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序章 第4話 3月5日 ブレイブ&ウィッシュ

 家に帰り、母と挨拶を交わした俺たちはまず、自分の部屋に向かった。

 クローゼットにかかっている着替えをもって、シャワーを浴び(俺が先で、結希が後という順番がいつの間にか定着していた)、さっぱりしてから再び部屋に戻る。

 まだ少し夕食までには時間があるため、色々とやっておきたいことがあるからだ。


 まずは、軽く面接用の本に目を通す。

 実技試験とはいえ、もしかしたら面接を追加で行う可能性もあるため、対策は怠らないほうが良い。

 何度も読んでいるため、さっと目を通すだけで済ませ、次の勉強に取り掛かる。

 特定行政書士になるための勉強も含めて、色々な勉強を少しずつ進めているのだ。

 飽きっぽい俺の性格だと、一つの勉強に集中するよりもこちらの方が効率が良い。


 おおよそ1時間くらい勉強を行い、パソコンに向かう。

 ゲームを立ち上げると……どうやら、メンバーが集合できるのは夕食後になりそうなので、そのまま判例検索を行い、特に司法書士に関係するような判例を中心に巡回する。

 これも「ネットサーフィン」のうちに入るのだろうか……?


「久郎、結希。ご飯ができたわよ~!!」


 おっと、もうそんな時間か。

 ミフユの呼ぶ声に返事を返し、パソコンをスリープ状態にして降りることにした。


「今日は、チキンカツ丼よ~!」


 間違いなく、結希のリクエストによるものであろう。

 彼はわりと、ゲン担ぎなどを行うタイプであり……加えて鶏肉にすることで、疲労回復効果も狙っているのだと思う。

 俺はどちらかといえば、普通のロースカツの方が好みではあるが、鶏肉でも目くじらを立てたりするようなことはない。

 栄養や含まれる成分などを考えれば、今日はこちらの方が良いだろう。


「お帰り、久郎、結希……出迎えが無くて、寂しかったぞ!」


 ダイニングに座っていた、茶髪の男――神崎広大(こうだい)、俺の父――が、こちらに声をかける。

 相変わらずごつくて、いるだけで威圧感を感じる人物である。


「それは悪かった。こちらはパソコンをやっていたのだが……結城は?」

「ごめん。僕も精神集中の訓練をVRでしていたから、気が付かなかった」


 VRの技術も進歩しており、身に着けるためのセットも軽量化している。

 そのためさまざまな形での利用が広がっており、精神集中やリラクゼーションなどにも積極的に用いられているようだ。


 ちなみに、父の丼の中身は、既に半分くらいになっている。

 我が家では「食べる準備が整ったものから食べる」というルールがあるため、これが我が家の「日常の風景」だ。


 なお、父の仕事は「ヒーローのまとめ役」である。

 相当大変な仕事であるはずなのだが、基本的に定時で帰宅し、家族との交流や趣味、自己研鑽などに時間を費やすことをメンバーに推奨し、自ら実践している。

 そのため非常に「ホワイト」な環境となっており、評判は極めて良い。

 実際、他の地域から親父の組織である「ヒーローズネスト」で活動するために移住したというヒーローを、何人も目にしているのが証拠になるだろう。


「今日はお酒を飲まないのか?」

「ああ。お前たちの合格が決まってから、気持ちよく酔いたいからな」


 父は、結構お酒が好きである。

 ただしメンバーと飲み会を行うときは、基本的に「下戸」であると述べ、アルコールを口にしようとしない。


 実は……父は相当な甘党であり、飲む酒も「カルーアミルク」が一番のお気に入りという可愛らしい側面があるのだ。

 他にもカシス系などのような、どちらかというと女性向けのようなものを好んでいる。

 従ってお酒を飲む際は、見た目とのギャップが非常に大きい。

 それ故に、本当に親しい間柄以外に対しては下戸で通している、というわけだ。


 早速俺たちも、丼を口にする。

 少し甘さが強めになっており、塩気が少ないのだが……広大の好みに合わせたのであろう。

 我が家の食事は基本的に薄味、やや甘めであるため、時々料理サイトのレシピ通りに作ったものを口にすると、味が濃すぎて驚くこともあったりする。


「ごちそうさま~!」


 結希が先に食べ終わり、丼を水にくぐらせてから食洗器に入れる。

 俺もそれに倣い、部屋に戻ることにした。


「明日の準備、忘れないようにね。特に久郎、あなたはどこか抜けたところがあるから」


 母が俺に対して、声をかける。


「分かっている。きちんと訓練用の銃弾に変えておくし、持ち物もすべてカバンに入れてあるから」

「それでも、念を押さずにはいられないのだろうな……トウキョウで起きた、あの忘れ物は今でも鮮明に覚えているくらいだからな」


 広大が茶化(ちゃか)した。

 確かに、以前トウキョウのFPSの大会に出る際、使い慣れたコンソールを忘れてしまい、朝一で届けてもらって間に合ったというのは……痛恨の一言に尽きる。

「あいつ」も浮かれていたようで、二人して完全に失念していたのだ。

 それ以来、このようにダメ押しで念を入れられるという状態になってしまっている。


 気を取り直して、部屋に戻る。

 ようやく自分の時間が確保できたため、パソコンを立ち上げ「ブレイブ&ウィッシュ」を「フルダイブモード」で起動させた。


 前述のとおりこの世界では、VRの技術が飛躍的に進化している。

 冗談抜きで「戦闘訓練」や「料理の練習」に使えるほどの五感や痛覚、その他のフィードバックがなされており、まさに「別の世界に入る」という感覚になるのだ。

「あいつ」のいた世界ではせいぜい視覚と聴覚くらいまでであったらしく、これを最初に味わった時のあいつは大きな衝撃を受け、騒ぎまくっていたことを思い出す。


「今晩にゃ~! 明日に響かないように、今日の冒険はやめにして、喋りまくるにゃ~!」


 拠点に転送されるや否や、メンバーの一人が声をかけてきた。

 彼女は「黒猫(こくびょう)族」の軽戦士、「マオ」だ。

 いつも明るく振舞っており、猫言葉を多用するキャラを演じている。

 今年ヒーロー試験を受けるということなので、同い年ということになる。


「そういえば、二人はヒーロー科受験……遥か彼方の出来事のように感じる」


 もう一人のメンバーも、会話に加わる。

 彼女は「ドワーフ」の重戦士、「ニカ」。

 こちらは少しダウナー系で、俺たちよりも少し年上らしい。


 俺たちはこの三人で、チームを組んで行動している。

 本当は結希も参加させたかったのだが、キャラメイクのためのスキャンを行った時点で「女性」と判定されてしまい、何度登録を繰り返しても男性として登録されないという事件が発生した。

 そのためショックを受け、「絶対にやらない」と断言したという経緯がある。


 ちなみに俺は「黒翼(こくよく)族」のガンナーで、「カササギ」を名乗っている。

 物理攻撃ばかりで、ヒーラーや魔法使い系が足りない脳筋パーティーに見えるだろうことは、重々理解している。


 とはいえ、一応俺はサブクラスで「エンチャンター」を選び、ある程度魔法に近い攻撃が可能である。

 ニカも「薬物作成」を持っているため、ポーションを作ることでヒーラーがいないことをカバーしている。

 マオも「スカウト」をサブクラスにしているため、実は基本的に三人だけでもほとんどの状況に対応できるというのが、強みであり同時に弱みでもある。

 一人落ちたり、用事があって参加できなかったりするだけで、戦力がガタ落ちになるからだ。


 言い忘れていたが、チーム名は「シーク・ザ・トゥルース(STT)」。

 ゲームのコンセプトの一つに「絶望的な未来を回避する」という大枠があるため、その方法を探るために積極的にメインシナリオを進めるという意思が込められている。

 とはいえ、さすがに今日はメインシナリオをやり込んで、寝不足になるのはまずいし……マオの言うとおり、近況報告くらいにしておくのが無難であろう。


「遥か彼方ということは、ニカもヒーロー科を受けたのか?」


 まず、俺は気になった部分について質問してみた。


 今までは意外にも、メンバーそれぞれの生活環境などを話す機会がなかったのだ。

 このゲームを始めてから、実はまだ3か月しか経っておらず……このチームが結成されたのも2か月前ということで、個々の事情についてはほとんど知らなかったりする。

 ……なんとなく、マオの言葉遣いは最近、どこかで聞いたことがあるような気もするのだが。


「受けたには受けたものの、全滅……結果、引きこもりに」


 ……いきなりヘビーな情報が飛び込んできた。

 とはいえ、少し疑問が生じる。


「全滅?! よほどのことがなければ、どんな学校でも求めているはずだけどにゃ~!」


 マオが口にしたことが、まさにその疑問点そのものであった。

 ヒーロー科はほぼすべての高校に、特殊学級のような形で存在している。

 その上、戦闘能力はそれほど高くなくても、ヒーローの力を使った防壁や魔道具作成の支援など、ヒーローの適性を有する者が求められる形は非常に多い。

 それにもかかわらず、どこからも声がかからなかったというのはかなり異常なことであるが……。


「まあ、採用する側も受ける側も、色々とあるからな。あまり詮索しないほうがいい」


 俺はあえて、ここで話を終わりにすることを選択した。


 いくつか考えてみたのだが……まず、採用する側として考えられる可能性は、面接で致命的な回答を行ったということだ。


 ヒーローとしての力を与えたらまずい、いわゆる犯罪的な考え方をする者。

 あるいはヒーローとしての特権「のみ」を目的としている者。

 こういった者たちは、ヒーロー試験の段階ではじく必要がある。


 ヒーローに与えられる「機体」は大きな力を有している。

 そして、リミッターがかけられているとはいえ、その穴をかいくぐろうとする者は後を絶たない。

 もし、犯罪に用いられることがあったら……せっかく機体に対して積み重ねてられてきた信頼が、大きく損なわれるのは間違いないであろう。


 また、日本の「機体」の生産能力が突出しているとはいえ、すべてのヒーロー適性を有する者に配布できるほどの数を揃えるのは困難である。

 従って、バグと戦うという義務を果たさないものに専用の機体を与えず、ヒーローとして登録させないという事にも必然性があるのだ。


 そして、アイテムを作るなどのような裏方の場合、こちらは相当高度な学力が要求される。

 複雑な術式などを扱うため、学力不足の場合、そちら側での活躍も難しいということになる。

 ヒーローの力が込められたものなので、一つ間違えれば致命的なことになることもあるからだ。

 従って、前線に立つヒーローよりも、ある意味では難易度が高いと言えるだろう。


 次に、受験する側について考慮してみる。

 まず、家庭環境で考えられることとして、公立高校ならまだしも私立高校に通えるほどの余裕がない、ということはあり得るだろう。


「あいつ」いわく、向こうの世界の自衛官が通う学校は、学費免除でお金ももらえたそうであるが……こちらの世界では、公立高校における学費の一部免除はあるものの、それ以外は学校側の裁量が認められている。

 その分設備などに力を入れることで、学校側は優秀な人材を得ようと努力する必要があるため、一概に悪い制度では無いと考えている。


 次に、バグによって片親(あるいは両親)を失っており、そもそも高校に進学するだけでも、補助金なしではどうにもならないということも想定される。

 この辺りは「向こう」との法律の違いを確認する中で、嫌というほど目にしている現実であり、大きな問題となっているのだが……地方自治体の方が積極的に補助を行っている半面、国家はあまり力を入れていないという異常事態が発生しているようだ。


 もっとも「引きこもり」になれるということは、金銭面ではある程度恵まれているであろうことが推測できる。

 こうやってゲームをプレイすることもできるようなので、家族から見捨てられたという事でもなさそうであり、その点はむしろ安心できる要素であった。

 まあ、引きこもりがいい状態というわけでは、決してないのだろうが。


「マオは、トップを目指すにゃ! 目指せ、実技試験満点合格!」

「わりといい線まで行けるのではないか? 実際前衛として、十分な戦いを見せているのだからな」


 VRではあるが、実際の身体能力が影響するタイプであるため、現実の戦闘能力がかなり反映されている。

 マオは軽戦士いうことで、普段の俺の戦闘スタイルに近い部分があり、比較しやすい。

 その結果、結希のレベルには達していないと思われるが、前衛でも十分やっていける戦闘能力を有していることが想定される。

 身のこなしや、突飛な発想による危機的状況からの脱出などは、実は俺も非常に参考にしており……実際、広大を倒したやり方の一つは彼女のスタイルをまねて行ったものだったりするくらいだ。


「うう……まばゆい。陽の気が強すぎて、引きこもりには目が痛い……」


 ニカがおどける。

 実際にはそれほどダメージを受けているような様子ではないので……もしかしたら、引きこもりというのも半分冗談なのかもしれないと感じた。


「明日は、負けないからにゃ~! 首を洗って待っているにゃ!」


 マオが親指で、首をかっ斬る動作を行う。

その挑発に対し、こちらも負けていられないと感じた。

 まあ、このくらいのじゃれ合いならば、何度もくぐりぬけているし……どちらかというとプレッシャーよりも、可愛らしさの方が前面に出ている。

 かなり高性能な動きであり、特殊なアバターを使っているのだろうと感じた。


 ちなみに「アバター」とは、VR空間で本人を示すための「姿」である。

 標準型のものでも十分なカスタマイズ要素が存在しているのだが、彼女の動きは細かい部分で非常に出来が良く、更に多少下品なしぐさなどを行うことも可能になっているようだ。

 アバターを自作、または改造できるレベルのスキルを有しているか、あるいは伝手があるということで……どちらにせよ、かなり高度な技術者が絡んでいるのは間違いなさそうだ。


 その後もさまざまな話をした。

 最近できたお店のことや、ファッション(男の俺は、あまり積極的には口出しできなかった)、ゲームにラノベの感想などなど……。


「そういえば、ヒーローになったら久郎は「R-18」を堪能するのかにゃ?」


 マオがいきなり、爆弾を投入してきた。


「確かに、プレイする資格は得られるな……考えておくことにしよう」


 俺も、おどけて答える。

 実際、男性のヒーローにとって最も大きな恩恵が、成年擬制による年齢制限付きのゲームやコンテンツの解禁という説も存在している。

 エロに対するエネルギーというのは、馬鹿にならないのだ。

 ……実は俺も、成年擬制が適用されたらプレイしたいと思っている作品が、いくつか存在している。


「ハーレムチームと呼ばれていて、なお別の女を求める……男の性というものね」


 ニカの言葉に、苦笑せざるを得ない。

 このゲームは「R-18パッチ」が存在していないため、ハラスメント行為は通報の対象になっていることを知っていて、あえてこういう形で挑発しているからだ。


 切りの良い時間になったため、別れのあいさつを交わしてログアウトする。

 明日がいよいよ試験当日なのだが……自分でも驚くほど、平常通りの心境だ。

 この状態ならば、恐らく試験でも全力を出すことができるであろう。


 結希の方は、果たしてどうなのだろうか?

 結構プレッシャーを感じやすい部分があるから、寝不足になっていたりしなければいいのだが。

ようやく、初日が終わったところです。

次の日は、もっと長くなりそうです。


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