序章 第16話 3月6日 「トウキョウ」の現状
改めて述べますが、この物語はフィクションであり、登場する団体名などはすべて架空のものです。
ただし、条文に関しては現実のものと変わらない(解釈を含めて)ため、ご注意願います。
めあちゃん、奏が車から降り、次は俺たちの番だ。
二人はともかく、注目度の高い俺たちの家の周りは、恐らくまだマスコミが見張っているであろう。
何とかそれをくぐり抜けて、家の中に入ることができれば良いのだが。
「方向性としては、やはり別のところに注意を向けさせて、その隙を狙うのが良いだろうな」
「うん。ただ、注意を向けさせたことで大ごとになるのもまずいし……どうしよう?」
二人そろって、頭を抱えてしまった。
武器などを使うと、明らかにまずいだろうし……。
「なら、こんな感じならばどうかしら?」
舞先生が、魔法を行使する。
すると……目の前に、俺たちの幻影が現れた。
「これを囮にするのならば、それほど問題にならないでしょう?」
確かに、武器などを使用して注意を向けさせた場合、最低でも反省文を書かされることになるだろう。
ここは、舞のアイデアに乗ることにする。
「まずは、囮をこちらの方に向かわせて……」
家の方向に、囮を進ませる。
どこから出て来たのかと思うほど、大量のマスコミ関係者が現れ、囮を取り囲んだ。
「裏の方から家に向かって、勝手口などから入るのがいいと思うのだけれども……」
確かに舞のやり方がベストであろうが、残念ながら、俺たちは勝手口のカギまでは持っていない。
ギリギリまで粘り、一気に玄関のカギを開け、中に飛び込むのがベターな方法であろう。
ちなみに囮たちは、困惑したような感じで何とか質問に答えようと、四苦八苦している。
これだけの高度な幻影を、あっさりと作成できる時点で、舞の技量の高さがうかがえるというものだ。
「3、2、1……行くぞ、結希!」
「了解!」
俺たちは車から飛び出し、家の裏にある壁を飛び越えることにした。
そこから表に回り、玄関に向かおうとしたのだが……。
「久郎さん、あの戦いで、卑怯な手段を使った理由について説明を求めます!」
どうやら、待ち伏せされていたようだ。
いきなりマイクを突きつけてきた、一人の男。
しかも、この傍若無人な態度は……間違いなく「国営放送」に所属するアナウンサーであろう。
「あいつ」のいた世界では、国営放送は民営化され「公共放送」と名前を変えている。
こちらの世界でも、一時は公共放送として運営されていたのだが……政府寄りの偏向報道への反発から、明確な意志をもって支払いを拒否する者が後を絶たない状況になった。
結果、急激に財政状態が悪化し、国営放送という形が復活したという歴史がある。
そして、報道内容は政府の意に沿ったものにほぼ埋め尽くされており、また強引な取材方法などが大きな問題となっている。
なぜか、地元のトウキョウでは許されているようであるが……地方ではさまざまな訴訟が行われる事態となっており、非常に評判の悪い組織である。
今回のこの聞き方からも、ある程度組織の考え方が読み取れるだろう。
「説明は、後日他局と合同で行われる、会合で行います。また、あなたの行為は刑法130条に規定されている、住居侵入罪に該当します。そのため、速やかな退去を求めます。求めに応じない場合は、同条後段の不退去罪として警察に連絡します」
俺は相手の言葉を遮り、一気にまくしたてた。
即座にスマートフォンを取り出し、緊急通報の準備をすることも忘れない。
なお住居侵入罪という言葉だけ見ると、家の中に入らなければ成立しないように感じる人もいるかもれいない。
しかし判例によって、私的領域である庭なども含まれるとされているため、念のため付け加えておく。
「ちっ、クソガキが。あとで覚えていろよ!」
「その発言、録音させていただきました。証拠として警察に提出しますので、そのつもりで行動するよう願います」
録音アプリは即座に起動させていたため、しっかり捨て台詞を拾うことができた。
人の家の敷地内に入って、こんな行動をとるような人間がまともな者であるとは、到底考えられない。
そのため、こちらも毅然とした態度で対峙した。
「うわあ……怖かった。まさかこんなところに潜んでいるなんて、思わなかったよ」
結希が怯えているが、実際この男のやった行為は、間違いなく犯罪である。
行政書士では刑法は学ばないのだが、趣味でそちらにも手を出していたのが幸いした。
「なんていうか、久郎はこういう時に強いね。度胸があるというか、肝が据わっているというか……」
「世の中は、法律によってある程度回っているからな。知っておけばこういう時に使えるので、学んでおいて損はないと思うぞ」
このあたりは、「あいつ」の影響も大きいであろう。
法律の専門家を目指していたらしく、マニアックな法律書を何冊も読んでいたという経歴を有していたらしい。
そういう人が、なぜあんな死に方を選んだのかは激しく疑問であるが。
ともあれ、家の中に入ってようやく落ち着くことができた。
一応舞に、起きた出来事をメールで送信し、情報共有する。
このあたりをしっかりしておくことで、一貫した対応ができるからだ。
「疲れた~!! 僕は部屋で休んでいるから、久郎は久郎で行動して」
結希は早々に、部屋にこもることにしたようだ。
「一応、服を脱いでおいた方がいいと思うぞ。服の出所についてもし両親に聞かれたら、こちらで答えておくから」
俺も、さすがに疲れた。
試験、スタジオ撮影とこなした後に、このような出来事が追加されたのであるから……当然のことである。
部屋に入り、服を脱いでハンガーにかけ、私服に着替える。
俺の部屋は、どちらかというと散らかっている方であり、床にも本が散乱している。
本棚はいっぱいになっており、入りきらない本は箱に入れているのだが、つい読みたくなる本が重なったりすると、床に置いたまま別の本に手を出すことがあり、結果として散らかった部屋になっているというわけだ。
とはいえ、あくまでも散乱しているのは本をはじめとする「乾燥したもの」だけであり、導線も確保されているため「汚部屋」ではないと強調しておきたい。
ベッドで横になり、しばらくぼーっとしていると……舞からメールがあった。
どうやら最後に向かった、明、漣、みかんの三人のところでは、俺たちよりも酷いトラブルが発生していたようだ。
もし可能であれば、連絡をしてほしいという事であったため、メールに表示されている電話番号をタップする。
「もしもし、久郎です。……似合わない? 一応乱暴な言葉遣いだけではなく、きちんとした言葉もある程度知っていますが……分かった。普通に話すことにする」
舞から告げられた内容は、かなり凄まじいものであった。
三人を取り囲むように、報道陣が動いたところまではある程度予想の範囲内であるが……何とその中に、拳銃を隠し持っていたものが数名存在していたらしい。
銃口を向けられそうになったため、三人は反撃し、撃退したのだが……その後なんと、機体が襲ってきたというのだ。
「明らかに、殺意が高すぎるだろう……いくら何でも、異常としか言いようがない」
「まったくだ。まさか生身で機体と相対することになるとは、私も思わなかったな」
同時通話で、明たちが参加してきた。
「舞先生がいて、良かったです。機体の停止コードを送信し、被害を未然に防ぐことができましたから」
漣が、状況を説明する。
報道陣は全員、殺し屋のような存在であったようで……拘束した上で、拳銃で頭を打ちぬこうとしたそうだ。
その状況自体は、何とか彼女たち自身の力で切り抜けたものの、今度はリミッターを外した機体が襲ってきたらしく、さすがに命の危機を覚えたらしい。
しかし、機体の第一人者である舞がいたことが、相手にとっての不幸であったようだ。
「そこまでされることについて、何らかの思い当たることはないのか?」
俺が、疑問を口にする。
それこそ「なりふり構わず」というようなやり口であり、いくら組合がろくでもない組織であるといっても、ここまでひどいことにはならないだろうが……。
「まあにゃ。私たちは「抗砂」だったからにゃ。加えてシズオカに逃げるときに、機密情報などを片っ端から持ってきたからにゃ」
「黄砂? ではないと思うのだが、初耳の単語だ。説明してくれ」
三人の説明は、ある意味驚くべきことであり、ある意味納得のいくものであった。
現在、トウキョウはほぼ、熊坂首相の支配下にあるらしい。
恐らく「マインドコントロール」のようなことが行われているらしく、トウキョウの住民のほとんどはそのことに疑問を抱くことすらない、という状況のようだ。
その洗脳に対抗し、戦う者達のことを「抗砂」と呼び、基本的には放置するものの、目障りになったものは徹底的に排除するという事が行われているとのことである。
ちなみに「抗砂」の由来は、熊坂の財源となっている超巨大企業「恒河沙」に抗っていることから名付けられたらしい。
恒河沙というのは数の単位であるが、ガンジス川の砂の数が語源となっている
故に「砂に抗うような、吹けば飛ぶ存在」という意味を込められた蔑称として採用されたそうだ。
「思ったよりも、凄まじいことになっているようだな……道理で、最高裁判所の判例が、明らかに政権寄りのものばかりになるわけだ」
行政書士の学習を行っていて、明らかにある時期から最高裁の判断が異常であると感じていたのだが、理由が判明したことで納得できた。
しかし、いくつか別の疑問が生じる。
「そんな事態になっているにも関わらず、なぜ他の地域は無事なのか? また、逆にほかの地域からトウキョウに勤めている者たちへの影響は、どうなっているのだ?」
それに対する答えは、推測交じりになるがある程度納得できるものであった。
トウキョウに住んでいる者だけでなく、トウキョウに通っている者もまた、マインドコントロールの影響は受けているようだ。
しかし、洗脳の度合いは軽くなっており、地元にいるときには通常の判断能力を有している。
トウキョウにいる間だけ、軽い洗脳状態になっているため、あまり疑問を感じないようなのだ。
もしかしたら、疑問を感じる部分にだけ、強い洗脳を行っているのかもしれない。
ただしトウキョウに住んでいた者は、トウキョウから出ていても洗脳状態が維持されるようだ。
何らかのきっかけで、命令されたままに動くような存在になるらしく、今回の実技で戦ったヒーローがそれにあたる。
もっとも、先ほどの国営放送アナウンサーのように、自発的な意志でトウキョウ、そして熊坂のために動く者もいることが、厄介なところだ。
トウキョウに限定されている理由は、不明である。
そもそも「普通」であれば発生しないような状況であるため、なぜこのようなことになっているのか全く分からないというのが、正直なところらしい。
「これらの情報を集めて、異常性を世に知らしめることができれば、もしかしたらトウキョウもまともになるかもしれないわね。その一端を掴んだ彼女たちが、実技で狙われ、更に寮に入るところも狙われたということは、むしろこちらにとってはプラスかもしれないわよ」
舞の言葉はつまり、それだけ重要な情報がこちらの手の内にある、という事であろう。
「残念ながら、まだ暗号化の解除に苦慮している状況にゃ。私も相当の腕だと思っているのにゃが、予想以上に高度なもので、しかも自壊プログラムまで組み込まれているという代物にゃ」
下手にいじると、せっかくの手札が消えてしまう、というわけか……。
これは想像以上に、繊細な扱いが必要な問題であろう。
「とりあえず、ひと段落はした。警察の調べも済んだので、後はゆっくりするつもりだ」
明が語り、通話が終わった。
一気にいろいろな情報が入り、俺も相当混乱している。
とりあえず、通話記録は残してあるので、両親に相談することにしよう。
ヒーローズネストのトップ二人であれば、俺たちが考えるよりも良い方法を見出すことができるかもしれない。
更に疲れた心と体を休めるため、俺はベッドに潜り込むことにした。
トウキョウの組織名、及び対抗する組織名は、某ゲーム(ぼかしているのは、レーティングの関係上です)へのリスペクトを込めて命名しました。
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