【 耳飾り 5】
ストラトスの騎士達からアランの持つルバヌスの詳細を聞き、ホセは溜息を吐きたくなった。
知っていれば、プライベートのことなんだからと距離を置かずにもっと近くで護衛をしたのに、との言い訳は内心に押し込んだ。
ルバヌスは人によっては秘匿にする者もいるため、わざわざ自分から人に教えるものではないし、勿論こちらから尋ねるものでもない。
それが徒となって出し抜かれるとは、してやられた感が強い。
しかし、何も知らない自分が出し抜かれるならまだしも、それを知っていたストラトスの騎士達の責任は如何なものだろうか。
嫌みの一つでも言ってやろうかと開きかけた口は、やはりレンリのためを思って閉じられた。
「ホセ殿、すみません!」
「いえ、私の落ち度もありますので」
口は閉じていたが態度に出ていたのか、青い顔で王子の行動を代わって謝罪する騎士にホセは作り笑いを返した。
あの王子のことだ。
堂々と護衛の目を欺いてレンリを連れ出したところで彼女に危険が及ぶことはしないと断言できた。
レンリに対して初々しく頬を染め、ホセに抱く無意味な妬みの感情の置き所も知らないような男だ。
もしかしたら、その感情の反動でこんなことをしたのだろうか。
そうだとしたら、この馬鹿げた行動の責任の一端は不本意ながら自分にもあるのだろうか。
そう考えて眉を寄せると、近くにいた騎士がヒッと小さな悲鳴を上げた。
「報告です! 侍女が殿下から書き置きを預かったと」
「何!?」
「それがこちらです!」
走り寄ってきた若い騎士から紙を預かった強面の男は今回護衛の任に付いた隊の隊長だろうか。
眉間に皺を寄せながら目を左右に走らせているのを見て、ホセも内容を確認しようと近付いた。
男はホセに気が付くとサッと紙を渡してくれたため、ホセもそれに目を落とした。
「陛下に報告後、街へと向かう」
「は!」
「ロクス殿を同行させているのが不幸中の幸いか……」
男はゆっくりと息を吐いた。
護衛を撒いて城下でデートとは、なるほど楽しそうである。
真面目なレンリなら絶対に思い付きもしないことであるから、これは先ず間違いなく王子の案であろう。
即位までは国民の一人と考えているその彼女の立場上、きっとアランの言を優先せざるを得なかったに違いない。
別にこのことについてアランを咎めるつもりはない。
どんな時も気を抜かないレンリにサボることを提案し続けたのは自分も同じ事である。
ただ、ホセの場合はその首が縦に振られることはなかったが。
「ホセ殿。殿下は以前からこのように城を抜け出すことがあった故、我々も対応には慣れております。安心してくだされ」
「へぇ、以前から?」
ホセの含みに気付いたのか、隊長の眉間に刻まれた皺が僅かに深くなった。
「……ここ最近は抜け出すこともなくなっていたため確かに油断はありましたが、何れの時も殿下は傷一つなく帰ってきておりますので」
「そうですか」
笑顔で受け流すと若干の反感を買ったことに気が付いたが、状況が状況なだけに向こうも強くはでれないようで、無言でホセに背を向けるとその場に止まる騎士に指示を出し始めた。
「――少し、確認したいのですが」
「はい。なんでしょうか、ホセ殿」
隊長の命を聞いて次々に動き出した騎士を一人捕まえる。
「殿下の剣の腕は如何ほどですか?」
「は? アラン殿下の、でしょうか?」
ホセがコクリと頷くと、騎士は戸惑ったように問い返した。
「高位の男性が必要とする技術は一通り身につけていると伺っています」
「なるほど、つまり対人経験はあっても野獣との実戦経験はないと」
騎士が困惑したような顔で瞬きながらゆっくりと頷くのが見えた。
当然の反応であろう。
王族が自ら危地に赴くはずがない。
野獣は竜の大地に蔓延る異形の形をした獣の総称である。
縄張り意識が強く、それらの行動範囲内に足を踏み入れてしまえば、忽ち獰猛な牙と爪で襲いかかってくる。
街や城が高い壁に囲まれているのは野獣から身を守るための手段であり、お互いの住処を分けるための目印でもある。
しかし、野獣は繁殖力が高いため、個体の数が増えれば縄張りを広げようと街に近付き、高い壁があろうとお構いなしに侵入してくるという事例も報告されている。
それを事前に防ぐために各国の騎士は定期的に国のあちこちを巡って狩りを行うのだ。
王族であるアランがそれに従軍するとは到底考えられない。
これはアランのことだけではなく、無論セレシェイラの王族にも言えることだが。
「では、ロクス殿は?」
「えー、ロクス様は一般の騎士と同じほどの力量はありますが、その、高位貴族であらせられますので、ホセ殿の言う実戦経験は……」
要はどちらも不測の事態に対応する力はなさそうだ、とホセは息を吐いた。
自分よりも力量がある者を同行させるところまではいいが、レンリを連れ出すのであればせめてそれなりに腕のある者を連れて行って欲しかった、というのが本音だ。
それでも、レンリのルバヌスがあればある程度の危険は回避できるだろうから、それがせめてもの救いか。
「……分かりました。では、私は先に街に行きます」
「え? ホセ殿!?」
焦った声が背中に届いたが、ホセは敢えて無視をした。
焦っているのはホセも同じだったからだ。
壁の中にいさえすれば基本野獣に襲われる心配はないが、しかしその可能性はゼロではない。
それは先に述べた野獣の繁殖期の他に、野獣の持つ特殊な素材のために生け捕りにして街の中に連れ込む者が一定数いることが関係している。
勿論、正当な方法で捕らえていれば危険はないが、年に数回は必ずそれをかいくぐるような暴走が起きるのだ。
ホセはその最悪の事態にまで考えを巡らせて行動している。
この不安が杞憂に終わるのが一番だが、もしレンリの身に危険が迫るようなことがあればその時は、とホセは厳しい表情で考えた。




