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間章その1 第4話 3月16日 命名

基本的に名前には、何らかの意味を持たせるのが好きなタイプであるため、どういう考え方で名前をつけるかを説明する意味も込めて、この話を作りました。

「お待たせ~! ついたわよ!」


 舞の運転する車に乗って、10分程度。

 俺たちは、製紙工場の近くにある一軒の鉄板焼きの店の前にいた。


「ここのお店の主人とは、親しくしているの。ネギ焼がとっても美味しい上、無理を言ってタコ焼きや海鮮焼きもメニューに加えてもらったのだけれども、どれも期待していいレベルの味よ」


 こうしてフランクに話しているが、舞の実家である「冬花(ふゆばな)」は超一流の金持ちであり、そこで育った舞の舌は、並みの評論家では太刀打ちできないほどに肥えているはずだ。

 その舞がこれだけ絶賛するのであるから、間違いなく美味しいであろう。


「うん? ……そうか」

「え、何?」


 舞の心配に対し、手を振って何でもないと答える。


 実は今、「あいつ」が語りかけてきたこと、及びその内容に、少し驚いてしまった。

 どうやら「あいつ」にとっても、ここの店は思い出深い場所らしいのだ。

思わず「懐かしい」と口走ってしまったことに、俺が反応してしまったという状態である。


「まずは、お店の中に入りましょう。奥の方に個室があるから、そこで話をするという事で」


 引き戸を開けると、テーブルがいくつも並んでいるのが目に入った。

 それぞれのテーブルの中央には鉄板があり、どうやらこの店は、そこで自分で調理しながら食べる形をとっているようだ。


「いらっしゃいませ……おお、(ねえ)さんじゃあないか。という事は、いつもの?」

「うん。いつもの奥の部屋でお願い」


 明らかに常連であると分かる会話を経て、俺たちは奥の個室に案内された。

 舞が注文を行い、お好み焼きのネギ焼とミックスの具材が届く。

 タコ焼きは後で鉄板を変え、その際に材料を一緒に持ってくるようだ。


「まずは、この道具を使って……」


 舞が小型の道具を取りだし、そこに込められた魔法を発動させる。


「これで、この部屋を破るくらいのとんでもないことが起きない限りは、どんな話をしていても大丈夫になったわよ。機密保持のためには必須の道具だから、あなたたちも知っていると思うけれど」


 俺と結希が、同時に頷く。

 父や母がその道具を使っているのは、以前教えてもらったからだ。


 この道具は、認識に作用するタイプのものであり、たとえ重要な会話が行われていたとしても、雑談であると認識させることができるのだ。


 もっとも録音に対しては、普通のタイプであれば無力である。

 しかし、政府や大会社などが用いる高級タイプの場合、単なるノイズが録音されるだけという形になり、より安全性が高められている。


 逆に、内部でどれだけ酷い言葉をぶつけられても、他の者の証言を得られないという事になるため……俺はこっそり、スマートフォンの録音機能を作動させた。

 悪用防止のため、機械から一定の距離を超えるまではノイズが入らないように設定が固定されている。

 そして、その設定を操作することは機体のセキュリティを外すことと同様、かなり重い刑罰に処されることとなっているためだ。

 この対策は数年前までは、警視庁によって推奨されていたものであり、有効性も十分あるのだが……急に国会で審議され、こういう事を「してはならない」と真逆の行動を強いられることになった。


 国民からの猛反発を受けても方針は変わらず、結果としてトウキョウからの独立を宣言している自治体において「法律の変更は無効」という判決がなされることになった。

 加えて、刑事事件全般に対し、検察から最高裁への上告も禁止されるという異常な事態に陥っている。

 刑務所も自治体が管理し、トウキョウへの移送は固く禁止されているのだ。

 そのくらいしないと、トウキョウ最高裁判所によって滅茶苦茶な判決を下され、法秩序が守れないというのが、今のニホンの状態である。


 いかにこの世界の「トウキョウ」がおかしくなっているかが、この一例でも容易に想像できるであろう。

 実際、おかしくなった友人を「シズオカ」に連れ帰ったところ、正常になったという事例が報告されており……電波や水道などのライフラインを利用した、何らかの「精神操作」が行われている可能性が高いと推測されている。


 閑話休題。話を戻すとしよう。


「そして、始めに言わなければならないことだけれども……ごめんなさい!」


 会話が始まってすぐに、舞が頭を下げる。

 心当たりがない俺たちは、顔を見合わせるしかなかった。


「実は……あなたたちが戦っているときに、私もこっそり校歌を歌っていたの。その時に、あなたたちの心の中で行われている会話を、聞き取ることになってしまって……」


 その言葉に、俺たちは驚きを隠せなかった。

 シンクロニシティを使えるようになってから、今までにこのようなことは一度もなかった。

 それ故に、これは「二人の間だけで成立する、特別な力」であると認識していたのだ。

 当然「それが他の者に傍受(ぼうじゅ)される」という考えは、全く思い浮かばなかったのである。

 加えて俺たちは、戦闘によって意思を合わせなければ伝わらない技であると思っていたのであるから、完全に想像の埒外であった。

 方法について聞いてみると、魔力を使って波長を合わせ、その上で歌うことで傍受が可能になるという事であるが、一般的にはかなり難しい方法であろう。


「えっと……久郎、こういう時って法律上、どうなっているのかな?」


 結希がこちらに問いかける。

 今までに一度もなかったことであるため、判断しようにもどうにもならないようだ。


「まず、最初に考えなければならないのは、憲法との関係だな」


 憲法第21条2項には、次のように規定されている。


 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを犯してはならない。


 また勘違いされがちであるが、憲法第99条には「尊重義務を負うもの」についても記載がされている。

 その中に「公務員」という項目があるため、たとえ私人間に直接適用されない条文であっても、学校の教師である舞先生は憲法に従う義務が存在しているのだ。


「基本的には憲法が最高法規であるため、今回の行動は該当することになる。ただし、この時に考えなければならないのが、ヒーロー法との兼ね合いだ」


 こちらの世界でも、憲法が最高法規であることは間違いない。

 しかしバグの襲来などを経たこの世界では、かなりの修正を余儀なくされているのだ。


 ヒーロー法において、ヒーローは能力の検証及び実践を常に行い、実力の向上に努めなければならないという項目がある。

 その項目が裁判で争われた結果、能力の検証のために行ったことについては、違法性を阻却するという判例が出されている。

 もちろん要件はかなり厳しいのだが、今回は「悪用する意図がなかったこと」、及び「行ったことを相手に伝えたこと」が大きく、結果として憲法違反による責任は問われないことになるだろう。


「また、このことは民事、刑事でも同じようになるだろうな」


 前述のとおり、違法性が阻却される結果として民事上、刑事上の責任も負わないことになる。

 また、個人情報保護法などの罰則規定を見ても、あくまで「情報を入手した上で、それを利用する」ことが刑罰の要件となっている。

 結果として今回の行動は、問題なしという事になるのだ。

 分かりやすい例えでいうならば「ホワイトハッカー」の行為が犯罪にならないことと、同じ理屈である。


「さすが、行政書士。私の知っている法律知識と照らし合わせても、ほぼ満点の回答ね」


 舞が感心する。

 もっとも刑法に関しては、個人的な趣味で知っているだけであり、試験の対象ではなかったのだが……。


「その上で、質問があるのだけれども……「あいつ」って、一体どんな存在なの?」


 結構、グイグイ来るようだ。

 だが、その質問に対する俺の答えは、まだ定まっていないところがある。


「一応、主観的な形で説明しておく。結希、良いか?」

「うん。僕の方も、久郎がどんな風に捉えているのか、知っておきたいし」


 結希の了承を得て、俺は説明を始めた。


 「あいつ」は、恐らく別の世界からやってきた存在であろう。

 その際に肉体を失い、更に俺の体の中に入ってしまうという事態が発生したことから、最初はかなり混乱していたようだ。

 そして「あいつ」は間違いなく、俺たちよりもずっと年上……最低でも中年、下手をすると老人に近い存在であったらしいことは、頭の中の話し合いで知っている。

 また、自己肯定感が非常に低いため、「名前」を付けられることを嫌がっており、それ故に15歳になった今でもなお、「あいつ」という呼び方をせざるを得ないのだ。


 そして、恐らく舞が気にするであろう、「アップデート」についても自分の考えを述べた。


 恐らく「あいつ」がいた並行世界とは、更に異なる別の並行世界が存在しており、そこでは「あいつ」は生きているようなのだ。

 そしておせっかいな、生きている世界線の「あいつ」はたまに、「知識の共有」という形で俺の中にいる「あいつ」に対し、情報を提供しているようである。

 ただ、それを脳で処理するために一定の時間が必要となるため、それが「アップデート中」という形で表されているのではないか、というのが今までの経験から導き出した結論である。

 なお、その間も俺の思考には特に影響がないので、恐らく「あいつ」専用の領域が脳内に存在しているのだと考えられる。


「ちなみに、今回のアップデートではどんな知識が得られたのかしら?」


 舞の質問に対し、苦笑いをして答える。


「今回はハズレだな。向こうの世界では吉野家のメニューからけんちん汁が消えていて、店舗によってアサリかしじみの汁になっているそうだ」


 ヒーロー試験の前日に、吉野家に行ったときの知識が「古かった」ことから、こういうおせっかいを行ったようである。

 他にも、ヒーロー試験当日に俺が飲んだ飲料は、並行世界では5年以上前に販売されたものであることも伝えられたが……役に立つ知識とは、いいがたい。


「まあ、そういう雑多な知識が多い。たまに当たりの知識が得られることがあり、そういう時にはかなり役立つこともあるのだが……」


 具体的には、エニアグラムと呼ばれる性格の分類方法、そしてカイロプラクティックという総合健康法についての知識は、わりと「当たり」の方に分類されるだろう。

 もっとも後者については、両親の方がより詳しく知っていたため、ガチャでいうところの「被り」状態ではあったのだが……それでも、関節の可動域や筋肉による動かし方など、細かい点で理解不足であったところを補えたのは事実である。


「久郎の頭の良さは、そういうところから得られる知識も理由の一つなのだね……ちょっと悔しいかも」

「いや、ごくまれにではあるが、脳内で絶叫されることもあるぞ。この感覚は他の人間には理解できないと思うが……」


 俺は結希に対し、メリットだけではないことを伝えた。

 もちろん、この歳で行政書士試験に合格することができた大きな要因は、「あいつ」の存在であるため、結希の感じている理不尽さも十分理解できるが。


「なるほど。私の並列思考とは、似て非なるものなのね。……そうなると、さすがにそろそろ「あいつ」ではなくて、名前をつけてもいい頃合いではないかしら?」


 舞の提言に、「あいつ」が恐慌状態に近い反応を示す。

 だが、いい加減俺自身も「あいつ」という呼び方に対し、思うところがあったのも事実だ。

 並列思考については後で聞くとして、そろそろ「あいつ」にとって、年貢の納め時であろう。


 「あいつ」は、無駄だと分かればあまり抵抗することはない。

 とはいえ、ネーミングセンスに関してはかなり酷いもので……「雑多(ざった)」や「(あくた)」、「蛇尾(だび)」など、明らかに自分を卑下するような名前しか、示そうとしなかった。


「この中でもっとも「まし」なものは……そうね、「ダビ」でどうかしら?」


 舞が選んだ名前に対し、俺は少し難色を示す。

 あまりいい言葉ではないこれを、採用するというのはいかがなものか、と。


荼毘(だび)に付す、という言葉があるわよ。並行世界からやってきた、何らかの未練を残した魂が成仏できるように、という意味では、悪くないと思うのだけれども」


 なるほど!

 確かにそちらの意味であるならば、悪くない命名だと感じた。


「久郎の賛成も得られたことで、これからよろしくね、「ダビ」!」


 「あいつ」改めダビが、ガクッとうなだれるような感覚が伝わってきた。

 こうしてようやく、俺の中にいるもう一人の存在の名前が決まったのである。

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