7. 交友 2
最初に約束してくれた通り、レグルスはとても協力的であった。
騎士団を一つ派遣しようというその思い切りの良さに、却ってこちらが萎縮してしまうほどであった。
それに際して、セレシェイラの現状を近衛騎士団に共有してもいいかと尋ねられたが、寧ろしてほしいとこちらから念を押した。
内容をよく吟味する時間を与え、希望しない者にはどうか協力を強制しないでとお願いすると、やや戸惑ったような反応が返ってきた。
協力を仰いでおきながらと思われるかも知れないが、彼らはエジダイハを守るために騎士になったのであり、セレシェイラにはなんの想いも持ち合わせていないのだから、無理強いをしては流石に酷だと思ったのだ。
ただ、これで本当によかったのか、という疑問は以前脳裏に焼き付いて離れなかった。
レンリの選択は、悪戯に犠牲者を増やすものになってしまわないだろうか。
それが一番の不安だった。
当然のことだが、エジダイハの騎士の力量に疑う余地はない。
そこで学んだホセの実力を見ていれば、言わずもがなである。
しかし、そのホセですらまだあの結界の中に閉じ込められたままなのだ。
彼にもアルデラにも解決できないほどの問題が、今現在あの王城で起こっているのである。
無論、ここまで来た以上、セレシェイラのために議論を進める彼らを止めるつもりはなかった。
故に、せめて協力してくれるエジダイハの騎士を全員無事に故郷に帰すこと、それだけは心に留めておくことにした。
終始セレシェイラにとって有利な条件で話し合いを進めてくれることに申し訳なさを覚えながらも、彼らの知識量に感嘆させられた。
こちらが思い付きもしなかったことをさも当然のように述べられれば、その経験の差に恥じることしか出来なかった。
話がまとまる頃にはすっかり日が沈んでいたため、レンリはレグルスの招きを受けて共に夕食を済ませることとなった。
その後ようやく部屋に戻ると、話の決着の如何を気にかけてか、不安と期待を帯びたリーシェの瞳に晒された。
「レグルス陛下は、セレシェイラに近衛騎士団を派遣すると約束してくださいました」
「え、近衛騎士団を!?」
リーシェが目を丸くして驚きの声を上げたため、レンリは苦笑を返した。
レグルス曰く、エジダイハには複数の騎士団が存在しているため、丸々一師団を他国に派遣したところで痛くも痒くもないのだとか。
それにしても、破格の待遇である。
これでもしダメならば、きっとどの国が協力したって解決には至らないであろう。
「それは……きっと隊長も驚くでしょうね」
「オルフェにも早急にこの件を伝えなければいけませんね。彼らが滞在する場所の確保もお願いしないと」
「そうですね……」
「――ご歓談のところ申し訳ございません。イオリ様がレンリ様とお話ししたいとお出でになりました」
如何なさいますか、と近寄ってきた侍女に耳打ちされ、レンリは数度目を瞬いた。
しかしそれも一瞬のことで、そう言えば彼は近衛騎士団の所属であったと思い出し、レンリは徐に口を開いた。
「通してください」
「かしこまりました」
足音も立てずに移動した侍女に連れられたイオリは、昨日の穏やかな様子は鳴りを潜め、どこか深刻そうな表情を浮かべていたため、サイ団長から何か聞いたのだろうと容易に想像が付いた。
イオリが侍女に何かを告げると、部屋にいた侍女達は礼と共に足早に退出していった。
レグルスは信頼の置ける者にしかセレシェイラのことを伝えていなかったようで、レンリはその配慮に感謝していた。
弱っている状態ではいつ誰につけ込まれでも可笑しくないため、おそらく話を聞いたイオリも侍女に話を聞かせないようにと徹してくれたのであろう。
その事情を知らないリーシェは人払いを済ませたイオリを訝しげに見つめていた。
イオリは真っ直ぐレンリ元へと歩み寄ると、昨日と同じく片膝を床に付けて跪いた。
「――サイ団長より、この度レンリ様の護衛を仰せつかりました」
よろしくお願いいたします、と神妙な顔で続けて彼は頭を下げた。
リーシェは目を白黒させてレンリとイオリを交互に見つめた。
「基本はリーシェ殿がレンリ様のお傍にいるかと思いますので、私は部屋の外に待機させていただきます」
「はい。本分ではないことをさせてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
イオリは顔を上げると悔しそうに表情を歪ませた。
「謝罪すべきはこちらの方です。事情を知らずにホセの話をするなど、レンリ様の心中を掻き乱すような軽率な発言でした」
「黙っていたのは私の責です。それで貴方が謝罪する必要はありませんし、正直に申し上げると、昨日のお話はとても面白かったです」
レンリが首を傾けて微笑むと、イオリも少しだけその表情を和らげた。
「……レンリ様、彼も護衛を?」
探るように、リーシェの声は固かった。
彼女に何も言わずに護衛を増やすような行為は騎士としての自尊心を傷付けるものであったかも知れない、とレンリが弁解を試みようとすると、それよりも早くイオリが立ち上がった。
「私の方から失礼します。誤解を恐れずに申し上げると、これはエジダイハの騎士のつまらない矜持なのです。我が国で貴賓の身に何かあれば、それは即ち、騎士の力量が疑われることに直結します。故に、誠に勝手ながらいつもは内々で護衛に付くのですが、女性相手にそれは如何なものかと、この度名乗り出た次第です」
イオリがハキハキと告げると、リーシェもなるほどと納得したようであった。
彼らは、まだ疑いの段階である以上、謀反の可能性を広めることも禁じているようである。
「レンリ様。ホセのことなら絶対に心配はいりませんよ」
「え」
こちらに視線を戻したイオリは真摯に告げた。
「昨日も伝えた通り、彼は頭が良くて強かな男です。それに、簡単にやられるようでは、エジダイハの騎士は名乗れませんから」
それはレンリを慰める為にかけられた言葉ではなかった。
彼の発言の節々には確かに自信と誇りが見て取れた。
それを裏付けるだけの努力をしてきたからこそ言える言葉なのだろう。
突如、扉付近から慌ただしい声が聞こえてきた。
声の方向に意識を向けると、止める侍女を振り切ってアンジュが入室してきたのが見えた。
「今日も来たわよー、え、あらあら、まぁまぁまぁ!?」
アンジュはイオリを視界に入れた瞬間、自身の頬を両手で押さえながら口の端を吊り上げた。
「イオリったら昨日は否定していた癖に、全く隅に置けないわね!」
「邪推はお止めください。レンリ様の護衛に任命されたため、ご挨拶に伺っていたただけです」
心底面倒臭そうに返事をしたイオリは、それでは、とそそくさと部屋を出て行ってしまった。
外に出たとは言え、先程の発言から推測するに、彼は部屋の外で護衛業務に徹してくれるのであろう。
「えー、レンリ本当?」
「ええ。――ところで、アンジュはどうしてここに?」
不満そうに唇を尖らせていたアンジュは、レンリの問いにポンと手を叩いた。
「今日は一緒に寝ようかと思って。ほら、寝着も持ってきたんだから!」
声を弾ませるアンジュに、レンリも無意識に笑みをこぼした。
こうして二人揃った時にお泊まり会をすることは、いつの間にかアンジュによって強引に習慣化されていたことであった。
けれど、それはレンリにとっても楽しい時間であった。
底抜けに明るい彼女と共にいると、どんなに落ち込んでいても気持ちは晴れやかになるのだ。
「嬉しい。すぐ準備をしますね」
侍女達に手伝われながら着替えを済ませ、二人で大きなベッドに横になるとそれだけで笑みが浮かんだ。
侍女達は気を利かせて部屋を出ていき、リーシェも扉の前に控えておきますと告げると明かりを消して静かに立ち去っていった。
「レンリがお兄様と婚約でもしてくれていたら、貴女は合法的に私の妹だったのに……。どうかしら? そしたら毎晩私と一緒に寝られるわよ」
「ふふ、それは魅力的だけど、エジダイハの優秀な官吏を引き抜いてしまったら、きっと私が怒られてしまうわ」
「問題はそこよね。お兄様が長男じゃなければ、いえ、別に兄弟がいれば良かったのかしら」
うんうんと唸るアンジュを見ながら、実はもう婚約者がいるのだけれどと告げようとしてレンリは思わず閉口した。
この婚約が継続されるかどうかは正直判断が付かなかったからだ。
しかし、婚約して一年が経過しようとしていたため、会う機会が無く直接告げた覚えはないのだが、それは既にアンジュの耳にも届いていたらしい。
「あ、そう言えば貴女婚約したんだったかしら? えーと、お相手はストラトスの王子様?」
「知っていたの?」
「勿論よ。次に貴女に招待された時に、結婚相手として相応しい男かどうか見極めてやろうかと思っていたんだから」
その結果次第ではもうお兄様と結婚してとは言えないわね、とアンジュは楽しそうに笑った。
「ねぇ、どんな人?」
「……とても優しくて真っ直ぐな方。私には勿体ないぐらい」
「ふぅん」
アンジュは意味ありげに笑ったが、レンリは話題を変えようとアンジュに向き直った。
「アンジュにそういう話はないの?」
「残念ながらね。お父様がね、自由にしていいって言ってくれて。次の王が見つかれば、私は王族じゃなくなるし」
アンジュは嬉しそうに笑っている。
なんとなくそんな彼女が羨ましいと思った。
「次王の候補者がいるの?」
「それがね、一回候補を見つけたんだけど逃げられちゃって」
だからまだ探し中、とアンジュは暢気に笑っていたが、それはレンリにとっては驚くべき発言だった。
生まれた時から次期国王としての教育を受けたレンリに、その責務から逃れる選択肢は微塵もなかった。
しかしもし、一般人として生活している最中で王になってくれと頼まれていたら、自分の歩む道は今と変わっていたのだろうか。
「……エジダイハも国王の条件は特殊だと聞いていますから、候補探しも難しそうですね」
「そうなのよ」
アンジュの話を聞きながら、レンリは存在したかも知れない異なる可能性に思いを馳せたのであった。




