【 星の行方 3】
アランはセレシェイラに来てから黒くドロドロした感情に悩まされていた。
レンリと共にいる時は比較的穏やかに過ごせているが、ホセの姿が偶然目に留まったりした時に、暗い感情が沸き上がるのを抑えきれないのだ。
そして、それを助長するようにミラが部屋へと訪れる。
それがレンリだったらどんなに嬉しかったことか、しかし、真面目な彼女なら絶対しないような非常識な訪問である。
相手が王の娘のため正面切って咎めることもできず、結局は少しだけ話を聞くに留めている。
その内機を見てアルデラに報告したいところだが、如何せん忙しくてなかなか時間が取れないのが現状だった。
昨夜に引き続き訪問してきたミラに苛立ちつつ、それを顔に出さないように笑顔を貼り付けた。
「ミラ姫殿下、約束もありませんのに訪ねられては少し困ります」
「それは分かっているのですが、私も大事にはしたくありませんので……」
オブラートに包んだ言葉をどう解釈したのか、ミラは眉尻を下げながら微笑んだ。
部屋の中には勿論入れていないし、護衛もすぐ傍にいる廊下で立ち話を続ければ、歓迎されていないことは分かっているだろうに、彼女は連日やってくる。
なんとなくミラは自分に好意があるのだろうなとは感じていた。
しかし、レンリとの婚約を望んだのはミラの父であるアルデラで、婚約者となった今は約半年後に迫る成婚の儀について話を詰めているところである。
婚約を破断させたいのか、それとも別に意図があるのか。
アランにミラの真意は分からなかった。
「貴女が私とレンリ殿のことを心配してくださっているのは分かりましたが、レンリ殿とお互いお話もしていますので問題はありません。その気持ちだけ有難く受け取っておきます」
「ええ、それが一番でしょうけど……ですが、ホセを見て懸念を抱いたことはありませんか?」
それは図星だったため少し返事に間が空いてしまった。
その瞬間を逃さず追い立てるように、ミラは口元を手で隠しながら続けた。
「私はありますわ。ホセは飄々として掴み所がない騎士です。けれど、レンリを見る時だけはとても人らしい優しい目をします。いくら忠誠を誓っているからとは言え、些かあからさまだとは思いませんか?」
「……それだけ、信頼関係があるのでしょう。レンリ殿もホセは兄のように思っていると仰っていましたし」
「まぁ、レンリがそのように?」
ミラは大袈裟に驚いたような素振りを見せ、それから眉を顰めた。
「ごめんなさい、少し驚いてしまって」
「いいえ、別に」
「我が国の王になる者の教育は特殊ですから、レンリも父と同じく分け隔てなく人と接するのが常なのです。それなのに、ホセに対してそのように表現するのが珍しくて――あの子にとっても彼は余程特別なのね」
特別、その言葉にドキリとした。
レンリはホセときちんと距離を測って接しているように見える。
でも、あの時、ストラトスで野獣に遭遇した時、爽快と現れたホセを見る目は自分には向けられたことのないものだった。
いや、それは信頼関係の問題だ。
そもそもあの状況で騎士が現れれば誰だって安心する。
自分もそうだった。
何も特別なことではない。
そう理解しているはずなのに、唇は段々と乾いていく。
「ごめんなさい、他意はありませんの」
アランの顔を覗き込むようにミラは首を傾げた。
その言葉から、自分の思いが顔に出てしまっていることを察して、思わず顔を背けた。
「特別と言っても、女性なら誰しも強い男性に憧れる時がありますし、ホセはエジダイハで修行をした身ですから余計に格好良く見えてしまうのかもしれません。王城では働く女性は誰でも一度は強くて格好いいホセに惚れるものですし、おそらく、レンリもそれに似た想いがあるだけね」
だから私の杞憂ですわね、とミラはフォローするように微笑んだが、アランは気が気ではなかった。
本来であれば、身分も違う一騎士のことなど気にする必要もないはずなのに、何故かそれができない。
それは、ホセがレンリを大切にしていることと、レンリがホセを信頼していることが目に見えて明らかな所為か。
それとも、わざわざホセが自分の方がレンリのことを知っている旨の発言をした所為か。
いずれにしても、今までこのような感情を抱いたことがなかったため、アランはこの気持ちの解消の仕方が分からなかった。
悔しい、羨ましい、欲しい、いらない、気に入らない、邪魔、嫌、嫌だ。
いなくなればいいのに。
沸き上がる人を恨むような気持ち。
自分にこのような汚い感情があるなんてアランは知らなかった。
取り繕うために笑顔を浮かべたが、上手く笑えた自信はない。
ミラはアランの顔を見てにっこりと笑った。
「心配のあまり出過ぎたことを申したようで、ごめんなさい。アラン様の言うように、二人の間にある信頼がそう見えてしまった要因ですのね。――お詫びに、私がそれを貰って差し上げますわ」
ミラはアランの胸を指さした。
すると、身体の中を何かが通り抜けるような感覚の後に、真っ黒でドロドロした球体のようなものが自分の中から現れたため、思わず一歩後退った。
近くにいた騎士も見慣れぬものを前に警戒するようにサッと剣に手を置いた。
「うふふ、心配なさらないで。これは誰でも持ち得るものですわ」
「……何を」
「あら、説明がまだでしたわね。これは、私のルバヌスです。人の負の感情を視覚化して請け負うことができるのです」
ミラはまるで宝物を受け取ったかのような恍惚とした表情で、その見た目の悪い球体を両手で握り込んだ。
「ご気分は如何ですか?」
言われて初めて、先程まで渦巻いていたはずの鬱蒼とした気持ちが消えていることに気付いた。
ミラの言っていることはあながち間違いではないらしいが、どこか腑に落ちない。
「……特に、なんともありませんが」
「それは良かった。これは、私が貰っておきますわね」
ミラは上品に笑って満足げに去って行く。
ゾクリと背筋に冷たいものが走った気がした。




