乙女の目線というのは時代を問わず強力だが、とくにこの子のモノは別格なのはみなの周知の事実である。そんな強力兵器に実の親が勝てる見込みは薄いだろう。
「まぁ親父の心配性も母さんを早くに亡くしてるから……だからそこはあんまり嫌わないでやってくれ」
彼らはすでに片親なのだ。双子が兄にべったりなのもそこに起因するところが大きい。
「うっ……それは……」
「嫌うわけないよ! だって僕たちのお父さんだもん!」
反応からしてリーンはやや疎ましく思いだしていたようで、少し慌てていた。
思春期の女の子にとって父親に対して反発を持つことなどよくある、というより恒例行事ともいえるものだ。純情無垢なままで育ったルーティーには関係無かったようで、それを見ているためかリーンは後ろめたさを若干ではあるが感じているようだ。
―――どっちかというとルーティーのほうが少数派なのだが。
「ハッハ。それにしても太陽の女神。そんな風に呼ばれてた母ちゃんには、二人とも全然似てこないなぁ」
太陽の女神。その美しさと聡明さに心惹かれた、いや奪われた信派たちが名付けたラングたちの母。ルーン・フォルステインの称号だ。
「そんな……でも先生がいつでも元気いっぱいでみんなを元気にしてくれるって言ってたよ」
「聡明だって話も聞いたことがあります。これでもリーンは学校では一番成績がいいですよ! それに昨日だって新しい紋章術の配列覚えたんですから。正しい字と、正しい配列で並べなきゃいけない紋章術を30個も使えるのはすごいって、先生いってましたよ」
「ルーティーは太陽つうか嵐? 学力=聡明じゃあないなぁ。聞けば母さんは何事にも女性を感じさせる優雅さと包容力があったらしい。そのおかげでいつでもモテモテで親父が婚約宣言したときは街中の男から、一発づつ鉄拳が飛んできた伝説まであるくらいだしな」
「う~確かにそこまではモテないけど……けど……」
「…………」
二人とも少し塞ぎこんでしまった。それを見てラングはニコリと笑いかける。
「まっ二人ともまだまだ若いし、これから女性らしさがついて、ルーティーは明るい太陽に、リーンは包み込む太陽になっていけばいいさ。母さんみたいにとは言わないけど、やっぱり見習うことは多いと思うぜ?まっがんばりな」
二人の頭に手を乗せ優しく撫でて言い聞かせる。
「わ~いがんばる~」
「い……言われなくてもそうなるつもりですよ!」
昼の終わりを告げる鐘と共に双子は帰路に着いた。見送りに手を振る兄は少し、亡き母に想いを寄せていた。
「母さん……か……。見習うとか偉そうに言っちゃったなぁ」
(母さんが死んでからもう6年…。勉強もして鍛錬もそれなりにして16で守衛になって、実戦だってこなしたりもして全力を尽くしてきた。でも……母さんが最後に残した言葉の欠片さえまだつかめていない。)
6年前
街でもっとも大きい病院のもっとも奥の部屋。そのベッドに彼女は横たわっていた。
法術という奇跡の力が発展し、失った腕さえも元通りにすることさえ可能となった世界でも、不治の病は撲滅されてはいなかった。
「ラングごめんね。ピクニックの約束守れなかったね」
「母さん!」
ラングの目は赤く腫れ涙で溺れそうな顔をして叫ぶ。
「泣かないで、私のかわいいボウヤ。かわりにね、とっても大切なことを最後に教えておくわ」
母リーティアは泣きじゃくる息子に微笑んだ。もはや死期が目の前に迫ったものとは思えぬほどのやさしい笑みで。
「最後なんて……最後なんていわないでくれよ」
「ラング!! …………黙って……聞くんだ……聞いてやって…………くれ。」
怒っているのか悲しんでいるのか、もはや感情を表せなくなった父が拳を震わせながら声を振り絞り息子に願った。
「きっといつかラングはラング自身を見つけるわ。それをどんな時でも大切にしなさい、貫きなさい。そうすればどんな苦しい辛い時だって笑っていられるわ」
その言葉は笑顔はこの世で最も力強く、最も優しい心そのものだった。わずか13歳のラングであったが、いかにそれが重いものか、そしてどれだけ自分が愛されているのかを理解できた。
「…………はい。」
「アナタ……子供たちをお願いね」
「ああ、俺の全てを懸けるさ」
「ラング…………妹たちと仲良くね。じゃあ……バイバイ」
「きっと母さんは自分自身を貫けたんだ。だから笑って逝けたんだと思う、それはわかる。でも―――――――俺ってなんだ?」
「今日は本読まないんだな」
いつも本を片手に仕事をしていたラングは、この日は珍しいことにまともに見張り番をしていた。相変わらず上半身はシャツ一枚だが。
「ちょっと考え事しててさ、頭に入って来ないだよね」
「へ~お前でも悩み事ってあるんだな」
ハハっと中身のない空笑いを返したラングは、わずかながら真剣な表情で問いかける。
「バージは自分自身がなにかわかるか?」
「なんだ難しい話か? 哲学系は勘弁してほしいんだけどな。んーそうだな……。俺自身ってわけじゃないけど今の俺の全てならわかるぜ!」
「!? おおまじか!? それなんだ!? 教えてくれ!」
バージは言うほど学のあるほうではないし物を考えるといった事もそれほど得意ではない。そんな彼からの返答は意外の一言だ。
「そんなの俺の彼女! マリに決まってるだろ!!」
驚嘆、呆れ、うんざりの三段活用でラングの表情が移り変わる。
「ハイハイのろけごちそうさまです」
もはや続きは聞きたくありませんよと、鼻をほじって示す。その態度に気付かずに延々10分以上もパージはのろけの限りを語り明かした。
「――そんでさ実は今度の昇格試験、受かったらプロポーズするつもりなんだ……って聞いてるラング?」
ラッパの音と号令が鳴り響く。門番たちの主な仕事でもあり、重要な時間でもある開門が始まった。
「おっと団体さんのご到着だ」
ラングが体を乗り出して覗き込むと門の前には馬が6匹がかり引く大型の馬車16台、2匹の中型5台、積荷がどの馬車にも積めるだけ積められており。護衛の数も上から見ただけでざっと30人は見受けられ騎手や従者もろもろを合わせれば100人を超える。個人でここまでの大所帯はかなりの大事だ。
今は門番たちの検閲待ちで長い旅の緊張と疲れを思い思いに解いていた。
「おう! ラングじゃねえか! 見張り番ご苦労さん」
その団体のなかで、小柄ながらかなりの筋肉質。立派な髭を結わえた気前のよさそうな中年の男性が上を見上げ声をかけてきた。
「一ヶ月ぶりですねダディアスさん! 今回はずいぶんと買い込んだ物資が大量ですね。過去最高の多さじゃないんですか」
ダディアス・サンストン。この大所帯の代表でありこの工房の街フラスカでも三本の指に入る職人長の一人だ。父ラスカとの昔馴染みでもあり、ラングとの交友も、もはやいつのころからか思い出せないほど長いものになっている。主に扱う商品は鉄で作られた武器だ。その種類は剣から槍、斧に棍棒までと多岐に渡り。『武器ならばなんでもござれ』を店のモットーに掲げている。質が高く、どんな仕様にも答えてくれるダディアスに、首都に配属されている高名な騎士も直接注文をするものは多い。
「ついにわしの人生最高傑作の完成の目処が立ってね。首都でお披露目をしたらすぐさま量産を、騎士団長から直接依頼されてしまったわ。その為に一棟まるまる工房を増やすことになったのさ! 財布がスッカラカンになるまで物資を買い込んだが、見ていろ、こんな量の荷物これから毎月、毎週見ることになるさ! ガッハッハいや~笑いがとまらんわ」
「そんなに凄いものができたんですか?」
「そうだな。わかりやすく言うなら間違いなく歴史に名を残す! 今までの戦の常識を覆す それほどの功績いや――偉業になることは間違いないだろうな!」
「規模がでかすぎて想像が追いつかないっすね」
嬉しいを通り越してやや興奮しているダディアス職人長。長年の知己である彼がここまで喜びを我慢できなくなるほどにしている様をラングは見た覚えは無かった。
立派な大人代表の一人である彼がこうなっていることに若干ではあるが戸惑い、そして祝福の念も心から湧き上がり、柄にも無く同じように喜びで鼓動が早くなっていくのをラングは感じていた。
「完成品のお披露目は近々やるからすぐにわかるさ。コンセプトは『マナ使えぬもモノにもクラス3法術を』だ。これで儲かったら城壁の補強にでも寄付でもするかな、ガッハッハッハ。」
喜びが体からあふれ出すほどの豪快な笑い声を残し入門していく親方一行。
『法術』この世界の最もたる技術であり。世界の理を利用したエネルギー変換術。
生き物に宿る魂から溢れ出す力 『イド』。無機物や大気に充満し世界を支える力 『オド』。二つをまとめて『マナ』と呼ぶ。これらを用いて自分と世界を繋げる力。
その法術も大きく三元と呼ばれる3つに分けられる。それぞれは用途、作用については似ているものの起点、やり方に大きな違いがある。
音にイドを乗せ自分を起点にする『響術』。
文字と形に想いとイドをのせ事象を起点にする『紋章術』。
そして世界の管理者であり、神の子供たちである精霊と契約し、自分を世界に同化させ存在を起点にする『精霊術』。
自分自身の思い描く様を現実にするということは同じだが、それを発言し、象形し、共有してその力を発揮していく。
ダディアスの言ったクラス3法術とはその法術の規模を示している。1から5までありその大きさや難易度を表しており、3というのはまだまだ真ん中という印象があるだろう。
このタンバ王国では学校が存在し、国民ほぼ全員が法術の勉強をする。つまりある程度ならば誰もが使える。そんな中でもクラス3にまで至れるものは100に一人いるかどうかという極々少数なのだ。たしかに日常生活においてはそこまでの難易度を必要とはされてはいないが、法術を使えるということはあらゆる場面において得をするのも確かな話だ。知識さえあればほぼ無尽蔵にエネルギーを生み出せる術が、得で無いわけが無い。
それ故、一度は誰もが上を目指す中での100分の1の技術力。それをダディアスは初級者であればそれを使える方法を見つけ出したと自信たっぷりに言ってみせたのだ。
それはラングにとっても完全に常識という枠の外側の話。
「さらっとすさまじい発言していったな、あのオヤジ。でも確かにそれが叶うなら歴史的発明は間違いないな。フフ、ついに我の時代来たるか……そりゃ笑いがとまらないわな」
「見てみろよこの赤いスカーフ。なんと手縫いで俺の名前を編みこんであるんだぜ。さらにこないだなんかマリがおれの好きなとこ、100個も言ってくれたんだぜ~」
「って、お前まだノロケてたのか……。ったくマリさんのことになると際限ないん―――」
目の前を覆いつくす閃光。そして心臓を鷲掴みにされたような轟音が門前を襲った。
「な――なんだ!? 街門が!! ダディアスさん!」
この堅牢な街の象徴とも言えた門は最早見る影もなく崩れ去っていた。さきほど通り抜けようとしていた一団もそ大半がの下敷きになってしまった。
「ラング見ろ!! 地平線が……」
黒かった。美しく緑に光り輝いていた地平線も、その境界となる空も大地も。その全てが黒く侵食されていく。
「黒の軍勢!? 魔族――魔王軍か!!」
突然の状況に対応し次の行動へ移そうと走り出そうとする二人の目前に、突然一人の年老いた魔族が現れる。
「今一度だけ問う。先の提案を飲め、さすればこの侵攻はやめておく」
「なんの話だ!?」
疑問を投げかけながらラングとバージを剣を構える。
「なんだと?……そうか国民はおろか兵にまで話すらしていないか……どこまでも愚かな。ならばその愚かさ、その身で味わい後悔するがいい」
(構えているのはこちら、無効は完全に無防備だ! 確実にこちらが優位な立場にいるはずなのに斬りかかることすらできない!? 手が――足が震えて――止まらないっ!)
その洋装は黒と白を交わらせ、禍々しく、しかしどこか高貴さを持っていた。人間で言うならば貴族の類と言うのだろうがその雰囲気は煌びやかな彼らとは真逆に重々しく威厳に溢れていた。
初老の魔族は腕を上げ、魔の証たる赤き目を光らせた。
「2504文字『轟天衝波』」
先ほどより、さらに巨大な光と轟音がラングたちを強襲する。その直前ラングが見た魔族は数えられぬほどの"文字"に囲まれていた。
「ハッ……ここは……痛ッ。――そうだ俺は」
瓦礫の中起き上がる青年は、頭から血を流し、意識も朦朧とながら周りを見渡す。
お世辞に言っても美しいとは言えなかったが、明るい街ではあった。活気に溢れ人々の笑顔は絶えず、その軒並みと人々が好きで朝の散歩はラングの欠かさせない数少ない日課だ。
そんな街はすでになかった。
赤
赤
赤
血の赤――――炎の赤―――――――――――――――そして無数に光る瞳の赤。
「街が燃えてる……バージ……ダディアスさん……ルーティー、リーン――――――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!。」
積み重なる瓦礫の上にスカーフだけが揺れていた。
崩壊した門の手前に大型馬車ならゆうに10台分はあろうかという巨大な馬車の上に置かれた、いや飾られた壮大ともいえる座に、門を打ち砕いた初老の魔族は座っていた。
「こんなところでいいだろう。もう一度ここの領主に降伏勧告を出せ。目的は達したからな。そうだな、食料を半年分、金貨を10万枚用意しろと伝えておけ」
「ハハッ」
横で膝を付き控えていた魔族が羽根を広げ飛んでいく。
「フム。火加減とはむずかしいものだな」
不満とも取れる哀愁こもる目線を、赤く燃えるフラスカへと向けていた。
「このーーー!!」
暗闇の虚空高くから、ラングは斬り掛かった。しかしその斬撃も見えぬ壁に弾かれ、数メートルの間を空け着地する。
「ほほう、君は最初に見た青年か。あの爆風で生きていたとはな。……なるほど一部の裂傷から見ると、あらかじめ紋章術の防御系を内側の服にでも描いていたか、なかなかの用心深さだ。」
老人は戦場に似つかわしくない喜びの顔で、平穏を愛していた面影を無くし殺意の塊となった青年を眺めていた。
「殺してやる殺してやる! お前のせいで俺の街が!!」
「ふむ、そのことに関しては謝罪はしておこう」
殺意の対象。理不尽を押し付けた張本人から出た言葉は、あまりにも不似合いな物だった。
「ッ!? いまぁ! さぁ! らぁ!!」
「しかしな青年。世の中には"仕方ない"。そういう言葉もあるのだよ」
「このぉぉぉぉーーーーー!!」
老人の言葉に更に激高した。…いやそれは殺意なのか怒りなのか迷いなのか、それとも他のものなのか。あまりにも激しく混ざり混濁した感情は、心を黒く塗りつぶしていた。
ラングはその全ての力をかけ剣を振る、まるで悪魔の様に目を赤く染めて。
「この賊がぁ!」
配下と思われる悪魔たちが集まりだす。しかし老人はそれを制止する。
「よい。これ以上は無駄死にだ。それに彼はなかなか良い原石だ。2019文字『光力障壁』」
またも体に届く寸前で刃は見えない壁にはじかれてしまう。
『光力障壁』紋章術の一つで、マナで作りだした壁で全身を囲む防御術だ。ほぼすべてのエネルギーを防ぐこの術は防御という観点で言えば絶対的ともいえる強固さを持つ。しかし反面その効果はわずか数秒に過ぎず使いどころの難しい術ともいえるだろう。
「なるほど良い太刀筋だ、まだまだ伸びしろも窺える。しかし私との力は天と地の差よりも広い。それでもなお立ち向かうか青年よ?」
場の空気が震えている。悠然と佇むその老いた魔族の出すオーラがラングを含め全ての物を圧倒している。
「ここで逃げて……ここで逃げたら誰に笑い掛けて生きていけるっていうんだー!」
猛然と魔族へとラングは走り迫る。
「もっともだ、賢人でもある。そして勇猛さも兼ね揃えるか。しかしそれでもどうにもできん"現実"があるということを若人に教えておくのも、我が勤めか2019文……!? なんだ――と――!?」
(イドも大して無いし剣の腕もそこそこ。自慢出来るもののない俺にも一つだけ特殊な才能がある! それは文字を並び替える能力『ワードプロセッサー』だからお前の使う紋章術の並びを―――入れ替える!!)
あらゆる学問の乱立する世においていまだその原理すら解明されていない異能の力。個人が一つのルールを持ち、その法を全てにおいて適応させ変化させる力。理解も解析もできぬ力を人は『魂持つ者の力』と敬意と畏怖を持ってそう呼んだ。
老人の周りに描かれかけていた文字の羅列が荒れ狂う。そして今度こそ歴史を激動させる凶刃は斜線を描き致命的な一撃を老人へと加えた。
「ばか……な……。」
「思い知れっ。魔族め!」
場は騒然とした。怒りや怒号が飛ぶでもなくそれは感情の伴っていない、慌ただしさだけを含んだ違和感のあるものだった。
「まっ魔王さま!」
「えっ?」
老人は崩れ落ちていく。先ほどまで纏っていた圧倒的な力を霧散させていき、しおれる花のように目を閉じて。
「こんな――ところで――最後――だとっ! これで――世界は――――。愚かな――。…………愚かなのは私も――か」
そして最後は悲しみと憐れみを持った微笑みを残して、魔王と呼ばれた者はこの世を去った。
「魔王様! 魔王様!」
魔王の法術によって作られた無数の魔物達が消えていく。それは魔王崩御を意味していた。街の奥まで防衛線を下げて戦ったいたフラスカの人達にどよめきが広がる。
「なんだ急に退き始めた? ……勝ったのか?」
魔王軍側は大混乱に陥っていた。1万からの兵団、その実に9割が魔王によって作られたものだったのだ。
「撤退! 全軍撤退せよ!」
「おのれおのれ人間めぇ。この借りは必ず返すぞ!」
敗走する魔王軍を尻目に、衛兵たちは勝ち鬨をあげていた。
「勝った俺たちは勝ったんだーー」
「え?」
「え?」
激動の時代の幕が文字通り切って落とされた。
小説人生初作品初投稿でございます。拙い文だと思いますが今後もどうかよろしくおねがいします。
作者は突っ込み、アドバイスなどを大変心待ちにしております。お時間ありましたらそちらもどうかよろしくおねがいします。