【 星の行方 9】
アランは自分の目を疑った。
時間が無いと外に向かおうとしたレンリの手をホセが掴んで引き寄せたかと思うと、次の瞬間にはレンリがホセの腕の中でぐったりとしている。
だらんと投げ出された細く白い腕を見て我に返り、アランはホセに詰め寄った。
「っ一体何を、」
言葉は途切れた。
ホセのレンリを見つめる瞳は酷く優しくて、胸が締め付けられるようであった。
「このままでは逃げ遅れてしまうかと思いましたので、仕方なく」
その言葉を聞いて、ホセがレンリの意に反して彼女を逃がそうとしていることを悟った。
「……それは、レンリ様の本意では」
「そうですね。私の望んだことですが、何か?」
ホセは飄々とした態度で答えると、横抱きに抱え直したレンリをアランへと渡そうとしてくる。
思わず反射的に受け取ったが、余りにも強引な手段にアランは少し唖然としてしまった。
それはロクスも同じようで、目をこれでもかと見開いてホセを凝視している。
「レ、レンリ様は、無事ですか?」
「私が彼女を傷付けるはずありません。少し眠っていただいているだけです」
「な、なるほど。え、でも何故殿下に、もしかしてホセさんは一緒に行かないんですか?」
「私が一緒になって結界から出てしまったら、誰が貴方達が無事に出たことを報告するのですか?」
「それは、でも、レンリ様を連れて行ったらお咎めとか?」
レンリが先程話していたように、アルデラ有事の際は指揮権が彼女に移るのは間違いなく事実なのだろう。
そのような重要人物を外に出したとなれば、ホセが罰せられるのは避けられない。
動揺と心配が入り交じった声で問いかけるロクスにホセは表情を柔らかくした。
「あるでしょうね。ですが、レンリ様が安全なところいてくださることに代えられるものはありませんから」
深い愛情を見せつけられた気がした。
呆然とするアランの目に、不敵な笑みを浮かべたホセが映った。
「それに、今この王城内で一番強いのは私ですよ。罰するとしても限度があるでしょう」
確かに、今この状況下で彼を咎めるために拘束するのは悪手ではある。
それでも、一騎士である彼が彼女のためにここまでする理由とはなんなのだろうか。
ホセと自分を比べてしまい、アランは自己嫌悪した。
自分は彼女を愛しているけれども、国の緊急事態時に彼女を最優先にすることはできない。
それが王族として正しい行動だとしても、男としては彼に負けた気持ちになった。
自分の愛が口先だけのものに思えてしまい、アランはレンリを抱く手に力が籠もった。
「さぁ、時間がもうありませんので、急いでください」
ホセは足早に扉の方へと向かい、少しだけ隙間を開けて警戒するように外を見回した。
「貴方は、」
ホセが訝しげに振り向いた。
しかしアランは上手く言葉にできなかった。
ホセがどんなにレンリを想おうと、それが報われることは決してない。
身分が違う。
たったそれだけの理由で。
それなのに、ただ身分が釣り合うだけの自分と彼女の婚約が成立した時、彼は一体どう思ったのだろうか。
いや、そんなことを聞いてどうするというのだ。
アランが視線を落とすと、眠るレンリが目に入った。
目の前の男と同じ色合いを持つ瞳は今は固く閉じられて見ることは叶わない。
自分は彼と似た熱量で彼女を見ていたから気付いたが、果たしてレンリはホセの想いに気付いているのだろうか。
以前にホセを兄のようだと表現していたけれど、それはどういう意図で。
どうか気付いてあげてほしい、いや気付かないでほしい。
相反する気持ちを抱えながら、アランはホセを見遣った。
「……レンリ殿が以前、貴方のことを兄のように思っていると」
それがレンリの表せる最大の好意だったのではないだろうか。
そう思いながら伝えると、ホセは驚いたように目を丸くして、それから、初めて自分の前で相好を崩した。
「そう、ですか」
ホセは照れたように片手で口元を押さえたが、それでも隠しきれないほど嬉しそうに笑っている。
アランは息を呑んでそれを見つめた。
そして、自分が盛大な勘違いをしていたことに気が付いた。
アランは噂に踊らされて二人が互いに向けている感情を邪推してしまったことを恥じた。
彼の愛と自分の愛は最初から比較できるものではなかったのだ。
後悔が押し寄せた。
自分の精神の弱さがミラに付け入る隙を与え、そして、あの泥々の汚い何かを生み出してしまったのではないだろうか。
それが、レンリにあのような辛い顔をさせてしまった原因であるのならば、それを取り払わずに逃げては合わす顔も無い。
「……外に行く必要はありません」
アランがその場に跪くと、ホセが怪訝な顔を見せた。
アランはそれを無視して床に片手をつき、ルバヌスを発動させた。
そうすると床に穴が空き、涼しい風が入り込んだ。
穴を通して見える夜空には雲が浮かんでいる。
「なるほど」
ホセが感心したように近寄り、穴を見下ろした。
「ロクス、レンリ殿と外へ」
「え? え、と俺が竜化してお二人を乗せますよ?」
ロクスは首を傾げてアランを見つめた。
ホセは眉を顰めている。
「いや、私は後から行く」
「殿下?」
「あの得体の知れない生き物について、少し気になることがある。だから、それをアルデラ陛下にお伝えしなくては」
そう告げると、ホセの纏う空気が変わったのが分かった。
「今説明するには時間が足りない。結界が発動されるまでに、レンリ殿だけでも外に出さなくては」
ロクスは動揺したように目を泳がせている。
アランはその場に跪いたままロクスを見上げた。
「私のことは心配いらない。客人という立場なら、結界が発動された後も許可が出るとホセも言っていただろう。ただ、レンリ殿はそうではない」
「っそれは、そうですけど……」
「頼むよ」
自分だって彼女を守りたい。
その一心で告げたが、忠義心の篤いロクスは首を縦には振らなかった。
「……殿下を置いて行くことは、できません」
「ロクス」
「無理です!」
時間が迫っている。
アランが唇を噛み締めると、頭上から溜息が聞こえた。
見上げると同時に、アランの腕にあった温もりが引き抜かれた。
「まぁ、こうなったら仕方ないですね」
ホセは何の躊躇も無く、しかし丁寧な手つきでアランの空けた穴にレンリをふわりと落とした。
驚いて言葉を失うアランを余所に、ホセはどこか満足げな表情を浮かべている。
我に返りアランは慌てて穴を覗き込んだ。
レンリの姿が遠離っているが、その速度は何かに守られているかのようにゆっくりだ。
「っロクス、追って」
「もう遅いですよ」
ホセの言葉を耳に入れると同時に、穴から見える外の世界に透明な膜のようなものが広がっていくのが見えた。
漸く、結界が発動されたことを知った。
「すみません、時間がなかったもので」
「っしかし、このまま落ちたら」
「レンリ様が無事に地上に着くことは保証します。それが私のルバヌスですから。それとも、地上の人間が気掛りですか?」
ホセは焦った様子も無く淡々と述べている。
アランが言葉に詰まっていると、ホセは緩く口角を上げた。
「人間は危険だって言われてますが、実際あの虐殺を行ったのはたった一人の人間であり、それ以外の人達は私達竜に対して友好的だったと聞いています。そう心配なさらずとも」
「でも、それは絶対ではありません」
「そうかもしれませんが、レンリ様はああ見えて強かですよ」
アランはそれには反論できなかった。
野獣と対峙した時、自分よりも勇敢だったのは彼女の方なのだから。
「それに、アレについての情報を話し終えたら、迎えに行ってくださるのでしょう?」
ホセは試すような顔つきでアランを見遣った。
「それは、勿論」
「じゃあ、いいじゃないですか」
彼女が先に帰ってきてしまう可能性もありますがその時はそちらで保護をよろしく、とホセは軽い調子で告げた。
アランはもう一度穴を覗き込んだ。
そこは夜空が広がるのみで、既にレンリの姿は確認できない。
彼女の無事を祈りながら、アランは床から手を離した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ずっと予約投稿していたので今更のお礼なのですが、ブクマ登録してくださった方ありがとうございます!
読んでくれている方がいるんだと分かるだけでとても嬉しいです。
この場を借りて感謝させてください。




