【 耳飾り 8】
駆け付けた騎士に現場を任し、ホセはレンリやアランと共に先に帰城した。
先触れで野獣が出現したことを知っていたのだろう、城に着くや否や青い顔をした国王皇后両陛下に迎え入れられ、レンリとアランの無事な姿を見るなり二人はホッと胸を撫で下ろしていた。
国王はレンリへの謝罪の後にアランに厳しい表情を向けたが、レンリは庇うようにアランの前へと立った。
叱責を与えるのであれば共に行動をした自分にもとの言に、流石に客人にそれはできないようで、国王はアランの無責任な行動を有耶無耶にせざるを得なかったようである。
その判断にホセは納得できなかったが、だからといって発言権があるわけでもないので渋々と受け入れた。
お咎めがなかったのは、幸いにもその場にレンリがいたことで国民への被害がなかったことも関係したようである。
後の報告で、あの野獣は生け捕りをした交易業者の管理の網をかいくぐり、街の中へと逃げ出してしまった個体だと聞いた。
焦って再度捉えようとした者が負傷したのみで、あれだけ人が多い中に現れたというのに死者は一人も出ていないのだという。
敢えてその場に留まることで国民を守ったレンリを罰することができないため、そのレンリが庇ったアランの罪も許されたのだろう。
やはりそれは受け入れがたかった。
野獣を仕留めた自分にも何か褒美を、と言うような話の流れになったが丁重に辞退した。
その代わり、公にアランを罰せられないのであれば親としてなんとかしろとの気持ちを込めて見つめ返すと、それが伝わったのか伝わっていないのか、国王からは苦笑だけが返ってきた。
そうやって今回の騒動に一つの区切りがついたところで、やっと部屋に戻ることができた。
エマの入れた紅茶を飲みながら一息つくレンリの前にホセは跪いた。
「レンリ様、私は貴女にも怒っています」
「そう、でしょうね」
レンリは困ったような表情で、カップを置いた。
「貴女が殿下の頼みを断れなかっただろうことは想像できます。だから、私や他の騎士を置いて街に行ったことについては、特に何も怒っていません。それは殿下の悪手ですから」
その怒りは既に不敬を承知でアランへと向けた。
その場で謝罪をされたが、それを受け取るつもりは毛頭なかった。
「何故、逃げなかったのですか?」
「残った方が被害を抑えられると判断しました」
「貴女の力の詳細を殿下に伝えましたか?」
「ええ」
「貴女の守護が、貴女自身には発動しないことも?」
レンリが唇を閉ざしたのを見て、ホセはゆっくりと息を吐き出した。
それは予想するところではあったが、ホセはほんの少しだけアランに怒りを向けすぎたことを反省した。
きっとアランがそれを知っていたら、四の五の言わずにレンリを連れてあの場から逃げてくれただろうから。
「野獣の脅威が貴女に向いた時に守る者もいないのに、何故逃げなかったのですか?」
レンリは居心地悪そうに目を伏せ、その小さな顔に影を作った。
レンリのルバヌスについては、彼女の騎士となってからホセも詳細を確認した。
彼女のルバヌスは分類で言えば守護。
彼女の目に映る者全てに完璧な守護を与える力だが、それは力を使う彼女以外にのみ発動する。
あの時野獣の攻撃対象が彼女ではなかったから偶々難を逃れただけで、もしその爪や牙が彼女に向かっていたら最悪死に至る怪我を負っていた可能性がある。
「……それでも、残る判断が正しいと思ったのです」
「結果だけ見ればそうだったのかも知れませんが……私は、怖かったです」
レンリが顔を上げて真っ直ぐにホセを見つめた。
その瞳は僅かに揺れているようにも見える。
「貴女を失ってしまったらと思うと、とても怖い」
「……ホセ、心配をかけてごめんなさい。軽率な行動でした、でも、」
「貴女の判断は私も尊重したい。ですが、せめて守ることができるところにいさせてほしい。――いえ、それも私の実力不足が招いたことですね」
思えば、彼女が危険な目に遭ったのは自分の油断の所為だと気付いた。
ここが王城であろうと、安全だと認識するべきではなかったのだ。
彼女の傍で常に目を光らせていれば、そもそもアランが護衛の目を欺くこともできなかった。
そう思うと、アランに責任転嫁して怒ってしまったことを謝罪したくなった。
これは自分の責任であったと。
「そのように思わせてしまってごめんなさい」
「いえ、こちらこそすみません。八つ当たりでした。殿下にも謝らなければいけませんね」
殿下と口にすると、レンリは黙り込んだ。
それについては彼女もホセに非があると思っているようである。
「それから、到着が遅れ、貴女に怖い思いをさせてしまってすみませんでした」
「そんなこと……」
「私は養成機関在籍時代に初めて野獣と相対することがありましたが、その時の恐怖は良く覚えています」
戦う術をしっかりと学んだ上で、しかも教官も同席しての実地訓練であったにも関わらず、それでもホセはその時恐怖したのだ。
狂気を孕んだ目をした野獣を目の前にして、今まで生きていて感じたことのない死というものを実感した。
野獣はそれだけいとも簡単に命を奪うことのできる存在なのだ。
戦う術もなく、野獣と相対したことがないレンリがあの時どれだけの恐怖を覚えたのか、正直ホセには想像もつかない。
けれど、自分の比でないことだけは分かる。
「ホセも、怖いと感じたの?」
「私だって話もできないような奴が相手では怖いですよ」
冗談めかして伝えるとレンリは漸く小さな笑みを浮かべた。
それから、膝の上で組んだ自分の手に視線を落とした。
その指先は僅かに震え、しかしそれを隠すようにレンリは手に力を込めていた。
「怖くなかったと言えば嘘になりますが、アラン様も傍にいてくださったから、ホセが謝るようなことは何も」
ホセはレンリの指先の震えを指摘しなかった。
その代わり、彼女の憂いを払うように笑顔を見せた。
「そうですか。――城下は楽しかったですか?」
「え? ええ、経験したことないばかりで、とても」
「それは良かった。帰国したら、セレシェイラの城下にも行ってみませんか?」
「それも楽しそうですね」
レンリが困ったように微笑んだ。
婚約者のいる彼女に異性である自分が親しくしすぎてはいけないと言われたことを思い出し、ホセは唇を噛んだ。
ふ、と彼女の髪の隙間から綺麗な耳飾りが見えた。
彼女の瞳は宝石のようだと思っていたが、まさにそのような色合いの石と、碧色の石が見え隠れしている。
「レンリ様、そちらの耳飾り……とてもお似合いです」
「ふふ、ありがとう。こちらは、アラン様に頂いたのです」
レンリは見やすいように髪を耳にかけてくれた。
なるほど、碧色はアランの瞳の色かとホセはそこで理解した。
良くこれだけ似た色を見つけたものだとホセは素直に感心した。
「殿下から……やはり彼に謝らなければ」
ホセはぽつりと呟いた。
これだけ彼女に惚れ込んでいるアランのことだ、今日の責任を誰よりも感じているのもまた彼なのだろう。
レンリの力のことも聞かされていなかったようだし、怒りにまかせて発言して少し大人げなかったなと少しずつ罪悪感が頭をもたげ始めた。
「殿下には、時機を見てきちんと謝罪します」
レンリはどこか安心したように微笑んだ。




