第5話:ハンバーガーと恋の味②
先ほどの一件で、周囲の空気は悪意より驚きと恐怖が勝ったようだ。ルカはすっかり元気を取り戻していた。
「わー!おいしー!」
席に着くと、早速ハンバーガーにかぶりつく。
目を輝かせ、ニコニコ満面の笑みで食べている。
灯里はルカの無邪気な笑顔に思わず笑ってしまう。
「……そんな幸せそうに食べる? ……じゃあこっちもどうぞ」
灯里が自分のポテトを差し出すと、ルカはウキウキと手を伸ばす。
「いいの? じゃあ、灯里もこっちの食べて! すっごく美味しいから!」
「ルカ、相変わらず大袈裟だね〜」
「本当だって〜」
ルカに促されて灯里も一口食べて、目を丸くする。
「おいしー!」
「でしょ〜?」
ルカがあまりに得意げに話すので、灯里は吹き出してしまう。
「ルカが作ったわけじゃないのに、ドヤりすぎだって」
「え〜! だって灯里が大袈裟だっていうから。僕の言った通りだろ?」
相変わらずの自信満々な発言のルカ。
「だから威張るところじゃないって」
ルカの無邪気な姿に灯里は楽しそうにゲラゲラ笑う。
同じものを食べて、顔を見合わせて笑う二人。
二人の笑い声が重なり、温かな空気がテーブルいっぱいに広がっていく。心が触れ合う時間が、ゆったりと流れていた。
灯里は、そんなひとときに自然と胸が満たされていくのを感じていた。
(ルカって変だけど、安心できるし、ちょっと可愛くもあって……一緒にいると居心地いいな。ずっとこのまま一緒にいられたらいいのに……)
そんな灯里の視線に気づいたルカは、頬を緩めて笑った。小さな手の仕草や、少しの身振りからも、彼の嬉しさが伝わってくる。
ルカもまた、灯里の笑顔に胸をくすぐられていた。
(灯里って、明るくて優しくて、やっぱりいい子だな……灯里にはずっと笑顔でいてほしいな……)
ーーそのために僕ができるのは……
(......灯里の恋を全力で応援すること。全力で頑張ろう。絶対、灯里の恋を成就させなくちゃ)
二人の想いは自然に重なり合いながらも――
灯里の最初の小さな嘘が、ちょっとずつズレとなって積もりはじめていた。
◇ ◇ ◇
「人間界って楽しいなぁ。ずっといれたらいいのになぁ……」
ルカは思わず心のうちをつぶやく。
ふと灯里が口を開く。
「……そういえば、ルカっていつまでここにいられるの?」
「え? 灯里の恋が成就するまで。完全に失敗しても終わりだけどね」
「そうなんだ……」
(ってことは――まだしばらく一緒にいられるんだ。ーー私と瀬戸くんが進展することは絶対ないもん)
嬉しくて顔がにやけるのが止まらない。
◇ ◇ ◇
片付けて店を出ると、灯里の目に、陽真と女子が口論している姿が入った。
女子はそのまま出て行ってしまう。
「灯里、行って来なよ、チャンスじゃん!」
「え? でも……」
ルカの言葉を聞いて、灯里はふと現実に引き戻される。
さっきまでふわふわと幸せな気分で、まるで恋人同士になったみたいに感じてたのに――
急な仕事モード全開のルカに気持ちが追いつかなかった。
(そうだよね……ルカはキューピッドだもん)
灯里はルカの優しい笑顔を見て、深呼吸しながら気持ちを切り替える。
——嫌な気持ちになることじゃないよね。私を思ってのことなんだから。
ルカに促されるまま、陽真の元へ向かった。
「……瀬戸くん、もしかして揉めてたの?」
「あー、うん、実は……」
陽真の恋愛相談に乗る灯里。どうやら、三角関係に悩んでいるようだ。
「確かに”トキメキ☆モンスター”の悠翔みたいだね……瀬戸くんが共感するのもわかるかも」
「そうなんだよー、めちゃくちゃ俺と似てるんだよ!」
「切ないね〜!」
同じ漫画好きということもあり二人は恋愛トークで意気投合して盛り上がる。
◇ ◇ ◇
ルカは天使の姿に戻り、二人を遠目で見守る。
細かい会話はルカには聞こえておらず、まさか灯里が陽真から恋愛相談を受けているとは思っていない。ルカは二人の仲が進展していると完全に誤解していた。
(二人、すごく仲良くなってるな……)
ーーよかった……はずなのに、なぜか心から喜べない……
(おかしいな…何か胸が痛い…これ……さすがに食べ過ぎのせいじゃないよね……?)
ルカは自分のモヤモヤの原因が何かわからずに戸惑っていた。
(いや、何も問題ないはず。灯里が笑ってるんだから、この調子で頑張らないと……)