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【 婚約 2】

「アラン、セレシェイラの王都が見えてきたぞ!」

「……そうだね」


 竜化した数名の護衛に囲まれる形で飛びながら、重い空気を纏う自分とは正反対に紺色の尾を揺らしながらはしゃぎ続ける従者の姿にアランは人知れず溜息を吐いた。

 自国での癖が抜けずに己を呼び捨てにする彼を注意する気力もないほどだ。


「ストラトスと比べると、街並みもなんだか華やかだな」

「……そうだね」


 アランはちらりと下に見える王都に視線を落とした。

 緑豊かな街はなるほど確かにとても美しい。

 白い建物にはカラフルな花が映え、それだけでとても活気づいた印象を与えている。

 自国ストラトスとは似ても似つかぬその様子は、異国に来たのだという事実を悠然と突きつけてくるようで、アランは更に気が重くなった。


 ストラトスは土壌の関係で植物が育ちにくい。

 大きな岩を思わせるような大地を持つ自国は、その代わり宝石を含む鉱物が豊富に採掘できる特色があった。


「それにしても楽しみだな」

「……」

「セレシェイラ次期女王のレンリ様はとてもお美しい方だとか!」


 またか、とアランは黙り込む。

 彼は少し他のことを話したらすぐにこの話に戻る。


「早く会ってみたいな」

「……取り敢えず、ロクスは口調と呼び方を今のうちに改めて」

「え、あ、すみません、殿下」


 八つ当たりするような冷たい言い方をしてしまったことに、アランは気まずくなって視線を逸らした。


 ロクスは年も身分も近いと言うことで幼い時から共に研鑽を積んだ所謂幼馴染みである。

 だからこそ、ストラトスではその親しみのこもった言動を許していたが、他国ではどう見られるかは分からない。

 これはお互いの為なのだと、誰に言うわけでもなく内心言い訳をした。


 しかし、彼がこれだけ楽しげに話すのは仕方のないことなのだとも分かっていた。

 今回自分がセレシェイラを訪問するに至ったのはその噂の次期女王との縁談の話があったからで、その女王が美しいと有名だからこそ、ロクスは一目会える喜びを隠しはしないのだ。


(他人事だと思って……)


 アランは深く溜息を吐いた。

 今回の縁談、自分が断るつもりでいることを知ったら、父やロクスはどう思うだろうか。


「殿下、緊張しているのですか?」

「……そうかもしれない」


 アランとて王族である。

 縁談をすること自体は仕方ないと割り切っているし、別に他に誰か想い人がいるとか、その次期女王が嫌だとか、そういう理由があるわけでもない。

 そもそも、その次期女王とはこれが初対面である。


 ストラトスは代々王位継承を血縁で行っており、父が退位した後は兄が王位を引き継ぐことが既に決まっている。

 王位を継ぐことのない自分を案じて、父自ら今回の縁談の話を取り付けたらしいが、アランにとっては全くもって有難迷惑な話であった。

 せめて、自国の者との縁談であればアランだってここまで気落ちすることはなかった。

 ただ、相手がいずれ国王となる身分の者であるということ、それは即ち自分が婿入りするということが憂鬱さを募らせた。

 自分の愛する国を離れることなど生まれてこの方一度も考えたことがなかったため、突然の父からの言葉は正直裏切られたような気分だった。


 アランは父を継いで即位する兄を補うような存在でありたかったし、将来そうなるのだと信じて努力してきた。

 しかし、そう意見するアランの目の前で王位に就く兄を助力する役目は姉に任せる、と父にはっきりと言われた時、何か固いもので殴られたような衝撃を覚えた。

 姉は婿をもらい、ストラトスに残るのだという。

 その役目は自分ではいけなかったのだろうか。

 何故姉なのか。

 父に繰り返し問いかけたが、結局アランが納得するような答えは得られなかった。


 救いがあるとすれば、此度の縁談話は父とセレシェイラの現国王アルデラの間のみで取り交わされたことだ。

 縁談相手である女王が干渉していないのであれば、場合によっては穏便にこの話をなかったことにできるかも知れない。

 願わくば、女王が自分との婚約を望まないように。

 アランは祈るような気持ちでストラトスを発ち、今に至るのである。


 王門にさしかかり、一行は下降した。

 竜化を解き、護衛の一人がアルデラ王の印がある書状を門番に見せると恭しい礼と共に門が開かれた。

 天に続くように伸びる階段の前に、礼服を身に纏った初老の男性がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「アラン殿下、この度案内役を務めさせていただきます、フィルと申します」

 お見知りおきをと告げながらフィルは深くお辞儀をした。


 丁寧な所作や裏のなさそうな笑顔は好感が持てる。

 しかしここは王城。

 油断は禁物である。

 その言動を素直に受け取ることなく、アランも差し障りのない笑みを浮かべた。


「お出迎えいただき感謝します」

「とんでもないことでございます。こちらこそご足労頂き感謝いたします。――さぁ、こちらへ。陛下がお待ちです」


 フィルはにこやかな笑顔のまま一歩前を先導して歩き始めたため、アラン達も付き従った。

 衛兵達はこちらを見留めるとすぐさま道を空けて頭を下げた。

 アラン達が通り過ぎた後も暫く礼をしたままであり、良く訓練されていることが見て取れた。


「旅路は、つつがなく終えましたか?」

「はい。何事もなく順調でした」

「何よりでございます。お疲れでなければ、夜に晩餐会を予定しております。お休みが必要であれば日程の変更もさせていただきますが、如何なさいますか」

「ご配慮いただきありがとうございます。ですが、予定の変更は必要ありません」

「では、そのように進めさせていただきます」


 実のところ、疲れはあるが早く済まして帰りたいというのが本音だった。

 これから行われる話し合いで婚約が白紙になれば、長居することでお互い気まずくなってしまうことを危惧しているからだ。


 アランのそんな心情を知らずに、フィルは人好きする笑みを湛えている。


 気付けば階段を上がりきっていた。

 正面に見える白亜の城にアランは目を瞠るに止まったが、横に立つロクスはおそらく無意識に感嘆の声を上げていた。


 美しい城だった。

 僅かに丸みを帯びた白い柱に支えられるように建つ城は、まるで芸術品の一つのようであった。

 一番外側を支える柱と柱の間には壁がなく、優しい風が廊下を吹き抜けて開放感を感じさせた。

 その外周にはよく手入れされた庭園があり、季節の花が咲き誇っている。

 ストラトスとは全く異なる装いの城に、アラン達は暫し見とれた。


 ストラトスの城はもう少し無骨なデザインだ。

 大理石を削って城を象っており、国産の宝石で装飾している。

 それなりに華やかさはあるが、セレシェイラのような柔らかな美しさはない。


「訪れた方は皆様同じような反応をしてくださるので、嬉しい限りにございます」


 立ち止まっているアラン達に気付いたのか、フィルが少しばかり得意気に微笑んだ。


「あぁ、すみません。ストラトスでは植物が育ちにくいので、余計に……」

「土壌の関係ですね。植物の代わりに宝石が豊富と聞いていますが、それもとても素敵に思えますね」


 フィルは朗らかに述べると、更に進み出す。

 開放感ある廊下を進みながらふと外に目を遣ると、どこを切り取っても美しい庭園がよく見えた。

 庭園を眺めながら歩いていると、豪華な扉の前でフィルが立ち止まったため、アラン達も足を止めた。


「――陛下、フィルにございます。アラン殿下御一行様をお連れいたしました」

「入りなさい」


 男性の声が聞こえ、フィルがゆっくりと扉を開いた。


 中は広々とした応接間のようであった。

 清潔感のある部屋の中にはやはり花が生けてあり、それだけで部屋の中が明るく見える気さえした。

 そして、後ろに数名の騎士を控えさせ、人形のように完璧な笑みを崩さない男性が歓迎するように立ち上がった。

 父よりも幾分か若く見える男性は、しかしながら存在感があり、彼がセレシェイラ国王アルデラなのだとすぐに分かった。


 アランはすぐに礼をとった。

 一国の王と、客であるが一国の第二王子では、比べるまでもなく自分の方が下だ。

 アランの礼を見て、ロクスも護衛兵もすぐに頭を下げた。


「アルデラ陛下、御歓待いただき感謝いたします。お初お目にかかります、アランと申します」

「そう固くならずともよい。そなたは客人だ」

 面を上げよ、と続いた言葉に倣ってアランは顔を上げた。


 真っ正面から見据えるアルデラは、優しそうな笑みを湛えながらも威厳があった。

 そして、進められるままにソファに腰をかけ、ロクスを始め兵達がアランの背後に控えた。


「先ずはそなたに謝罪をしなければならぬな」

「謝罪、ですか?」

「当人達の意思を確認もせず、そなたの父上と私だけで話を進めてしまった」

(……本当に)


 勿論そんなことは言えないので、アランは笑みを作った。


「いえ、おそらく父が無理矢理に話を出したのでしょう。謝罪しなければならないのは、寧ろこちらの方です」


 真意を探るように真っ直ぐに見つめられ、アランはドキリとした。

 心を読み取られてしまうのではないかという不安が過ぎり内心冷や汗をかいたが、対するアルデラはにこりと笑った。


「なるほど、殿下はしっかりしていらっしゃる。そなたが我が国に来てくれれば、安泰であるな」


 笑っているはずなのに迫力があり、アランは思わず口を閉ざした。


「まぁ、当人同士で話さないことにはどうにもならぬことは分かっている。こちらは如何様にも対応できるが、どうしようか。レンリとの顔合わせは晩餐会の時でも構わぬし、その前に話す機会が必要とあらば場を用意しよう」

「……晩餐会よりも前に、先ずはお話しさせていただければ」


 晩餐会となれば高官を含む複数の要人が在席することになる。

 そこで縁談の白紙について話すことが不適切なことは容易に想像がついた。

 アルデラがどう思ってこの縁談を取り付けたのかは分からないが、この件に関してアランの味方ではないと思った方がいいだろう。

 そう考えて微笑みを保ったままなんとか伝えると、アルデラは部屋の隅に控えていた者に視線を遣った。

 視線を受けた者は一礼と共に部屋を退出していった。


「分かった。では準備をさせて頂く故、先に客室で休むが良い。――フィル」

「はい、陛下」


 ここに来た時と同じようにフィルに先導されて部屋を出たその瞬間、アランはふぅっと息を吐き出した。

 そこで想像以上に緊張していたことに気付き、アランは内心苦く思った。

 アルデラにはこの縁談をなかったことに、とは口が裂けても言えそうにない。


 フィルにこちらですと案内されながら、次期女王とどう話を付けようか悩んでいると、前方から女性達の賑やかな声が聞こえた。

 少し先の庭園に女性達が集まっており、中心の人物以外はその服装からどうやら侍女らしいことだけが伺い取れた。

 淡い桃色の髪をした女性がこちらに気付いたのか、ゆったりとした動きで歩み寄ってくるのが見えた。


「ミラ様、ご機嫌麗しく、」

「フィル、その方はどなたかしら?」


 フィルの奏上を遮って、女性はアランへと目を向けた。

 その薄紅色の瞳の中にほんの少しの熱を見留め、アランは表情こそ出さなかったものの少し呆れてしまった。


 自分が異性に好かれやすい顔をしていることは自覚していた。

 兄と比べて筋肉はないし、身長も低いために男らしさはないが、それでも兄よりも女性に声をかけられる頻度は高かった。

 それは既に兄が既婚者である所為かと思ったが、彼女の反応を見るにどうやらそれだけではなかったらしい。


「こちらはストラトス国第二王子のアラン殿下でございます。――アラン殿下、こちらはアルデラ陛下の一人娘ミラ様でございます」


 フィルは双方の疑問に答えるように互いを紹介した。

 アランが微笑みながら目礼すると、ミラはほんのりと頬を染めた。

 アルデラと比べると天と地の差があるほど分かりやすい表情の変化に、本当にあの人の娘なのだろうかと少しの疑念が浮かんだ。

 綺麗な娘ではある。

 好みかと言われたら別だが、王位継承をしない彼女との縁談だったらどんなに楽だっただろうかと微かに頭を過ぎった。


「まぁ、アラン様。遠方よりよくお越しくださいました」


 ミラはその場でカーテシーをして見せた。

 不意に上げられた顔には同情に似た表情が浮かんでいた。


「お父様が勝手にお話を進めたようで申し訳ございません。もしアラン様から言いづらいことがあれば私からお父様にお伝えしますので」

「お気遣いありがとうございます」


 それは純粋に有難かったため、アランは笑みを深くした。

 しっかりと名前と顔を覚え、何かあれば頼りにしようと考えた。

 幸いなことに、彼女にとって自分の顔は好みらしいし、次期女王から彼女との婚約にすり替えれば、ストラトス、セレシェイラ両国にとっても特にマイナスにはならないだろう。


 ミラは嬉しそうに微笑むと、侍女を伴って庭園へと踵を返した。

 それを見送ってフィルは歩みを再開した。


 付き従って更に進んで二階に上がると、豪奢な部屋に案内された。

 従者であるロクスや護衛兵にもアランの部屋の両隣にあるこれまた綺麗な部屋が用意され、アランはそこでようやく落ち着いて呼吸をしたのであった。


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