第5話:ハンバーガーと恋の味①
放課後。
いつものように二人で学校から帰る。今日は少しだけ風が冷たく、教室とは違う空気が心地よかった。
「よかった〜。今日は何のトラブルも起きなかった〜! いつもこの調子でお願い!」
「えー。その代わり何も進展しなかったよ〜」
嬉しそうな灯里に反して、ルカは不服そうな顔をする。
(別に瀬戸くんと何も進展しなくてもいいんだよ……って本当のことなんて言えないけど)
そんなふうに灯里が思っていると、ルカが急にピタリと歩みを止めた。
目を輝かせ、前をじっと凝視している。まるで宝物を見つけたかのようだ。
「どうしたの?」
灯里が尋ねると、ルカは慌てて、何もないそぶりをする。
「あ、いや別に……」
立ち止まったのは、ファーストフード店の前。貼られたポスターには
――『今年も発売!期間限定!大人気、ジューシービーフバーガー!』
大きなハンバーガーの写真と謳い文句。
「……もしかして……食べたいの?」
思わず訊いた灯里に、ルカは慌てて首を振る。
「いや、キューピッド業務とは無関係だし……あ、でも灯里が行きたいならもちろん付き合うよ!」
必死な慌てっぷりに、灯里は思わず吹き出す。
「それで“食べたくない”ってのは無理あるでしょ……あ、瀬戸くんだ」
ちょうどそのタイミングで、店内に瀬戸陽真が入っていく。先日一緒にいた女子も一緒だ。
「……ちょっと様子見に行く?」
灯里はルカを気遣いながら、陽真を口実に誘ってみる。
「うん! 行こう行こう!」
ルカはノリノリで飛びついた。
「わかりやすすぎだって〜」
心の中でつっこみながらも、灯里はくすりと笑った。
◇ ◇ ◇
店内に入ると、すぐに視線が集まる。
金髪に青い瞳、整った顔立ちのルカは、ひときわ目立つ存在だった。天使のオーラもあり、人間離れした美しさが漂う。
周囲からはチラチラと嫉妬まじりの視線も突き刺さる。
(あ、これまずいやつじゃ……)
先日の体育館での出来事を思い出し、灯里は慌ててルカの様子を確認する。
ーーが、
ルカはハンバーガーのメニューに夢中で、キラキラと目を輝かせていた。
「さっきの期間限定のハンバーガーもいいけど、定番のハンバーグ系、フライ系も捨て難いな……いや、やっぱりせっかくだし期間限定をいっとくべきかな……」
(……え、全然気にしてない!? むしろテンション上がってるし!? 今回は大丈夫なのかな……??)
灯里がそう思っていると、ふとルカの肩に力が入り、手が少し震えていることに気づいた。
夢中でメニューを眺めるルカの顔は、気づけば青ざめていた。
「……なんか体調悪くなってきた……」
「……気づくの遅っ!」
二人の注文の番になるが、ルカはぼーっとしていて挙動不審だ。
「……でかいバーガーがしゃべってる……」
「……ルカ、それ店員さんだよ」
灯里は適当に注文を済ませ、ルカに声をかける。
「ルカ、大丈夫? とりあえず座ろう」
灯里はルカを気遣い、優しく手をとる。
「……灯里、ありがとう」
灯里の優しさに、ルカは少し頬をあからめ、嬉しそうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
ーーその時
そばでその様子を見ていた男子高校生のグループが、わざと聞こえるようにひそひそ笑う。
「だっさ、見た目だけじゃん」
「女子に守られてんのウケる〜」
クスクスと笑い合う声に、灯里はカチンときて思わず口が動いた。
「遠くからしか言えないなんて、そっちのほうがダサいでしょ!」
行った後しまったと思ったがもう遅かった。
「なんだと?」
笑っていた男子たちのうち一人がキレて、灯里に掴みかかろうとする。
その瞬間、ルカの青い瞳がきらりと鋭く光った。
「僕の悪口はいくらでも言っていいけど、――灯里には手を出すなよ」
低く静かな声とともに、ルカが手を軽く振ると――男子たちは椅子ごと後ろへ弾き飛ばされた。
店内は一瞬、静まり返り、飛ばされた男子たちの驚きの声が消えた瞬間、灯里は思わず笑ってしまった。
(めちゃくちゃナチュラルに魔法使ってるーー!)
「な……今のなんだ……?」「体が勝手に……」
男子高校生たちは恐怖で店から逃げ出した。
逃げ去る様子を横目に、ルカは振り向いてふわっと灯里に笑いかける。
「灯里、危ないからあんまり煽っちゃダメだよ」
「ご、ごめん……ルカが悪く言われるの許せなくて……」
「全然。庇ってくれて嬉しかったよ」
「……そ、そう?」
「うん。やっぱ灯里って優しいね」
ルカは嬉しそうに笑ってから、肩をすくめる。
「――ちょっと後先考えないけど」
「……ひどっ」
思わず口を尖らせたが、すぐに頬を染めて言った。
「私も庇ってくれて嬉しかったよ」
灯里がそういうと、ルカも照れくさそうに目をそらした。