第八話 弟
大通りから一歩入る。
薄暗い裏路地が口をあけ
待っている。
入ってしまえば、
無事には出てこれない。
俺は入ってしまった。
たった独りで…。
俺はひたすら待つのだ…
暴力の嵐が収まるまで。
ずっと堪えるのだ…
自分の愚かさと後悔の念に
打ちひしがれて
しまわないように…。
「おいっ!!」
どこからかずっと遠く、
光がさした。
ようやく終わるのかな?
この壮絶な嵐も。
「なんだぁ~?
お前は?文句あんのか?」
「やめてやれよ…。
もう充分だろ」
まずい…俺は無関係な
他人をも嵐に巻き込むのか…。
「よそのやつは
ひっこんでろっ!!!」
あぁ、俺は
なんてやつだ…
他人に矛先を向けた。
腕が、拳がうねり
頬を直撃しかけた瞬間、
ぱしっ!!
「スローすぎて
あくびがでるぜ」
と言うなり人を背負い
地面に叩きつけた。
そして、トドメの一発…
腹部に突き刺した。
「なんだてめは!?
俺達を相手しようてか?」
「お前らがまだ
この人を殴るんならな?
もしくは俺を相手に
しようならな?」
不気味に嘲るように
笑った。
しかし、その微笑には
ひとかけらの影が
あった。
「やっちまえ~!!!」
10人もの男が独りの
男に襲いかかった。
「ふ~…仕方ない」
風が過ぎ去った。
と思うと…。
嵐は止んだ。
俺は助けられた。
この無関係な他人に。
この人は俺の恩人だ。
「大丈夫か?」
手がさしのべられた。
「ありがとう御座います」
「いやいや」
俺を立たせてくれた。
その人は俺に背中を
向けたまま、手を振る。
「じゃあ、これで」
「あのっ!!」
「うん?」
かすかにこちらに
顔を向ける。
「俺を舎弟にして下さい!!」
「と、いう~わけで☆」
WJCの部室。今日は
来客用に慎治が座る。
「舎弟が出来ちゃった☆」
「「うん…。で?」」
怜治、ななは冷めた
テンションで頷く。
「じゃあ、呼ぶぜ?お…」
「「待て待て待て!!
ちょい待ち!何当たり前の
ように始めてんの?
てか、来てんの?
てか、舎弟の意味
知ってる?」」
「お~い!!慎哉!!」
「「聞いてる!?」」
三人が部室のドアを
見る。
「どんな人が来るの?」
「俺に聞かないでよ…
なんか緊張してきた…」
しかし、なかなかドアは
開かない。
「「「あれ?」」」
し~ん。
全く動こうとしない。
「慎治嘘つくなよ」
「嘘じゃない…
お~い慎哉ぁ~!!
慎哉ぁ!!!」
てこでも動かない。
すると…ガラガラ!!
「なんすかっ!?」
「「「窓っ!!?」」」
「と、いうわけで
俺の舎弟の岸本慎哉だ」
「うす!」
訳がわからない間が
生じた。
「おおふう~」
「うん」
また沈黙。
「岸本慎哉っす。
慎治アニキの舎弟っす」
「「慎治アニキ?」」
「今日は慎治アニキと
杯をかわせられた
怜治アニキと
ななネエサンに
お会いしたくきました」
「怜治アニキ?」
「ななネエサン?」
二人とも眉をひそめ
微妙な顔をする。
慎治が説明するように
「こいつは一昨日まで
極道を目指してたから
変なしゃべり方なん」
「「ふ~ん」」
慎哉が頭を下げて、
「今日は慎治アニキの
シマでの仕事ぶりも
見にきました」
ここでななが身を
慎哉に向けながら
「どうして外にいたの?」
「ああ、俺も
気になった。どうして?」
慎治も聞いた。
「うす。慎治アニキの
御命令通りドアに
いたのですが、他の
組のモンがいないか
調べるため部室の周り、
20周しました」
「「「20!?」」」
「うす。なんでも
このあたりじゃあ、
瑛組が
頭はってるとか…」
「瑛組?A組でしょ!?」
「うす。ななネエサンが
言うならそれです」
(うわあ~めんど
なんが来ちゃったな)
ななは心でつぶやいた。
「まあ、今日は
ゆっくりしていって」
「うす。あざす」
ぺこりと頭を下げる。
礼儀正しいな。
「じゃあお茶、
入れるね」
数分後、あつあつの
お茶が入った。
「慎哉くんのも」
「じゃあ飲むか」
「ちょっと待って
下さいっ!!!」
慎哉が叫んだ。
おもむろに立ち上がり、
慎治の湯のみを
指差す。
「慎治アニキ!!
俺が毒味しますっ!!」
「「「毒味!?」」」
「他の組のモンが
慎治アニキを狙い、
この学校を牛耳る
つもりかも知れない!!」
「「「ないないない!!」」」
ガシッと湯のみを
つかみ、
「いきますっ!!」
「「「どこに!!?」」」
慎哉がお茶を
勢いよく飲む。
「あちぃ~!!!」
「おでんコント!?」
「止めろ止めろ!!」
「火傷薬カモン!!!」
「大丈夫かよ?」
怜治が慎哉に言う。
「大丈夫っす。
毒はなかったです」
「意味が違う!」
慎哉の唇は驚くほど
赤く腫れ上がっている。
「もう、慎哉くん?だっけ
お茶はいいから…」
すると、部室のドアを
ノックする音がする。
ガラガラ。
「ななぁ~」
「朝華」
ななの友達の山崎朝華
(ともか)が入って来た。
すると慎哉が朝華の
真正面に立ちはだかり
「なんだ、お前は~?
どこの組のモンじゃあ」
鋭く睨みつけ
朝華に言う。
朝華は少し考えて
「三組~☆」
「燦組だとぉ~?
ななネエサン、どこの
組ですか?手ぇ組んでる
とこっすか?」
朝華が慎哉をよけて
「おっす☆なな」
「何ななネエサンに
気安く話し掛けてる?
なめてんのか、アマ
こらあ!!!」
「甘いコーラ?
当たり前しょっ」
「「「勘違いも
甚だしいぃ!!!」」」
慎治、怜治、ななの
満場一致の突っ込み。
(慎哉くんと朝華は
絶対に合わないな)
そう思ったななだった。
朝華に出て行って
もらった部室は
一旦落ち着いた。
「ところで慎哉、
何でグループと
ケンカしたんだ?」
怜治が聞く。
「俺も聞いてないな。
教えてくれ」
慎哉の顔に一瞬、
陰りが見えたように
ななは見えた。
慎哉はケロッと
答えた。
「グループのリーダーの
大好きなゼリーフライを
食べたからっす」
「ゼリーフライ!!?
ゼリー揚げちゃったぁ!?」
ななが言う。
「てか、リーダー
心せまっ!!食べ物で
ケンカ!?」
「前のやつは冷凍庫の
ゼリーを食べて
グループを抜けました」
「リーダー暴君すぎっ!!」
「では、そろそろ。
お邪魔してすいません
でした」
「「「いやいや」」」
「また来ても良いすか?」
慎治が
「いつでもこいよ。
今日は楽しかったぜ」
「じゃあ、帰ります」
慎哉が立ち上がり、
ドアを開ける。
三人も立ち、校門まで
送った。
「じゃあ、また。
慎治アニキ、怜治アニキ
ななネエサン!!」
手を一通り振って
慎哉は帰って行った。
姿が見えなくなる。
すると慎治が
「あとを追う」
「「なんで?」」
なな、怜治が顔を
しかめる。
「あいつ、今日一つ
嘘をついた。
グループ抜けた理由…
あの時、一瞬
表情が曇った」
よく視てるな。さすが
慎治だ。
「あと…胸騒ぎがする
見てて危なっかしい。
昔の俺に似てるから
何か放っておけない」
ななと怜治を見て
「良いか?」
「慎治がそこまで
言うならな、あと…」
怜治がななを見て、
「慎治の弟なら
私達の弟でしょ?」
三人で慎哉を尾行した。
すぐさま、慎哉に
追いついた。
変わらない歩調で
歩いて行く。
左、右と何回か
曲がった。
時々、細い道を通り、
大通りに入ったり
出たりした。
細い道は人が少ないので
気づかれないように
細心の注意を払った。
また二、三度慎哉が
振り向くので急いで
影に隠れた。
一心不乱に歩いてる
ので目的地があるらしい。
尾行開始、30分。
白い建物に慎哉が
入っていった。
「これって…」
ななが見上げる。
病院だった。
慎哉の目的は。
赤い十字が描いてある。
結構新しい。
壁の白さが塗りたてだ。
「入ろう」慎治が
先頭にたっていく。
エレベーターに慎哉は
乗る。
止まった階数を見て
ダッシュで階段を
駆け上がった。
{病院では静かに}を
完全に無視した。
ギリギリ、慎哉が
ある病室に入るのを
見ることが出来た。
病人のプレートに
[岸本 美里様]と
書いてある。
三人は病室のドアを
微かに開けて
漏れてくる会話を聞いた。
「…かあさん、大丈夫?」
「今日は調子が
とても良いのよ」
「そう良かった…
あんまり無理するなよ」
(慎哉のお母さんか…)
「ごめんな…かあさん。
俺がこんなんだから…」
慎哉が悲しげに言うのが
聞こえる。
「いいのよ。お前を
育てたのはかあさん。
かあさんこそ、お前に
苦しい思いをさせて
ごめんね…」
「いや、俺が悪いんだ。
俺が不良グループに
入っていっぱい
他人に迷惑かけて
かあさんに責任を
押し付けたから
かあさんは病気に…」
二人が静かに
泣き出したのが
三人にはわかった。
「俺、グループを
抜けたよ…抜けるとき
殴られたりしたけど
今までのツケが来たと
思って我慢した」
「うん、うん。大丈夫?
痛くなかった?
かあさんのせいね」
「かあさん…。
そしたらね。
見知らぬ人が助けて
くれたんだ。
今まで、散々迷惑を
掛けてきた他人だよ。
横河慎治っていう人。
俺はこれからその人の
ために、そして
迷惑かけてしまった
周りの人…
見知らぬ人でもいい。
償いだと思って、
償ってかあさんの
病気が早く治るように
みんなのために
生きるよ」
「慎哉……」
「ありがとう」
二人は数分間、
静かに泣き合った。
「帰ろうか?」
ななが言うと
慎治怜治は頷いた。
病院の外に出て
三人は初めて
口をきいた。
「お母さんに
迷惑かけないように
グループを抜けたんだね」
二人は黙っていたけど
それは同意の相づち。
それから三人は
それぞれで過去に
思いを張り巡らした。
夕焼けに染まる空の下、
ゆっくり歩きながら…。
15分後、三人の後ろから
ママチャリに乗った
おばさん二人が
近づいてきた。
俺はまたのまれたのだ。
これは罰だ。
今までの、過去の、
精算だ。
耐えなければ、
耐えなければ…。
かあさん…
腹部を蹴られる。
「うっ…」
血が口からでる。
「てめぇ、ただで
抜けられると思うよ」
顔を複数回、拳が
襲う。
腫れ上がるのが分かる。
罰だ。罰なんだ。
償えば、かあさんの
病気は治る。
鼻血が溢れる。
生温かい血が顔を
覆う。
「お前ら、そこの
棒とれ!!」
「これっすか?」
何ニヤニヤ笑ってる。
俺はもう変わるんだ!!
変わってやる!!!
三人が棒を持ち、
俺を殴り続ける。
背中、頭、どこでも
いいのか?
適当に殴られる。
罰なんだ…。
耐えなくちゃ…。
でも…。
「何泣いてやがる…
バット貸せ」
「いや…さすがに
もうまずいっすよ!?」
「いいから貸せっ!!」
バットを引ったくり、
両腕で力の限り握りしめる。
バットが勢いよく
振り上げられる…
(ごめん、かあさん。
俺はもう死ぬ)
「変われなくてごめん」
一粒、涙が落ちる。
ブンっ!!
ドカッ!!
「何やってんだ?
慎哉!?」
「えっ!?」
慎哉が見ると
慎治が身代わりに
頭にバットを食らっていた。
血がポタポタと
慎治の顔と顎を伝い、
コンクリートに
吸われていく。
「なんだ!?お前は?」
リーダーがたじろいだ。
「慎治アニキ、
どうして?」
「まあな、色々とな」
慎治がバットを
奪い、投げ捨てた。
「アニキ!逃げて下さい。
この間の奴らは
弱かったけどこいつらは
かなりつよ…」
ふらっと慎哉は
倒れかけた。
慎治が抱きかかえる。
「人の心配するより、
自分の心配しろ」
慎治は壁際に慎哉を
寝かせた。
「おいっ!!どこの
どいつだが知らねーが
そいつを守ろうってん
なら容赦しないぜ?
そいつはグループを
抜けようとした挙げ句、
俺のゼリーフライを
食ったんだからな」
慎治はまた不気味に
笑った。
「こっちの台詞だ!!
過去の自分から
変わろうとしてる奴の
邪魔する奴は…」
慎治は構えた。
あらゆる格闘技の
構えを混ぜた慎治
特有の構えだ。
「俺が許さねえ!!」
足をする。
ジャリと音がした。
「きなっ!!」
5人一気に襲いかかる。
慎治に届く直前。
サッカーボールが
5人を殴打した。
5人は気を失った。
遠くからななが
「あと15人…」
ななを見つけた
不良達5人がななを
めがけて走りだす。
「女!!なにしやがる!」
ななは微笑を浮かべる。
ななまで届く前に
怜治が準備した
罠にかかり足を
奪われる。
怜治がニヤリ。
「あと10人」
「くそっ!!何なんだ!?
こいつらは!?」
周りがうろたえだす。
「黙れお前ら!!!
まずは全員で最初の
奴を集中攻撃だ!!!」
慎治に狙いを定めた。
微笑する慎治。
一瞬、風がふく…
「あと0人」
10人が一瞬にして
のされた。
辛うじて意識が
あったのはリーダー。
慎治が近寄り
「二度と俺の弟に
手を出すんじゃねえぞ!!」
慎治が慎哉を背負い、
道路を歩く。
「アニキ達、どうして?」
慎治は溜め息をついた。
「何でもかんでも、
自分独りで抱えるな…。
お前は俺の弟なんだろ?
弟の罰や痛みなら
俺も背負ってやるよ」
怜治が
「俺達だ!俺た、ち…
慎治の弟は…」
「私達の弟よね~」
「怜治アニキ、
ななネエサン…
ありがとうございます」
WJCの部室。
「お~い!慎哉ぁ~
いるかぁ~?」
三人がキョロキョロ
探す。
「呼びましたぁ!?」
「「「ドアから入れっ!!!」」」
部員じゃないけど
新たなメンバーが
加わった。