【 星の行方 6】
ミラが去ってから少しして、困惑した顔の護衛により部屋の中で待機するようにとお願いされた。
何かあったのかと問い質せば、侵入者がいるようでと何とも煮え切らない返答があった。
それ以上は何も分からないまま部屋に閉じ込められた自分の横には、同じように状況に戸惑うロクスの姿があり、アランは少しだけ冷静さを取り戻した。
「ロクスは何か知っているのか?」
「いや、俺も侵入者がいるから中でアランを護衛するようにとだけしか……」
侵入者がどういった者なのか、何人いるのか、誰を狙っているのか、そのどれもが未だ不明なのだという。
安全が確保されるまではこのままなのか、とアランは深く息を吐いた。
「……レンリ殿は、無事だろうか」
「ホセさんがいるから大丈夫でしょう……あ」
何かに気付いたような声に顔を向けると、ロクスは青い顔で眉を顰めていた。
「どうした?」
「いや、でも、ホセさんのことだし大丈夫か」
ぶつぶつと呟くロクスを追及するように見続けていると、ロクスは観念したように息を吐いた。
「えと、実はさっきまでホセさんと二人で話してて……だから、今レンリ様の傍にホセさんはいないとは思うんですけど、でもホセさんのことだから、他の騎士にレンリ様の護衛はお願いしているでしょうし、心配はいらないですよね」
気になる部分が幾つかあったため、アランは訝しげにロクスを見てしまった。
「彼と二人で話を?」
「あ、それアランにも伝えようと思ってたんだけど、なんかミラ姫殿下に注意しろって」
アランは思わずドキリとしてしまった。
ミラとはつい先程話をしたばかりで、今日も心をざわつかせること言われて、挙句にはその負の感情を請け負うと面妖なルバヌスを見せられたところであった。
「言われなくても注意するって話だよな」
彼女の真意も分からないのに、とロクスは唇を尖らせている。
けれど、アランは彼女が去る間際に感じたあの寒気を思い出して、ブルリと身体を震わせた。
「アラン? どうかした?」
「……彼は他に何か言っていた?」
「え? うーん、俺ってばホセさんにビビっちゃって、正直あんまり覚えてないんだよね」
ははは、と乾いた笑みを浮かべるロクスを横目に、アランは嫌な予感が拭いきれず拳を握った。
見るからにレンリを大切にしているホセが、わざわざ彼女の傍を離れてまでそれを言いに来た訳とは。
それだけミラのルバヌスが何か特殊なものであったのか。
考えれば考えるほど思考が悪い方向に行きそうで、アランはそれを振り払うかのように頭を振った。
二人の話し声が途絶えて部屋に沈黙が訪れると、今度は外の音が良く聞こえるようになった。
慌てた様子でドタバタと行き交う音や、何か指示するように張り上げられた声などが耳に入った。
防音がしっかりしているのか五月蠅いと言うほどではないが、それでも一度気にしてしまったらなんだか落ち着かない気持ちになった。
「……手こずっているんですかね」
ロクスも同じなのか、扉の方に目を遣りながら不安そうに口を開いた。
その時、丁度視線を送っていた扉がバンと大きな音を立てて開いた。
ロクスはすぐさまアランを守るように腰にかかる剣の柄を掴みながら前に立った。
しかし、入室してきたのがストラトスから連れてきた騎士だと分かると、ロクスは安心したように肩の力を抜いた。
「殿下! ここを離れてください!」
それも束の間、鋭い声音にロクスは剣を構えなおした。
「状況は?」
「正直分かりません! ただ、奴らは少しの隙間があれば侵入してしまうようです!」
その騎士の背後に黒い影が見えた。
騎士が振り返ってそれを切り払うと、ベチャッという音共に動かなくなった。
「……倒したのか?」
「いえ。奴らは時間が経つとまた動き出すのです」
憔悴した表情で語る騎士の背後に視線を遣って、アランは目を瞠った。
その黒い泥々は、自分の中から現れた、ミラの言うところの負の感情に酷似しているように思えたのだ。
黒くてドロドロとしていて醜い、自分の汚い感情だ。
「ロクス様、殿下を連れて安全なところへ。奴らの動きは鈍いので逃げ切るのは容易ですから」
「安全なところって、どこに……」
「……アルデラ陛下に指示を仰ぎましょう」
冷静さを装って告げると、ロクスは神妙な面持ちで頷いた。
「分かった。……侵入者は、人でも野獣でもなさそうだな」
「ええ、私もこのような生物は見たことがありません」
再生はしますが動きは速くないのでそれが救いです、と恐れを抱いた瞳で騎士はその黒い塊を見下ろした。
そして、何かコレについて情報がないか先に進んで安全を確保しながら探ってきますとその場を後にした。
「取り敢えず、行こうか。――アラン?」
「あ、あぁ」
心ここにあらずの状態のアランを心配そうにロクスが覗き込んだ。
しかし、アランはとても言えそうになかった。
アレが自分の負の感情に似ているなどと、そんなこと、決して。
騎士が走り去った方向を追うようにアラン達も歩みを進めた。
数歩先を歩くロクスは警戒するように周囲に視線を走らせていた。
そして、その視線が何かを捉えたのか、ロクスは顔に安堵を滲ませたのが分かった。
「ホセさーん!」
言葉につられて、アランも前を見据えた。
月明かりに反射するように、彼の白髪が光っている。
確かに、この状況下での彼の存在はこれ以上ないほどに心強い。
こちらを見留めて会釈する彼の背後にはレンリの姿も見えて、少なくとも彼女の無事が分かったことにアランも少しだけ安堵した。
「ホセさんに合流できてホッとしました!」
ロクスはホセの方へと駆け寄るとだらしのない笑みを見せた。
彼もこの不測の事態にそれだけ緊張していたということだろう。
「アラン様、ロクス様、お二人もご無事で良かった」
レンリが胸に手を置いて微笑んだが、心なしか顔色が悪く見えた。
この状況では仕方がないと分かっていても、それでも彼女のそのような表情は初めて見たため心配になった。
「レンリ様もホセさんと会えたみたいで良かった。……顔色が優れないみたいですけど、大丈夫ですか?」
空気を読まない質問を諫めるようにアランはロクスの腕を引いたが、ロクスは分かっていないようでアランを見て首を傾げた。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。私は大丈夫です」
レンリは困ったように微笑んだが、それが空元気であることは明白だった。
アランだって今もし顔色を指摘されればきっと同じことを言う。
「ところで、レンリ殿はこれからどちらに?」
「アルデラ様のところへ行こうかと」
「丁度良かった! 私と殿下もアルデラ陛下に詳細を聞きたくて。良ければご一緒しませんか?」
「勿論です」
ロクスは心底安心したようでホッと胸を撫で下ろしていた。
対する彼女の騎士は焦った様子を少しも見せずに普段通りの顔つきをしていたため、本当に頼りになる騎士だと再認識した。
不意にそのホセと目が合い見過ぎてしまったことに気付いたが、今更視線を逸らすのもどうかと思いアランはジッとそのレンリと同じ色の瞳を見つめた。
ホセはその視線を受けてすっと目を細めた。
「――殿下、」
ホセは何かを言いかけたが、途中で厳しい表情で周囲に視線を走らせた。
その変化にロクスは固唾を呑み、目だけを動かして周囲を見回した。
「部屋の中に隠れましょう」
ホセは声を潜めて告げたかと思うと近くの部屋の扉を静かに開けて、三人に入るように指示をした。
指示に従うまま中に入り込むと、ホセは扉を開けた時と同じように音を出さないようにしながら扉を閉め、警戒した様子で扉に耳を付けた。
「ホセさん、もしかして、あの黒い奴がいるんですか?」
声量を落としながらロクスが尋ねると、ホセは無言のまま頷いた。
「でも、奴らは扉の僅かな隙間も通り抜けるって」
「そのようですね」
「そのようですねって……」
「アレにはまだ分からないことが多い。視覚で我々を判断して追っているのか、それとも聴覚か嗅覚かそれ以外か。見たところ耳や鼻は見当たりませんし、目もあると言っていいか微妙なところ。向こうがこちらを認識する前に隠れたつもりですが、これでもバレるなら特殊な機能でこちらを察知していると言っていいでしょう。それを確かめたい」
ホセは振り返ってしっかりとこちらを見遣った。
「もし、アレが侵入しても貴女方には指一本触れさせませんから安心してください」
ホセは再度扉の方に注意を戻した。
ロクスがかっけぇと呟いたが、正直同意しかない。
警戒はホセに任せれば大丈夫だと悟り、アランは部屋を見回した。
月明かりでしか確認できないが、見たところ応接室の一つのようである。
アランは座りましょうとレンリをソファへと誘導した。
大人しくそれに従ったレンリだが、やはりその表情は憂いを帯びていて、瞬きの間に消えてしまいそうな儚さがあった。
その原因があの黒い塊なのだとしたら、もしアレが自分の負の感情なのだとしたら、アランは自分が許せないと思った。




