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2話 強くなりたい

「あれ、なんで泣いて……」


 颯太郎の意識が戻ると、彼は生命活動を終えた儚き姿の少女を抱えたまま一筋の涙を垂らしていた。

 だが、颯太郎には桜花との未来の記憶は消えているためその理由を知ることはできない。


「やっと起きてくれた! 一人で君を守るのは大変だったんだからね」


 長い黒髪に胸元の赤いリボンが可愛らしい制服姿の小島唯は心配そうな顔を浮かべてこちらに近寄る。


「でも、桜花が……僕のせいで……」

「そのことについては胸が苦しくなる思いだけど、今は悲しみを嘆いてる暇はないよ! 次から次にあいつらが颯太郎を狙ってくる」

「……あぁそうだね、桜花は僕が運ぶよ」


 颯太郎は多くの出血と腹部をえぐられて軽くなりすぎた桜花を慎重に抱きかかえ、足早にその場を去る。

 ひび割れて草と根が間を張り巡らすコンクリートの上に残された血痕が生々しい。


 颯太郎たちが向かうのは家とは言い難いが今にも崩れそうな建物が彼らのホームだ。

 人っ子一人いない多くの荒廃した建造物や木が強く根を張るボロボロなビルの間を通り抜けていく。この光景は約十年前の空爆によるものであり、被害の範囲は計り知れず戦争の恐ろしさを物語っている。


 ホームが見えてくると、二人の少女が颯太郎を出迎えにきた。

 

「三人ともおかえり……桜花!? どうしたの!?」

「……ごめん、僕のせいでこんな……」


 銀に似た輝きを持つ髪が特徴のシルヴィアが驚いた顔でこちらに駆け寄る。


「――立花が死んだのは颯太郎、お前の弱さが原因だ」


 唐突に颯太郎に現実を突きつけたのは彼女達の中で一番の強い人物である、間宮涼子に他ならない。


「そんなこと言わなくたって良いでしょ……」

「うん……その通りだよ」

「死の近い私達の身からして言うと、無駄死には避けてもらいたいものだね」


 そう冷たく言い放ってその場を立ち去っていった。


「颯太郎がき、気にすることないよ? 誰のせいでもないもん」


 今にも泣きそうな不安そうなシルヴィアが颯太郎をなだめてくれている。

 

 全員が集まると、十八歳という若さで死んだ桜花の体は火葬され、ホームのすぐ近くに埋葬された。

 煙が空へと舞っていくのを見て、颯太郎は彼女にもう会うことができないのだと実感した。

 颯太郎にとって誰かの死を間近で見たのは初めてのことであり、現実の残酷さと悔しさを残した。

 そして、この出来事が颯太郎のみんなを死なせたくないという強い感情が芽生えさせたのであった。




 颯太郎があるものを手に持っていたことに少女たちは顔を見合わせる。


「そ、それは桜花の短剣……」

「形見? みたいなのが欲しくて、つい……」


 長い間使われていたにもかかわらず、刃こぼれの一切ないよく手入れされた短剣だ。


「一つ、みんなにお願いがある。僕は強くなりたい」


 颯太郎の目は決意に満ちていた。颯太郎に桜花との未来の記憶でした約束は覚えてないはずだが、どうも似たようなことを言っている。


「弱い自分が悔しくて、もう何もできないなんて嫌なんだ」

「…………」


 颯太郎の願いに少女達は息を呑む。それもそのはず、一人減った九人の強さと美しさを兼ね備えた少女達は颯太郎を命をかけて守ることが使命である。その守る対象を自ら危険に晒すことなどあってはならないはずなのだ。


「そ、そんなの危なくないかな……」


 シルヴィアが声を震わせて思いを伝える。


「でも、少しでもみんなには長生きして欲しいんだ」


 少女達の圧倒的な強さの裏には代償があり、それこそが寿命である。

 少女達の心臓は幼い頃から普通の人の何倍もの速さで動いており、血流を早めることで驚異的な身体能力を得た。しかし、そんな速度で拍動すれば心臓の働きは二十歳ほどで限界を迎えることとなる。

 これこそが残酷な運命の正体である。


「そこまで言うならボクが鍛えてあげよう!」

「明日香! 君ならそう言ってくれる思ってたよ!」


 ショートカットの濃紺の髪にボーイッシュな雰囲気の雨宮明日香が名乗り出た。


「まぁ、勝手にしな」


 涼子はまた同じような捨て台詞を吐き、この場を去った。


「とりあえず涼子のことは気にするな。今は颯太郎、君をどうやって強く鍛え上げるかだ」

「あぁうん、そうだね」


 異様に張り切っている明日香にどんな考えがあるのか想像がつかない。


「大丈夫かなぁ颯太郎たち」

「まあ何とかなるわよ、きっと」


 シルヴィアと唯は顔を見合わせ、颯太郎を見守ることにした。

 その流れで今日の所は解散となり、少女たちはそれぞれの持ち場へと戻っていった。




 翌朝、颯太郎は春空の下桜花の墓石の前に立っていた。


「行ってきます」


 この言葉には出かけることを意味するものとあの時間から進むことのない桜花との別れの意味も含んでいる。

 颯太郎はホームを出て、明日香の待つ広場へ向かう。


 荒れた街並みの中、大きく開けた場所がある。これは颯太郎を狙う敵との戦いが繰り広げられた現場である。


「お、きたきた。早起きとは関心だね」

「意外と僕は朝方な方だよ」

「それじゃあ早速なんだけど、基礎から始めようと思う。ボクたちほど動けるようになれとは言わないが、自分一人であいつらから逃げられるようになって欲しい」


 明日香の提案に颯太郎は頷く。


「あとは使う武具なんだが」

「それなら桜花のを使うつもりだよ」


 颯太郎は腰に着けていた桜花の短剣を手に取って見せた。


「颯太郎はリーチのある物とかがいいんじゃないかな」

「でもなんでか妙に手に馴染むんだ、ほんと驚くくらいに……」

「まあ自分が使いやすいなら大丈夫だろう」


 明日香は片眉を上げてそれを了承した。


「ボクの要求することはキツいがついてこられるか?」

「もちろんだとも!」


 二人だけの広場には明日香の厳しい指導の声と颯太郎の必死に繰り返される返事の声が響いていた。

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