第9話:ルカ天界に帰る?!
昨夜、夜景スポットからの帰り際にルカの姿が消えてしまい、それっきり会えていない。
流石に朝になれば現れるだろうと思って眠りについたが――今朝もルカは姿を見せなかった。
いつもなら、当たり前のように灯里の部屋でくつろいで、「おはよー」なんて軽く挨拶してくるのに。
心にぽっかり穴が空いたようで、何も手につかなかった。
(昨日あんなに張り切ってたのに……どうして急に……)
昨夜は漫画と同じ、あの場所にルカと一緒に行けて――ただそれだけで胸がいっぱいになった。嬉しくて、幸せで、この瞬間が止まればいいとさえ思った。
――なのに。
(……ルカは何とも思ってなかったんだ。
……夜景にも、私にも興味なんてなかったのかな……)
胸が苦しくて、うまく息ができない。じっとしていると、昨夜のことばかりが頭の中でぐるぐる回ってしまう。
どうして、ルカは急にいなくなったのか――。
考えを巡らせるうちに、はっと胸が跳ねた。
(私と瀬戸くんと成就したと勘違いして、もう天界に帰っちゃったんじゃ……)
確かに、ルカはずっと陽真との仲を応援していた。デートまで漕ぎ着けたんだから、そう見えなくもない。
(......じゃあ……もう二度と会えないの……?)
その瞬間、胸の奥から何かが抜け落ちたようで、呼吸の仕方すら忘れてしまう。
呆然とベッドに身を投げ出し、震える手を握りしめることしかできなかった。
けれど時間が経つにつれ、胸の奥に別の感情が浮かんでくる。
重苦しい痛みの中から、じわじわと怒りが広がっていった。
「……何それ?」
「何も言わずに勝手に帰ったってこと? 普通、挨拶くらいあるよね!?」
灯里は思わず拳を握りしめた。
「何考えてんのよ!?」
「いくらルカでも、こればっかりは笑えないんだけど!」
ベッドを蹴るように起き上がり、怒りの言葉を次々ぶちまける。
「ありえない! ずっと一緒にいるって言ったのに……嘘つき!」
頭の中は文句でいっぱいで、気づけばスマホを握りしめていた。
「そっちが勝手なことするなら……こっちだってやってやる!」
そう言うと、灯里はネット通販の「お問い合わせ欄」を開き、勢いのまま文字を叩き込む。
「恋愛が成就していないのに契約終了っておかしいです!」
「責任者を出してください!」
「天界派遣サービスの質を疑います!」
さらに★1レビューまで投稿。内容はほとんど八つ当たり。
(勝手に帰った罰だもん!思い知れ、バカ天使!)
送信ボタンを押した瞬間、ふっと力が抜けた。
その途端、頬を熱いものが伝う。
「……え?」
止めようとしても、涙は止まらない。
「なんで……勝手に帰っちゃうのよ……」
声を上げ、膝に顔を埋めて泣きじゃくった。
部屋の静寂に、嗚咽だけが響く。
そのとき――背後から声がかかった。
「ちょっ……!さすがにあれは酷すぎるだろ!?」
灯里が驚いて顔を上げると、目の前にルカが立っていた。
「どんな仕事してたんだって、えらい人にめっちゃ怒られたんだぞ!」
涙がぴたりと止まり、灯里はぽかん。ルカも驚いた顔で固まっていた。
「え……めっちゃ泣いてるじゃん。あそこまで行って……本当に成就しなかったの?」
返事の代わりに、灯里は勢いよくルカに抱きつく。
「誰のせいだと思ってるのよー!!」
「え、僕? ちゃんとサポートしただろ?」
「なんで何も言わずに帰っちゃうのよ……」
そう言った途端、涙がまた溢れてくる。
「いや、だって……」
ルカは顔を逸らし、目を伏せる。声がかすかに震えていた。
灯里は驚いた。どうせまたいつもの軽口でごまかされると思っていたからだ。
言葉を促すように、じっとルカを見つめる。
「灯里、瀬戸くんとうまくいってたから……
……キューピッドの仕事って、恋が成就したら終わりだろ……」
そこまで言ったところで、ルカは言葉を失う。声にするだけで精一杯のようだった。
「だから……もう僕は、必要ないんだろうって思って……」
ルカの苦しそうな表情を見て、灯里は胸が張り裂けそうになった。
「違う……! ルカは必要なの……私には……」
その言葉にルカははっと顔を上げる。
灯里は涙で濡れた瞳をまっすぐに向け、震える声で続けた。
「ごめんなさい……ずっと嘘ついてたの……
本当は……瀬戸くんのことは別に好きでも何でもなくて……」
「……え?」
ルカは言葉を失い、驚きで立ち尽くす。頭が一瞬真っ白になった。
「ごめん! ルカが流星くんに似てたから、会いたくて注文しただけだったの……!」
灯里の言葉を聞き、ルカは力が抜けていくのを感じた。
頭の中がぐるぐる回り、今までの出来事が一気に遠のいていく。
その場に立っているのもやっとだった。
「……じゃあ僕がずっと応援してたのって……」
かすれた声で問いかける。まだ事態を理解しきれず、足がすくむ。
「ご、ごめん……本当のこと、どうしても言えなくて……」
「じゃあ、本当はその“流星くん”が好きだったの?」
ルカはため息まじりで問い返す。
「違う……私が好きなのは流星くんじゃなくて……」
手が震え、息を整えながらぐっと顔を上げ、ルカを見つめる。声を絞り出すようにして、思い切って口を開いた。
「……私が好きなのは、ルカなの!」
「え……な……?」
ルカは言葉にならず、胸の高鳴りだけを感じて立ち尽くす。頭が真っ白で、どう反応していいかわからなかった。
灯里はまだ緊張で手がわずかに震える。それでも心の中で、自分の気持ちをひとつずつ確かめながら、言葉を続けた。
「最初は流星くんに似てるから会いたいってだけだった……
でも、気づいたら、ルカといる時間が楽しくて、一番大事になってて……」
ルカと過ごした日々を思い返し、自然と笑顔があふれる。
「今は……楽しいことがあると、真っ先にルカと一緒に笑いたいって思う。
隣にいてほしいのは、いつもルカなんだ」
灯里はまっすぐルカを見つめ、胸の中の幸福を噛み締める。
「……私は、ルカが好き……」
ルカは言葉にならず、ただ立ち尽くしたまま。
灯里の言葉が現実だと理解しようとするけれど、心がついていかない。どう受け止めていいのか、まだ整理できずにいた。
「ちょっと! 人が頑張って告白してるのに、無言ってどういうことよ!」
灯里の声に、ようやく現実に引き戻される。
「あ、いや……だって……突然すぎて混乱してて……」
ルカは頭をかきながら小さく呟いた。
「僕も灯里のこと、ずっと考えてたよ……
灯里といるとすごく楽しくて、ずっと一緒にいたいって思ってて……」
「これって……」
ルカの言葉を聞き、灯里は驚きと嬉しさで思わず笑顔になる。
「うん。それ、絶対私のこと好きだよ!」
ルカは照れくさそうに笑い、肩を少しすくめる。
「普通、自分で言う?」
二人の笑い声が、静かな部屋にふわりと広がった。




