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【  星の行方 10】

 ホセは人の地に落としたレンリのことを想った。

 彼女は自分勝手なホセの行動を悲しむだろうか、それとも怒るだろうか。

 あるいは、いつものように困ったように微笑むのだろうか。

 どうであろうと構わない。

 ただできるなら、その胸に抱いた憂いは全て忘れ去ってほしい。

 彼女が心から笑って過ごせるように。


 けれども、アランに関しては認識を誤ってしまったことを申し訳なく思った。

 アランはただただ善良な人であったのだ。

 これはミラのルバヌスに気付けなかった自分の落ち度だ。


 ミラによって増幅された負の感情を取り除かれたアランは、清廉な人であった。

 あの得体の知れない生き物に関して気になることがあるからと敢えて危地に残る選択をした。

 悪手にも思えるその行動は、しかしアランの顔を見ると確かな意志を感じられた。


 詳細を早く聞きたかったが、自分に話した後に再度アルデラにも話すという二度手間を負わせるわけにはいかなかったので、後ろ髪を引かれながらもアルデラの執務室へと案内した。


 執務室には厳重に騎士が配備され、慌ただしく人が出入りしているようであった。

 騎士達はホセを見ると一様に安堵の表情を浮かべ、その背後にアランの姿を見留めると深く礼をしようとした。

 しかし、アランはそれを手で制し真っ直ぐに執務室へと向かっていく。


「――アルデラ陛下、アランです」


 扉越しに声をかけるアランを見守ると、執務室の中からフィルが姿を見せた。


「アラン殿下、どうぞ」


 アランに続くようにして、ロクスとホセも入室した。

 アルデラはこの非常事態でも普段通りの落ち着き払った様子であった。

 どこか余裕があるような微笑みを浮かべながらアランを迎え入れると、ホセの方に視線を遣って僅かに眉を寄せた。


「殿下、滞在中にこのようなこととなり、非情に申し訳ない」

「いえ」

「結界が既に張られてしまった故、急ぎ殿下が外に出るための手配をしよう」

「ありがとうございます。しかし、その前にお伝えしたいことがあります」


 アランの真剣な表情に、アルデラは眉尻を下げた。


「じっくり聞きたいところではあるが、今は余り時間がない」

「時間は取らせません。話したいことは他でもなく、あの得体の知れない生き物についてのことです」


 その言葉を境に空気が張り詰めたのが分かった。

 それと同時にアルデラが顔から人の良さそうな笑みを消し去り、代わりに恐ろしいほどの無表情でまるで真意を確かめるかのようにアランを見据えているのを視界に捉え、ホセは自分にそれが向けられているわけでもないのに冷や汗が伝うのを感じた。


「……殿下は、何かご存じで?」

「私がというより、ミラ姫殿下がご存じかと」

「ミラが?」


 アルデラは訝しむように目を細めた。

 ホセはまさかの名前に驚きながらもその成り行きを見守った。


「陛下に報告をしようとしていたことなのですが、ミラ姫殿下は頻繁に私の部屋を訪れていました」


 突然のミラの非常識な行動の報告に、アルデラは僅かに眉を寄せたが無言のまま続きを待った。


「彼女と話す度に、何故か胸に重たく暗い感情が沸き上がりました。その理由は先程教えて頂きました。彼女は負の感情を増幅させ、それを具現化できるルバヌスを持っていると」


 アルデラはチラリとホセを見遣り、それから神妙に頷いた。


「それは間違いないが……その話はアレの正体と関係のあるものなのか」

「数時間前にミラ姫殿下が再度私の部屋に訪れ、私の負の感情を貰ってくださると仰いました。その時具現化された私の負の感情は――あの得体の知れない物と酷似しているのです」


 ホセは目を丸めてアランを見遣った。

 下手をすれば言いがかりとも取れる話だが、アランの顔は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。


「具現化されたものがどうなるのか私は知りません。それでも、関係がないようには思えませんでした。お願いです、ミラ姫殿下に早急に御確認を」

「――フィル、ミラをここに」


 荒唐無稽な話に思えたが、アルデラは驚くほどあっさりとミラを呼ぶように指示を出した。

 視界の端でフィルがお辞儀と共に部屋を退出していくのが見えた。

 フィルが部屋を去ると、アルデラは大きく息を吐き出した。


「……殿下、今の話が本当ならば、私はそなたを結界の外には出してあげられない」

「覚悟はできています」


 意味の分からない会話だが、ただ一つアランに外に出る許可が出されないことだけは分かって、ホセは焦った。

 横に立つロクスも言葉を失っているようである。


「っお言葉ですが、陛下。何故そのようなことを」


 無礼だと知りながらも口を挟むと、アルデラの静かな瞳とかち合った。


「簡単なこと。もしアレが殿下の負の感情であるのならば、消す方法も殿下に繋がりがあるのやも知れないであろう」


 ホセは口を閉ざした。

 アルデラは依然として真っ直ぐにホセを見つめている。


「してホセ、レンリはどこだ?」

「……結界の外に逃がしました」


 刹那、こちらが萎縮するほどの圧を感じた。

 息の詰まるような雰囲気に気圧されて横にいるロクスが小さく情けない声を上げ、心配するようにチラチラとこちらを見遣ってきたため、無言で足を踏んでおいた。

 アルデラにあることないこと勘繰られる可能性があるため切実に止めてほしいと思ったのだ。


「何故?」

「アレが騎士を取り込んだところも見ていますの、私の判断で危険から遠ざけようと」

「……なるほど、そなたをレンリの騎士にしたのは間違いであったのやも知れぬな」


 あからさまな皮肉にホセは動揺しなかったが、代わりにロクスがビクリと震えたのが見えた。

 流石にもう一度足を踏むのは失礼かと考えて、本当に感情豊かな奴だと内心で溜息を吐くに留めた。


 アルデラは一度目を伏せたかと思うと、やはり余裕そうな笑みを浮かべた。


「まぁよい。遠ざけたところで、どのみち彼女は自分から戻ってくるであろう。私も彼女もそういう星の下に生まれてきたのだから」


 その自信に眉を寄せかけたその時、ノックの音と共にフィルの声が聞こえてきた。

 アルデラが入室の許可を出すと、フィルの背後に酷く青ざめた顔をしたミラの姿が見えた。


「ミラ、何故呼ばれたかは分かっておろう」

「っいいえ、お父様。移動にも危険が伴うというのに、一体何故私をここに、」

「殿下にルバヌスを使ったのか?」


 ミラは血相を変えて口を閉ざした。

 胸の前で握り込んだ両手は血色をなくし、小刻みに震えていた。

 アルデラの目は娘を見るようなものとは思えないほどに冷たい。


「何をしたのか分かっているのか?」

「っ違うのです! わ、私はただ、殿下の負の感情を取り払って差し上げようと……」

「取り払って、その後は?」


 まるで全てを知っているかのように問いかけるアルデラに、ミラの瞳は不自然に泳いだ。

 嘘やごまかしといったものが通用しないと判断したのか、ミラは何かを告げようと口の開閉を繰り返しているが、怯えている所為かそこから漏れ出てくるのは吐息のみであった。

 アルデラの溜息が聞こえると、ミラはビクリとその身体を大きく揺らした。


「た、確かに、アレは私が具現化した負の感情ですが、でも、っお父様、信じて! 私、こんなことになるなんて知らなくてっ」


 ミラは瞳に涙を湛えているが、とても同情する気にはなれなかった。

 おそらく、知らなかったのは事実なのであろう。

 彼女はそれだけ無知であるし、にも関わらず学ぼうとしなかったのもまた彼女なのだ。


 同時にアルデラも非情だと思った。

 ミラがそうであると知りながら放置していたのは他でもなく彼自身だ。


「知っていたらこんなことしませんでしたわ! 私の侍女もアレに飲み込まれて、私も被害者ですのよ!」

「――ミラ」


 静かにしかし抗うことが許されないような声で名を呼ばれ、ミラは固まった。


「アレを消せるのか?」

「っ、私には、分かりません」

「そなたの力は特殊で有効活用できると思っていたが、私はまたしても判断を違えたようだ」


 アルデラはミラから目を逸らし、部屋の隅で護衛のために立っていた騎士の方を振り返った。


「話は聞いていたであろう。――ミラを拘束せよ」

「っ陛下!?」

「お父様っ!」


 突然の命令に動揺を見せた騎士も、アルデラの本気に気が付いたのだろう。

 口を引き結んで頷くと、ミラの方へと歩み寄った。

 ミラは絶望に染まった表情でアルデラに訴え続けるが、アルデラがそれに耳を貸すことはなかった。

 絶叫しながら部屋から連れ出されるミラを見送ると、アルデラが眉尻を下げた。


「殿下、この度のことは重ねて謝罪しよう。しかし、問題が問題故に解決に協力して頂きたい」

「分かっています」

「無論、万策尽きれば必ず結界の外へと出すことを約束しよう」


 アランは一つ頷いた後に、ロクスの方を振り返った。


「……ロクスも、巻き込むことになるがすまない」

「い、いえ、殿下」


 アランはそれから、一瞬だけホセの方を向いて申し訳なさそうな顔をした。

 そこに、この結界を出てレンリを迎えに行くという約束を果たせないことへの謝罪が見えた気がするが、ホセにはそれにどうこう言うつもりはなかった。

 寧ろ、そんな権利はないと思った。


 最初から違和感はあったのだ。

 しかし、深刻には捉えなかった。

 自分がアランのあの態度をただの嫉妬と捉えずに、最初から何か可笑しいと疑えていれば。

 そうすれば、ミラに付け入る隙なんて与えなかったのに。


 そう思ってもアルデラの御前だから余計なことを言うこともできず、ホセはただただ強く拳を握りしめた。


いつも読んでくださってありがとうございます。

あらかわです。


このまま日を空けずに次のお話を更新したかったのですが、実はこの半月ほど体調を崩していまして、続きがあまり書けていない状態です。

今はもう回復しているので、少しずつ書き溜めしてストックが出来次第更新していく予定です。

よろしければ、一段落したこの機会に感想やブクマなど頂けたら嬉しいです。


因みに、時間軸的にはこの後に前作の「神聖国 ―竜の名を冠する者―」に続き、次更新する話は前作後のお話になりますので、前作読んでませんと言う方はこの機会に目を通して頂ければ幸いです。

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