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【  星の行方 4】

 異変に気付いたのはロクスと話した後の帰り道であった。


 真っ青な顔で裾を持ち上げ、自慢の髪を振り乱して走っているミラを見つけ、ホセは眉を寄せた。

 自分を良く見せようと心がける普段のミラの行いからは想像もできないような醜態である。

 いつも傍らに連れている侍女の姿もなく、一体どうしたのだろうかと見ていると、ミラはホセを見留めて必死な形相で駆け寄ってきた。


「――っホセ、助けて!」


 同時に、びちゃ、びちゃと泥が高いところから落ちるような音も遠くから聞こえた。

 ミラは側まで来るとホセを盾のように前に押し出し、息を整えながら自分が来た方向を恐る恐る覗き込んでいる。


「ミラ姫殿下、どうされたのですか?」


 彼女のことは好ましく思っていないが、身分上無視をしても角が立つ。

 面倒臭いが仕方ないと渋々声をかけたが、ミラはホセを見ることなくしきりに後ろを気にしている。


 その方向からまた水の音がした。


「っひぃ、ホ、ホセ、私をあれから守りなさい!」


 ホセは指さされた方に目を向けながら剣を構えた。

 目に見える範囲には何も確認できないが、ミラの尋常ではない怯え方からしてそこに何かいるのは間違いないのだろう。

 よくよく耳を澄ませば、水音の他に悲鳴や泣き声と言ったものも聞こえてくる。


「様子を見て参ります」

「私の傍を離れないで!」


 ミラは縋り付くようにホセの左腕を掴んだ。


「腕を掴まれては戦うことができません」

 暗に離せと伝えると、ミラはガタガタと震えながらも大人しくその手を離した。


 その間にも水音は段々と近付いてくる。

 その音の方向を注視していると、月の明かりに照らされるようにその全貌が明らかになった。


 現れたのは真っ黒でドロドロとした物体だった。

 かろうじて人の形をしていると分かるが、その身体は歩く度に溶け出た部分が地に落ち、それが聞こえてきた水音の正体のようであった。

 目はなく、深い闇のような窪みがあるだけ。

 ただ、やたらとその口だけが赤かった。


 しかし動きは鈍い。

 ホセが踏み込んで剣で払うと、それは呆気なく真っ二つに切り離されてベチャリと床に倒れ込んだ。


「……ミラ姫殿下、これは?」

「し、知らないわ。突然現れたの!」


 ミラは挙動不審に目を揺らしている。

 故にそれが嘘だとすぐに分かった。


「本当のことを仰ってください」

「知らないったら!」


 問い詰めようと足を踏み出した時、背後からまた水の音がした。

 剣を構えて振り返ると、先程倒したはずの黒い塊が切った部分を境に二つに分裂していた。


「っ、も、元はと言えば貴方達が生み出した怪物なんだから、貴方がなんとかしなさい!」


 ミラはよく分からない言葉を吐いて駆けて行く。


 奇妙な生き物を相手にしている以上それを放って彼女を追いかけることもできず、だからと言って切り伏せても増殖してしまう相手にどう立ち回ろうかと考えていると、騒ぎを聞きつけたのか別の騎士が姿を見せた。


「ホ、ホセさん! これは……」


 騎士の声からは戸惑いが見て取れた。

 ホセも同じ気持ちだった。

 野獣相手の方がどれだけやりやすいか。


「君のルバヌスは足止めとか、捕獲とかできる?」

「い、いえ」


 内心で舌打ちをした。

 自分のルバヌスも防御系のため役には立たない。


「切ったら増えるから、気を付けて」

「え、増える?」


 相手の動きが遅いのだけが救いだった。

 ここで手をこまねいている間にも他の場所から悲鳴が聞こえてくるようで、ホセは突然不安になった。


「ここ任せるね。増援は呼べたら呼ぶ」


 ホセは困惑する騎士にそう言い残すと、走ってその場を離れた。


 切ったら増える相手と言うことは、ここにいるのが敵の全てではないということだ。

 そうとなれば、レンリの身にも危険が迫っているかも知れない。


 ホセは全速力でレンリの部屋へと向かった。


 息を切らして辿り着いた部屋の扉をノックもそこそこに開け放ったが中は無人だった。

 外の状況を把握してどこかに逃げたのだろうか。

 でも、一体どこへ。


 ホセは焦りを自覚した。

 余裕のないまま周囲を当てもなく走り回り、人影と共に先程の気持ちの悪い生き物を見つけた。

 その蹲る人影がレンリだと気付いた時、ホセは自分でも信じられない早さで動いて敵を切りつけていた。

 増えてしまうと気付いたのは切った後だったが、ホセは先ずレンリの安否を確認した。


 ホセのルバヌスはレンリと同じく守護だ。

 レンリと異なるのは、ホセが守れるのは指定した一人のみで、その対象がどんなに遠くにいても発動されるが、一回の攻撃でその発動が解かれてしまうことであった。

 ホセはレンリにそのルバヌスを発動していたが、破られた形跡も無いので彼女が無事だということは分かっていた。

 それでも、確認せずにはいられなかった。


「――っレンリ様、お怪我はありませんか」

「ホ、セ」


 声が震えていた。

 濡れた瞳を隠すようにレンリが目を伏せるので、そんなはずはないのにどこか怪我をしているのではないかと焦ってすぐに近寄り傍に膝をついた。


 そこで初めて、床に広がる血溜まりに気付いた。

 慌ててレンリの身体に異常がないかを確認するが、彼女に外傷はない。

 しかし、彼女が支える騎士の胸には穴が空いていた。

 自分が、ロクスに注意喚起に行く間に彼女を任せた騎士だった。


「怖い思いをさせてしまい、申し訳ございません」


 努めて優しく声をかけた。

 できれば、彼女には命の灯が消えそうな彼のことに気付かないでほしかった。


「私は、大丈夫です。それよりも、彼のことを」


 その声はもう震えていなかった。

 しかし、彼の危篤状態に気付かないほどには動揺しているようである。


「彼のことなら大丈夫です。――ありがとう、助かったよ」


 レンリから騎士を受け取り、壁に背を預けさせて傷を観察した。

 自分が回復のルバヌスを持っていれば助けられただろうか、いや、仮にそうだったとしても手遅れか。


 そう判断して声をかけると、彼はゆっくりと目を閉じた。

 自分が来るまで意識を保って彼女を守ってくれていたかと思うと、感謝をしてもしきれなかった。


「レンリ様、立てますか?」


 直にあの化け物がまた分裂して起き上がる頃だ。

 その焦りを悟らせないように冷静に声をかけた。


「……少し、待っていただけますか」

「いいえ。では、失礼します」


 足が竦んでいるようであったので、レンリの膝に片腕をさし込み、そのまま片手で持ち上げた。

 レンリは突然のことに驚いたようで、支えを探すようにホセの首に手を回した。


「ホセ!」

「時間がありませんので、このまま失礼します」

「それでは私ではなく彼を、」

「彼はもういいのです」


 耳元でレンリが息を呑んだのが分かった。

 漸く彼の死を理解したようで、密着している所為か彼女の震えすらもよく分かった。


 べちゃりべちゃりと複数の水音が聞こえ、ホセは片手で剣を構えたままレンリを抱く手に力を込めた。


「……それならば、尚のこと、ここに置いていっては、」


 起き上がった化け物が動かなくなった騎士の男に群がるのを見せないように、ホセはレンリの言葉を無視して足早にその場を離れた。


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