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魔法使いの世界を旅する一年(改訂版)  作者: Zezilia Hastler
序章 魔法使いの世界
3/23

2 初めて見る世界

 3m四方の小さな部屋だった。床も壁も木目。天井はかなり上まで伸びていて、天窓からは紐が垂れ下がっている。床から3mくらいのところに、傘状の埃除けを被ったオレンジ色の電球がぶら下がっていた。家具らしい家具は男性のそばにあるスタンドテーブルだけ。男性の背後には木のドアがあった。

 ぼくは後ろを振り返った。

 そこには先程の掃除用具室のドアがあった。

 部屋の中央に立つ彫りの深い男性は、ニコニコしながら口を開いた。「ようこそ。お嬢ちゃん。初めてだよな。小さいな。何歳だ?」

「15です……」ぼくはツバを飲んだ。「ほんとにあった……」

 彼は掃除用具室の番人かなにかだろうか。窓の外の昼間の空は、魔法でそういった景色を演出しているのかもしれない。

「信じるものは救われるってね」彼は言った。

「ぼくは日本人だから、信仰心はないんです」

「そうかい」男性は、そっけない口調で言った。「悲しいな。時代の流れってヤツは。昔の若い子は目をキラキラと輝かせてたもんだ」

「おじさん何歳ですか?」

「おにいさんって呼んでくれても良いんだぜ」

 男性はぼくの質問に答えてくれなかったので、ぼくもまたおじさんの戯言を無視して、心の中で唾を吐き捨てた。

 おじさんはコツコツ、と、背の高いスタンドテーブルを指で叩いた。「名前書いて」

「なんです?」ぼくは、足元に魔力を集め、ふわりと宙に浮いて彼と視線を合わせた。

 スタンドテーブルには書類が置かれていた。A4サイズの紙には、【出入国記録 2010 #12】と書かれていた。紙にはグラフがあり、横列の1番上には、【日付】、【氏名】、【国籍】、【渡航の目的】、【渡航回数】と書かれている。縦列の1番左には、ナンバーが書かれている。11番目の【渡航者】の欄にはゾーイとだけ書かれていた。1番目から10番目には、フルネームが書かれている。

 ぼくも、ゾーイさんに倣って、ファーストネームだけをアルファベットで書いた。【渡航の目的】……? ぼくは、眉をひそめた。ゾーイさんが記入したと思われるところを見れば、観光と書かれている。ぼくはペンを走らせ、観光、と書いた。【渡航回数】は、初めてだから1だ。

 男性は、ぼくが記入を終えたことを確認し、頷いた。「ありがとよ。AWにようこそ」

「AWですか……」

「この世界の通称さ。地球と違って、魔法を扱える奴だけの世界だ。のびのびやんな」

「ありがとうございます。でも、ぼく、明日も学校だから、そろそろ帰らないと……」

「せっかくだから見ていきなよ」男性は、背後にあるドアのノブを掴んで、ぼくを手招きした。

「帰るときはどうしたら?」

「ここに戻って来ればいい」男性はぼくを見てニヤリとした。「気をつけろよ」

「へ?」

「気を抜くと死ぬぞ?」

「やだ。帰る」

 男性は笑った。「冗談さっ。からかっただけだよ」

 ぼくは男性を睨みつけた。「死ねよ」

「時が来たらな」

「はぁ? きゃっ!」ぼくは悲鳴を上げた。

 男性がドアノブを捻ってドアを押し開けるのと、ぼくの背中を押したのは同時だった。

 背中を押されてドアを通り抜けることとなったぼくが、よろけながら足を踏み入れた先は、空だった。



ーーー



 眼下には雲海が広がっていて、地表は見えない。

 お腹の下が、ヒュンッ、とした。

 眼前に広がる青空。

 強烈な気圧の変化が生み出す、強烈な風。

 ドアのこっち側に客を送り出す度に、この風圧がこの狭い3m四方の部屋を襲うのだから、このクソおじさんも大変な仕事をしてるよな……、と思いながら、ぼくは、空中で身を捻った。

 右足の爪先は、まだ、かろうじて床に着いていた。

「……ぅぉおぃ待てこらテメェっ!」

 ぼくは、男性を道連れにしようと思い、男性に向かって手を伸ばした。

 男性は、ぼくに向かって笑顔で手を振っていた。「楽しめよ」男性はドアを閉めた。

 ふざけんなふざけんなふざけんな……。「……ね死ね死ね死ね死ね死……」

 ぼくは仰向けに落ちながら、先ほど、自分の口を突いて出た、気色の悪い悲鳴について思いを馳せていた。

 なにがきゃっ、だよ……、ふざけんなあいつ……、急に押しやがって……、びっくりしちゃったじゃねーかよ……、死ねよ……。

「……ね死ね死ね死ね……」

 眼前には青い空と、そして、空に浮かぶマホガニーのドアがあった。ドアには日本の国旗が貼られていた。あの部屋が収まっているであろう建物は見当たらなかった。ドアだけだ。

「死ねぇっ!」ぼくは、誰も聞いていないのを良いことに、両手で顔を覆い、大声で悪態を吐いた。「こんちきしょうっ!」ぼくは、右手を伸ばし、手の平の中に魔力を集めた。水蒸気のような実態感の薄い霧状の魔力は、宙をうねって箒の形を模り、そして、気体のような感触から液体のような感触、液体のような感触から個体のような感触へと、徐々に変化していった。ぼくは、手の平に生み出された箒にまたがり、急降下した。ぼくたちの学園では、季節が変わる毎に、箒を使った状態での飛行速度を体育の授業で測る。前回は、音の数倍早い速度を叩き出した。ぼくは全身を魔力で覆い、衝撃波から身を守る準備を整えると、重心を前に傾け、箒に魔力を流した。空気の壁を突き破る感覚は、いつ味わっても心地良い。例え、こんな耐え難い屈辱に浸ったまま、大空に放り出された直後でも。超音速で10秒ほど急降下をしていくと、宙に浮かぶ超巨大な文字を見つけた。

 文字は虹色に輝いており、【12km上方 日本】と、描かれていた。

 その頃になって、ようやく、下の方に街が見えた。

 視界の端に、同じく虹色に光る看板が見えた。

【これより先 日本からの玄関口の街&ニホニアの首都 セントラル・ニホニア】

 ニホニアの文字の横には、デフォルメされたネコの絵が描かれていた。

「……ごくり」

 可愛い……。

 ぼくを大空へと叩き出したクソおじさんへの殺意を、一瞬だけ忘れることが出来た。

 ぼくは、箒の先を上げて、落下速度を落とした。急な傾斜の弧を描き、体制を整える。そのタイミングで、本日2度目の、股下のひゅんっ、を味わったぼくは、眼下に広がる景色に気が付いた。

 オレンジ色の瓦屋根。

 遠くには、背の高い時計塔。

 箒に乗って街の上を飛ぶ人々。

 彼らを見ていると、どうやら、空にも見えない道路があるようなのだということが分かった。

 ぼくは、その道路をなぞって街の上を飛び、時計塔に向かった。時計塔は、大きな広場の端っこにあった。広場に舞い降りると、枯葉や砂埃が、石畳の上をふわりと舞った。ブーツの先で、石畳をコツコツと叩く。雲一つない大空を見上げ、ぼくは息を吐いた。「さてと」

 周囲を見渡せば、辺りには、屋台が立ち並んでいた。



ーーー



「このネコはニホニアにゃんっていうんだよ」そう教えてくれたのは、土産物を扱う屋台の男性だった。

 なんだその狙いすぎてるあざといネーミングはまったく恥ずかしくて聞いていられませんねはーやれやれあなたもあなたですよもう良い年したアラフォーっぽいのによくもまぁニホニアにゃんなんて恥ずかしい単語を恥ずかしげもなく平然と口に出来ますね。

「かわいいですねぇ〜っ!」理性の生み出した冷めた言葉に反して、口から出てきたのは、ぼくの心の雄叫びだった。

 あちこちに立ち並ぶ屋台には、ニホニアにゃんまんじゅうやニホニアにゃんちょこ、大小様々なサイズのニホニアにゃんグッズがたくさん並んでいた。音に反応して踊り出す【ダンシングニホニアにゃん】、魔力を注ぎ込むと宙に浮く【瞑想坐禅ニホニアにゃん】、【キーホルダーニホニアにゃん】、144パターンで話す【喋るニホニアにゃん】、外国語を喋る【かぶれニホニアにゃん】、どれもこれも、ぼくの購買意欲を絶妙にくすぐってくるデザインとネーミングセンスだった。また、お値段も手頃で、1番大きなジャンボニホニアにゃんですら、12FUだった。

 FUとは、学園で流通している電子マネータイプの地域通貨だった。月の初めの日のハードカレンシーのレートを足して5で割った数字が、1FUになる(その計算の際、1ドルや1ユーロに混じって、日本円だけは100円となる)。1FUが日本円で幾らかというのは、その月によって変わるが、ぼくはそんなものをいちいち確認してはいなかった。

 確か、最後に確認した時は……、と記憶を探ってみる。

 このジャンボニホニアにゃんは、大体1320円くらいだ。

 となると、ジャンボニホニアニャンを1匹と……、1匹じゃ可哀想だから、もう1匹、そうなると、やっぱり弟や妹が欲しいだろうし、お友達なんかもいないと寂しいだろう……。

 ぼくはとりあえず4XLサイズのジャンボニホニアにゃんを1つと、ニホニアにゃんLとニホニアにゃんMとニホニアにゃんSを4つずつお土産に購入した。

 可愛いのは好きだ。それについては恥ずかしいから秘密にしているので、ニホニアにゃん一家を寮に密輸する際は細心の注意を払う必要がある。まあ、バレたところで、ぼくの好みに関して誰にも文句は言わせないし、あれこれ言ってくる奴は断じて許さないけれど。

 繁殖に事欠かない数のニホニアにゃんを調達したことで心が満たされたぼくは、ひとまずニホニアにゃんのイラストの可愛い包み紙のニホニアンチュロス(いちご味)を買って、イチゴ風味の生地に、それをコーティングするイチゴ味のチョコ、そしてほんのり甘酢っぽいイチゴパウダーのかかったそれを楽しみながら、街の様子を観察すると同時に、紙袋の中からこちらの様子を伺っているニホニアにゃんたちの名前を考えることにした。

 まず、ぼくの様にニホニアにゃんグッズで身を固めている連中は、間違いなく観光客だろう。連中はこういったご当地グッズが大好きだ。

 ニホニアにゃんグッズに無関心な様子の人々は、たぶん現地人だ。

 ニホニアという、恐らくはこの国で最も日本に近い立地にあるこの国だが、行き交う人々全員の顔立ちが日本人っぽいわけではない。ニホニアは、多民族国家のようだった。

 もぐもぐ、ごくん。

 ぼくは、ニホニアンチュロス(いちご味)の包み紙を丸め、すぐそばのゴミ箱に放り投げた。

 折角だし、ニホニアンの国民性でも研究しようか。


少しでも楽しんで頂けましたら、評価やブックマークをお願いします!(*´∀`*)


この物語はフィクションです。実在する如何なる人物、団体、出来事と本作品は関係ありません。物語内では未成年が飲酒喫煙をしてますが、彼らは人間ではなく魔法族です。本作品には未成年者の飲酒喫煙を推奨する意図はありません。自分の心と体を大事にしましょう:)

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