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【  星の行方 1】

 帰国してからもレンリは頻繁にアランと文を交わしているようであった。

 会うことができるのであればそれに越したことはないだろうが、二人の立場上都合が合う日は少ないようである。


 余談だが、あれからストラトスの文化のことは忽ち噂となり、セレシェイラでは現在恋人への贈り物として耳飾りが流行中なのだとか。

 噂好きの侍女から聞いた話なのでその実は知るところではないが、あの耳飾りの意味を知らなかったホセは、アランに余計なアドバイスをしてしまったなと少しだけ反省した。


 先日アランが十七歳の誕生日を迎えることとなり、招待されたレンリと共に再度ストラトスへと出向いた。

 その頃には成婚の日取りはレンリの十七歳の誕生日にと決定されていたため、その来たるべき日に向けての話し合いも並行して行われていた。


 レンリの誕生日までは後半年。

 時間は十分にあるように思えたが、どうも様々な関係各所と調整を行わなければならないらしく、そこまで時間はないようである。


 前回の滞在時よりも慌ただしく過ごし、そしてあっという間に帰国の途についた。


 そしてこの度、アランの二度目のセレシェイラ訪問である。

 今回も更に成婚の儀式について話を進める予定で、お互いにゆっくりとした時間は取れないようであった。

 そのことにホセは少しだけ同情した。


 そんな二人が雑談する間もなく忙しく二日過ごしている間、ホセは少しだけ気になることを耳にした。

 どうやらミラがアランと接触を図っているらしいのだ。

 無論日中の殆どをアランはレンリと共に過ごし、式に向けた話し合いを行っている。

 ミラはその話し合いを終えて休むアランの部屋に訪ねているのだという。


 アランは誠実な男らしく、それを無下に追い返すこともなく部屋の外で護衛と共に対応していると聞く。

 更に詳しく聞けば、ミラはアランが初めてセレシェイラに訪れた時もそうやって部屋に訪ねていたのだとか。

 婚約者であるレンリには何も言わずにだ。


 侍女伝手でそれを聞いた時、ホセは思わず眉を顰めた。


 ホセもレンリの騎士となって長いわけではないので、その関係を全て理解しているわけではない。

 ただ、状況や態度を見てレンリとミラが不仲であることは知っていた。

 と言ってもミラが一方的にレンリを嫌い、レンリはそれを意に介すことなくまるで他人事のように受け止めているというのが正しいところだろうか。


 レンリとてミラから向けられる悪意に気付いているが、今後のためにそういう悪意に慣れておけというのがアルデラからの指示らしいので、気になってはいても下手に介入できないことなのである。


 そんなミラが、アランと接触していると聞けば悪い気しかしない。


 ミラの言動からアランに好意を持っていることは明らかだろうが、婚約が成立した今そのようなことを行うのは些か礼儀知らずではなかろうか。

 おそらく、レンリに対する何かしらの悪意を持ってアランに関わっているのは間違いなさそうなので、ホセは注意喚起をすることに決めたのであった。


 その夜、早めに別の騎士に護衛の交代を願い出た。

 ホセは自分が休む時間は信頼するセレシェイラの騎士にレンリを任せていた。

 それもレンリが就寝する時間のみなので、実質ホセが四六時中護衛をしていると言っても過言ではない。


 レンリが起きているような時間に交代を申し出たことは未だかつてなく、相手の騎士はそれは大層驚いていたが、二つ返事で引き受けてくれた。


 ホセは交代した足でそのままロクスの部屋へと向かった。


 ホセはアランから向けられる嫉妬に似た視線に気付いていた。

 あからさまではないが、ふとした時にこちらを見るアランの目が酷く憎々しげなのだ。

 それが顕著になったのは、自分が余計なアドバイスをした後からだろうか。


 それがセレシェイラに来てからはより一層増した気がするのだ。

 ホセはそれを自業自得と受け止めながらも、護衛の騎士である自分にそのような視線を向けられても……と言うのが正直な感想であった。

 若いからある程度仕方ないのだろうが、まぁただ触らぬ神に祟りなし、とホセはアランを避けてロクスから注意してもらえるように話をしようと考えた。


 ロクスの部屋はアランの部屋の隣に用意されていた。

 アランの部屋の前に立つ騎士に片手だけあげて挨拶をして、コンコンとロクスの部屋の扉をノックした。


「――はい。っひえ」

「やぁ」


 顔を見るなり小さな悲鳴を上げて顔を青ざめさせるロクスに、敢えてにこやかに挨拶をした。

 そして扉を締められないようにと、小さく開いた扉の隙間に足を滑り込ませた。


「え、な、ななななんですか?」

「ちょっとお話ししようと思いまして」

「げ」


 露骨に顔を顰めるロクスを無視して無理矢理部屋の中に身体を入れると、ロクスは怯えたように後退った。


「あ、あの、俺何かしました?」

「思い当たることでも?」

「とんでもないです!」


 ロクスは首が取れんばかりに左右に勢いよく頭を振った。

 それに思わず笑ってから、ホセはからかう気持ちを切り替えて真剣な顔でロクスを見遣った。

 それに気付いたロクスは、困惑しながらも真っ直ぐにホセの方を向いた。


「ミラ姫殿下のことなんですけど、」


 ホセが話し出すと、ロクスは僅かに眉を寄せた。

 その表情から何か迷惑を被っているのだろうと察し、自分は無関係ではあるけれど申し訳なく思った。

 正真正銘の無関係ではあるが。


「しばしばアラン殿下を訪ねに来ていると耳にしましたが、何かありましたか?」

「いやっ、えー」


 歯切れ悪く目を逸らす様子が肯定を示しており、ホセは目を細めた。

 強く言えないのは相手がアルデラの実の娘だからか。


「彼女は何しに来られているのですか?」

「えー、なんでしょう。雑談、みたいな?」

「へぇ、雑談」


 ロクスは濁すように答えたが、ホセの射貫くような視線に耐えられなくなったのか小さく息を吐いた。


「……なんというか、こちらも意図を図りかねていると言いますか」

「迷惑でもかけられましたか?」

「実はよく分からないから対応に困っていまして……アラン殿下と話がしたいと来られるのです。でも、アラン殿下はレンリ様と婚約していますし、未婚の女性に尋ねて来られるのはちょっと遠慮したいんですけど、アルデラ陛下の娘ですからすげなく断ることもできず」

「因みに、どういった内容のお話を?」


 ロクスは気まずそうに口ごもったが、ホセが目を細めるとうっと微かに唸った。


「……先に言っときます、気を悪くしたらすみません。――婚約を止めた方がいいと」


 ホセが眉を寄せると、ロクスは再び顔を青くして顔の前で両手を振った。


「いやっ、勿論それを真に受けてはいませんが、」

「それなら結構ですが、何故婚約を止めた方がいいと?」

「っ本当に怒らないでくださいね……レンリ様とホセさんが、その、想い合っているとっひぃ」


 ロクスの悲鳴を聞いて自分が凶悪な顔をしていることに気が付いた。

 ホセは笑顔を貼り付けて見せたが、ロクスの顔は引きつったままである。


「なるほど、大体把握しました」

「っ安心してください、ミラ殿下の言うことはこれっぽっちも信じてませんから!」


 ロクスは何やら弁解しているが、ホセは顎に手を置いて考え込んだ。

 ミラのその言動は十中八九ただの嫌がらせであろう。

 二人の間に疑心暗鬼を生み出し婚約が破談すれば良、更にアランの意識が自分に向けば優か。


 レンリとミラのわだかまりがそこまでのものと知らなかった自分の落ち度か。

 いや、ミラの性格の悪さが原因だ。


 何故アルデラはこれほどまでに自分の娘を放っておくのだろうか。

 レンリに悪意に慣れさせるためとは言え、流石に他国の王子を巻き込んでは度が過ぎているのではなかろうか。


 頭が痛くなる思いがして自身の米神をトントンと叩いている最中も、絶えずロクスはしゃべり続けていた。


 ミラの言うことを真に受けてないとロクスは言うが、アランの自分を見る目は間違いなく嫉妬混じりだ。

 ミラの言を信じているというのか。

 一国の王子ともあろう者が。


 ふ、とそこでホセは引っかかりを覚えた。

 何かを忘れているような気がして腕を組んでうんうん唸っていると、ロクスは不安げにホセを見上げた。


「……ホセさん?」

「ちょっと黙って」


 どう考えても可笑しいのだ。

 レンリほど厳格には教育されていないだろうが、様々な思惑が蠢く王城内で育ったアランが、果たして本当に一人の言動に踊らされるだろうか。

 恋に盲目の所為と言えばそれまでか。

 それでも。


 そこで、以前どこかしらで聞いたミラのルバヌスについて思い出した。

 本人から聞いたわけではないから、この情報がどこまで正しいかは分からない。

 レンリならもしかしたら詳しく知っているかも知れないが。


「……接触した相手の負の感情を増幅させる、だっけか」


 思い出したことをぽつりと呟いた。

 ただ、この情報が正しければ何も知らないアランがその言動に惑わされるのも納得がいく。

 そう言えば自分もミラが話しかけてきた時は意味もなく苛々が募ることがあったが、あれはレンリに対する敵意を見いだしたからだけではなかったのかもしれない。


「ロクス殿、忠告しておきます」

「え?」

「ミラ姫殿下には注意してください。彼女の言動には耳を貸さないことをおすすめします」

「は、はぁ。それは、勿論」


 他人のルバヌスをおいそれと明かすわけにもいかず、ホセは注意だけを行った。

 それでも、嫌な予感は離れてはくれなかった。

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