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魔法使いの世界を旅する一年(改訂版)  作者: Zezilia Hastler
旅のはじまり
13/23

1日目 5人の冒険者

 ゲートを潜った先は、大空ではなく、街中だった。

 足元は石畳で、後ろを振り返ると、城壁のようなものがあり、両開きの木造りの城門があった。

 ぼくたちはまず、ホステルに向かった。白土の外壁に、茶色い木の基礎が見える建物で、ドイツやドイツに近いフランスの村などでよく見られるものだ。中央広場から伸びる大通りにあったので、そういう意味では立地も良かったが、その分大通りを行き交う人々の話し声やらなにやらが聞こえてきそうで、静かに過ごせるかどうかが気になった。

 木の扉を潜れば、小さな受付があった。受付では、ドミトリーやシングルベッドやツインベッドなど、様々なタイプの部屋を案内された。

 ぼくとゾーイさんは12ベッドの、男女共用のドミトリーを選択した。

 宿泊費は3FUで、だいたい360円。ホテルにもホステルにも泊まったことはなかった為、相場はわからないが結構安いように思えた。このクラスの宿に毎日泊まったとしたら、1年で、1400FUほど。FUカードの残高は4800FUほど。食費や交通費を考えると少し厳しいが、ギリギリなんとかなりそうでもある。食糧や着替えはトランクに入っていたので、多分、お土産代くらいは残るだろう。

 ルナさんや弥子には、12月は丸々旅行に行ってくると伝えてある。2人は、ぼくが1ヶ月の間、地球上のどこかを平凡に旅行すると思っているのだろう。1年老けて帰ったとしても、それを2人は知らない。ここでの冒険は、ぼくだけの秘密。そう考えると、ワクワクした。

 ドミトリールームには、3段ベッドが4つ、センターテーブル、それを囲うソファが置かれており、暖炉があった。壁も床も漆を塗られた木板で、センターテーブルも木製のシンプルなもの。古ぼけた乳白色のカーペットは無地で、染色されているような感じはなかった。大きな窓があり、そこからは、大通りが見えた。防音設備はそれなりのようで、大通りの喧騒は、しっかりと遮断されており、室内には心地良い静けさが漂っていた。ベッドの枠に男物のTシャツや下着が干してあるのには内心でギョッとしたが、ゾーイさんが気にしている様子はなかったので、ぼくもなにも言わないことにした。格安の宿につきものなアクシデントとでも思っておこう。

 ぼくとゾーイさんのベッドは少し離れていたが、しょうがない。ぼくは窓際のベッドの1番上、ゾーイさんのベッドはドアの側のベッドの真ん中。

 部屋には、様々な人がいた。男性が7人、女性が3人。センターテーブルを囲うソファに腰掛けている男性3人と女性2人のグループが、ぼくたちに爽やかな挨拶をしてきた。それ以外の面々は、こちらに一瞥をくれ、梯子を上り下りするときに、ちょっとすみません、とか、ハロー、とか、そんな言葉を交わすくらいだった。

 ゾーイさんは、爽やかな挨拶をしてきたグループに、爽やかな挨拶を返したが、ぼくは、眉をひそめた。

 5人は、異様に小汚い格好をしていた。男性だけでなく、女性もだ。加えて、5人の腰掛けるソファのそばには、RPGのゲームに出てきそうな剣や槍や短剣や弓などに加えて、ゴツゴツとした鎧が転がっていた。ニホニアの衛兵だろうか。警備の巡回の一環でホステルに来たのかもしれない。あっちの世界こっちの世界問わず、ホステルというものがこういうものなのか、あるいはニホニアに限ったことなのか、ホステル初体験のぼくには判別がつかなかった。

 肩を叩かれた。

 ゾーイさんだった。「こらっ、こんにちはって言われたら、なんて返すんだっけ?」

 お前はママか、と思いながら、ぼくは頷いた。「すみません。その、武器に動揺しちゃって。こんにちは。空です」

 5人は爽やかに笑った。

 背が高く、がっちりとした体型の男性はユアンさん。

 背が高く、その抜群のスタイルと端正な顔立ちで全方位に喧嘩を売ってくる女性はノエルさん。

 背が高く、ほっそりとしている男性はフィリップさん。

 小柄でほっそりとしている男の子はマークくん。

 小柄でほっそりとしている女の子はビルギッタちゃん。

 話を聞いてみると、5人は、どうやら冒険者らしい。

 マジか……、と、ぼくは思った。まさか実在したなんて。

 ユアンさんは剣を扱うタイプらしい。フィリップさんは槍、マークくんは短剣と小さな盾、ビルギッタちゃんは弓、ノエルさんは古びた杖。話によると、杖の素材には神樹の枝が使われているらしい。

「前人未到の森を探索した際に、そこにしか生えていない神樹の枝をへし折って持って帰ってきたの」と、ノエルさん。

 ノエルさんはぼくだけでなく、神様にも喧嘩を売ったらしい。

 ユアンさんとノエルさんは30代で、フィリップさんは20代。マークくんはまだ12歳で、ビルギッタちゃんは9歳だった。5人は、いずれも生まれも育ちもAW。旅先で意気投合して、一緒に旅をするようになったらしい。この世界の冒険者の主な仕事は、モンスターを狩ったりするというよりは、この広大な世界を探索して地図を描く、というもののようで、そもそも、この世界には、人に危害を及ぼすモンスターなど、滅多に出てこないらしい。

「ラシアの山奥なんかじゃ、たまに、腹を空かせたクマなんかが、1人でキャンプをする旅人を襲ったりもするけど、それは、そもそもキャンプ場じゃなくって動物のテリトリーでキャンプをするなんていうバカな選択をしたバカの責任よ」ノエルさんは、その魅惑的な声で言った。なるほど、セクシーなのはスタイルだけではないというわけか。

 5人は、ホステルの一室でお酒やジュースを飲んでいた。

 ゾーイさんは、調達してくる、と言って、インキャなぼくを1人残して街へ行ってしまった。

 ぼくは、ちょっとだけおろおろした後で、みんなにお近づきのお裾分けをあげることにした。トランクを開けて、買ったばかりのお弁当やインスタントヌードルを、テーブルに乗せる。

「ねえねえ」小さな手で、ぼくのジャケットを引っ張るマークくん。くりくりとした琥珀色の目が可愛いが、彼の着ているシャツからは、汗の匂いに加えて、気のせいかもしれないがイカの匂いがした。彼は、ぼくが出したインスタントヌードルを指さした。「これなに? 爆弾?」

 ぼくは笑った。「違うよ。ヌードル。美味しいんだ」

「ほんとに?」と、疑わしげな目を向けるマークくん。その目はまるで、ほんとに美味しいなら食わせてみろ、信じるか信じないかを決めるのはその後だ、とでも言っているかのようだ。小さな子供がそんな目をしているもんだから、可愛いのなんの。彼は、ぼくの胸の奥を絶妙に心地良く締め付けてきた。

 ぼくは、インスタントヌードルの包装を取って、テーブルに乗せた。

 ノエルさんは、そのセクシーな緑色の目でぼくの行動を見ていた。興味を引かれたような視線をその透明の包装に向けると、なにを思ったのか、その細長いセクシーな指でそれをつまみあげ、匂いを嗅いで、口に放り込んで、むしゃむしゃし始めた。

 そうだ、お前はそれでも食ってろ、と思いながら、ぼくは、トランクから魔法瓶を取り出し、インスタントヌードルにお湯を注いだ。「3分待ってね」

 マークくんとビルギッタちゃんは、インスタントヌードルに小さな鼻を近づけ、くんくんと、匂いを嗅いだ。

「おいしそう」と、マークくん。

「なんか変な匂い……」と、ビルギッタちゃん。「そうだ、ブリタニアのキャピタルの……、ランドンの、ほら……」と、彼女は、フィリップさんを見た。「ぽっぽー」

 フィリップさんは頷いた。「あれだな。蒸気機関車の匂いだ。それか、製紙機の煙の匂いだ。ガスだな」

「ねえ……、これ、味がしないんだけど……」と、ノエルさん。

「あっ、ダメですよっ! それは、そのまま食べちゃダメですっ!」ぼくは、慌てたフリをして言った。嘘は言っていない。インスタントヌードルのフィルムはそのまま食べるものじゃないし、もっと言えば、そもそも食べるものじゃない。

「嘘でしょっ、ソラっ、先に言ってよ」ノエルさんはペッ、と、フィルムを吐き出して、暖炉に放り込んだ。

「お〜っ」ユアンさんは楽しそうに声を上げた。「やっちまったなノエルぅ〜っ! ヒィーッヒッヒッヒーっ」ユアンさんは声を上げて笑った。

「ヒェーッヒェッヒェーッ」と、フィリップさんも笑った。

 そのからかうような笑い声につられて、ぼくもマークくんもビルギッタちゃんも笑ってしまった。

「むぅ〜」ノエルさんは、ムッとしたように、ほっぺたをあざとく膨らませて、ユアンさんの肩を叩いた。

 その自分の美しさと可愛さを自覚しているようなあざといほっぺの膨らませ方が、ぼくの神経を逆撫でした。

 ぼくは、次はノエルさんになにを盛ってやろうか……、と思いながら、ブイヤベース味のポテトチップスを開けた。

 そうやって、ほのぼのどろどろと楽しい時間を過ごしているうちに、インスタントヌードルが出来上がった。

 ぼくは、プラスチックのフォークの包装を取った。

 そうだ、このプラスチックのフォークを食わせてみよう……、そういえば、クッキーに乾燥剤が入ってた……、そんなことを考えながら、ぼくは、フォークをマークくんに渡した。

 マークくんは、初めて見るインスタントヌードルを、恐る恐る口に運んで、もぐもぐした。「おいしいっ!」と、目を輝かせるマークくん。

 ビルギッタちゃんは、マークくんの肩を、ちょんちょんと叩いた。

 マークくんは、ビルギッタちゃんの口元にインスタントラーメンを運んだ。

「あつっ」と、言いながらも、ビルギッタちゃんは、口を動かし、そして、ソファの上で足をばたばたさせ、その琥珀色の目を輝かせて、ぼくを見た。「おいしいっ!」

「ただいまーっ!」と、元気な声と共に、ゾーイさんが戻ってきた。「おっ、ソラちゃん楽しくやってるねっ。おねえさんほっとしちゃった」彼女は、ポケットからたくさんの酒瓶と料理を取り出した。

 マークくんとビルギッタちゃんは目を輝かせた。

「ありがとう」と、ユアンさん。

 フィリップさんは口笛を吹き、ノエルさんは、テーブルの上にグラスを2つ生み出した。

 そうして、その日は楽しい時間がはじまった。

少しでも楽しんで頂けましたら、評価やブックマークをお願いします!(*´∀`*)


この物語はフィクションです。実在する如何なる人物、団体、出来事と本作品は関係ありません。物語内では未成年が飲酒喫煙をしてますが、彼らは人間ではなく魔法族です。本作品には未成年者の飲酒喫煙を推奨する意図はありません。自分の心と体を大事にしましょう:)

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