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【耳飾り 3】

 上空からストラトスを見下ろすと、理路整然とした街並みに驚かされた。

 国土自体が大きな一枚岩と言うだけあって、建物も全て堅牢な岩で作られており、全てが四角い形で統一されている様は、見ていて気持ちのいいものである。


 セレシェイラは自然豊かな国であり町の中にも様々色が取り込まれていたが、ストラトスは白色、灰色、黄土色といったくすんだカラーが基調となっており、それを彩るのは主に色のついた布がメインのようで、大通りには布を纏った露店が並び立ち賑わいを見せていた。


 高い城壁に守られるようにしてある王城は、大きな大理石を美しく削り取ったような姿で、その存在感には圧倒されるものがあった。


 その大地に降り立ったレンリは、同じく竜化を解いたホセが門番に書状を見せるのを外套の隙間から覗き込んだ。

 他国に訪問すること自体は初めてではないが、今までは外交を勉強するための付き添いとしてでしか来たことがなかった。

 勿論、その際も要人とは簡単な挨拶を交わしたが、飽くまでもアルデラが主体であったため大きな責務はなかった。

 故に自分が主体となる今回の旅程は、自分が次期国王となるための大切な過程なのだとレンリは捉えていた。


 不安はない。

 緊張もない。

 いつも通りきちんとこなすだけである。


 書状の確認を終えた兵が慇懃に礼をした後に、重たい音を立てて門を開いた。

 厳格な雰囲気が漂う王城から小走りで駆け寄ってくる影が見えて、ホセが僅かに構えたのが見えた。


「――レンリ殿!」


 それがアランだと分かるとホセは自然な動作で構えを解き、レンリは失礼のないように外套を外してエマへと預けた。

 アランの後ろからロクスや騎士が追いかけてくるところを見ると、アランはどうやら護衛を振り切ってきたらしい。


 レンリはその場で礼をした。


「アラン様、お久しぶりにございます。到着が遅れてしまいましたか?」

「いや、私が早く会いたかっただけで」


 レンリの目の前まで来たアランは目元を赤く染めながら嬉しそうに笑った。

 歓迎されていることが十分に伝わり、レンリも微笑んだ。


「――殿下ぁ、先に行かないでっひぇ」


 遅れてやってきたロクスはアランに苦言を呈そうとしたのだろうが、その声は不自然に止まった。

 チラリと見遣ると青白い顔で見つめるその先には涼しい顔をしているホセがいて、レンリは内心で溜息を吐いた。


 アランの従者であるロクスが、ホセに対して怯えるような素振りを見せるようになったことには気が付いていた。

 アランの滞在中にそれとなく大事ないか聞いてみたが苦笑され、当のホセにどうしたのか聞いても笑顔ではぐらかされるのみであった。

 二人の間に何かあったことは間違いないのであろうが、わざわざ隠していることを暴く必要もないかと放っておいたが、その結果状態は悪化しているように思えた。


「ホホ、ホセさん、ようこそ」

「ロクス殿もお変わりないようで」


 にこやかに笑うホセはどうもこの状況を楽しんでいるように見える。


「で、殿下、案内は陛下の使いの者がする予定ですので……」

「私が同行しても構わないだろう?」

「殿下ぁ」


 泣き出しそうな声でアランに縋り付く様子を見せたロクスは、傍にいるレンリに気付くと俊敏な動きで姿勢を正した。


「レ、レンリ様、本日も、大変麗しく」

「私にもアラン様にするように接していただいて構いませんのに……」

「お、恐れ多すぎます」


 ロクスは未だに自分に慣れないようで、真っ赤な顔で目を泳がしているため視線が合うことはなかった。


「レンリ殿、是非私の家族を紹介させていただきたい。どうぞ、こちらへ」


 目の前に差し出された右手に、レンリはそっと自分の左手を重ねた。


 エスコートされるままに歩くと、少し歩いたところに老齢の男性の姿が確認できた。

 老齢といえどその背筋はピンと立ち、どこか謹厳実直な印象を受けた。

 その男性はまるで孫を見るかのような顔でアランをその目に映し、隣に立つレンリを見留めると綺麗な所作で腰を曲げた。


「セレシェイラ国のレンリ様とお見受けいたします。遠路遙々よくお越しくださいました」


 ゆっくりと顔を上げた男性は、困ったものを見るかのようにアランを見つめた。


「案内役を務める予定でしたのに、私めの足が遅いばかりに殿下に後れを取りました。いやはや、殿下はそれはそれは楽しみにされていたので、この老いぼれが負けるのは仕方ありませんね」

「爺や、それは……」

「それにしても噂に違わぬお美しさ。殿下の行動の理由を心より理解いたしました」

「もうそれぐらいにして」


 アランは焦ってこそいるが彼の発言を咎める気はないようで、その様子から二人が親しい間柄であることは容易に見て取れた。

 レンリが微笑ましく二人のやりとりを見守っていると、不意に男性の優しげな瞳がレンリの方にも向けられたため、思わず目を瞬いた。


「滞在中にレンリ様が快適にお過ごしになれるよう我々一同尽力いたしますが、もしかしたら至らぬ事もあるやもしれません。その時はこの爺に何でもお伝えください。老いぼれ故に発言には少しばかり力がありますので」


 皺の寄った目元を柔らかくしながらかけられた言葉には、いい知れない温かさがあった。


「ありがとう存じます」

「ついでに、私めのことは気軽に爺やとお呼びください。殿下達も皆そう呼びますので、そちらの方が素早く反応できるのです」

「それでは、そのお言葉に甘えさせていただきます」

「もう少し世間話などもしたいところですが、長話が過ぎると年寄りは話が長くていかんと陛下に怒られてしまうので、そろそろ」


 自分を爺と呼ぶ男はそう言うと王城の中へとレンリを招いた。


 王城内は床から壁、更には天井に至るまで全て大理石でできており、鏡のように人影を写すほどに綺麗に磨かれていた。

 床には基本絨毯が敷かれているが、絨毯のない部分を誰かが歩く度にカツンと耳に心地よい音が響きわたった。


 そうして辿り着いた場所で、レンリはアランに手を引かれるままに部屋の中へと入室した。

 部屋の中には五名の人物が確認できた。優しげな顔をしているが威厳が見て取れる男性がストラトス国王陛下だと判断し、レンリは裾を持ち上げて腰を折った。


「陛下、お初お目にかかります。私はレンリと申します」

「公式な場ではない故、そう固くならずとも良い。顔を見せておくれ」


 応じてレンリが顔を上げると、アランとよく似た柔らかい笑みを向けられた。


「わぁ、お人形さんみたい……」

「エリィ、恥ずかしい発言は控えなさい」

「だって……はい、お母様」


 燃えるような赤い髪の女性が皇后陛下に窘められて肩を落としたが、その視線はチラチラとレンリに向けられていた。


 促されるままに席に着いて自己紹介を済ませ、エリィと呼ばれた女性がアランの姉であることを知り、エリィの向かい側に座っていた者達がアランの兄である皇太子と皇太子妃だと紹介された。

 本当にただの家族の顔合わせのようで、終始和やかな雰囲気で談笑を交わした。


「――一時はどうなることかと思いましたが、貴女がアランの婚約者で良かったわ」

「それは、寧ろこちらが感謝しなくてはいけないことです」

「いいえ、本当に大変だったのよ。実は出国前にね――」

「――母上!」

「あら、ごめんなさい。これは貴方の名誉のために秘密だったわね」


 ふふふと上品に笑う皇后陛下からは、息子を思いやる気持ちとからかう気持ちの半々が見え隠れしていた。


「ねぇ、貴女のことをレンリと呼んでもいいかしら?」


 ソワソワした様子で彼の姉から問いかけられたためレンリが是と微笑むと、エリィは嬉しそうに頬を緩めた。


「私のことは是非エリィお義姉様と呼んでちょうだい!」

「流石にそれは気が早いのではないか?」


 国王陛下が戸惑ったように言うが、やはりその瞳は優しい。

 レンリは今初めて見る一つの家族の在り方に、表情には出さないが困惑していた。


 レンリの身近に存在する家族と言えばアルデラの家族のみであり、家族のあり方として参考にするのも彼の家族だけであった。

 しかし、アルデラがこのような優しさの籠もった瞳でツェリやミラを見ることはないし、無論それが家族以外に向けられることもない。

 ツェリも娘であるミラを見る目は偶に甘くなるが、それを露骨に見せることはない。

 見ていて仲が悪いと感じることはないが、アランの家族と比べると親密度はないように思えた。


 自分に求められる婚姻とはどちらの形なのだろうかと考えた時に、レンリは答えが出せなかった。


「そうだ、婚約が決まったばかりでこれも気が早いかも知れないが、成婚の日取りはある程度は決まっているのかな?」

「ち、父上……」

「あら、お父様こそ気が早いのではなくて?」


 レンリが横に座るアランをちらりと窺うと、アランは耳まで赤くして口を引き結んでいた。


「まだアラン様とそのようなことは話していませんが、アルデラ様が言うには私の即位の前後は慌ただしくなるのでそれより前の方がいいと」

「なるほど」

「ただ知り合ったばかりですので、もう少しお互いに理解を深められたらとは思っています」


 言いながらアランに微笑みかけると、アランは真っ赤な顔のままでゆっくり頷きながら笑みを返した。

 彼の家族達はそれぞれに意味深な笑みを浮かべて二人を見守っていた。


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