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序章 第13話 3月6日 めあの力

 俺がステージから降りると……険しい表情で、結希が駆け寄ってきた。


「腕、何とかなりそう? 見ているだけで、こちらも痛くなりそうだけれども……」

「痛くないと言えば嘘になるな。見た目よりは多少、ましな状態といったところだ」


 結希の問いに、俺は答えた。


「漣の回復魔法は、相当レベルが高いようだ。血管、神経などの主な部分はきっちり治してもらえたからな」


 まあ、その際に激痛を伴っていたのは、仕方ないだろう。

 元々回復魔法を使い、魔力切れを狙われて試験、という状況であったのだ。

 その状況から今までにある程度回復し、これだけの大けがを治療するというボーナスステージを完璧にこなしたのであるから、技量の高さを感じずにはいられない。

 リソース管理も含めた総合的な能力は、下手な1級治療師を上回るのではなかろうか。


「お疲れ! ……しっかし、悔しいな。試験の最短時間更新のインパクトが薄れるくらい、二人ともとんでもないことをやりやがって」


 そこに、明が加わった。

 漣とみかんも後ろに控えており、三人で色々と話し合っていたようだ。


「お疲れさまです。皆さん、レベルがあまりにも高すぎて、少し嫉妬を覚えるほどでした」


 最後に(かなで)が加わる。

 彼女の戦いは見ていなかったのだが……果たして、どう判定されたのかが気になるところだ。


 応接室に行こうとして、ブルッとする感覚があった。


「悪い。応接室に行く前に、花を摘ませてくれ」

「乙女か!」


 俺の言葉に、明がツッコミを入れる。

 試合後に気づいて、青ざめたのだが……もしあの状況で意識を喪失していた場合、最悪「垂れ流し」をさらしていた可能性があったのだ。

「あいつ」が言っていた「寝たら死ぬぞ」というのは大げさではなく、社会的な死を指していたようである。


 とりあえず、用を足した後に応接室に向かうことにした。

 遠巻きにされているものの、かなりざわめきが聞こえる。

 下手な発言が拾われるとまずいと考え、全員無言で行動していた。


 応接室のドアを結希が開けると、そこにいた少女が目を輝かせて、こちらに向かって飛びこんできた。


「みんな、すごかったの! すごすぎて、言葉にできないの!」


 マイクロバスに乗る際に同行していた、めあちゃんだ。

 彼女がいるということは、少なくともこの場では物騒な話をすることはなさそうであり……とりあえず少し安堵する。


「お待たせ~! マスコミが、相当騒いでいたわよ。号外は間違いないわね」


 舞先生が、こちらに声をかけ、お盆に乗ったお茶をそれぞれに配った。

 確かにトウキョウから来た3人を含め、俺たちのやったことはそれくらいのインパクトがあると、自分でも納得できる。


「さて、本題に入るけれども……4人、あの巨大バグとの戦いで服がボロボロになってしまったでしょう? その状態で帰らせるわけにはいかないと思って」


 舞先生が、呼び出された理由を端的に説明してくれた。


 もともと着ていた服は、巨大バグとの戦いで悲惨な状態になっている。

 おまけに戦闘服も、結希や俺のものは激しい戦いの結果、ボロボロになってしまっていた。


 まあ、もともと戦闘服を着た状態で帰るというのは、可能な限り避けたい事態ではあったのだが……。

 正直ジャージでもいいので、服を貸してもらいたいところである。


「そして、もう一つは巨大バグとの戦いによる、報奨金(ほうしょうきん)のことね」


 あれだけの大物を倒したのであるから、報奨金も相当なものになると予想される。

 とはいえ、一番の功績者は自爆寸前の状態から解放した舞であることもまた、間違いないであろう。


「戦いの功績で配分された結果、とどめを刺した私が一番多くもらえることになってしまったの」


 予想通り、そういう配分になったらしい。

 まあ、それでも俺たちの手元に入る金額は、相当なものになるだろうが。


「とはいえ、服をボロボロにしてまで戦った、あなたたちのことを考えると胸を張ってもらえないと思ったの。そこで、ちゃんとした服をそれぞれに一着ずつプレゼントすることで、ある程度埋め合わせをしようと思っているのだけれども……どうかしら?」


 この申し出は、まさに「渡りに船」だ。

 悲惨な状態で帰ることを防ぐことができ、かつ舞の精神的な負い目も解消できるのだから、Win-Winの取引だと思う。


 冬花グループのトップ、誠司(せいじ)の妹である舞が、お金に困っているという状況はありえないだろう。

 ここは、厚意に甘えさせてもらうことにする。


「それは助かる。特に奏は、ひどい状態だったからな」


 明がすぐさま、賛意を示す。

 同じくらい服がボロボロになっている、俺の名前が抜けていたが……この腕の状態では、どんな服を着ていたとしても目立つから、であろう。

 俺ならばボロを着させても問題ない、という考えからではないと信じたい。


「明も、です。擦り傷だらけの学ランでは、さすがに隣を歩くのが恥ずかしいです」


 漣も同意を示した。

 やはり俺の名前が抜けており、少しずつ嫌な予感が高まっていく。


「完全に同意にゃ。あたしとしても、この状態の結希を放置するのは、色々とまずいと分かるにゃ」


 そして、みかんのこの言葉。

 どうやら俺をハブにするのは、全員の総意という事らしい。

 あんな勝ち方をしたのだから、自業自得とはいえ、少し泣きたくなる。

 まあ、このくらいであれば「いじり」の範疇であろうが。


「ちなみに、家族には既に連絡済みよ。特に結希と久朗のところには、マスコミが大勢駆けつけているみたいで……遅く帰ったほうが良いと返答があったわ」


 まあ、それはそうなるだろう。

 実際はほぼ互角の機体であったとはいえ、教師たち相手に二連勝。

 これで騒ぎにならないほうが、不思議なくらいだ。


「私の後に、ついてきてちょうだい。記者たちが知らないような裏道を使わないと、あっという間に囲まれそうだから」


 それは、勘弁願いたい。

 ボロボロの戦闘服を着た状態で、インタビューに答える映像が一生残るというのは、御免こうむる。


 舞先生の指示に従って駐車場まで進み、俺たちは一台の車に乗り込んだ。

 大型のワゴンタイプであるため、全員が乗り込んでも何とかなりそうである。


「助手席、いただきにゃ~!」


 みかんが即座に、助手席を確保する。


 ビジネスマナーだと助手席は、もっとも危険性が高く、したがって社内での地位が最も低い者の席とされている。

 とはいえ、相手との関係性によっても変わってくるし、どう見ても彼女の場合は開放感を優先したためとしか見えない。

 俺たちも可能な限り、急いで乗り込む。

 全員が乗ったところで、運転席の舞がエンジンをかけ、車が走り出した。


「一つ質問。なぜ、専属の運転手を使わないのだ?」


 明が俺たちを代表して、舞に質問する。


「普段は自分で運転しているわよ。他人に自分の命を預けるよりも、自分の手で握っている方が安心できるし」


 彼女の立場を考えると、ある意味納得できる答えであった。

 確かに、信頼できない運転手がわざと「事故」を起こす危険性は、無視できない。

 そう考えると、セレブであっても楽ではないと実感させられる。


「久郎、すごくいたそうなの……だいじょうぶなの?」

 めあが俺に問いかける。


「実際に痛いが……仕方ないな。漣もまだ、魔力が回復していないだろうし」


 正直に答える。

 腕からはジンジンと痛みが伝わっており、少し脂汗をかいているような有様だ。


「じゃあ、なおすの。「痛いの痛いの、とんでけ」!」


 めあの声とともに、腕に光がともる。

 その光が消えた後には……試験に臨む前の、全く傷ついていない状態の腕が存在していた。


「「ええ!?」」


 車内に、驚きの声が響く。

 そのくらい、とんでもないことが起きたとしか言いようがない。


 少し前に、治療師(ちりょうし)の等級について説明したことを覚えているだろうか。

 治癒魔法はそれだけ難易度が高く、また痛みを伴わない形で行使しようとすると、更に難易度は跳ね上がるのだ。

 そのため麻酔を併用し、治癒だけに専念するという方法がとられることも多い。


 めあの治療は、痛みを全く感じなかった。

 その上、腕は完全に元の状態を取り戻しており、動かしても全く違和感がない。

 それこそ「魔力満タンの2級治療師」が、全力で行うのに匹敵するほどの、極めて高度な代物である。


「めあちゃん! それ、他の人にやったことがあるの!?」


 舞の慌てた声が、起きた出来事のとんでもなさを如実に示している。

 恐らく効果の高さもあるが、その結果として後遺症を残してしまった恐れを危惧しているのであろう。


「だいじょうぶなの。しっぱいしたことは、一度もないの。いんちょう先生は、ほかの人に見せてはいけないといっていたけれども、ここにいる人たちはみんな信じられるの!」

「その信頼は、裏切れないわね。全員! これは「機密情報」扱いになるから、そのつもりでいなさい!」


 舞が「先生」としての顔を見せる。

 事実、起きたことの重大さは俺たち自身が、一番良く理解している。

 ある意味、今日一番のとんでもない出来事は、これであろう。


「井の中の蛙、という言葉を思い出さざるを得ません」


 漣がうなだれてしまった。

 俺たちもまだ、実感を伴っていない状況であるが……2級治療師である彼女が一番、今回起きたことのすごさについて理解しているのだろう。


「だいじょうぶなの。めあはまだ、たたかう力をもっていないの。漣はもっともっと、いろんなことができるの」


 小学生に慰められる、高校入学を控えた生徒……。

 確かに漣は小柄であるため、そこまでの違和感は覚えないものの、かなり衝撃的な姿であった。


 とんでもないことはあったものの、車は順調に「フジ中学校」の方面に向かっていく。

 すぐ近くには「ヤオハン」というスーパーがあり、以前通りがかった時に「あいつ」が驚いていたのが印象的だ。

 フジ中学校とは逆側の、市役所方面へ少し進んだところに、目的の店が存在していた。


 店の看板には、「N&S 洋服店&スタジオ」と記載されていた。

 かなり大きめの店であり、どうやらスタジオが併設されているようである。

 しかも、そのスタジオはかなり本格的なものらしく……平屋ではあるものの、下手なスーパーよりも敷地面積は広い。


「ここのお店、実は私のお気に入りなの。値段はある程度高いけれども、その人にピッタリの服を仕上げてくれるのよ」


 繰り返すが、舞は超が付くほどの大金持ちであり、当然審美眼も鍛え抜かれている。

 そんな彼女のお気に入りというだけで、期待が高まるというものだ。

 駐車場に車を止め、俺たちは店に入ることにした。

現実だと、ヤオハンは経営破綻しており、現在はマックスバリュ東海が店舗を展開しております。


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