3 ウェスタン・サルーンのティムさん
情報収集をするべく、ぼくが向かったのはバーだった。
映画なんかでも、情報収集といえばバーというのがお約束だ。
ということで、ぼくは手頃なバーを探したが、その個性的な街並みを楽しみながらフラフラしているうちに、街の中心地からだいぶ離れたところまで来てしまった。
ウェスタン・ニホニアは、西部劇のセットのようだった。
西部劇でよく見るバーは、ウェスタン・サルーンとも呼ばれている。
サルーンの表では、縄で括り付けられたユニコーンたちが水を飲んでフシュゥルルルルゥ、ブルルウァっ、と鳴いていた。
ぼくはユニコーンの顔を撫で、ツノに触れさせてもらった。
ユニコーンは、パチパチと瞬きをした。その目はまるで、『ほんっとにお前らは俺たちのツノが好きな……』と言っているようだった。
ぼくは小さく笑った。「きみたちのツノは幸福の象徴なんだ」
ユニコーンは、『はいはい、聞き飽きたよそれはもう……』と、そっぽを向き、『冗談じゃねーぜ……、俺たちは動物園の見せ物じゃねーんだ……』と、尻尾を振った。キラキラと、虹色に光る粉が、尻尾から舞った。フケではなく、【ユニコーンの幻想】と呼ばれる物だった。風に撫でられる度に、ユニコーンの体毛から放出され、そのまま消えていく謎の物質だった。誰も触れることが出来ず、それの構成物質は魔力の元となる魔素でもなく、どの元素にも当てはまらないものとされている。
ぼくは、木製のスイングドアを押した。
店内は、伝統に則った魔女ファッションや魔法使いファッションや、カジュアルなシャツやデニムの人々で溢れかえっていた。人々は、その衣服の要所要所の色合いを変えることで、自らの扱う魔力の属性や、自らの感性や趣味嗜好を主張していた。カビ臭い匂いはこれっぽっちもなく、掃除の手が行き届いている店内には、香水やお酒や木の匂いがした。
ぼくは、カウンターに腰掛けた。
クッションの薄い椅子だったが、長時間座るつもりもなかったし、腰やお尻が痛くなったら立ち上がれば良いだけなので、あまり気にならなかった。
カウンターの向こうにいる中東系の男性は、グラスをふきふきしながら、ぼくを一瞥した。「お嬢ちゃん、12歳以上かい?」
「あぁん?」このぼくが可愛い女の子に見えちゃうのはしょうがないとして、このぼくがちんちくりんのガキに見えるってのかよ?
男性は眉をひそめて、店内の壁を指さした。
【12歳未満はジュースだけ】
「いえ、はい。15です」どうやら、ニホニアの法律では、12歳から飲酒が認められるらしい。ぼくの生まれ育った世界では、魔法使いに対して飲酒の制限を課す法律は存在しない。その点では、ニホニアは、地球と比べて少しばかり窮屈なようだった。ぼくは、男性を見て、彼の瞳を見据えた。
緑色の瞳に、澄んだハニーブラウンの光輪。
「純魔なんですね」ぼくは言った。緑色の虹彩は光の魔素を宿すエルフの証であり、済んだハニーブラウンの光輪は純粋な魔法使いの証だ。
男性は頷いた。「そういうきみこそ」
ぼくは頷いた。「地球から来たんです。今日が初めてで」
男性は、ほんの少しだけ驚いたように目を見開いた。「地球の純魔っ? ってことは、学園の生徒か……、貴族様か?」
「ただの中流です。ただ、代々純粋な魔法使いの家系っていうだけです」
「名前は?」
「空です」
男性は頷いた。「ティモシー・スタインフェルドだ。ティムで良い」
「空って呼んでください」
「光栄だ。ソラさん」
「こちらこそ光栄です。ティムさん」ぼくは、ティモシーさんと握手をした。
ティムさんは、気難しそうな顔を一転させ、柔らかく、温かい笑顔を浮かべた。彼はふきふきしていたグラスを棚に戻し、タオルを、びたんっ、と、肩にかけた。「ソラさん。なににする?」
「ご当地ビールでおすすめは?」
「それなら、ニホニアン・ユニコーンだな」ティムさんは、馬鹿みたいに大きなグラスを取った。
「うへぇ、ユニコーンのおしっこの匂いがしそうですね」
「原材料は秘密だ」ティムさんは、しー、っと、口元に人差し指を立てて、サーバーのレバーを引いた。
ユニコーンのおしっこのような、白い炭酸の液体が、グラスに注がれていく。
「え、ほんとにユニコーンのおしっこ?」
ティムさんは笑った。「ただのホワイトビールだよ。ユニコーンっていうのは、AWで有名なビールメーカーだ。ユニコーンとニホニアが共同で作ったものだ。ウェスタン・ニホニアン・オレンジのピールと果汁をちょこっと混ぜてある。お嬢ちゃんにも飲みやすいと思うぜ」ティムさんは、ぼくの前にグラスを置いた。
しゅわしゅわと音を立てるビールからは、甘い、爽やかな香りがした。
「美味しそうですねっ。おすすめのおつまみは?」
「食えないもんはあるか?」
「なんでも食べますよー」
「そうかっ、いっぱい食ってすくすく育てよ」
「どこ見て言ってるんですか〜?」
「気にしたら負けだぜ」
「ですよね〜」
ティムさんは、ぼくの前にポテトチップスの入ったグラスを置くと、自分のたくましい胸元を指差し、ぼくの胸元を指差して笑った。「美味いの作ってやるから待ってろよ」
「ありがとうございます〜……、……けっ」ぼくは鼻を鳴らして、ビールの入ったグラスを持ち上げた。
一口啜ればオレンジとミントの爽やかな香りが口いっぱいに広がる。しゅわしゅわと甘い、乳酸菌飲料をサイダーで割ったような感じのビールだった。ポテトチップスはケトルタイプ。釜揚げ製法の堅揚げポテトだ。味付けはなかった。
ぼくたち魔法使いの体は、人間の体よりも、丈夫で強靭で所々が繊細だった。それは遺伝子に魔素が含まれていることに由来しており、肉体は人間よりも遥かに強靭で、五感は人間よりも鋭敏で第六感とも言える程に発達している。身体能力は1200m走を12秒で走り抜けても息切れしないほどで、魔法で身体強化をすれば、ユーラシア大陸を数時間で駆け抜けることも出来る。そんなだから、このポテトチップスのように薄い味付けの食べ物や料理を好むのだ。薄いながらも深みのある味わいの繊細な料理を創り出す魔法使いのシェフの腕や味覚や嗅覚は神がかっていた。キッチンの方から、香りが漂ってくる。牛肉やニンジンの焼ける匂い、胡椒の香り、炊き立てのお米……。
じゅわぁ〜。
熱せられたフライパンの上でソースが弾ける音と共に、ガーリックやデーツの香りが、ほんのりと漂ってきた。
ぼくは、カウンターの椅子の上で、足をぷらぷらさせた。
早く持って来てくださいティムさん……。
「お待ちどう」
目の前に置かれた大きな皿には、そのお皿にも負けないほどに大きくて分厚いステーキが置かれていた。ステーキの右端だけが切られていて、そのみずみずしい脂の溢れる、ミディアムレアの赤身が顔を覗かせている。添えられているのは、焼いたニンジンとインゲンとアスパラガスとコーン。
続けて置かれたのは、みずみずしい野菜の盛られた木のボウルで、張り裂けそうなほどに艶々としたトマトの表皮には、水滴がついていた。
最後に置かれたのは、お米の入ったどんぶりと味噌汁の入った器とたくあんの乗ったお盆だった。
「日本人は、フライドポテトよりもライスだろ?」
「わー」ぼくは、分厚いステーキ肉に感動していた。
学園の物価は、日本にありながらも日本の3分の1程度だったが、それは、ほとんどの資源を敷地内や所有している農場や工場で製造生産しているからだった。
生産に時間のかかる動物性タンパク質だけは日本の物価の3倍ほどだった。牛肉ともなれば、そんなものは1ヶ月に1回の贅沢品だった。ぼくの遺伝子に含まれている生命の魔素とぼくが扱える生命の魔力の性質上、動物の声を朧げながらに聞くことが出来るので、たまに肉を食べることに抵抗を感じる時もあったが、それでも、こんなにも美味そうなステーキを目の前にちらつかされて食べないなんてこと、出来るはずがない。
味についての懸念はない。
唯一の懸念は値段だ。
ぼくは、メニュー表をぱらぱらとめくった。
──ジャンボ・ニアニアにゃんステーキ(3600g)-30FU──
日本円だと、大体3600円弱だ。
ぼくは、ステーキを見た。皿の上には、ニホニアにゃんがプリントされた旗の刺さったミニオムライスが乗っているわけでもないし、ステーキがニホニアにゃんの形に加工されているわけでもない。
新たな懸念が頭に浮かんだ。
ニホニアにゃんステーキ……?
紙袋の中からこちらを見上げるニホニアにゃんたちの目が、どこか不安げで、なにかに怯えるように震えている、ように見えた。
ごくり……、と、生唾を飲んだが、それが、この懸念に由来するものなのか、あるいはこの食欲をそそるステーキの香りに由来するものなのか、ぼくにはわからなかった。多分両方だ。「美味しそうですねっ」
「美味しいんだよ。お嬢ちゃん。俺が焼いたんだからな」
「いくらですか……?」ぼくは、大人の男性から庇護欲を絞り出すべく、不安げな目をティムさんに向け、か細い声を出した。
ティムさんは、にっこりと微笑んだ。「ビールと合わせて30FUで良いぜ。せっかく学園から来てくれたんだからな、楽しんでってくれ。ビールもライスも好きなだけ飲んで食ってけよ」
「えぇ〜っ、良いんですか〜っ? 悪いですね〜っ」
「良いんだよ。次回からは割引はなしだがな。常連になってくれると思えば良い投資だ」
「絶対また来ますっ!」ぼくはウッキウキでお箸を取った。「いったっだっきまーすっ」ぼくは、木のお箸で、ミディアムレアに焼けたニホニアにゃんの肉を持ち上げ、口に運んだ。へぇ……。ぼくは、ニホニアにゃんの肉を噛みしめ、その味、食感、旨味を堪能した。食感は、思いっきり牛肉だった。味も風味もだ。ソースからはガーリックに混じって、ほのかに生姜の香りもしてきた。和風の影も感じさせる、国際色豊かながら、それらを見事に調和させた味わいだった。味噌汁を持ち上げ、ズズッ……、と、啜る。ふぅ……。「ニホニアにゃんってこんな味なんだ……」美味すぎる。ぼくは、紙袋の中で身を震わせながら、こちらを見上げているニホニアにゃんたちを見て、にっこりと微笑んだ。ニホニアにゃん達は、同胞の名を冠するステーキを食べているぼくを見て恐怖に凍りついているのか、眉をピクリとも動かさず、無表情を貫いていた。
「美味しいかい?」
「とってもっ」ぼくは、ナイフとフォークでステーキを切り分けた。まずは、食べやすいように、ステーキは全部一口サイズに切ることにした。カトラリーは上等なモノのようで、それに加えてお肉の方も上質なモノを使っているからだろうか、分厚いステーキも、スルスルと切り分けることが出来た。使い終わったカトラリーは端に揃えて置く。切り分けたお肉を、お箸で持ち上げ、口に運び、ご飯を口に含む。あ〜……、美味すぎる……。
「上品に食べるんだな」ティムさんは、ニコニコしながら言った。
「テーブルマナーはレディの嗜みってことで、小さい頃に叩き込まれました」ぼくは、上品な所作を心がけながら言った。ま、レディじゃねーんだけどな。つっても、こんな体に生まれてしまった以上は、外にいる時はレディとして振る舞うしかない。料理を口に運ぶ手は、ゆったりとしていながらも、どれほど意識をしても、自然とスピーディになってしまう。けれど、それも仕方のないことのように思えた。こんなに美味いんだから。
ーーー
ふー、食った食った。
結局、ご飯は12回もおかわりしてしまったし、ビールも何杯も飲ませてもらった。
ぼくは、最後のビールを啜った。
「よく食うね」ティムさんは楽しそうな様子で言った。「なんでそんなに細っこくてちっこいんだ? 手の平サイズじゃんか。ポケットに入れて持って帰っちまうぞ」
「も〜、ティムさんったら変態ですね〜」ぼくは、お腹が膨れて、お酒も入っていてそれなりにご機嫌だったので、身長のことを言われているのだと思うことにした。「ナンパのつもりですか? 下手くそですね〜、絶対独身でしょ」
「ぐさっ、そうさ……、ニホニアにゃんに出逢っちまった時、俺はニホニアにゃんと結婚するって決めたのさ……」
「わー、きんも……」ぼくは笑った。「うちの家系は代々こうなんです」ぼくは、ポテトチップスを摘んだ。ぼりぼりと、堅揚げのケトルチップスを噛みながら、ぼくはなにかを忘れていることに気がついた。なんでここに来たんだっけ……、そうだ、ニホニアというこの国に馴染むために必要な情報を集めに来たんだ……。なんでそんなことをしに来たんだっけ……。そうだ、このAWと呼ばれる世界を見て周りたいからだった。「ティムさん」
「ソラ」
「はい?」
見れば、ティムさんは難しい顔をしていた。
どうしたんだろう。
「ラディッシュのピクルスどうだった?」
「美味しかったですよ」
「ミソスープは?」
ぼくは、言葉に詰まった。正直言って微妙だった。
「和食を勉強してるんだが、レシピもなにもないもんでな」
「鰹節っていうのが日本にはあるんです。それを煮詰めて、出汁を取って使ってみたら美味いかもしれませんよ」
「カツオブシ?」
「ものすごく硬くなるまで加工したカツオです。武士や侍や忍者が闊歩していた江戸時代では、鰹節を削ったもので要人暗殺をしたこともあったほどの硬度を誇るのです。ジャパニーズソードの一種ですね。将軍の料理人を処罰する際に、よく使用されたようです」
「おいおい、ニホン人は料理の材料に、剣を使ってたってのか?」ティムさんはメモを取りながら、首を傾げた。「ニホニアにゃんといい、カツオブシといい、ニホンってのは変な国だな」
ぼくは内心ニヤニヤしながら、困惑しつつも興味深そうな様子のティムさんを見て、ふと、実家のしば犬を思い出した。「ニホニアにゃん? 日本から伝来したんですか?」
「この国のマスコットキャラクターさ。大昔にニホンから来た旅行者のアイデアから生まれたのさ。おかげでニホニアにゃん目当てで数万キロ先からやってくる奴も出て来たくらいだ。ニホニアも栄えたもんさ」
「数万キロっ? おっきいんですねー、この世界」
「世界地図がある。地球を元に作られたから、大陸の形とかも似てるんだ」
「どれくらい広いんですか?」
「俺は地球を知らないんだが、以前、地球からやってきた旅人が教えてくれた話だと、スケールは地球の12倍らしい。総人口は、360億人」
「そんなに? 全員が魔女や魔法使いなんですか?」
ティムさんは頷いた。「他にも、ヒト族だと妖精やヴァルキリーやエルフやヴァンパイアなんかも。あとは、幻獣もたくさんいる。ユニコーンなんか……、あれだ、なんつってたっけな、そうだ、ユニコーンは地球でいうバイクで、ユニコーンの馬車はタクシーみたいなもんで、ドラゴンは飛行機、クラーケンは客船みたいなもんだな。移動手段だと、スライムが人気なんだ。水陸両方行ける。スライムに気に入ってもらえれば、体内に取り込んでくれるから、中で寝ながら移動出来る。もっとも、好かれてると思ってたら内心嫌われてた、なんて場合だったら、取り込まれたまま消化されちまうなんてこともあるけどな」ティムさんは笑いながら言った。
そこって笑って良いところなの……? と思いつつ、ぼくも笑っておいた。
「まあ、スライムみたいな温厚で優しい可愛い純粋なヤツらを怒らせるようなヤツなら、そんな目に遭って当然だ。以前、地球について色々教えてくれた奴がいたんだ。そいつは、スライムのことを、キャンピングカーみたいなもんだなって言ってた。筋トレしたスライムは結構早いんだぜ」
スライムの筋トレ……、触手を伸ばしてバーベル上げをしたり、トレッドミルの上で人のように走ったりするのかもしれない。汗だくのスライムが、震える触手でバーベルを上げている。せいやぁっ、せいあぁっ。トレーナーのスライムが激励を向ける。あと1回! もう1回っ! がんばれっ! お前ならやれるっ!「ゴツゴツしてそうですね」
スライムってどんな感じで走るんだろ……、そんなことを考えるだけで、胸がときめき、口元がほころんできた。球体のまま飛び跳ねるように移動するのか、ひょこひょこ這うように移動するのか、転がりながら移動するのか、人の姿になってクラウチングスタートをしたりするのかもしれない。
「ギネス記録は最高時速12000kmだ」
「それはやばい」そんなゴツゴツしたムキムキのスライムにそんな速度で駆け抜けられた日には、ユーラシア大陸は荒野と化すだろう。「え、じゃあ、普通の、ぷるぷるしたスライムは? 可愛いヤツ」
「それはあんま速くないし、燃費も良くないぜ。時速120kmくらいだった気がする。自分で走った方が早いな」
「燃費?」
「スライムも生き物だからな。食べる必要があるんだ。人を運ぶともなれば、消費カロリーもでかいから、たしか、3時間に1回は休ませてやらなきゃいけないんじゃなかったかな。あんま酷使させると幻獣保護委員会にしょっ引かれちまうし、可哀想だから優しくしてやらないとな」ティムさんはタバコに火をつけた。「スライムっていうのは、基本的に子供の愛玩動物なんだ。交通手段とか、俺たちの生活や簡単な仕事を手伝ってくれたりもするがな。野良のスライムもいるが、みんなから愛されてる」
「どこで買えるんですか?」
「買う? なにを?」
「スライム」
ティムさんは、タバコの煙を吐いた。「あぁ、スライムの食べる草なら、そこらへんに生えてるもんで大丈夫だぜ。可愛がってる連中はステーキとか、質の良い草を買って食わせたりするけど、その草にしても、あんま高くないぜ」
「そうなんですね。いや、スライムは、どこで買えるのかなって」
「バカ言うな。幻獣売買は人身売買に並ぶ大罪だぞ。連中は生き物だ。商品じゃない。買うなんてとんでもないぜ」
ぼくは頷きながら、記憶の引き出しを開けた。
引き出しから取り出した記憶は、ドイツのペット事情に関するものだった。「じゃあ、ブリーダーから?」
「そういう場合もあるが、手近なところだと、幻獣保護委員会に問い合わせて、生まれたてのスライムをもらうって手が主だな」
「なるほど……」生まれたてのスライム……。なんだかすっごくすべすべぷにぷにして、良い匂いがしそう……。「小さい頃に読んだファンタジー小説にも、ドラゴンは出てくるんですけど、大体が悪役で、最後には聖剣とかで首を切り落とされたりしてますよ」
「地球ってのはつくづく変わった場所だな。この世界じゃ、幻獣は俺たちと共存している。平和なもんだぜ」
「この世界は、何年前から?」
「この世界が生まれたのは、1226年の10月3日だ。ロームァっていう場所に」
ぼくはほくそ笑んだ。
多分、その場所のマスコットキャラクターはロームァにゃんだろう。
「どうした?」
「そこにもマスコットキャラクターがいるのかなって思って」
「いるぜ。ロームァーにゃんだ」
おしかった……、だが、確かにそっちの方が呼びやすそうだ。「行ってみたくなってきました」
「行くべきだ。この世界の中心で、始まりの土地って言われてる。記念碑があるんだ。この世界の創造主の銅像もある。賑わいも街並みもこの国の比じゃない。なんだかんだでこの国は世界の端っこだからな」
「創造主?」
「グラツィアーナ、クセルクセス、アルベルティーヌ、ゾーイの4人だな。グラツィアーナは水と海の女神、クセルクセスは大地の神、アルベルティーヌは美と芸術の女神、ゾーイは知と生命の女神だ」
「ふーん」ぼくは頷いた。この世界特有の宗教のようなものかもしれない。3対1の合コンみたいな、出来レースみたいな男女比が気に入らないのもあって、神様たちにはあまり興味を惹かれなかったが、一方で、銅像や宗教建築は好きだった。ロームァ、いつか行ってみたいところだ。「この国も綺麗ですけどね」
「そう思うのはここ以外を知らないからだ。俺はサウス・アメリックのヴェネズーラから来たんだ。自然豊かで、良質なミネラルの含まれた岩塩とか調理用オイルが湧き出る良い土地さ」
「どうしてニホニアに?」
「旅好きなスペーニアの女に惚れて、しばらく一緒に旅をしていたんだ。居心地が良くってここに住み着くことになっちまった」
「なるほど、いつの時代も、きっかけは恋なんですね」
「分かったような口きくじゃんかよマセガキ」ティムさんはぼくのほっぺを優しく摘んで引っ張った。
「ぼくが初めて来た場所ですからね。ぼくにとっては特別な場所です」
その後も、ぼくはティムさんと話をして、この街、この国、この世界について、教えてもらった。
店が混んできたのを頃合いに、ぼくは、ティムさんにお礼を言って、サルーンを出た。
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