【 耳飾り 1】
帰国後も何度か連絡を取り合い、レンリがストラトス国に訪問する日取りが決まったのは別れてから一ヶ月が経とうとする頃であった。
日程の調整に尽力してくれた父にも報告を終え、父の執務室から自室に戻る途中で漸く彼女に会えるのだという実感が湧き、思わず笑みが浮かんでしまった。
まさにその瞬間を姉のエリィに目撃され、途端気まずくなってアランは視線を逸らした。
「アーラーンー?」
「……なんでしょうか、姉上」
ニヤニヤと笑う姉に詰め寄られ、アランは面倒なことになったと息を吐いた。
「聞いたわよー、婚約者ちゃんが来る日が決まったんだって? だからなのかしら、アランってば随分と嬉しそうね」
「それは、」
顔に出ていた自覚はあったが、思いがけずレンリを婚約者と称されアランは照れて顔を赤くした。
エリィは珍しいものを見たと言いたげな表情で口を押さえて笑った。
「アランがこんなにも骨抜きになるなんて、私も会うのが楽しみだわ。エリィお義姉様って呼ばせたいんだけど、流石に次期女王相手じゃ不敬かしら?」
「……そういうことを気にする方ではありません」
「あら、そう?」
自室に向かうアランの後を追うように何故かエリィもついてきたため、アランはジト目で姉を睨め付けた。
その背後には彼女の侍女も二名いるため、アランは余計に気まずさを覚えた。
「……まだ何か?」
「もう、用がなければ話してはいけないの? 貴方はいつからそんなに姉に冷たくなったの?」
「からかわないでください」
含みを持った笑みを浮かべたままの姉を注意すると、エリィは大袈裟に肩を竦めて見せた。
「これでも心配していたのよ。セレシェイラに行く前に貴方とお父様で盛大な親子喧嘩をしていたでしょ」
「……その節は、いえ、もうそのことは忘れてください」
「機嫌が悪いまま出国するからどうなることかと兄様とハラハラしていたけど、帰ってきたと思ったら婚約を正式なものにしてきましたって、え、一体何があったのって感じよ」
「……それは、帰国時にきちんと説明したと思いますが」
「妙に淡々とね。何か怪しいからロクスにも聞いてみたら、顔を赤くしたり青くしたりで、漸く聞き出せたのが、貴方が相手に惚れたって事だけよ」
チクチクと耳に痛いことまで持ち出されアランが言い返せずにいると、エリィは徐に立ち止まった。
その顔には諦めのようなものが滲んで見えた。
「貴方が見初めるぐらいなんだから、きっといい子なんでしょうね」
「それは……とても」
「ふふ、それを聞いて安心したわ。もし、貴方がこの婚約をどうしてもなしにしたいのであれば、私は姉として助太刀しようと考えていたんだからね。――あーあ、私もどうせお父様が婚約者を決めてくれるなら、貴方みたいに心底惚れ込みたいものだわ」
アランはハッと息を呑んだ。
エリィにはまだ婚約者が決まっていない。
正確には候補者は数名いるが、それこそ身分とか政治的要素とか、その他諸々の問題で決定まで至っていないのだという。
強い勢力を持つ家と婚姻関係を結べばパワーバランスが崩れるし、だからといってバランスを保つために家格が低い者と結ばせるのも如何なものか、更にはこの家は皇太子妃として既に兄に嫁いでいるから別のところをなどと、結婚する本人を無視したやりとりがずっと続いているのが実情だ。
普段温厚な父母も血縁には強い拘りを見せるため、勿論それはある程度予想していたことではあったが、それでも本人からすればたまったものないない。
そして、それはセレシェイラに行くまでにアランも感じていたやるせなさで、何故当事者を無視したところで話を進めるのかという怒りや悲しみといったものは良く理解できた。
「……姉上」
「何かしら?」
「レンリ殿が来られた際は、是非紹介させてください」
畏まって告げると、エリィは嬉しそうに笑った。
「当然よ。まぁ、紹介されなくても私から挨拶に行くけどね」
姉なら本当にそうしそうだと思い、アランも笑みを浮かべた。