序章 第14話 3月6日 N&Sにて 腹ごしらえ
自動ドアを開くと、その先には独特の空間が広がっていた。
向かって左側の方は、普通の服が並んでいる。
棚でアクセントをつける、空間を利用して展示するなどのテクニックを駆使して、おしゃれな雰囲気になっていた。
また奥の方には、男性物も並んでいる。
どれもデザインから縫製までしっかりと作られているのが、俺のように詳しくない者であっても分かるほど、高レベルのものばかりだ。
そして、注目すべきは右側のスペースであった。
こちらの方には、いわゆる「コスプレ衣装」がずらりと並んでいる。
ディスプレイされているものを一目見るだけでも、知っている作品であればどのシーンで着用していたのかが、すぐに脳裏に浮かぶほどの作り込みであり、圧倒される。
「いらっしゃいませ。お客さまは既製品のお買い上げでしょうか? それともオーダーメイドでしょうか?」
奥から、若い女性が現れた。
かなり派手な服でありながら、下品さを全く感じさせない着こなしであり、相当のセンスが無いとできないであろう。
ちなみに胸はかなり大きいのだが、それも服で調整されており、男性であっても胸だけに視線が行かないように工夫されている。
恐らくこの女性が、ここの店長であろう。
「オーダーメイドで。ここにいる子たち全員に1枚ずつ。あと、私が前に注文した服はできているかしら?」
舞が、店員に告げる。
もし仕上がっているのであれば、完成品を見ることができるかもしれない。
俺もかなり、期待が高まる。
「はい。出来ております。試着はなさりますか?」
「ええ。その間に、この子たちの採寸をお願いしてもいいかしら?」
その時、ぐぅ~、という情けない音が響いた。
「あはは……めあ、おなかペコペコなの」
どうやらめあちゃんの、お腹の音だったようだ。
それにつられて、こちらもかなりの空腹感を覚える。
あの激しい戦いの後、昼食をとっている余裕がなかったため、当然のことではあるが。
「悪いけれども、スタジオの方でお弁当を食べさせてあげてもいいかしら? 小部屋で食事ができるようになっていたはずだし」
そうしてもらえると、ありがたいのだが……果たしてお店の側としては、どうなのだろうか?
「かしこまりました。注文されるのであれば、こちらにメニューがありますので、どうぞご利用ください」
店員は、快諾してくれた。
「お弁当が来る前と、食べた後に二回採寸する形でよろしいでしょうか。ある程度の余裕はもたせるつもりですが、大きく体型が変わる方もいらっしゃいますので」
そこまで徹底して、服を作ってくれるというのは実にありがたい。
こちらの方も満場一致で、お願いすることにした。
「お弁当は……いわゆるロケ弁、という感じみたいね。かなり高価なものもあるけれども、遠慮なく注文してちょうだい」
どうやら舞が、弁当の支払いももってくれるようだ。
服の代金にプラスされると、かなりの金額になり……頭が上がらない。
「にゃっふっふ。一番高いのは、どれかにゃ~!」
そして、遠慮という単語を忘れたような言動をしているのが、みかんだ。
まあ、彼女の愛嬌のある仕草は、それが許されるような独特の雰囲気を醸し出している。
「めあは、これにするの!」
お子様ランチのような、詰め合わせもあった。
俺の目から見ても美味しそうであり、めあは目をキラキラ輝かせている。
「僕は、これにする」
結希が選んだのは、塩味の焼肉弁当であった。
「こちらのカツ丼にしなくていいのか?」
「さすがにもう、げんを担ぐ必要は無いからね。それに、さすがに油ものばかりというのもちょっと」
結希にならい、俺も焼肉弁当にした。
炭火焼きの肉をふんだんに使ったもののようで、かなり美味しそうだ。
「じゃあ、私はかつ丼と鴨南蛮そばで」
明はかなり、がっつり行くようである。
まあ、思いっきり動いた後であるため、体が肉を求めているという状態なのであろう。
「私はこの、鶏肉のレモン風味弁当にします」
漣は少し、さっぱりしたものを選んだ。
なんとなくそれぞれの雰囲気に合っているようで、面白い。
「決めたにゃ! あたしは焼肉弁当、特盛りのたれと塩、1個ずつお願いするにゃ!」
……耳を疑う発言をしたのは、みかんだ。
遠慮がないどころか、そもそも胃に入るのかという問題が存在する。
「え……みかんちゃん、食べきれるの?」
さすがに舞も、驚きを隠しきれない。
特盛り弁当二つだと、もはやフードファイトの世界に突入すると思うのだが……。
「ああ、言い忘れていた。こいつの燃費は異常なほどに悪いから、覚悟しておいてほしい」
明がフォローする。
いや、燃費云々というレベルすら通り越しているような気がするのだが。
「食べられるのならば、いいわよ。その代わり残したら怒るからね」
どうやら舞は、割り切ることにしたようだ。
ちなみに彼女が選んだのは、松花堂弁当だ。
いろいろな味を少しずつ楽しむというのが、なんとなく彼女らしい。
「それでは、採寸させていただきます。手分けして行いますので、こちらに来てください」
店員の指示に従い、俺たちは奥に向かう。
採寸、兼仕立て用の部屋は、扉の向こうに存在していた。
表からでは分からないような場所になっており、その点もしっかりしていると感じた。
「こんにちは。今回は……団体さんだね」
店員の一人が、こちらの方にやってきた。
少し前まで、はさみを使って裁断作業を行っていたようである。
茶褐色の髪をした、あまり目立たない顔立ちの人であった。
「これだけの人数、手分けして頑張らないと」
もう一人、店員がこちらに来た。
こちらは黄色の髪をした少女であり、少し目つきが鋭い。
どうやらミシンを使って縫う作業を行っていたようで、中断してこちらに来たようだ。
「数が多いからといって、手は抜かないこと。お店を気に入ってもらえるのが一番、いいことだからね」
最初の店員が、二人に指示を出す。
やはり彼女が、この店の店長のようだ。
採寸が始まった。
腕の長さ、肩回り、胸部の厚みや胴回り、臀部の厚み、足の長さなどなど……。
きびきびとした仕草に、熟練と仕事に対する意識の高さを感じる。
「ところで、思ったのだけれども……彼、あのコスプレが凄く似合いそう」
茶褐色の店員が、ふと漏らしたという感じでつぶやいた。
「似合うなんてものじゃない。絶対着させるべき」
黄色の店員も、それに同意する。
一体どんなコスプレなのだろうか?
俺も少し、興味がわいてきた。
「あの……ぶしつけなお願いで、申し訳ないのですが……採寸と食事が終わった後に、一着纏っていただきたい服がございます。もしお時間に余裕があるようでしたら、ご一考願えませんでしょうか?」
店長自ら、俺に依頼するとなると……これはかなり、期待できそうだ。
「分かった。どんな感じになるのか、俺も興味がわいてきたからな」
俺は、同意を示す。
少し遅く帰ったほうが良いというのであれば、ここで時間をつぶすのも悪くない選択肢であろう。
「また、お連れ様にもできれば、お願いしたいと思っております。もちろん、その分お代の方は勉強させていただきますので、なにとぞよろしくお願いいたします」
結希も?
どうする? と俺は、目で問いかけた。
「うん、いいよ。久郎がやるのだったら、僕もやってみたいし」
結希も快諾する。
「めあも、きてみたい服があるの……ダメかな?」
どうやらめあちゃんは、お気に入りを見つけたようである。
「もし着ていただくのでしたら、スタジオの方をご利用されてみてはいかがでしょうか?」
店長が案を示す。
「本来でしたら、利用料金をお取りするのですが……こちらからお願いするのですから、当然無料にいたします。いかがでしょうか?」
服を着るだけで、代金を少し引いてくれたうえ、スタジオの使用まで。
こんなに美味しい話を、見逃すわけにはいかない。
「ええ。彼らが良いというのであれば、そうしてちょうだい。ちなみに、私の頼んでいた服は、こんな感じになるわね」
舞の着替えが終わったようで、俺たちの前に姿を現した。
その姿に、圧倒される。
紫という、かなり着こなすのが難しい色のドレスであるが……文字通り「彼女のためにあつらえた」だけあって、完璧な仕上がりとなっている。
レースのアクセントや、シルバーのパーツ、ビーズのアクセントなどの相乗効果で、まさに「姫君」、あるいは「女王」と呼ぶのにふさわしい衣装となっていた。
ファッションショーなどで、奇抜なデザインの服がステージに現れるのを目にしたことがあるが……彼女のような「本物」には、全く歯が立たないであろう。
「これが私たちのお店、N&S洋服店の本気でございます。いかがでしょうか?」
このレベルの服とまではいかないのだろうが、俺たちのために作られる服がどれほどの出来になるのか、楽しみで仕方がない。
とりあえずその前に、昼食をとってからもう一度採寸するようであるが、これはかなり期待できるだろう。
そして、そんな服を作る者たちが、俺に着てもらいたい服とは一体どんなものなのか、非常に楽しみである。
気に入っていただけた方は、お気に入り登録、評価等をしていただけると幸いです。




