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【 耳飾り 10】

 アランは父と母、それから兄からも厳重に注意を受けた。


 他国の王位継承者を自分勝手な理由で危険な目に遭わせたのだ。

 それを自覚しているからこそ、アランも粛々とそれを受け入れた。

 幸いレンリに怪我はなく、野獣が街中に現れたというのに死者もいない。

 何より、その功労者であるレンリがアランの罰を望んでいないが故に、想像よりも遙かに早くアランは執務室から解放された。


 自分に協力してくれたロクスも大分怒られたのだろう。

 退出時に漸く顔を合わせた彼は生気のない表情をしていたため、巻き込んでしまったことを申し訳なく思った。


 ロクスを連れて自室に帰る途中で、姉の侍女に呼び止められた。

 エリィ様がお話しになりたいことがあるそうですと告げられたため、アランは黙ってその侍女の後を追った。

 執務室に姉の姿はなかったため、きっと個別に説教されるのだろうと推察して、どうせなら父や兄と一緒に責め立ててくれれば良かったのにと内心溜息を吐いた。


 姉の部屋に着くと人払いがされ、アランは黙って姉の正面へと腰かけた。

 エリィは妙に深刻そうな顔つきで口を開いた。


「アラン、観念して白状なさい」

「……はい、姉上」

「その耳飾り、いつの間に準備していたのよ!」

 やるじゃない、とアランの左耳にかかる耳飾りを指さしながら声を大きくしたエリィは、突然バッと自分の口元を抑え扉の方へ目を遣り、ほうっと息を吐いた。


 アランは目を白黒させてそんな姉を眺めた。


「いけない、いけない。怒る名目で呼び出したんだった。こんなの従者達には聞かせられないわね」

「姉上、何を?」


 戸惑うアランを見てエリィは楽しそうに笑った。


「こっちはレンリの右耳に同じものが付いてるのを見てるんだからね。あーん、いいなぁ」


 エリィは両手で頬を包み込んで恍惚とした表情で続けた。

 アランは会話について行けずに口を閉ざすことしかできない。


「奥手だと思っていたけど、しっかり準備していたなんて……見直したわ」

「……姉上は、私が護衛を撒いてレンリ殿を城下に連れて行ったことを、怒っていないのですか?」


 確認するように尋ねると、エリィはにっと口角を吊り上げた。


「それはもうお父様達に叱られたんでしょ? 私からはもういいじゃない」

「姉上……」

「それに、そういうのは女の子の憧れっていうかぁ、私も窮屈な王城を抜け出してとか自由にしてみたいって言う願望はあるし。――まぁ、小さい頃にもうアランと抜け出してるけどね」


 可笑しそうに笑うエリィに、アランは陰鬱とした気持ちが少し晴れるような気がした。


「……レンリ殿も、そう思ってくれているでしょうか」

「え? 楽しそうにしてなかったの?」

「いえ、そんなことはありませんが……怖い思いをさせましたし」


 アランの声は段々と小さくなった。

 アランも思い出すだけで身体が震えてしまいそうだった。

 目の前にいた野獣は、殺すつもりでこちらに鋭い爪を何度も振り上げていたのだから。


「あー、それは本当に運が悪かったよね」


 同情の込められた言葉にアランは目を伏せた。


「でも、お互い怪我もなかったし良かったじゃない」

「そうですが、」


 アランはその先が言えそうになかった。

 あの時自分は怖くて逃げようとしたが、彼女は国民を守るために立ち向かったこと。

 王族としてどちらの行動か正しいかはさておき、あれは男としては格好悪すぎたと思う。


「ホセ、だっけ? あの格好いい騎士。彼がすぐに来てくれたんでしょ。優秀な騎士がいて本当に良かったね」


 無事を喜ぶ姉の言葉に、アランは何も返せずに唇を噛んだ。

 格好悪い自分と、格好いい騎士。

 その比較がどうしても胸の中に重たい感情を抱かせる。


「それで、耳飾りを渡したってことは、プロポーズとかしたの?」

「ぇ、そこまでは……」

「えー、じゃあキスとかは?」


 その言葉に顔が熱くなるのを自覚した。

 耳飾りを付ける際に彼女に触れ、近付いた距離に思わず更に顔を寄せて頬にキスをした。

 美しい彼女の傍にいてあまり余裕はなかったが、彼女は自分の口づけを目を瞑って受け入れてくれたように思える。

 柔らかい頬の感触と彼女から香る花のような香り、それを思い出すだけでまた胸が高鳴った。


 不意に視線を前に戻すと、ニヤニヤと笑う姉と目が合い気まずくなって目を逸らした。


「へぇ、したんだ」

「……頬に、ですが」

「頬かぁ……まぁ、貴方のペースがあるものね」


 呆れたような声から一転して、姉はうんうんと頷いた。


「取り敢えず、ごちそうさま」


 改めて話すと照れてしまい、アランは赤い顔のまま姉の部屋から退出した。


 それから、レンリの帰国まで当初の予定通り彼女と共に過ごした。

 護衛の数は多くなったが自業自得なので仕方ないし、寧ろ守ってくれることが有難いと思える。


 彼女の髪が揺れる度に、その隙間から自分の左耳に付いている者と同じものが見え隠れし、それだけでアランは嬉しく思った。


 しかし、その石と同じ色を持つもう一人の視線は未だに慣れなかった。

 彼女を見ていると思いきや、時折アランとも目が合いより一層気まずかった。

 自分はまた何かをしてしまったのだろうかと考えたが、おそらくあの時彼の信頼を失ったことが原因なのだと帰結した。


 これも自業自得だから仕方がないと諦めていた時に彼の方から声をかけられ、アランは心臓が飛び出るのではないかと思うほどに驚いた。


「――殿下」


 それは、レンリの帰国の前日だった。

 突然の自室への訪問は彼一人のみで、彼の守護すべきレンリの姿はどこにもない。

 部屋に控えていたロクスがホセの姿を確認して小さな悲鳴を上げた気がするが、それは無視した。


 彼女の前では優しい顔をしているのに、彼はその面影すら感じさせないほどの無表情でこちらをジッと見つめていた。


「……お一人で、どうしましたか」

「謝罪をさせてください」


 アランは目を見開いてホセを見た。

 その瞳はやはりレンリと同じ色合いで、それがどこか憎らしい。


「私の実力不足を棚に上げ、殿下に偉そうなことを申しました。申し訳ございません」


 綺麗に腰を折り曲げたホセを見下ろしていると、沸々とよく分からない感情がこみ上げてきたためアランは不快感を覚えた。


「っその謝罪は必要ありません。あれは、私の責任ですから」

「そうだとしても、ただの騎士である私が口を出すことではありませんでした」


 ホセは頭を下げたまま抑揚のない声で続けた。

 この謝罪を受け取らないことにはきっと彼はこの場を去ることもしないだろう、とアランは渋々とその謝罪を受け入れた。

 すると、ホセはゆっくりと頭を上げ、何を考えているかよく分からないその顔を少しだけこちらへ近付けた。


「お詫びに、レンリ様の好む贈り物を教えましょう」


 アランにだけ聞こえるような小さな声で、それでもはっきりとそれは耳に届いた。


「レンリ様は花を好みます。次の参考にされては如何でしょうか」


 自然な動作で離れたホセは、失礼しましたと言って爽快と去って行く。

 しかし、アランの胸中は暗雲が立ちこめたかのように落ち着かない。


(今のは、どういうつもりで……)


 自分の贈り物へのダメ出しか。

 それとも、彼の方がレンリのことをよく知っているという当てつけか。


 胸が酷くざわついた。

 ロクスが心配そうに声をかけてくれていることにも気付かないほどに、アランはどす黒い感情を持て余していた。


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