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【 婚約 5】

 豪華な晩餐会を終え、アランは正装を着替えることなく寝台の上に倒れ込んだ。

 なんだか夢でも見ているかのような心地だった。


 この縁談は白紙にするつもりだった。

 そういう心づもりでセレシェイラ国に来たつもりだった。

 しかし、レンリと対面してその気持ちは完全に薄れてしまった。

 それは、自分でも驚くほどの心境の変化だった。


 美しい黒髪に、宝石のような輝きを帯びた紫色の瞳。

 彼女が微笑むだけで、まるで蕾が花開くように世界が明るくなるような気がした。

 そう、これは一目惚れだった。


 自分に向けられた笑顔だったのに、それを目にしたロクスが顔を赤らめるのも気に入らなくて早々に挨拶を交わして席に着いた。

 それこそ、子供のような独占欲であった。


 そして何より、アランはレンリの思慮深さに驚かされた。

 彼女はアランが縁談を断りやすいように逃げ道を用意してくれたのだ。

 しかも、自分の浅はかな理由とは異なり、その理由ならば断ることも可能なのではと思わせてくれるような、真っ当な理由だった。


 そのことで自分を恥ずかしく思うと同時に、レンリもこの縁談を望んではいなかったのだと知って自分勝手にも落胆してしまったのは、今思えば二重に恥ずかしい。


 あれからロクスは終始興奮気味だった。

 噂通り、いや噂以上の、と声を大きくするので、その気持ちは分かるけれど体裁のためにも抑えるようにと言い含めた。


 晩餐会では大々的に婚約が発表され、アルデラから笑顔でお礼と祝福を受けたが、おそらく彼は最初からこうなることを予測していたように思えた。

 アランが断るとはきっと微塵にも思っていなかったのだろう。

 そう思うと、アルデラの掌の上で転がされたような気がして複雑な気持ちとなった。


 異国の地で常に笑顔を貼り付けながら過ごしたため酷く疲れたが、レンリ自分の婚約が認められたことは素直に嬉しかった。

 目を閉じると、あの美しい少女の笑顔が思い出されて、柄にもなく顔が熱くなった。


 疲弊と幸福の狭間で微睡んでいると、扉をノックする音が聞こえた。

 こんな夜遅くに何事かと外に出ると、そこには侍女を連れたミラの姿があった。

 この時間に他国の王子の部屋を訪れるなんて非常識ではないかと思ったが、アルデラの娘を無下に扱うこともできず笑みを作った。

 視線を走らせた先に困惑したような護衛兵の姿を見留めるに、彼も同じ境地に辿り着いたのだろうと悟った。


「遅くにどうされましたか?」

「ごめんなさい、このような時間に。ただ、アラン様が御無理をされているのではと心配で」

「無理?」


 ミラは目を伏せて、胸の前で両手を握った。


「晩餐会で、婚約が正式なものとなったと発表されましたが……もしや、断り切れなかったのでは、と」

「それについては、レンリ殿と話し合った結果ですので、ご心配には及びません」


 アランはきっぱりと言い切ったが、それでもミラは不安そうに目を左右に動かした。


「このようなことを言うべきではないかも知れませんが……隠し事もどうかと思いますので、」


 ミラは歯切れ悪く話ながら、ゆっくりとアランを見上げた。


「レンリは、彼女の騎士であるホセと想い合っているという噂がありますの」

「え?」

「噂は噂ですけれど、火のない所に煙は立たぬとも言いますでしょう?」

 ねぇ、とミラは自分の侍女に目を向け、侍女は戸惑った様子で小さく頷いた。


 ホセ、と口の中で呟きながらレンリの側にいた白髪の騎士の姿を思い浮かべた。

 そう言えば、ガゼボではずっと品定めするような視線を向けられていた。

 それは、一国の王子に向ける視線にしては不敬極まりないが、己が主を害する存在かどうかを見極めていたと考えれば不自然さはない。


 晩餐会でも終始彼女を守るように傍らに立っていた彼は、その見目の良さから確かにそのような噂が立ってしまうのは仕方がないとも思えた。

 そう頭で考えていても、不安に似た感情がわき上がった。


「……御忠告、ありがとうございます。所詮は噂ですから、私は気にしません」

「そう、ですか。何かあればいつでも力になりますので」


 ミラはそう告げると挨拶もそこそこにそそくさと姿を消した。


 ミラも去り漸く休めるところだが、アランの胸中は穏やかではなかった。

 先程までの多幸感は鳴りを潜め、代わりにもやもやとした黒い感情が押し寄せた。


「……ロクスを呼んで」

「御意」


 控えていた護衛兵に声をかけ、アランは室内へと戻った。

 どさっと席に座って息を吐いていると、すぐにロクスが顔を覗かせた。

 その脳天気そうな顔を見て、アランは少しだけ冷静さを取り戻した。


「アラン、どうしたー?」

「……ホセについて、調べて欲しい」

「ホセ?」

「……レンリ殿の騎士だ」

 ああ、とロクスは顔と名前が一致したのか手を打った。

 そして、どこか面白そうな表情でアランを覗き込んだ。


「婚約者の人間関係まで気になっちゃう感じなんだ?」

「……不敬だぞ」

「怖いよ殿下ぁ」


 否定できないアランを見て、ロクスはケラケラと笑った。


 今日が初対面のアランと、彼女の騎士である男と、どちらの方が彼女にとって親しい存在かは言われるまでもなく分かっていた。

 見た目の良い男女が連れたって歩けば、どうしたって面白おかしく噂を流す存在がいることも理解している。

 それでも気に入らないと思うのは、惚れた弱みであろうか。


「まぁ、確かに不安になるぐらいかっこいい騎士だよな。あ、大丈夫! 俺はアランもかっこいいと思ってるよ」

「そういうのいいから」


 心中が察されたのが気まずくて、早口で追い出すように告げるとロクスは笑みを浮かべたまま部屋を出ていった。

 ロクスなんかレンリを前にしてまともに会話もできなかったくせに、とアランはその背中に向かって独りごちた。


 人懐っこい性格のロクスは他者の懐に入るのが上手いため、図らずも情報収集を得意としていた。

 また男らしい精悍な顔つきのおかげか女性からも人気で、ストラトスでは城内の侍女は皆知り合いですというような顔の広さだった。

 その特質はセレシェイラでも遺憾なく発揮されており、着いて一日目だというのに既に王城の侍女達と話している姿をアランは目にしていた。

 ロクスにかかれば、王城に蔓延る全ての情報や噂は簡単に網羅されてしまうだろう、とアランは自信を持って言うことができる。


 程なくしてロクスは部屋に戻ってきた。

 その顔はどこか興奮気味である。


「アラン! ホセさん凄い人だったぞ!」

「え」

「エジダイハの軍事養成高等機関の卒業者だって!」


 エジダイハと言えば、優秀な兵士が多数存在する軍事国家である。

 彼の国の軍事力を頼れば解決できないことはないと言われるほど信頼性が高い国で、その高等養成機関は一握りの者しか入学ができず、卒業できる者はそれこそ数えるほどだと聞いたことがあった。


「エジダイハのことはそりゃ聞いたことあるけどさ、一緒に来た兵にそれってどれぐらい凄いのって聞いてみたら、計り知れないですって恐れ戦いてたわ」

「そう……」


 調べさせたのは自分のはずなのに、それを聞いて尚更自信を喪失するようであった。

 そんな優秀な者が彼女の傍にいて、このように子供っぽい自分が彼女の目にどう映ったのか、考えれば考えるほどにアランは気落ちした。


「ホセさんがセレシェイラ国の騎士になったのはそこを卒業してすぐの一年前のことで、アルデラ陛下は騎士団長にどうかって提案したらしいんだけど、ホセさんの強い希望でレンリ様の騎士になったんだってさ」


 自分との婚約に乗り気ではなかったのはやはり彼の存在があったからなのだろうか、と極端な考えが思い浮かび、アランはフルフルと首を横に振った。


「何か、他にも噂とかはあるのか?」

「噂?」

「例えば……レンリ殿との関係を、示唆するような、そんな」

「あー、」


 ロクスが困ったように頬を掻くのが見えて、いよいよミラの話していたことが事実なのかと青ざめた。


「そういう話が好きな奴ってどこでもいるよな。容姿端麗な二人が並んでるだけで勝手に想像を膨らませちゃったりさ。特に、騎士と女王っていう身分に差があるのが良いスパイスらしい。――誰かに何か聞いたのか?」

「いや……まぁ」


 言ってから、ロクスはニヤニヤとした笑みを顔に浮かべた。


「アランってば、噂を聞いて不安になったんだ?」

「……噂が真実なら、私が悪者になってしまうだろう」

「杞憂だとは思うけど、不安ならレンリ様に確かめたらいいじゃん」

「王位を継ぐ彼女なら悟られずに嘘を吐くことぐらい、造作もないだろう」

「なんでそんなにネガティブなの?」


 ロクスは笑い飛ばしたが、アランはそういう気分にはなれなかった。

 そんなアランに気付いたのか、ロクスは笑うことを止めて心配そうにアランを覗き込んだ。


「綺麗な子だからそういう噂は絶えないと思うけど、今からそんなんで大丈夫か?」

「……そうだね」

「随分と弱気だな」


 ロクスは呆れたのか肩を竦めた。


「ま、まだ数日滞在するんだから本人に聞いてみたらいいよ。アランが無理なら俺が聞いてあげてもいいし?」

「……レンリ殿とまともに会話できていなかったくせによく言う」

「あ、慰めてやってんのにそんなこと言う?」


 不満そうに唇を尖らせるロクスを見て、アランも漸く笑みを浮かべた。


 確かに、この手の噂はストラトスでも侍女達がよく盛り上がっていた話題だ。

 今回この話を持ち出したのがミラというのが気になるところではあるが、ロクスの言うとおり杞憂の可能性もあるし考えすぎないようにしよう、とアランは気持ちを切り替えることに専念して夜を過ごしたのであった。


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