第2話:ルカの初仕事②
放課後。席替えで隣同士になったこともあり、灯里と陽真は一緒に体育館倉庫の掃除当番に割り当てられた。二人で倉庫の引き戸をスライドさせ、中へ足を踏み入れる。
「広いから掃除大変そうだね〜」
陽真がそう言った瞬間、
ーーバン!
不自然なほど勢いよく扉が閉まる。
「何??」
灯里が驚いていると、その後、
――ガチャン!
鍵がかかるような音がして、電気も消え、真っ暗になる。
「え、何これ……? 昼間なのに真っ暗……」
狼狽する陽真を横目に、灯里はピンときた。
(絶対ルカの仕業! 今朝読んでた漫画にあったやつだもん!)
息を飲み、慌てて倉庫の中を見回す。胸がざわつき、心臓がドキドキ鳴る。
(胸キュンエピソードだと思ってたけど……実際に起きると、これは……結構怖い!!)
その時、窓の外からルカがふわりと現れる。羽も輪も戻り、天使の姿に戻っていた。陽真には見えないらしい。
「なにこれ? 変なことしないでよ!」
「いい感じだろ!? 暗闇で二人きりだとドキドキするって漫画に書いてあったよ?」
ルカは得意げに胸を張る。完全にいいことをしているつもりらしいが、灯里にとっては大迷惑だ。
(こいつ天使ってか悪魔じゃん!)
灯里はげっそりとした表情で心の中で毒づく。
「ありえない!怖いから出してよ!」
「せっかくだし、もう少しだけいなよ? 進展するかもよ?」
ルカはにっこり笑って、ふわりと姿を消す。
「ちょっと待っ……」
……ルカが消えた途端、床がぐらりと揺れる。
(え? これもルカの仕業……? こんな展開、漫画にはなかったったって!)
「「わーーー!!」」
恐怖にくっつくように身を寄せ合った灯里と陽真。揺れが収まると、互いに顔を見合わせ、思わず照れ笑いを浮かべた。
(なんでこんなことに……)
予想外の出来事に灯里はげっそりしていた。窓の外を見ると、ルカは得意げに親指を立て、イタズラっぽくにやりと笑っている。
「恐怖と恋のドキドキが混同されるってよくある話だからねー。僕からのサービスだよー」
楽しそうなルカの声が聞こえ、灯里は思わずため息をつく。
(……っていうか、こんなの全然嬉しくないってば!)
◇ ◇ ◇
ルカの姿だけでなく、声も陽真には聞こえていないようだ。
何が起きているのか全く分かっておらず不安そうな表情を浮かべている。
「瀬戸くん、ごめんね……巻き込んじゃって……」
「なんで?坂下さんは何も悪くないだろ?」
きょとんとする陽真に、さらに申し訳なさが募る。
(いや、私のせい……っていうかあいつのせいなんだよ〜)
「……でも、どうしよう……」
不安げな陽真。
ルカの仕業なら死ぬことはない…けど、
(暗闇の倉庫とか普通に怖いって! 胸キュンじゃなくて、ホラーだよ!)
事情を知らない陽真にとって、この状況はヤバすぎる……。
せめて気休めになればと、灯里は思わず口を開いた。
「とりあえず、絶対危ないことは起きないから、安心して」
自分でも根拠のない言葉だと分かっている。
けれど精いっぱい強く言い切った。
「……なんで? わかるの?」
灯里の謎の自信に、陽真は驚いたように見返す。
「うん。大丈夫。私を信じて!」
必死にうなずく灯里。
「はは。すごいな……信じるよ」
頼りないが、その必死さと力強さに陽真は思わず笑ってしまう。
不安がやわらぎ、肩の力が抜けていった。
陽真が安心してくれたのを見て、灯里も少しだけ冷静さを取り戻す。
このまま怖がっていても仕方がない。今は早く外に出ることが先決だ。
◇ ◇ ◇
灯里は漫画の展開を思い出し、ポケットからスマホを取り出しライトをつける。
緊張で手が震えつつも必死に照らす。
ライトの光で倉庫は薄暗く照らされる。
「あ、あっちの大きな窓から出られそう……」
陽真を手で引き、落ちてきそうな用具を支えつつ、少しずつ出口へ。
ようやく外に出ると光が差し込み、ほっと胸をなでおろす。
「よし、出られた!」
「まじで死ぬかと思った……坂下さんのおかげで助かったよ!本当にありがとう!」
灯里は申し訳なさと照れ臭さが混じり、曖昧に笑う。
「そんなこと……」
巻き込んでしまったことの罪悪感が残る。
陽真はまだ少し硬い表情の灯里に気づき、くすっと笑いながら優しく言った。
「でも、意外と楽しかったよね」
その言葉に灯里もホッと肩の荷が降りる。
「うん。意外とね」
自然と笑みがこぼれた。
◇ ◇ ◇
「しかし坂下さんすごく冷静だったよね……俺怖くて何もできなかったのに……」
「いや、実は漫画の真似しただけなんだよね……」
灯里が小さく肩をすくめると、陽真の目がぱっと輝いた。
「え? それって、もしかして『トキメキ☆モンスター』?」
「瀬戸くん、知ってるの?」
意外そうに尋ねる灯里に、陽真はどこか照れくさそうに笑う。
「姉ちゃんに勧められて、意外とハマっちゃった。悠飛が可哀想で共感しちゃうんだよね」
「わかるー! 切ないよね!」
互いに身を乗り出すようにして話すうちに、緊張感はすっかり和らいでいた。
その後もしばらく二人は漫画トークで盛り上がる。
その様子を離れたところからルカが目を細めて見守っていた。
◇ ◇ ◇
陽真を見送った灯里は、中庭でルカに疲れ切った声を漏らしていた。
「怖すぎだって……疲れた……」
「すごいじゃん! 絶対気に入られたよ! 大成功だね!」
ルカは先ほどの一件がうまくいったと思っているようで、満足げな笑みを浮かべて嬉しそうだ。一方、灯里はぐったりと肩を落としている。
ルカはその様子を見て、首を傾げる。少し考えるような仕草を見せたあと、真剣な眼差しで声をかけた。
「でもさ――
灯里、ほんと優しいし頼りになるよね。瀬戸くんにも灯里の良さが伝わったと思うよ」
柔らかな笑みを浮かべ、灯里を見つめる。
「な、何それ……自分で仕掛けといてよく言うよ!」
不意に褒められ、思わず言い返したが、心臓の鼓動は隠せない。
「だって、本当のことだから」
その言葉の真っ直ぐさに、さらに胸が高鳴った。
(……ほんとにズレてる。次は絶対ごめんだけど……でも、私、ちょっと勘違いしてたな……。
ただの変な人じゃなくて、根っこは意外といいやつ、なのかも……)
そう思った直後……
ルカは新しい作戦を思いついたらしく、自分の世界に入り込み、大真面目な顔でブツブツつぶやき出した。
「そうだ……灯里がこんなできる子だったら、次はもっと派手にして……そうしたらもっと灯里のよさ伝わるんじゃ……」
目は輝きに満ち、ワクワクしている。完全に暴走モードだ。
(いいやつ……だけど、やっぱ変……!)
思わず全力で止めに入る。
「も〜! 全然反省してないし! 怖いのは絶対ダメだからね!」
「え?ダメなの? すごくいいと思ったんだけど……」
本人はいたって真剣なようで、きょとんとした表情を灯里に向ける。灯里はため息をつきながらもつい笑ってしまう。
変だしズレてるし、怖い思いもしたけどーー
(なんかつい笑っちゃう。真剣なだけに憎めないな……)
肩の力がすっと抜け、口元がくすっと緩む。
(......もうちょっと嘘ついたままでもいいかも……?)