【婚約 7】
帰国までに仲を深めなさいとのアルデラの命に従い、レンリはアランと共に庭園を散策していた。
勿論二人きりなどではなく、少し離れたところにはホセやアランの従者達の姿も見える。
アランは笑顔で色々と話をしてくれているが、その表情には時折陰りが見えるため、レンリは自分の考えの足りなさ反省した。
アランの身になってよくよく考えれば、到着後すぐにレンリと顔合わせを行い、その夜は晩餐会に参加、その次の日にもこうして再び予定を合わせてくれている。
ともすると、セレシェイラに来てから彼が休む間など一切ないように思えた。
アルデラの命はレンリにとって絶対だが、少しは話すことができたしもう十分だろうとアランの顔を覗き込んだ。
「アラン様、本日はこれぐらいにしましょうか」
「え、何故ですか?」
「勘違いでしたら申し訳ないのですが、お疲れのように見えましたので」
「いえ、そのようなことは」
アランは慌てた様子で否定したが、思うところがあったのかゆっくりと眉を下げた。
「すみません、気を遣わせてしまいましたね」
アランは迷うように視線を彷徨わしたが、その瞳は背後の従者達に向けられて止まった。
「……レンリ殿の騎士は、優秀な方だとお伺いしました」
「えぇ、私には勿体ないぐらい優秀な騎士です」
ホセが褒められたのが嬉しくて微笑むと、アランが少し顔を歪めたように見えた。
「騎士団長の推薦を蹴って、貴女の騎士になったと聞きました」
「そのようなこともご存じなのですね。……ただ、蹴ったわけではなく、新参者が出来上がっている騎士団に入ることで和が乱されるのを忌避したと聞きました。信頼関係が構築されて現騎士団員に認められれば、これから騎士団長になることもあり得るようです」
以前にアルデラに聞かされたことをそのまま伝えると、アランは息を吐きながらなるほどと呟いた。
彼の不調の原因にホセが関係あるのだろうか、とレンリは首を傾げた。
過保護な騎士は自分の周囲に鋭く目を光らせることが多々あり、もしかしたら知らず知らずの間にアランにも失礼な態度を取っていたのかも知れない。
そう考えてレンリは慎重に言葉を紡いだ。
「……ホセが、何か?」
「っいや、えーと」
明らかに反応を示すアランを見て、レンリは自分の考えが当たっている確信した。
「何かご迷惑を?」
「いえ、そういうわけではなく……」
アランは目を泳がせた。
しかし、その頬は段々と色付き耳までもが赤く染まっている。
「その、羨ましくて」
「羨ましい?」
「貴女の、一番近くに立てることが」
思いがけない言葉にレンリはパチパチと目を瞬かせた。
アランは目を逸らしているが、赤みを帯びた肌の色が美しい金色の髪の隙間からよく見えた。
「……あまり、見ないでください」
弱々しい声が聞こえて、レンリは漸くアランから顔を背けた。
そして、アランの言う意味を噛み砕いて考えてみた。
王位継承者という立場上、妬みや僻みといった感情には常人よりも多く晒されてきた自覚があった。
アランのそれは、そう言った感情に似ているようでどこか異なっている。
いや、傷付けないように配慮してくれたのだろうか。
そう考えると嬉しくなって、レンリは笑みをこぼした。
「……笑わないでください」
「っふふ、ごめんなさい」
赤い顔で咎められて、レンリは一層笑みを深くしてしまった。
「アラン様は優しい方ですね。不安にさせてしまってごめんなさい」
そう言えば侍女達は噂話が好きだったと思い出した。
着飾った自分を見て褒めるホセを見て黄色い声を上げるほどだし、それ以前からもレンリを甘やかすホセの様子を見てあることないこと話すのが彼女達の一種の楽しみなのだと理解していた。
それがアランの耳に入ったのだとしたら、まだ出会って二日目とはいえ不信感に繋がるのは仕方がない。
今後、そのような侍女の行動はしっかりと注意しなければいけないと頭に留めた。
「私の騎士なので、離れて行動というのは難しいですが――」
「――っすみません、頭では分かっているんです」
アランは焦ったようにレンリの言葉を遮ったかと思うと、あー格好悪いと呟きながら項垂れた。
アランの素が垣間見えた気がして、レンリは微笑みながら両手で彼の手を取った。
アランはビクリと大袈裟に反応したが、その手が振り払われることはなかった。
「ホセのことは兄のように思っています。それで、親しく見えてしまったのかも知れません。以後、気を付けるようにしますね」
「っその必要は……」
酷く狼狽えるアランに不安になったが、逆に大きな手に両手が優しく包み込まれ、レンリは目を丸くしながら正面を見上げた。
「すみません、幻滅しましたか。こんな、子供みたいな事……」
「いいえ、私の非ですから」
「そんなわけ、」
アランは一度言葉を句切って口を引き結んだかと思うと、握る手にギュッと力を込めた。
その瞳の中にまた熱を見つけ、レンリは何故か言いようのない悲しさを覚えた。
政略の絡んだ婚約とはいえ、想いは伴う方がいいはずだ。
それは分かっているけれど、やはり自信がなかった。
「私は、貴女に格好悪い姿ばかり見せたくありません……ですから、これは私の非だと認めてください」
懇願するように言われて、レンリは戸惑いながらも頷いた。
すると、握られた手は離され、そのまま重力に従って落ちていった。
レンリが目で追うようにしてその手に視線を落とすと、一転して明るい声が頭上から聞こえてきた。
「足を止めさせてしまってすみません。もう少し歩きましょう」
「えぇ……」
こんな時、どうすればいいのか。
レンリは無意識に信頼する騎士を目で探そうとしていることに気付き、急いで視線を前に戻した。