【 婚約 6】
顔合わせから一夜明け、婚約者という間柄になった自分の主とストラトスの王子の逢瀬を離れたところで見守りながら、なんだかストーカーみたいで悪趣味だなとホセは考えていた。
自由に会わせてあげればいいのにと思ってしまうのは、自分が王城に来てまだ一年が過ぎたばかりの新米だからだろうか。
その反面、確かに彼らの身に何かあってからでは遅いのでこうするのが一番なのだろうとも理解していた。
それでも、熟々王族とは不自由な存在だなと思わずにはいられなかった。
そして、同じように二人の後を付ける王子の従者から何故かキラキラとした羨望の眼差しが注がれ、ホセは居心地の悪さを感じていた。
懸命に愛想笑いを顔に貼り付けて、ホセはそちらに視線を向けた。
「何か?」
「わわ、すみません! 見過ぎました!」
気付かれていないとでも思ったのか、想像以上に焦った様子の男は顔の前で両手を振った。
「あの、ロクスと言います!」
「……どうも、ホセと申します」
「ホセさんって、エジダイハの高等機関を卒業したんですよね!」
「えぇ、まぁ」
「凄いなぁ!」
「皇后陛下の名代があったからこそですので、単に運が良かっただけです」
人懐っこい様子がエジダイハに留学していた時の後輩に似ているなと思いながら、ホセは適当に返した。
この種のお世辞は既に耳にたこができるほどに聞き尽くしたため、この答えも反射的に出るようになってしまったものであった。
「あぁ、ツェリ皇后陛下はエジダイハの出身でしたね」
ポンと手を打つロクスをホセは横目で眺めた。
ホセは後に知ったことなのだが、ツェリ皇后陛下はエジダイハ現国王の実の姉らしいのだ。
セレシェイラとは異なり、エジダイハは王と認められた者とその家族も全て王城住まいになるため、ツェリ皇后はエジダイハでは名実共に王姉殿下であったらしい。
それもあって機関所属時に少し優遇されたのではという風にホセは考えているが、真実は分からない。
「運だけじゃ無理ですよ。そんなに謙遜しないでも」
ね、と言いながらロクスは背後にいるストラトスの兵へと視線を向けた。
護衛兵達は緊張した面持ちでこくこくと頷き、その様子は自分がセレシェイラの王城に来たばかりの頃のその他の兵の反応と酷似しているなぁとぼんやりと考えた。
「やっぱりエジダイハの訓練は厳しかったんですか?」
「まぁ、それなりに」
「へぇ、興味あるなぁ! もっと詳しく知りたいです」
「……機会があれば」
冷たく返しているというのにロクスは一人で盛り上がって話し続けている。
流石に無視をしたら外聞的に悪いだろうか、とホセは頭を悩ませた。
自分がどう思われようと気にしないが、万が一自分の行いでレンリが責められては元も子もない。
しかし、釘ぐらいは刺しておこうとホセはロクスを見下ろした。
「昨夜から、私のことを色々な方に聞き回っているようですが、どういうつもりですか?」
「……気付いて、いらしたんですね」
ロクスはバツが悪そうに頬を掻いた。
「いや、特に理由はないんですけど……」
「理由なく情報を集めるとは、ストラトスはそういう国だと理解しておきましょう」
「いやいや、これは僕自身の性質と言いましょうか!」
ロクスは顔を青ざめさせて否定した。
冷や汗も浮かんでいるため彼で遊ぶのはこれぐらいにしておこう、とゆっくりと息を吐いた。
「気になることがあるならば、直接私に聞けばいいではありませんか」
「それは恐れ多いというか……え、いいんですか?」
「答えるかどうかは分かりませんが」
「そんなぁ」
ロクスは情けない声を上げたかと思うとチラチラとホセを窺った。
「それじゃあ、聞きたいんですけど……レンリ様に近付く男性を牽制しているって噂、本当ですか?」
「牽制なんて、まさか一介の騎士がそんなこと」
「まぁ、ですよね」
「私はただ、相応しいかどうか見極めようとしていただけです」
ヒュッと息を呑む音が聞こえたが、ホセはそれを無視して少し前を歩くレンリを見つめた。
視線の先のアラン王子は可哀想なぐらい顔を赤くしていて、同情すら覚えるほどだった。
「え、相応しいかどうか見極めるって……」
「私はレンリ様の騎士です。主を害する存在であれば遠ざけるのがお仕事ですので」
「……恋心は、害するに値するんですか?」
「恋心のような可愛いものなら多少は見逃します。ただし、不相応な下心を持つ方には改めるよう諭しますね」
ロクスは何とも言えない表情で迷うように口の開閉を繰り返し、やがて意を決したように口を開いた。
「ホセさんって、レンリ様のこと……」
続く言葉を予測してホセは口の端を歪めた。
何故周囲は若い男女が傍にいるだけで好き勝手に盛り上がれるのか。
溜息が出そうになり、ホセはすんでの所でそれを飲み込んだ。
思い返せば、自分も養成機関時代に冗談を交えて囃し立てる側にいたから、ある程度は仕方ないのかも知れないと考えを改めた。
囃し立てられる側に立つことの面倒くささを身を以て理解した今、かつての同期の顔を思い浮かべ、あの時はからかってごめんと内心で謝罪をした。
「愛していますって言ったら、満足ですか?」
「ひゃっ」
聞いてはいけないことを聞いてしまったというような表情で、ロクスは口元を抑えた。
抑えたところでもう既に可笑しな悲鳴は口をついて出てしまっているが。
「安心してください、親愛です。そうじゃなきゃ、忠誠なんて誓えませんから」
「な、なるほど」
分かったのか分かっていないのか、ドギマギとしたような表情のままでロクスは頷いた。
「だから、たとえ相手が一国の王子でも、噂話に惑わされて彼女を害することがあったら容赦しない。自分の主に報告するならそれだけは伝えといてください」
「は、はい」
ホセは再度視線をレンリへと戻した。
少し離れた場所にいるその後ろ姿を見て一抹の悲しさを覚えたが、それでも眩しいものを見るかのように優しく目を細めた。