2日目 どれにしよう、なににしよう
「ーーどうしたの?」良い年をこいて恥ずかしげもなくあざとい系女子を気取っているノエルさんが声をかけてきた。
ここはホステルの中庭。
ぼくの足元には、魔力で生み出した、銀色の鉄屑が転がっている。
鉄屑は、ナイフや、短剣や、長剣、弓、クロスボウなど、様々な形をしていた。
「ぼくも武器を作ろうかと思って」そう思い立った理由は、冒険者であるノエルさんたちの武器を見て、かっこいいなぁー、ぼくも1個作ってみようかなぁー、ぼくが持つとしたらどんな武器が似合うかなぁー、と思ったからだった。
「なるほど」ノエルさんは頷いた。「扱える魔力の性質は?」
「素の魔力と、生命の魔力と、炎と土です」
ノエルさんは、その緑色の目で、ぼくの目を見つめた。「万能の魔力は?」
「へ?」
ノエルさんは、丸い手鏡を生み出して、自分のメイクをチェックして、髪を整えて、「(……うん、まあまあね……。……)」と呟いてから、鏡面をこちらに向けてきた。
なんだろう。今更鏡なんか見なくても、ぼくが可愛いのは知っているけど……、ぼくはそう思いながら、鏡の中の自分の目を見て、首を傾げた。
目の色がおかしい。
ぼくの目の色は黄金色だが、今は、琥珀色の光輪が加わっていた。
琥珀色の目は、万能の魔力の象徴だ。琥珀色の目、万能の魔術……、グロリア。
メイクなんかしないし、鏡を見る習慣もあんまりなかったから、今まで気づかなかった。
ぼくは、グロリアがくれた指輪を見た。
この指輪の影響なんだろうけれど、そうなるとおかしい。
グロリアは、指輪には、雷の魔力だけを込めたと言っていた。
ぼくは肩をすくめた。
まあ、良いか。損をするわけでもないし、むしろ、このサプライズは、ぼくの身を守るのに役立つものだ。それに、目の色が変わっても、ぼくは相変わらず可愛い。文句はなかった。
「指輪の影響かも。友達がプレゼントしてくれたんです」
「良い友達を持ったわね」ノエルさんは微笑んだ。「万能の魔術を使えるなら、それなりに良い魔鉄を生成出来るはずよ」
「ミスリルとかは?」
「なにそれ」
「あ、ファンタジー小説に出て来る金属です。すっごく良質な鉄みたいなものです」
ノエルさんは興味深げな様子で頷いた。「ソラの世界って面白そうね」
「ぼくにとってはこっちの世界の方が面白いですよ」
「本当にラシアでキャンプするつもり?」
ぼくは、昨夜の会話を思い出しながら頷いた。
「やめておいた方が良いわよ。猛獣とかたくさんいるし、魔力を宿して暴走しちゃった魔獣もいるし」
「村のそばなら平気じゃないですか?」
「キャンプ場にしておきなさい」
ぼくは頷いた。「そうします」
ノエルさんはニヤニヤした。「そうする気ないわね」
バレていた。「……前から憧れてたんです」
「見識ある者の話を聞かないのは感心出来ないけど、自分を持ってるのは良いことよ。それに、夢を叶えるのは大切なことね。じゃあ、手伝うわ」
「なにを?」
「武器作り」ノエルさんは、杖を振るった。
ぼくの足元に転がっていた数キログラムの銀色の鉄屑が、宙を舞い、砂状になり、短剣の形になって、宙に浮いた。
ノエルさんは、その短剣を掴んで、そのセクシーな指先で刃を撫でたり、振るってみたりして、納得したように頷くと、こちらに差し出してきた。「わたしからのプレゼント」
ぼくは、短剣を受け取った。
ずっしりと、重量感がある。
数キログラムの鉄屑が、この小さな短剣に凝縮されたのだろう。
「頑丈に作っておいたし、素材はあなたの魔力から生まれた鉄だから、自分の魔力の通りも良いはずよ」
「ありがとうございます」
「刃の重量を操作したから、投げると刺さりやすいようになってる」
ぼくは、早速中庭の端に行った。
そこは簡素な訓練場のようになっている。
ぼくは、丸太の的に向かって、20mほど離れた場所から短剣を投げた。
短剣は、するりと吸い込まれるように、丸太に刺さった。
ぼくは、指を振るって短剣に魔力を送った。
短剣は、丸太から抜け、ぼくの手元にやってきた。
ずっしりと重たいが、握りやすく、振り心地も良い。
「なんかもう、これで良いんじゃないかって気がしてきました」
「他にも作った方が良いわよ。ニホニアにはあと何日滞在するの?」
「決めてません。2、3日くらいにしようかと」
ノエルさんは頷いた。「じゃあ、寝込む余裕はあるわね」
「へ?」この世界特有の誘い方か何かだろうか、と思いながら、ぼくは、首を傾げた。一瞬のうちで頭に浮かんだのは、ノエルさんとのロマンスと、ロマンティックを通り越してなんだかエロい気持ちになりそうな音楽だった。たららららぁ〜。
「いや、魔力を限界ギリギリまで注ぎ込んで、武器を生成するのよ。そうすれば、最高の1品が出来る。1日寝込む事になるけどね」
ぼくは頷いた。
「魔力を蓄える指輪を作ったらどうかしら」
「なんですかそれ?」
「魔力を蓄える貯水槽のようなものよ。魔力が枯渇したときに、そこから魔力を供給出来るから、スタミナ切れを起こしにくくなる」
「便利そうですね」
「ソラは、どんな戦い方が得意なの?」
「わかりません。メインは旅行だし」今作ろうとしているのは、戦いっていうよりは護身、護衛のためというよりはファッション、ファッションというよりは所有欲を満たすための武器だ。地球には半魔とか人間とかばかりで、魔獣も幻獣も少ないから、戦う必要に迫られたこと自体ないのだ。体育の授業では護身術や武器の扱いなども学んだが、戦闘術などは学ばなかった。そもそも、そんな物必要ないのだ。「戦ったことなんてないし」
「お友達の指輪があるなら、魔力量も人並み以上だし、杖で良いんじゃない? その短剣もあるし……、いや、待った」と、ノエルさんは、何かを思い出すように、宙を見つめた。「生命の魔力を使えるなら、タネを作ると良いわ」
「タネ?」
「中心に生命の魔力の核をあしらった、魔力の塊よ。持ち主の想像力によって形を変えるの。頻度が多い物に育っていって、数ヶ月ほどで、花になる」
「頻度?」
「例えば、種が剣の形になったり短剣の形になったり弓の形になったりする。それで、数ヶ月後、最も多く経験した形状が短剣だったら、短剣の形に定まるの。イメージを具現化するのに最適な方法の1つよ」
「良いですねそれ。どうやるんですか?」
「生命の魔力の核を、万能の魔力で覆っても良いし、火の魔力と土の魔力を使っても良い。火の剣なんてかっこよくない?」
「おぉー」ぼくは声を上げた。漫画みたいだ。それなら、素の魔力と、万能の魔力と、火の魔力と土の魔力で、種を4つ作っても良いかもしれない。
「クオリティにこだわるなら、核を作るにはありったけの生命の魔力を使う必要があるわ」
「あ、大丈夫です。ほどほどで良いんで。何事もほどほどが一番です。闇落ちのドラゴンを狩るわけでもありませんし」
ノエルさんは、顔を曇らせた。「闇落ちのドラゴンね……、108年前に、この世界を恐怖に突き落とした存在……。ソラ、知ってるのね……」
勝手にシリアスモードに突入した様子のノエルさんに、ぼくは戸惑った。
「えっと……」ぼくは頷いた。なんかまずいことを言っちゃった気がする。「その、あっちの世界に、本があるんです。ヴェルの冒険っていう本なんですけど」
「ヴェル? ヴェル……、闇落ちのドラゴン……、ヴェル……、なるほどね」
「なにがですか?」
「その著者の名前は?」
「ヴェル−G・パーキンスです」
「パーキンス……、ヴェル、G、パーキンスね。なるほど。そういうこと……」ノエルさんは頷いた。「やっぱ、わたしも行ってみたいわね。そっちの世界」
「え、どういうことですか?」
「前代の闇落ちのドラゴンを倒したのは、そのヴェルって人よ」
「あ、やっぱりそうなんですね」
ノエルさんは頷いた。「彼女は、ヴェルは、この世界における、史上最高の魔女よ」
「ほうほう」
「しかも絶世の美女」
「……ほう」ごくり。
『ヴェルさんヴェルさんヴェルさん……』聞いたこともないクラリッサの声が、頭の中で鳴り響いた。
◎
ノエルさんから教わった方法で、タネを3つ作ったぼくは、ベッドの上に寝込んでいた。
3つのタネには、ありったけの魔力を注ぎ込んでいたので、体内の魔素が枯渇していた。
目眩がするし、頭痛がする。
頑張りすぎた。
マークくんとビルギッタちゃんは、『ソラちゃんの看病をするっ!』と、頼もしいことを言ってくれていたが、今はソファの上で仲良く身を寄せ合い、すやすや眠っていた。
可愛いかった。
ゾーイさんは、ユアンさん、フィリップさん、ノエルさんと一緒に街に繰り出してしまった。
具合の悪い時に1人きりというのは、心細い物だった。
だが、こういう物にも慣れないといけない。
これから、ぼくはゾーイさんと別れて、1人で旅をするのだから。
しかし……。
ぼくは、寝返りを打って、ハードカバーの本、ヴェルの冒険を取った。
ヴェルか……。
本を開いて、読もうとしたが、頭痛がしたので、すぐに閉じて、瞼を閉じた。
会ってみたいなぁ……。
この旅の目的が、1つ出来た、そう思いながら、ぼくは、深呼吸をして、息を吐くと共に、全身から力を抜いて、眠りについた。
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