序章 第2話 3月5日 参拝と昼食、そして買い物
家を出て10分くらい歩いたところに、目的地の「よねのみや神社」は位置している。
そのため、俺たちは歩いて向かうことにした。
「この辺りも、大分様子が変わったね」
結希の言葉通り、この10年余りでフジ市は急激な変化を遂げた。
バグが発生するようになり、対抗手段としてヒーローが活躍するようになったことは、前述のとおりである。
しかし、危険な力を有するバグに対して、生身で挑むということは非常に危険が大きい。
何しろ、最小でも中型犬~大型犬並みの大きさがあり、観測された最大サイズでは数十メートルというものもいるため、普通の武器ではヒーローの力を加えたとしても、力不足になってしまうのだ。
そこで開発されたのが、いわゆる「機体」である。
パワードスーツの発展形として作られたこれは、ヒーローがバグと戦う上においてもはや必須レベルのものとなっている。
そして、この「機体」を製造している最大規模の工場の所在地が、シズオカ「府」のシズオカ市なのだ。
この「機体」を製作する上で課題になったのが、精度の高いパーツ作りであった。
そのため機体の開発者が着目したのが、シズオカ県に本社を有していた某企業であり……提携する形で機体の作成、及びそれらを元にした玩具の製造が始まった。
バグとの戦いの激化、及びヒーローの数の増加に伴い機体の需要は急激に伸び、ある意味では国の基幹事業と呼んでもよいほどの規模にまで経済効果が及んだのだ。
結果としてシズオカ県は急激に成長し、シズオカ「府」と呼ばれることになった。
隣に存在しているアイチ県の住民は、かなり複雑な感情を抱いたようであるが……数字で示された結果に対しては、納得せざるを得なかったようである。
また、特にトウカイ線沿いの市町村は、一気に都市化が進むことになった。
シズオカ市に近いところも開発されたが、ベッドタウンとしてフジ市、ヌマヅ市、ミシマ市なども急激に発展することとなった。
ちなみにフジ市の主要な産業である「紙」については、木材を更に加工することで「カーボンナノファイバー」と呼ばれる物質を抽出できることが判明。
鉄よりもはるかに軽量、かつ頑強な素材の原材料として、さまざまな乗り物に用いられている。
加えて、食品などにも利用することが可能であることがわかり、一気に需要が拡大した。
当然機体の装甲にも使用されており、カーボンナノファイバーを生産する工場も、フル稼働している。
もちろん、今まで通り紙も生産されているため、工場の増設が各地で行われているという状況だ。
また、技術の進歩により悪臭もかなり軽減しており、そのため「あいつ」に言わせると向こうの世界の富士市よりも、はるかに住みやすい環境となっているらしい。
特にフジ駅、新フジ駅周辺の再開発が行われた結果、目覚めたばかりのころはまだ農地が点在していたこの地域も、完全に住宅地になっている。
また、マンションや商業施設も大幅に増えており、下手をするとトウキョウの特別区よりも発展しているというのが現状だ。
「まあ、昔からある店で、残っている物もあるようだがな」
変化している部分もあるが、変わらないところも点在している。
結果として形成されたのは、少しアンバランスな街並み。
個人的にはこれはこれで、嫌いではない。
基本的に新しい物好きの俺であるが、昔ながらのレトロなものに惹かれることもあるからだ。
歩いていくと、大きな公園が見えてきた。
この広い場所は「よねのみや公園」と名付けられており、休日は子供たちが遊ぶ姿がよく見られる。
もっとも近くに「フジ中央公園」というもっと大きな公園があるため、イベントなどの時にはそちらが利用されるようだ。
公園の向こうに、大きな赤い鳥居が見えてきた。
ここが、「よねのみや神社」の入り口だ。
入る前に、頭を下げて道の端に寄る。
手水所で手と口を清め、そのまま本堂に向かって端を進む。
「さすがに久郎も、堂々と中央を通ったりはしないみたいだね」
結希が茶化す。
実際、俺はかなり「ふざけた」ことをやることも多い。
とはいえさすがに、こういった場所でそういう行動をやらないくらいの常識は、有しているつもりなのだが……。
同じくらいの年齢の参拝者が、何人か見られる。
恐らく俺たちと同じく、ヒーロー試験の実技に挑もうとしているのだろう。
「にゃ。巫女さんのコスプレにゃ~!」
「コスプレとは違います。アルバイトですが、本職の巫女です」
「アルバイトと本職……ふむ。矛盾した表現に聞こえるのだが、確かに能力を考えると妥当な表現としか言いようがないな」
……何やら授与所の方から、騒がしい声が聞こえてきた。
女三人寄れば姦しい、なんて言い方をすると、コンプライアンス違反が指摘されるかもしれないが……まさにそんな感じである。
俺たちは既にお守りは購入済みであり、最後にもう一度参拝しようとしているだけなので、そちらに行くことはないだろう。
どこかで聞き覚えがあるような口調ではあるが、他人の空似だと思う。
彼女は確か、トウキョウに住んでいるはずであるし……。
賽銭箱にお金を入れて、二礼二拍手一礼。
ちなみに祀られている神様はコノハナサクヤヒメ、境内の社にオオクニヌシ、コトシロヌシ、そして本殿から少し離れたところにある社にスガワラノミチザネコウとなっている。
当然離れた社の方にも行き、二人でしっかり合格を願った。
まあ、既に学科試験は終わっているので、実技で窮地に陥ったときのひらめきがメインの願い事であるが。
「そろそろ、お昼にしよう」
結希の希望により、昼食は公園の近くにある牛丼屋で済ませることになった。
ちなみに帰り道には本屋もあるので、そこにも立ち寄って少しチェックしてみようと思っている。
「いらっしゃいませ~! 2名様ですね。カウンターでよろしいですか?」
店員の問いに答え、二人並んでカウンターに座る。
「あいつ」が言うには、向こうの世界では少し前まで病気が蔓延しており、距離を離すことが推奨されていたらしいのだが……こちらの世界では幸い、そのようなことは起きていない。
結希は牛丼の大盛りとサラダ、味噌汁のセット、俺は頭の大盛り(ごはん少なめ、肉多め)とけんちん汁を注文した。
ちなみに「あいつ」曰く、向こうの世界では一時期鶏肉が入っており、けんちん汁とは言えないものだったらしいのだが……こちらの世界は最初から、野菜だけになっている。
まあ、だしなどの部分がどうなっているかまでは分からないため、菜食主義者に勧められるかどうかは微妙なところであるが。
そもそも、牛丼を頼んでいる時点で菜食主義者とは程遠いことは、自分でも理解している。
ただ、意外とこの味が好きであるため、俺は味噌汁の代わりにこちらを注文することが多い。
閑話休題。
昼食を済ませ、もう一つの目的である本屋に入った。
ここの本屋は年中無休で、家から近いこともありかなり愛用している。
たまに専門的な本や、マニアックな本が入荷することがあるところも、魅力の一つだ。
「久郎は……うわ、何それ!」
「何って……司法書士の参考書と解説書だが? さすがにヒーローをやりながら司法試験予備試験を目指すのは厳しいだろうが、こちらを勉強することである程度カバーできるからな」
基本的に俺は、本に関して「雑食型」である。
こういった参考書も読むし、話題になっている本、専門書、アニメやラノベに至るまで、興味がある本は片端から読んできた。
幸い両親も咎めるどころか、むしろ積極的に協力してくれたこともあり、幅広い知識を得ることができた。
資格も色々と取得できたこともあり、本当にありがたいと思っている。
「久郎の本棚って、いくつも鈍器になりそうな本が置いてあるよね……六法全書にことわざ辞典、漢和辞典に医学書……どこに向かおうとしているの?」
「別に、知識が多いことは悪いことではないだろう。行政書士の仕事を行う上でも、別の資格や雑学が役に立つことはかなりあるからな」
「うん。それは分かるけれども……ヒーローとして、それって必要なの?」
「一応ヒーロー科の学科でも、法律関係は学ぶのだが……結城は大丈夫なのか?」
俺は逆に結希に問いかけたが、彼の疑問も理解できる。
自分でも、ヒーローを目指すうえで必要とされる資格や知識でないものも、数多く取得していることくらいは理解しているからだ。
ちなみに、朝にも述べたことであるが……実はヒーローになることにより、特別な措置が行われる。
それが「あいつ」のいた世界では廃止された「成年擬制」というものだ。
学生としての配慮があるとはいえ、ヒーローになるということはすなわち、バグとの戦いで命を危険にさらすということでもある。
それ故に、そこで親権を行使されることによって身動きが取れない、という状況に陥ることが全国で多発したらしい。
それを回避するために、ヒーローになった者を責任能力のある「成人」として扱うことで、本人の意思によって行動していており、親権には服さないという形で導入されたという経緯があるのだ。
その「成年擬制」こそが、俺がヒーローになろうとしている最大の理由である。
成年として扱われるということは、すなわち「行政書士会への登録要件を満たす」(未成年者は欠落事由に当たる)ということになるため、「行政書士としての仕事ができる」ということになる。
まあ、依頼があるかどうかは別問題としても、それによって「副収入」を得られる可能性があるというのは、それだけでも大きい。
加えて、今までは親に代行してもらっていた「投資」なども積極的に行えるようになるため、できることの幅が大きく広がるのだ。
もっとも「ヒーロー科」に通い、そこで任務や訓練を行うことでも、一定の手当てが支給される。
ヒーローには大きな責任が伴うが、その分こういった形で報酬も充実している。
そのため行政書士の仕事は、あくまでも「ついでにできれば」という感じであり、同時に万が一ヒーローとして戦えなくなった時のための備えとして考えている。
「それだけの本を読んで、ゲームもやって、勉強もできて、資格もたくさん……久郎の頭の中って、どうなっているの?」
「前から言っているように、頭の中にもう一人の人格があって、その知識と経験を引き出してアレンジしているだけなのだが。俺としてはむしろ、結希の剣の腕前の方が遥かに人間離れしているように感じるぞ」
俺の言葉に、結希が少しうつむいてしまった。
俺自身は、自分のことを「ゼネラリスト」だと感じている。
それ故に、結希のような「プロフェッショナル」に対して、強い憧れがあるのだ。
結希の剣の腕前は、それこそ剣の道を究めた者たちに挑んでもいい勝負になるほどの、とんでもない代物である。
当然その力はバグを相手として、存分に振るわれており……間近で目にしている俺としては、実にうらやましいと感じているのだ。
もっとも結希の方は逆に、俺の「器用」なところに憧れているようなので、いわゆる「隣の芝生は青く見える」というものなのだろうが。
ちなみに、「あいつ」の知識は、鵜呑みにできないところも多々ある。
あくまでも「バグという脅威が存在しなかった世界」の知識であるため、現実と比べて大きな違いが存在していることもあるのだ。
まあ「あいつ」はむしろ、そのことに興味を示し、積極的に学んでいるようであるが。
「まあ、確かに僕も剣の腕前に関してだけは、ほぼ誰にも負けないと思っているけれどね」
結希が、面を上げてこちらに応えた。
事実、結希は中学生の時、全国剣術大会(バグとの戦いの結果、より実戦的な「剣術」が「剣道」から派生して生まれている)において「準優勝」という結果を残している。
加えて、全国近接総合大会(格闘から武器まで、飛び道具意外のすべてが許容される試合)においても、本戦トーナメント出場という成果を残しているのだ。
鳥のように素早く、鋭いその剣術に体術が加わった結希の戦闘能力は、俺では足元にも及ばないと自覚している。
「でも、僕は父さんに勝ったことがないからね……久郎は二回も勝っているのに」
また少しうなだれながら、結希がつぶやく。
実際このことは、かなり大きな「壁」として結希の心に刻まれているようだ。
ちなみに、父の腕前は……恐らくヒーローの中でも、トップクラスであると思われる。
前線に出ることが少なくなり、後方から指揮を行うことが増えたようであるが、それでもなおいざという時には「切り札」として前線に立ち、バグたちを薙ぎ払う活躍を見せているのだ。
父一人の攻撃で、バグたちの群れに「大きな一本道」が生まれ、そのままボスも両断されたというその戦いは、今でも語り草となっているほどだ。
「俺はまあ……手段を選ばなかったからな。結希は剣術と、体術の範囲で戦っているのだろう?」
ちなみに俺の勝利は2回とも、いわゆる「初見殺し」に近いやり方を使っている。
そのため、その後の訓練でボコボコにされたのは、言うまでもない。
「それでも、そういう事ができるというだけで少しうらやましいよ。僕には手段を選ばないという方法は、取れそうにないから」
結希の弱点の一つが、これだと思う。
相手に勝つにしても、いわゆる「汚い勝ち方」では意味がないと考えているようなのだ。
「まあ、バグと戦うときにはそんなことを言っていられないからな。そちらで慣れれば、ある程度人間相手でもできるようになると思うぞ」
「できれば、慣れたくないな……まあ、バグがそれを聞いてくれるとは思えないけれど」
基本的にバグは、人を襲うことしか考えていないと考えられている。
また、個体ごとに特殊な能力を有していることもあり、外見が似ていても別物の強さということあるのだ。
よく戦うタイプのバグだからといって、油断が許されるものではない。
そのため、必然的に「損害を少なくして勝つ」ことが求められるのだ。
恐らく結城も、バグたちとの戦いを数多く経験すれば、綺麗な戦い方だけではない、独自のスタイルが確立されるのは間違いないであろう。
「とりあえず、用事は終わったし……早めに帰って、今日の訓練は軽めに済ませることにするか」
俺の提案に、結希も頷いた。
明日が本番とはいえ、今まで行ってきたルーティンワークを崩すのは、あまり良くないだろう。
家に帰ったら機体を使った訓練を行い、それから俺はゲームと勉強、結希はイメージトレーニングを行うことになると思う。
あまりいつもと違う行動をとって、消耗しないようにしておかないと。
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