第8話:映画デート!ポップコーンに味はなく
映画デート前日。
灯里はベッドに背をもたれ、ぐったりとした顔でルカを見上げた。
「うぅ……なんか、めちゃくちゃ緊張してきた……心臓バクバクで、吐きそう……」
男の子と二人きりで出かけるのは初めて。考えるほどに不安が膨らむ。
ルカはそんな灯里をじっと見つめて微笑み、いつもの調子で答える。
「張り切りすぎたら空回りしそうだから、緊張してるくらいでいいんじゃない?」
「もー! 茶化さないでよ! 本気でドキドキしてるんだから!」
よく見ると灯里は少し涙目になっていた。
ルカは、その様子にハッとし、少し反省するように息をつく。
そして意を決したように真剣な表情で向き直す。
「……そうじゃなくて。灯里は、いつも通りで十分魅力的だよ。
だから、無理に頑張らなくていい」
思いがけない言葉に、灯里の頬が一気に熱くなる。
ルカは少し照れながら目を逸らす。その仕草から、本心だとわかる。
「……ありがと」
「それに、僕もずっと一緒にいるから」
「……ほんとに?」
「うん。ずっとそばにいる。何かあったらサポートするよ」
胸がふわっと軽くなる。自然と笑みがこぼれ、緊張がほどけていく。
「すごく心強いよ」
まっすぐルカを見つめ、灯里は微笑んだ。
その笑顔に、ルカの胸がちくりと痛んだ。
灯里が寝息を立て始めても、ルカはしばらく見つめ続ける。
「……明日で最後かもしれない。だったらせめて、灯里のこと、ちゃんと支えなきゃ」
眠る灯里の頭をそっと撫で、ルカは部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
映画デート当日。
スクリーンにクライマックスのセリフが響く。
『他の誰にも渡さない――ずっと俺の隣にいろ』
灯里の大好きな俳優、流星くんの声に、胸がざわつく。
最初は「ルカが流星くんに似てる」と思っていたのに、今では逆だ。
(……ルカに言われてるみたいで……ぜんっぜん話に集中できない……!)
灯里はドキドキが止まらず、思わず顔を赤らめてしまう。
ふと隣の陽真の様子を伺うと、映画に夢中で、うっすら涙まで浮かべている。
(……瀬戸くん、合わせてくれてたんじゃなくて、本当に好きだったんだな)
灯里は微笑ましく思い、思わず笑みがこぼれる。
ほんの少し顔を上げて、陽真の目を見つめるように横顔を向けた。
その仕草は、自然で、柔らかくて、息が止まりそうなほど穏やかで
――ルカの目には、二人の空気がとてもいい雰囲気に見えた。
ルカは少し離れた席の上空で、天使の姿に戻り、灯里たちを静かに見守っている。
自分とは別の人に向ける灯里の笑顔に胸が締め付けられる。
動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。
その場にいて、見ているのが辛くなる。
(そばにいて、応援するだけで十分だって思ってたけど……)
ルカは小さく息をつく。上映会場をそっと後にして、ポップコーン売り場へ向かう。
ーー『トキメキ☆モンスター公開記念 特別フレーバー』
ルカはポップコーンを手にする
別に、そんなに食べたいわけじゃなかった……
(ただ、あの場所にもういたくない……)
一口食べても、スカスカで味がしない。
ふと、灯里と食べたハンバーガーの温かさが蘇る。
(あの時のハンバーガーの方がずっと美味しかったな。
……それにすごく楽しかった……)
隣に灯里がいて、笑って、同じものを食べて――それだけで心が満たされていた。
でも今、目の前のポップコーンを一口食べても、味がしない。
灯里がいないから、楽しくないし、美味しくもない。
ふと、灯里が以前言った言葉を思い出す。
『好きな人と一緒に行けたら……すごく…幸せ…かも……』
(……そっか。灯里の言う“好きな人と一緒なら”って、こういうことか……)
(楽しかったのも、美味しかったのも、灯里と一緒だったからなんだ……)
胸の奥が重く沈み、切なさでいっぱいになる。
(気づいても、僕にはもうどうしようもないけど……)
心の底にぽっかり穴が空いたようで、虚しさが押し寄せる。
◇ ◇ ◇
「やっぱりここにいた!」
灯里の少し怒った声ような声がする。
振り返ると灯里は不安そうな表情を浮かべていた。
「急にいなくなるから探したんだよ!
.......ずっと一緒にいるって言ったのに……」
「……ごめん」
自分の気持ちを優先して、灯里を不安にさせてしまったことに申し訳なく思う。
「そんなにポップコーン食べたかったの?」
ルカの顔を見てホッとしたのか灯里に笑顔が戻る。
「え、あ…うん、そう! 美味しいよ、これ、灯里も食べる?」
ルカは気持ちを誤魔化して、いつも通りの態度を装う。
その調子に、怒っていたはずの灯里も思わず笑ってしまう。
「もう……心配したんだから。次は黙っていなくならないでよね」
灯里の笑顔を見て、ルカの胸がぎゅっと締め付けられる。
返す言葉がうまく出ず、曖昧に笑うことしかできなかった。
――本当は、灯里のそばにずっといたいのに。
◇ ◇ ◇
灯里と陽真は夜景スポットへ移動する。
高台に広がる夜景。映画のシーンと同じ景色に、二人は目を輝かせる。
「わぁ、さっき見たそのまんま!」
「ね?」
夜景を見てうっとりとした表情を浮かべ、またお互いの顔を見合わせて笑顔で話し合う。
肩が触れそうな距離で並ぶ二人は、まるで恋人同士にしか見えなかった。
その様子を見て、ルカは少し離れた場所で静かに息をついた。
夜景の光が灯里の横顔をやわらかく照らし、まるで星明かりを映したようにきらめいている。
目を細めた表情は穏やかで、口元には自然な微笑みが浮かんでいた。
普段の灯里よりもずっと柔らかく、幸せを噛みしめているのが伝わってくる。
その姿は初めて見るもので、胸の奥に刺さるような痛みを覚えた。
(灯里……好きな人といると、あんな顔をするんだ……)
心がざわつき、呼吸が荒くなる。
――知りたくなかったな……
◇ ◇ ◇
夜景を見ている時、灯里はルカの言葉を思い出していた。
ーーいや、僕は全然興味ないんだけどね? ただの電気のかたまりだし!
ーー……でも……灯里が喜んでくれるかなって思って……
(私を思って選んでくれた場所だと思うと、余計綺麗に見える……)
胸の奥が温かくなり、頬まで熱を帯びる。照れくささと同時に、こみあげてくる幸福感で胸がいっぱいになった。
――ここに、ルカと一緒に来られるなんて……
それだけで十分すぎるくらい幸せで、言葉にできないほどだった。
灯里はじっと夜景を見つめながら、ルカのことを思い出す。
(ルカの感想も聞いてみたいな
……また“ただの電気のかたまり”とか言うのかな……)
自然と笑みがこぼれる。そばにいる彼を思うだけで、心が温かくなる。
ルカと話したくて振り返るが、そこには彼の姿がなかった。
灯里は慌てて辺りを見渡す。
少し離れた場所や周囲のベンチも確認するが、姿は見当たらない。
(あれ……? さっきまでそこにいたのに……)
瞬間、胸の奥を冷たい風が吹き抜け、夜景さえ霞んで見えた。
(なんで……ずっと一緒にいるって言ったのに……)
目元が熱くなり、胸の奥がざわざわと乱れる。
さっきまで温かく満たされていた心が、一瞬で冷たく沈んでいった。
◇ ◇ ◇
ーーそのころ
少し離れた場所で、ルカは二人の背中を見つめていた。
(灯里はもう大丈夫。僕がいなくても、瀬戸くんがいる……)
自分を納得させようと、そう思い込もうとする。
だが、胸の奥には、言葉にできない悔しさと、灯里のそばにいられない寂しさが波のように押し寄せる。
ーーでももう、僕がしてあげられることは、何もない……
二人が見上げる夜景を背に、ルカは静かに翼を広げた。
灯りの海から遠ざかるように、ゆっくりと夜空へ溶けていった。




