↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

粗悪な石工として追放されましたが、辺境伯が七段の石と隣室の名札を積んでいます

作者: 七尾 いと
掲載日:2026/09/01

「粗悪な十二個はお前の仕事だ」


 ストヤンが退職札を作業台へ投げた。木札は一度跳ね、私の木製目地型にぶつかって止まった。


「十二個。今日も十二個です。粗悪品を十二個切れるなら、私は勤勉な粗悪品ですね」


「口答えをするな。城門用の石にずれが出た。お前の加工不良だ」


 合った石にはストヤンの名義札、ずれた石には私の名義札。石より名札のほうが自在に動く。便利な石切場だ。私ならまず名札で城門を積む。


 石の割り肌を上へ向け、鉄槌を落とす。角を逃がし、据え面を削る。木製の型を当てれば、目地は三ミリ。指の腹で粉を払い、十二個目を並べたところへ、カラム閣下が来た。


 黒い手袋。飾りのない外套。必要な言葉しか持ってこなさそうな顔。


「検分する」


 閣下は一個目の割り肌、二個目の据え面、三個目の角を順に見た。石を見ている。そう思ったのに、私が型を当てるたび、灰色の目が私の指先へついてくる。


 右へ。


 左へ。


 また右へ。


 石を見てください、石を。私の指は城門にはなりません。


「何か不良が?」


「品質を見ているだけだ」


 その右の人差し指は、十二個目から外した私の没札の上で止まっていた。


 いま一個目の不整合です。品質は石にあります。木札にはありません。


 閣下の指が札の端を押さえる。折るのかと思えば、親指まで添えて、作業台からそっと持ち上げた。


「それは没札です」


「分かっている」


「捨て場は反対です」


「分かっている」


 いま二個目の不整合です。分かっている人は反対へ歩かない。


 閣下は札を外套の内側へ入れた。ストヤンが咳払いをする。


「粗悪品の記録までお持ちになる必要はありません。わたしが処分いたします」


「検分物は私が預かる」


 また私の指を見る。


 よほど粗悪な箇所を見つけたいらしい。私は十二個の石を撫で直した。どれも三ミリ。残念でした。本日の粗悪品は、どうやら口だけです。



    *    *    *


 二度目の検品で、カラム閣下は七個の石を仮積みさせた。


 単品なら、平らな石はただの平らな石だ。七個以上を正しい順で積めば、横目地が一本につながる。私が切る石は、割り肌の癖を次の据え面で受けるように並べてある。順番を崩せば三段目から口が開く。


「積み順を決めたのは誰だ」


「わたしです」


 ストヤンの返事が早い。槌を振るときもその速さなら、少しは腕に筋がついたのに。


「では説明を」


「まず大きな石を下へ。安定を見て、順に重ねます」


 大きさで積む。なるほど。七個のうち四個が同じ幅ですが、四つ子の長幼はどう見分けるおつもりで?


「補足を——」


「お前の説明は不要だ」


 ストヤンが私の声へ蓋をした。


 作業場にカラム閣下がいない日と同じ声だった。太く、速く、こちらの返事が入る目地を残さない。


 以前、名義札へ署名しなければ三人分の日当を止めると告げたときも、この声だった。


 ロルカンは両手を背へ隠した。ギードレは型板についた目地材を、もう白いのに払い続ける。


 カラム閣下が一段目を指した。


「続けろ」


 ストヤンは二個目を置き、三個目で迷い、四個目を置いては抜いた。目地が五ミリ開いたからだ。別の石を入れる。今度は縦目地が一直線に重なる。


 倒れたがりの城門ができつつある。


「七個を最初から」


 閣下の声で積み直しになった。


 私は退職札を作業台から取った。どうせなら早めに言っておこう。検品のたびに札を回収されては、捨て直す手間まで増える。


「本日で辞めます」


 紙をめくっていた親指が止まった。


 閣下の胸が動かない一拍があり、次に入った息だけが妙に深い。耳の縁が、冷えた石切場には似合わない色になる。


「雇用は石切場の問題だ」


「はい。ですから石切場を辞めます」


「検分が終わっていない」


「私の説明は不要だそうです」


 ストヤンが小さく笑った。閣下は発注書を閉じる。親指は紙の角に残ったまま。


 私を早く追い出したいのか、まだ責任を数え足りないのか。どちらにせよ身体と返事が噛み合っていない。


「七個目を置け」


 声だけは元へ戻った。


 いま三個目の不整合です。耳は戻っていませんよ、閣下。



    *    *    *


 城門のずれは、正式に私の加工不良となった。


 ストヤンは発注書の控えから私の署名を外し、合格した積み順を自分の設計として書き加えた。


「石切場の信用を守るためだ」


 信用とは、ずいぶん軽い石らしい。名義欄から名義欄へ、ひょいひょい運べる。


 ロルカンとギードレは何も言わなかった。


 ロルカンの指は背中へ回ったまま。ギードレは唇を結び、型板を抱えていた。二人の日当まで止まれば、明日の鍋が二つ空になる。


 私は自分の木製目地型だけを作業袋へ入れた。


「では、粗悪品は退場します」


「二度と城門の仕事に名を出すな」


「先に消した人がそれを言います?」


 返事はなかった。都合の悪い目地だけは、埋めるのが早い。


 石切場を出て半日。荷物は型、替えの肌着、硬いパンが一つ。夕方には辺境伯家の使者が追いつき、城門修理の試し積みを命じる発注書を差し出した。


 退職した日に発注。職を失ったのか増えたのか、数えても分からない。


「お断りします」


「命令だ」


 馬から降りたカラム閣下が、使者の後ろに立っていた。


「検分に必要だから呼び戻す」


「私の説明は不要だそうですよ」


「私は言っていない」


「止めてもいません」


 閣下は口を閉じた。


 黒い手袋の指先が持ち上がる。私の荒れた右手へ伸びかけ、途中で曲がり、そのまま自分の袖口を直した。たいへん遠回りな袖直しである。


「荷物はそれだけか」


「粗悪品は軽量です」


 視線が袋を一度見て、私の肩へ戻り、もう一度袋へ落ちた。


「新しい作業棟には何室ある」


 閣下は使者へ突然尋ねた。


「職人用が六室、食堂が一室です」


「壁の乾燥は」


「済んでおります」


「隣り合う空室は」


「二室ございますが」


「そうか」


 何の検分だろう。石切場を辞めた女の前で部屋数まで数え始めた。私の職業病がうつったのかもしれない。お気の毒に。


 私は発注書を受け取った。


「試し積みだけです」


「ああ」


 返事は短かった。


 手袋の中で、袖口をつまんだ指だけが、なかなか離れなかった。



    *    *    *


 城門前には、七個どころか七段分の切石が並べられていた。


 ストヤン、ロルカン、ギードレ、石切場の石工たち。カラム閣下は全員を半円に立たせ、中央へ二組の石を置かせた。


「城門修理の積み順を再現しろ」


「閣下、すでに記録は提出しております」


 ストヤンの声が、作業場にいたときより半分ほど細い。カラム閣下へ発注書を差し出す手だけは両手になっている。


「わたし自身も、以前から加工不良を疑い、調査を求めておりました」


 いま四個目の不整合です。私へ退職札を投げた手と同じ手が、調査依頼を捏造している。


「先に積め」


 カラム閣下は発注書を受け取らなかった。


 ストヤンが一段目を置く。幅のある石を下にした。木槌で二度叩き、目地材を払う。


「一段目は安定しております」


 私は木製目地型を差し入れた。左端は三ミリ、中央は二ミリ、右端は五ミリ。


「いま五個目の不整合です。安定ではなく、右へ傾いています」


「石には個体差がある」


「昨日は私の加工不良でした。今日は石の個体差。石にも担当者を選ぶ自由があるんですね」


 石工の一人が鼻を鳴らした。まだ笑わない。よろしい。ここは一段目。石も笑いも、下から積む。


 ストヤンは二段目に細い石を置いた。縦目地が下段の目地と重なる。


「そこは角の逃がしを取った設計です」


「角は反対側です」


 型を当てる。六ミリ。


「いま六個目の不整合です。逃がした角が、仕事から逃げています」


 ストヤンの顎が上がる。


「お前が型を変えたのだろう。自分だけが合うよう細工した。粗悪な石工がよく使う手だ」


 私の型を奪って自分の設計へ載せた人が、型の細工を責めている。


 棚が高い。城門より先にそちらを積み上げたのか。


 カラム閣下が私へ手を出した。


「型を」


 渡すと、閣下は三ミリの刻みを指でなぞった。私の指が触れていた場所へ、視線が一瞬遅れてついてくる。


「別の定規で測れ」


 ギードレが金属尺を当てた。


「三ミリです」


「聞いたか」


「は、はい、カラム閣下」


 ストヤンの口に敬称が戻った。いま七個目の不整合です。礼儀は目地より広がったり縮んだりする。


 三段目。


 ストヤンは上から二番目に置くはずの長石を持ち上げた。下の二段と噛まず、中央が浮く。木槌で叩く。左が上がる。左を叩く。右が上がる。


 石が律儀に反論している。


「別の石だ」


 四段目用を抜き、三段目へ戻す。今度は横目地が開いた。もう一個抜く。二人がかりで持ち替える。


「待ってください」


 私は抜かれた石の粉跡を指した。


「一個を戻すたび、据え面を払い、目地材を練り直し、二人が運び直す。一日に十二個仕上げるはずが、これでもう九個です」


「完成すれば問題ない」


「三人の日当は個数払いです」


 ロルカンの背で、隠された指が動いた。


「積み直せば三人の日当が減る。だから順番を決めた者の名は重要だった。違いますか」


「手元が勝手に迷っただけだ」


 ストヤンがロルカンを振り返る。カラム閣下がいなければ、声はもっと太かったのだろう。だが今日の声は、三段目の石より浮いている。


「ロルカン。お前が順番札を紛失したせいだ」


 ロルカンの両手が背から出た。


 右手には、細長い木札が七枚あった。角が黒ずみ、穴へ通した革紐だけが新しい。


「紛失していません」


 短い声だった。


「出せば、日当を三人分止めると言われました」


「脅されたとでも?」


「脅されました」


「では署名も強制だな?」


 ロルカンは一度、私を見た。


「署名したのは俺です」


 木札を石の前へ並べる。


「止められるのが怖かった。黙ったのも俺です。順番札を残しただけで、ルクサンドラを助けたことにはなりません」


 私は一段目の札を取った。


「そこを一緒に数えるなら、話はできます」


「……頼む」


「まだ頼まれていません。試し積み中です」


「では、終わったら頼む」


 実務的。助かる。今ここで長く謝られたら、三段目が日暮れを迎えるところだった。


 札の一番には、石の割り肌の向きが刻まれている。私はストヤンの三段目を抜かせ、一番札の石を置いた。割り肌を城外へ。据え面を内側へ。型を差す。


 三ミリ。


 石工たちの肩が一斉に下がった。


「いま八個目の不整合です。紛失した順番札が、紐まで替えて保存されています」


「そいつらが後から作ったものです!」


「後から?」


 ギードレが型板を裏返した。


 裏には日付が刻まれている。私の名が正式記録から消えた日。その前日。そのまた前日。刻みの横に、七個の並びを示す短い線。


「目地材を払うたび、作業日を刻みました」


 ストヤンの名義札を手に取る。


「これは翌月から使われています」


 ギードレは札を裏返し、地面へ伏せた。


 表のストヤンという名が消えた。木札一枚なのに、棟梁が一人いなくなったように見える。


「ギードレ!」


「俺も署名しました」


 ギードレの声は揺れたが、型板は下げなかった。


「異議を言わなかった。型板へ刻んで、知っているつもりでいました。知っていて黙った側です」


「お前たち二人が口裏を合わせた! この女に命じられたのだ!」


 ストヤンの声だけが、急に作業場の太さへ戻った。反撃しないと思った相手へ向いたからだ。


「いま九個目の不整合です。先ほどは手元が勝手に迷い、今度は私の命令で二人が揃いました。私、退職してから出世しました?」


 石工たちの何人かが俯いた。肩が揺れている。まだです。七段目まで我慢してください。積み上がる前に崩すと危険です。


 四段目は、ロルカンの札どおりに短石を二つ噛ませた。縦目地をずらし、荷重を左右へ逃がす。


「型を」


 カラム閣下が言う。


「閣下が当てます?」


「ああ」


 私が木製目地型を差し出すと、閣下の指は型ではなく、私の親指の横で一度止まった。黒い手袋が触れないぎりぎりを通り、型だけを取る。


「三ミリだ」


「私が測ると細工で、閣下が測ると?」


 ストヤンは答えない。


「いま十個目の不整合です。測定者によって三ミリの長さまで変えるのはやめてください」


 五段目。角を内側へ逃がす。六段目。下の割り肌と逆向きに据え、横目地を通す。


 置く。


 型を当てる。


 三ミリ。


 ストヤンへ説明を求める。


「偶然だ」


 そのたび、敬称の消えた声が細くなる。


「いま十一個目の不整合です。偶然が六段続けば、それは積み順です」


「型板も札も、こいつらが偽造した!」


「発注書には、あなたの設計とあります」


「現場では手元に任せることもある!」


「いま十二個目の不整合です。ご自分で決めた積み順が、手元任せになりました」


 最後の石を持ち上げる。


 七段目は、他より少しだけ長い。最初に据えれば邪魔になる。最後に渡せば左右の段へ荷重が散り、城門の角が締まる。


 私は据え面を掌で払った。粉が傷へ入り、ぴりっとする。木槌を一度。石が沈む。二度目は要らない。


 横目地へ型を入れる。


 左、三ミリ。


 中央、三ミリ。


 右、三ミリ。


 七段の線が、細い一本になって城門前を走った。


 誰も息を動かさない。


「この順を決めたのは誰だ」


 カラム閣下が尋ねた。


 ストヤンの口が開く。声は出ない。


「十三個目の不整合です。十三は石の数ではありません。あなたの説明です」


「ルクサンドラ!」


 石工の一人が私の名を呼んだ。


「ルクサンドラ棟梁!」


 二人目が続く。


「ルクサンドラ!」


 半円の端から端まで、正式記録から外された名が積み直されていく。これはなかなか悪くない。石より人の声のほうが、目地材なしでもよくつながる。


 ストヤンがカラム閣下へ詰め寄った。


「閣下、これは仕組まれた試しです! 棟梁であるわたしを陥れるための——」


「私はもう、お前を棟梁とは呼ばない」


 カラム閣下がギードレの伏せた名義札を拾い、ストヤンへ返した。


「城門から退け。今後、ルクサンドラの仕事をお前の名で発注することを禁ずる。未払いの日当と棟梁賃は、記録を照合してお前の取り分から支払わせる」


 札を受け取るしかない。ストヤンの両手が、先ほど発注書を差し出した形のまま固まった。


「荷物を運べ」


 石工が二人、ストヤンの道具箱を城門の外へ出した。棟梁用の木槌も、名義札も、その腕から離れて地面へ置かれる。


「お待ちください、カラム閣下。わたしも被害を——」


「退け」


 ストヤンは自分の名義札を抱え、城門の外へ下がった。改心も反省もない顔だった。結構。粗悪品は、磨いたふりをして棚へ戻すより、用途を外すほうが安全だ。


 これで十三個。石と仕事の検分は終わった。


 ところが、カラム閣下は鞄を開けた。


 中から木札が出てきた。


 一枚。


 三枚。


 十枚。


 まだある。


 私の名と不採用の刻印が入った没札が、束になって出てくる。初日の欠けた札、雨で反った札、端に私が「再加工」と書いた札まで、一枚残らず。


「なぜ閣下がそれを?」


「発注管理だ」


 石工たちが一斉に札を見た。


「毎日、石切場へ来ていたのは」


「発注管理だ」


「城門用ではない日も?」


「管理対象は多い」


「私の没札だけですよね?」


「必要だった」


 閣下の親指が、一番古い札を覆った。端が折れかけている。私が覗こうとすると、守るように指へ力が入る。


 耳から首筋まで、じわじわ色が下りていく。


「品質だけを見ていたのでは?」


「品質管理だ」


「退職は石切場の問題では?」


「雇用管理だ」


「呼び戻したのは検分に必要だから?」


「人員管理だ」


 端の石工が吹き出した。


 隣が咳で隠そうとして失敗した。三人目は口を押さえ、四人目はしゃがみ込んだ。笑いは七段より速く積み上がり、とうとう半円ぜんぶへ回った。


 ギードレが素直な顔で尋ねた。


「閣下、没札を毎日拾うのも管理ですか」


「そうだ」


「一枚も捨てないのも?」


「そうだ」


「いちばん古い札を折らせないよう押さえているのも?」


 カラム閣下の親指が、さらに札を覆った。


 石工たちがどっと笑った。


 冷静な辺境伯の体面が、七段目からきれいに落ちた。幸い怪我人はいない。被害は耳と首筋だけです。


 閣下は笑う石工たちを一度見た。全員、口を閉じる。肩は閉じない。上下に揺れ続けている。


「新しい作業棟の棟梁契約だ」


 差し出された書類を、私は没札の束越しに見た。


「これも管理ですか」


「ああ」


「私が受け取らない場合は」


 閣下の呼吸が、二度目の検品と同じところで止まった。


 親指は古い没札から離れない。


 私は棟梁契約書を取った。


「石の品質には問題ありませんでしたので」


 誰かがまた吹き出した。


 閣下は何も言わなかった。耳の色だけが、もう隠す場所を失っていた。



    *    *    *


 新しい作業棟には、朝、昼、晩の鐘が鳴った。


 一つ目の鐘で温かい粥。二つ目で肉入りの煮込み。三つ目で焼いたパンと魚。


「棟梁分です」


 食堂係が大皿を置く。


 三食。数え間違いなし。


 棟梁賃は以前の日当の三倍。寝台は乾いていて、夜中に雨粒を数える必要もなかった。翌朝、指の裂け目へ塗った薬が寝具につかないよう包帯を巻き、鐘まで眠った。


 名誉が戻ったかは知らない。腹が鳴る前に皿が出て、傷が開く前に手を止められ、屋根から水が落ちない。なら、たぶん仕事は正しい場所へ積み直された。


 ロルカンとギードレは別々の契約書を持って来た。


「再審査を受ける」


 ロルカンが言った。


「日当停止に従ったことと、署名したことを分けて話した。どちらも記録へ残す」


 ギードレも型板を差し出す。


「黙って刻むだけではなく、次は先に言います。仕事を頼めますか」


「試し積みからです」


「はい」


「私の積み順を私の名で出すこと」


「はい」


「昼食の魚を勝手に取らないこと」


「それは契約項目ですか」


「最重要です」


 二人は別契約に署名した。免責ではない。仕事の積み直しだ。石も人も、割れた箇所を見ずに上へ置くと、七段目で落ちる。


 午後、私は住み込み部屋の扉へ木札を掛けた。


 ルクサンドラ。


 棟梁。


 字を指で確かめる。私の名だ。裏返してもストヤンにはならない。


 そこで、隣の扉に気づいた。


 カラム。


 名札がある。


「なぜ隣室に閣下の名札があるんです?」


 背後に本人がいた。


「管理上必要だ」


 声が揺れた。


「十四個目の不整合です。辺境伯が棟梁の隣室へ住み込む必要はありません」


「城門修理中は現場に近いほうがいい」


「お屋敷のほうが近いです」


「夜間の報告がある」


「報告机は作業棟です」


「緊急時の判断が要る」


「では、なぜ食堂の席まで隣なんです?」


 閣下の手が閉じた。


 まだ私の没札を一枚持っている。最初の日の、端が欠けた札。親指は今日も折れ目を覆っていた。


「雇用管理だ」


「雇用契約の話ですよね?」


「ああ」


「部屋は偶然隣で、食卓も偶然隣。没札は発注管理。全部、雇用関係です」


「そうか」


「そうです」


 自分の名札を先に掛けたことは数えない。あれは契約上の設置。数える対象ではありません。絶対に。


 食堂からギードレが顔を出した。


「ルクサンドラ棟梁」


「何です?」


「閣下が運ばせた食卓ですが、椅子が二脚あります」


 カラム閣下が目を閉じた。


 ギードレは指を一本足した。


「十五個目の不整合です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。