【 耳飾り 4】
家族からは勿論、官吏達からもレンリは好印象であった。
夜会時にレンリを連れて歩きながら高官達と挨拶を交わすと、必ずと言っていいほど美しい婚約者を褒められ、その度にアランは照れながらも誇らしく思った。
同時に、その称賛は彼女の騎士にも向けられた。
見目も良く、すらりとした長身は護衛のために自分達の後ろを付き従っていても目立つようで、更には彼がエジダイハの高等機関の卒業者だと知れば尊敬の眼差しが降り注いだ。
前触れもなく話しを振られても当たり障りなく対応しており、彼のそんな姿すらもスマートに見えて、アランは比べるのが間違いだとは知りながらも少しだけ劣等感を覚えた。
次の日にはレンリと二人っきりの時間をもらったが、セレシェイラに滞在した時と同じように周囲には幾つもの護衛の目があった。
その中にホセの目もあると思うと落ち着かず、アランは少し前から立てていた一つの計画を遂行しようと心を決めた。
セレシェイラのような美しい庭園はないため、代わりに宝石と石の彫刻が飾ってある広間を案内した。
採掘場所によって色が異なるのだと説明しながら部屋の角を曲がった瞬間、僅かに護衛達から死角になるその時間に、アランは壁に手を当てて自身の能力を発動させた。
竜の一族である自分達には、一人一つルバヌスと呼ばれる特殊能力が備わっている。
その能力の次第では将来をも決定する力があるぐらい重要なものだが、王子であるアランにはあまりそれは関係がなかった。
アランは手に触れた部分を一時的に消すことのできる物体干渉系のルバヌスを有していた。
幼い頃はこの力を使って壁に穴を開けて城を抜け出し、家族や護衛達を困らせてしまったなと思い出して笑みを浮かべると、突然の能力発動に目を丸くするレンリに気が付いた。
アランは自分の口元に人差し指を立てながら、創り出した穴を通って部屋の中に入るようにレンリを促した。
瞳を揺らしながら戸惑う様子を見せたレンリの背を押し、自分も遅れて入って手を離す。
それだけで壁にできていた穴は何事もなかったかのように元通りとなった。
穴が完璧に閉じきる前に部屋の外から慌ただしい足音が聞こえた。
アランが力を使ったことに気が付いたところで、この部屋の扉は反対側の通路にあるため、彼らがここに辿り着くまでには少しばかりの猶予があった。
「あの、アラン様」
足音に気を向けていたアランは、ハッとして困惑の滲むその声の方へと顔を向けた。
「すみません、びっくりさせてしまって」
「いえ、あの」
「事前に説明した方がいいとは思ったんですけど、聞かれる可能性があったので……」
アランは頬を掻きながら言い訳したが、レンリの不安そうな表情が消えることはない。
密室に男性と二人きりというのは、いくら相手が婚約者といえど怖いだろうと思い、アランは少しだけ距離を取った。
「え、と、違うんです。レンリ殿を城下町に連れて行きたくて」
「え?」
「王城を離れる場合は、これでもかと護衛兵がついてくるでしょう。それでは民も萎縮してしまい、本来の姿を見せることができません」
「それは……」
「実はこうやって何度か城を抜け出したことがあるんです。そうやって行った城下町は楽しくて、それを貴女と共有したいと心からそう思ったのです」
それでもレンリの顔は晴れない。
迷うように伏せられた目に、彼女の信頼を裏切ってしまったのではと不安が募った。
「……私は、護衛なしで街に行ったことがありませんので、」
「そう、ですよね」
「何も言わずに離れてしまったら、他の方に心配をかけてしまうかと」
「置き手紙はいつも残すようにしてたんですけど、まぁ確かにそれでも小言を言われたりしますね」
アランは自分の経験を思い出しながら返事した。
よくよく考えれば、そのような状況にレンリを巻き込むのは申し訳ない気がして、アランは前言を撤回しようと口を開いた。
「ふふ、小言を言われるのに抜け出したんですか?」
アランは開きかけた口を閉じた。
レンリは可笑しそうに口元を抑えている。
「……それだけ、城下が魅力的で」
「そうなんですね。護衛を撒いた次は、何をするのですか?」
レンリが楽しげに問いかけた。
彼女が自分の計画にノってくれたことに気付いて、アランは壁に手を当てた。
壁の外に気配がないのを確認し、再度ルバヌスを発動した。
「――次は、協力者の所に行くんです」
壁に空いた穴を潜りながらアランが片手を差し出すと、レンリは少しの躊躇いの後にしっかりと手を取った。
アランは自分よりも華奢なその手をしっかりと握り、そして自分の計画の協力者の元へと急いだ。
勝手知ったる城の中を幾つか穴を開けて進みながら、目的の部屋へと辿り着いた。
中では意気込んだ様子の侍女が数名待機しており、アランとレンリの姿を目にすると早々にレンリを別室へと連れて行った。
アランもアランで着用していた正装を脱ぎ捨て、用意していた街に溶け込むための地味な服を身に纏った。
更にその上から念のためにと外套を着込んだところで、微妙な顔をしたロクスと目が合った。
「なぁ、やっぱり止めないか?」
「何故?」
「ホセさんに久しぶりに会って顔見たらさ……やっぱり怖そうだなって」
目を泳がせるロクスを見て、怖気ついたなとアランは眉を寄せた。
セレシェイラでロクスがホセと接触を図ったことには気付いていた。
と言うより、ロクスの方からホセを怒らせない方がいいと青ざめた顔で告げられたため、気付きざるを得なかった。
二人でどのようなやりとりをしたのかまでは知らないが、ホセが時折面白そうにロクスを眺めているので、おそらくからかわれたのだろうとアランは思っていた。
アランは手元の紙にサラサラと書き置きを残した。
「今更そんなこと。もうレンリ殿も連れ出した後だぞ」
「それは……そうだけど」
「それにロクスも後ろからついてくるんだろう?」
「そりゃ、流石に他国のお姫様がいるんだから、何かあったらダメだし……」
ロクスの声はどんどん小さくなっていく。
少し前までは乗り気になって一緒に作戦を考えてくれたのに、とアランは悪態を吐きそうになって堪えた。
アランは書き終えた紙を控えていた侍女に手渡した。
書き置きには要点だけを記入しておいた。
レンリと街に行ってくること、すぐに戻ること、勿論護衛としてロクスを連れて行くこと。
自分だけの時は一人で抜け出していたが、彼女を連れて行く以上それが許されないだろう事は理解していた。
故に、ロクスが同伴することを折衷案として今作戦は決行に踏み切ったというのに。
「――殿下、お話中失礼いたします。準備が整いました」
侍女に声をかけられ、アランは扉に目を遣った。
そして、ゆっくりと開かれた扉から出てきたレンリの姿を見て息を呑んだ。
自分と同じくシンプルな装いに変わっていたがそれでも彼女の美しさは健在で、寧ろ、複雑に結われていた髪が下ろされているからこそ、年相応の可愛らしさも付け加えられているように見えた。
少し服の色合いをアランと合わせてくれているのは、侍女の計らいだろうか。
思わず言葉を失って見入っていると、レンリがアランを見つけて安心したように微笑んで近付いてきたため、アランは胸が高鳴るのを自覚した。
「お待たせいたしました。アラン様、そのような装いも素敵ですね」
「っレンリ殿、も」
社交で鍛えたはずの美辞麗句は肝心な時には何の役にも立たず、それでも無言がいけないことだけは理解していたのでなんとかそれだけを返した。
隣で同じように赤面していたはずのロクスも流石にその対応には呆れたのか、脇腹を軽く小突かれたような気がしたが、正直彼に構っている余裕はなかった。
「……では、行きましょうか」
侍女によって外套を羽織らせられたレンリに向かって気を取り直して手を差し出し、その細く白い手を握った。
ロクスもその様子を見て覚悟を決めたのか、視界の端で頭を掻きながら項垂れた姿が確認できた。




