【 耳飾り 2】
「――ホセ」
「はい、なんでしょうか?」
レンリに名を呼ばれ、ホセはニコニコとした笑みを浮かべた。
対してレンリはどこか困ったような表情を浮かべている。
王子一行が帰国して数日、何かと慌ただしかった日々が通常に戻り、漸く落ち着いて自室にて過ごしているレンリの傍に控えている時のことであった。
先程まで分厚い本に目を落としていたレンリは、今はエマの用意した紅茶を飲みながら休憩していたが、ふと思い出したかのようにホセに目を向けた。
「アラン様の従者の方と何かありましたか?」
「いいえ、何も」
「……私には、彼が貴方に怯えていたように見えましたが」
「私がエジダイハの高等機関の卒業者だとどこかで聞きつけたようでしたので、多分その所為でしょう」
笑顔のまま告げると、レンリはホセが話す気がないことを察したようで、それ以上追及することはなかった。
ホセはそんなレンリの行動が有難い反面もどかしさも感じていた。
レンリは人の心の機微に敏感故に、こちらが何かを求める前に対応してしまう。
それはこの国の王になるのならば必要なスキルなのかも知れないが、ホセからすればもっと感情的なってもいいのにと思うほどであった。
彼女はいい子過ぎる。
だからこそ、少しぐらい我儘を言ったところで自分は構わないのにとホセは常々思っていた。
ただ、追及されたところで今の問いに答えるかどうかは別であるが。
「……もう一つ話しておかなければいけないことがあるのだけど」
改まったような言い方をして、レンリは部屋の隅にいるエマに視線を向けた。
事情を知っているのかエマは一礼と共に部屋を退出したため、扉は開け放たれているが部屋の中にはレンリとホセの二人きりの状態だ。
人払いまでするなんて、とホセも表情を引き締めた。
「どうされましたか」
「アラン様が、侍女の話を気にしていらして」
なるほど、とホセは口には出さずに納得した。
あのロクスと名乗る青年から探りを入れられた時にそんなことだろうとは思ったが、まさか一国の王子ともあろう御方がそれを鵜呑みにしようとは。
「彼女たちが冗談で言っているのは分かっているのだけれど、それでも婚約者のそのような話を耳にしたくないのは当然のことですし、彼女たちにはすぐに注意をしました」
「そうですか」
「ただ、私とホセにもそう噂されてしまうような隙があったのではないかと」
レンリは真っ直ぐにこちらを見上げている。
「私はホセを信頼しているので、甘えすぎていた部分があったのかもしれません」
「そんなことはありません」
「ホセも、そうやっていつも私を甘やかしてくれるでしょう? だから、お互いもう少し周囲に気を遣いましょう」
レンリは困ったような顔で首を傾げた。
しかし、ホセは到底納得できなかった。
「レンリ様がいつ私に甘えてくださっているというのですか?」
「ホセ……」
「私としては、もっと我儘を言ってほしいと思っているのですが」
大人げなく言い募るが、レンリはやはり困ったように微笑むだけだった。
ホセはそれを苦く思ったが、それを顔に出すことはなかった。
「……確かに、私がレンリ様を優先していることは認めましょう。ですが、私は貴女に忠誠を誓っているのですから、それこそ当然のことではありませんか?」
「……ええ、そうですね」
「周囲がどう思おうと、私が態度を変えることはありません。有事の際に貴女のお傍にいられなかったら、私は絶対に後悔するので」
「私の傍を離れてほしいと言っているわけではありません。私を優先してくださるその言動を表に出さないように努めてほしいのです」
「……善処します」
渋々と言った態度を隠さずに告げると、レンリは安堵したように息を吐いた。
「ただし、レンリ様はもっと希望をお伝えください。他人のではなく、自分自身の」
間髪入れずに続けると、レンリは眉尻を下げて沈黙した。
「貴女の願いなら、どんなことだって叶えて差し上げます」
膝を折って座る彼女と視線を合わしたが、レンリは人形のように綺麗な微笑みを浮かべるだけで、それに答えることはなかった。