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魔法使いの世界を旅する一年(改訂版)  作者: Zezilia Hastler
旅のはじまり
19/23

4日目 ガイコツさんと爽やかさん

 ぼくは、日記を書き終えるとA4ノートを閉じ、椅子の上で背筋を伸ばした。

 初日にこのホステルにいたメンバーは、ぼく以外、もう誰もいなかった。少しばかり寂しいが、そんなことを言ったって、ユアンさん達にも、ゾーイさんにも、その他の無愛想な旅行者たちにも、それぞれ、やりたいことややるべきことがあるのだろう。

 昨日は、楽しい夜を過ごすことが出来た。ぼくも、ジェンナーロさんも、レジのおにいさん、ジョヴァンニさんも、みんな美味しい料理を食べて、お酒を飲みまくった。

 あの後、ジェンナーロさんはぼくにボウル一杯のたらこスパゲティを作ってくれたし、ぼくがこれから旅行をすると言うと、「俺もニホニアに来るまでの間に、世界中を周ったな〜」と、楽しくて興味深い昔話をたくさん聞かせてくれた。

 厨房に入れてくれて、キャンプの際に知っていると便利なレシピをたくさん教えてくれた。

「やっぱりパスタだな。日持ちする。あとは塩と胡椒みたいな調味料は持っておくに越したことがない」また、彼は、食べられる野草や、それを使った料理などについても教えてくれたけど、それについては、話を聞いているふりをするに留めた。

 ジョヴァンニさんは、故郷で作られたワインボトルをお土産に持たせてくれたし、昨夜はなんだか紳士を装っていたけれど、お調子者な人柄だったので、化けの皮が剥がれた後は、ただお話をしているだけでも十分に楽しかった。

 今日は、ニホニアの街を見て周って、ウェスタン・ニホニアで、ティムさんのステーキを食べるつもりだった。今晩のうちにニホニアを出るか、もう1泊するかは、ステーキを食べている間に決めるつもりだ。

 ぼくは、窓の外を見た。

 青い空の中に白い雲がいくつか浮かび、太陽が登っている。鳥のさえずり、早朝の街を歩く観光客達の話し声。静かで、天気も良くて、レモン色の朝日も浴びれる。

 良い朝だ。

 ぼくは、シャワーを浴び、服を着替え、荷物をまとめ、リュックサックを背負った。談話室へ向かうと、朝食が並んでいた。

 冒険者風の人たちや、バックパッカー風の人たち。いずれも、国際色豊かな顔立ちや服装をしている。みんな、黙々と、安っぽい朝食を食べていた。

 ぼくも、トレイを持ち、クロワッサンと、サラダと、目玉焼き、ラムソーセージなどを皿に乗せ、コーヒーとオレンジジュースと共に、テーブルに着いた。食事をしていると、隣の席の会話に気を引かれた。

「クラリッサみたいな女の姿を見たって」

「えっ! マジかよ……、あのストーカー……」

「怖いよな」

「冗談じゃないぜ。いや、でも、一緒に酒飲みたいな……」

「懲りねーな……。その話を聞いた時、俺考えたんだ。クラリッサがここに来たのはなんでかって。ニホニアにヴェルが来ているってことじゃないか?」

「まさか。それなら、ヴェルはとっくに逃げちまってるよ。あのストーカーの気まぐれか、ちょっと前までここにヴェルが居たってことだろ。それか情報が間違ってるんだな」

 ぼくは、隣の席のテーブルを見た。

 男性が2人座っていた。

 いずれも、Tシャツにデニム。

 片方は不健康なほどに痩せていて、痩けた頬に芝生のような髭が生えていた。

 もう1人は、ほっそりとしていたが、不健康というほどではなく、笑顔も爽やかだった。

 ガイコツさんと爽やかさん、と、ぼくは心の中であだ名をつけた。

 爽やかさんが、ぼくに気がついて、笑顔を浮かべた。「よう、お嬢ちゃん。なにか?」

「ヴェルって聞こえたんですけど……」

 爽やかさんは、ガイコツさんを見て、にっこりと、笑顔を交わした。

「噂だよ」と、ガイコツさん。「ヴェルじゃない。クラリッサだ。クレイジーサイコレズのクラリッサの噂は知ってるか?」

「ちょっとだけ」クラリッサのあんまりな呼ばれ方に、ぼくは同情しつつ心の中で笑った。「ヴェルのことが好きだって言うことしか」

「俺はクラリッサに会ったことがあるんだ」そう言ったのは爽やかさんだった。「良い女だったぜ。ボーイッシュな美女だった。肌がきめ細やかで、笑顔も可愛い。ほっそりとしてたんだが、背が高くて、力強くてな」

 ガイコツさんは、呆れたように笑った。「こいつは、そのクラリッサに言い寄ったんだ」

 爽やかさんは笑った。「可愛いね、って言って、バーで酒を奢ったんだ。ボディタッチも多かったから、好かれてると思ったんだが、勘違いだったみたいでな」

「お前はすぐ勘違いするからなー」

「うるせぇな、愛を探してんだよ」

 ガイコツさんはぼくを見た。「こいつは、嫁さん探しの旅の途中なんだ。俺は、こいつの幼馴染で旅に付き合ってんのさ。こいつはよくやらかすから、見てて楽しいんだ」

 ぼくは首を傾げた。「やらかす?」

「クラリッサの時なんか」

「やめろって。ところで、君可愛いね」

「あ、無理です」

 爽やかさんはがっかりしたような顔をして、ガイコツさんを見た。

 ガイコツさんは、声を上げて笑った。「クラリッサの時もそうだよ。首筋にキスしただけで、ボコボコにされちまった」

「ありゃ」ぼくは愛想笑いをしながら言った。「そりゃ、きついですよ」

「にしたってさ、首にキスしただけで、ありゃないぜ。ぼくの体はヴェルさんのものなんだから、触らないでよ、って。あの目、たまんねーよな……、ゾクゾクしちまった」

「うへー……」爽やかさんの目が全然爽やかじゃなかったので、率直に嫌悪感を抱いてしまった。

 しっかりしろよ爽やかさん、お前から爽やかを奪ったら何が残るんだ。

「いや、でもさ」と、爽やかさんはぼくを見た。「そんだけキレるってことは、あっちも感じちゃってたってことだよな。俺のキスのせいでヴェルを忘れちゃうのが怖かったんだよな」

「いや、その、キツかっただけじゃないですか?」そのポジティブ思考を、もっと別の方向に使った方が良いんじゃないでしょうか。「いきなりキスするんじゃなくて、もうちょっと、指先に触れてみるとか、そんなところから……」アドバイスをしようと思ったけれど、ぼくはぼくで、生まれてこの方恋愛をしたことなんてなかったからわからなかった。

「わかってるねー」と、ガイコツさん。「もっと言ってやってくれよ。こいつ、俺のアドバイスなんか聞きゃしねーんだ。いきなりキスなんて、いきなりパンツに手を突っ込むようなもんだぜ」

「いきなりパンツはまずいだろ……」と、爽やかさん。

 ぼくの頭の中では、鉄板の上でジュージューと音を立てているステーキの上にトランクスが乗っていて、爽やかさんがそのトランクスにキスをしていた。

 ステーキ食いたいな……、と思いながら、ぼくはラムソーセージを食べた。

「それはわかるのに、キスは分からなかったんだな」と、呆れた様子のガイコツさん。

「いや、だってさ、キスはあいさつじゃん?」

「そんなもんお前の故郷だけだって何度言ったらわかんだよ」

 ぼくは爽やかさんを見た。「どこ出身なんですか?」

「セウェードゥンの田舎だよ。ジェリヴァール」

「ジェリヴァールですか」そこには絶対行かないようにしよう……、と、ぼくは、頭の中の記憶の引き出しを開けて、絶対行かないリストのファイルの中に、ジェリヴァールの名前の書かれたメモ帳を挟み込んで、そっと引き出しを閉めた。

「オーロラの見える良い村だぜ。君、オーロラは好きか?」

「好きですよ」でも、村人全員がお互いの首筋の味を知っているような変態の名産地になんか行きたくない。「でも、先にラシアで見ることになるかも」

「ラシアか……」爽やかさんは顔をしかめたが、あるいは、それはラシア美人に股の間を踏み潰されたのを思い出して恍惚に浸っている顔かもしれない。「あの国はやめとけよ」

「なんでですか?」

「あの国の女は性格が悪い」

 ぼくは笑った。「ありがとう。でも、それは自分で確かめます」


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