SIDE. 近衛騎士団長 サイ
レグルスの命を受けて、近衛騎士団長サイは応接間へと訪れていた。
中には既に第一師団の団長も控えていたため、互いに軽く挨拶を交わして席に着いた。
集合をかけた張本人であるレグルスはどうやらまだ不在のようである。
呼ばれた訳はある程度予測できていた。
昨日、セレシェイラ国次期国王であるレンリがエジダイハに来訪したからだ。
セレシェイラ国と言えば、ここ数ヶ月前に突然音信不通となり、連絡の一切が断たれていたが故にレグルスも姉のことを思ってか随分と気にかけていた様子であった。
そんな折に、連絡手段がないと思われていた彼の国から文書が届いた。
その内容を掻い摘まんで教えてくれたのはレグルス自身であり、有事に陥ったセレシェイラを助けて欲しいとの内容のため、心得ておくようにと言われたのはまだ三日前のことであった。
この場に第一師団の団長がいるということは、彼女もまたレグルスから大まかな内容を聞いていたのだろう。
近衛と第一の団長を呼ぶと言うことは、それだけ一筋縄ではいかない相手と言うことだろうか。
無言でレグルスの到着を待っていると、時間ぴったりにその姿を現わしたためサイは立ち上がって胸に手を当てた。
そして、彼に付き添うレンリの姿に目を細めた。
最後に彼女を見かけたのは、確か彼女の十六歳のお祝いの席だったはずだ。
招待を受けた王族達の護衛としてセレシェイラまで同行し、その際に遠目で見ただけではあったが、それでも目を引くその華やかな容姿は良く覚えていた。
アンジュが絡みに絡みまくっていたため、目が離せなかったと言うことも勿論理由の一つとして挙げられるが。
次期国王として教育を受けた由縁か、その齢にしては如何せん落ち着き過ぎているというのが第一印象で、感情を読ませない彼女の佇まいを見ているとどこか達観した人物のようにも思えた。
それは、比較対象が年頃の近いアンジュだったために余計にそう感じたのかも知れない。
ここだけの話、アンジュの好奇心旺盛な様を見ていると、彼女を見習ってせめてもう少しじっとして欲しいと願ったことは数知れない。
そんな彼女が、今はその美しい顔に陰りを纏わせている。
その雰囲気たるや、体格の良い自分達に比べて数倍も華奢な彼女は、瞬きの間に消えてしまいそうなほどの儚さを湛えていた。
レグルスに視線を戻すと、難しそうな顔で頷かれたためサイは再度椅子に腰を下ろした。
「――先日少しだけ共有した内容についてだが、レンリ殿が詳細を教えてくださるという。私も先程伺ったが、騎士としての意見も参考にしたいため、何かあれば質問してくれて構わないそうだ」
レグルスがレンリに目を向けると、彼女は僅かに頷き立ち上がった。
先程儚げに見えた彼女は、今は確かに王としての威厳ある強い光をその瞳に宿していた。
「お時間頂き感謝いたします。我が国の問題解決に協力して欲しいなど余りにも図々しいお願いであることは重々に承知しておりますが、私達だけでは手に余る問題なのもまた事実。どうか、お力を貸して頂きたい所存で参りました」
年齢にそぐわぬ言葉で、セレシェイラを襲った不幸を語る彼女は非常に堂々としており、サイは思わず感心の息を吐いた。
一方で、その内容は俄には信じがたいものであり、無意識に眉根に皺が寄った。
その表情の変化を見ていたのか、レグルスは至極真面目な様子でこちらに問いかけた。
「――どう思う?」
「どう、と言われましても。先例がありませんので、なんとも。ただ、野獣ではなさそうですね」
人形の野獣など聞いたことがありませんから、と告げると同意するように頷かれた。
しかしなるほど、サイはレンリがエジダイハに助けを求めた訳を理解した。
倒すことの出来ない異形。
並の騎士では少々分が悪そうである。
「私の希望は一つ。王城に取り残された者の救出です」
「倒せないことを前提とした場合のお話ですね。……しかし、腑に落ちません。命あるものには必ず死が付き纏います。本当に、倒すことが出来ないのですか?」
その疑問に、レンリはどこか困惑したような表情を見せた。
「正直分かりません。アレに剣で斬りかかる以外の方法を試したという話は聞いておりませんので。物理攻撃以外が弱点の可能性はありますが、ただ、それは中に残っている者も既に考えついているはずです。私は、その上で未だ結界を解くことは出来ないと判断しているのだと考えております。無論、数が増えすぎて試すことさえ危険と見做している可能性も捨てきれませんが」
ふむ、とサイは顎を擦った。
彼女の言うことは一理あった。
ならば尚のこと、相対する者の異様さが際立った。
「……野獣でないとすれば、特殊なルバヌスか」
「ルバヌス?」
第一師団長の呟きに、レグルスが反応を見せた。
「ルバヌスは持つ者によって異なる力を発現するため、未だ解明されていない部分も多いと聞きます。得体の知れないものが相手となれば、同じく神秘のヴェールに包まれた力が関係している事もあるやも知れません」
「なるほど。――レンリ殿、どなたか特殊なルバヌスをお持ちの方に覚えは?」
「……どうでしょう。詳しく把握している訳ではありませんので」
レンリは考えるように目を伏せた。
エジダイハでは騎士のルバヌス開示は必須となっているが、一般的には開示の必要はないものとされている。
それを逆手にとって、誰かが謀反を企てたというのか。
レグルスもその考えに至ったのか、どこか厳しい表情を浮かべた。
「……レンリ殿、暫く我が騎士団からも貴殿に護衛を付けてもいいだろうか?」
「え?」
レンリは目を丸くしてレグルスを見上げた。
「杞憂に終わればそれはそれで構わないが、不安の芽は潰しておきたい」
レンリが瞳を揺らしながらも頷くと、レグルスはこちらへと視線を戻した。
「それで、どの騎士団を向かわせるのが得策か?」
「特殊能力を持つ者が相手ならば、我が近衛騎士団が最良でしょう」
「分かった。では、日程を調整しよう」
「御意」
とんとん拍子に進む会話に、レンリは焦ったように口を開いた。
「あの、協力していただけるのですか?」
「言ったであろう、我々が出来る最大限の協力を約束すると」
「ですが、私が持っている敵の情報はこんなにも曖昧で、」
「それだけの情報があれば十分。足りない部分は近衛騎士団がその場で補おう」
彼らは敵の分析も得意としているため心配はいらない、とレグルスが続けたため、サイは後押しするように頷いて見せた。
それでも、レンリは何か言いたげな様子でこちらを見遣った。
「……いらぬ心配だとは思いますが、約束してください。危険と判断したらすぐに撤退すると」
「判断力には自信があります。ご心配なさらぬよう」
サイがそう返すと、レンリは次にレグルスを見遣った。
「レグルス陛下。何も返すことが出来ていないのに、お願いばかりで恐縮なのですが……セレシェイラにもしもの事があれば、どうか国民のことをお願いできませんか」
サイは思わず息を呑んだ。
セレシェイラと言えば、王は常に冷静沈着で俯瞰して物事を見ている印象であった。
次期国王と定められた彼女もまた、感情抑制に優れた人物であると認識していたのだが、それがどうだ。
色々な可能性を考慮した上で、このように決意を秘めた瞳を向けられると、サイは胸が締め付けられるような言いようのない感情を覚えた。
「我が国の騎士が付いているのだ。貴殿に危険が及ぶことなど万が一もありはしない」
「いいえ、こちらは協力していただいている身。貴国の騎士が私を優先して怪我を負うことなど、決してあってはならないことです。だからこそ、最悪を想定した上で希望を頂きたいのです」
レグルスの困惑を読み取ったのか、レンリは更に言葉を続けた。
「勿論、国民の生活を守ることは王の義務であり、それを放棄するつもりはありません。それでもやむを得ない状況になった時は、どうか陛下にお願いしたいのです。そして、もしこちらに手を貸す余裕があるのであれば、その時はアルデラ様を優先していただきたいです。アルデラ様がいらっしゃればセレシェイラは存続できますから」
どうかそれだけはお願いしますと頭を下げられ、サイは言葉を失った。
冷静だと思っていた彼女がここまで言うのだ。
セレシェイラ城に巣喰う魔物はそれだけ厄介なものなのだろう。
彼女の覚悟をしかと受け取りはするが、それでもその言葉には考えさせられた。
自分達の騎士としての能力には確かに自負がある。
彼女を守り切る自信だってあるし、正体不明の敵にだっていくらでも対処して見せようとは思う。
しかし、彼女の言う最悪な状況下で、その命を天秤にかけることが果たして正しいのであろうか。
即位前の少女と現国王アルデラ。
それだけ聞けば、国にとって尊い存在がどちらであるかは明白だが、命を選び取ることは騎士の精神に反するような気がしていた。




