10 旅立つ前に
夜、日付の変わる1時間前。
テストを終え、採点結果を受け取ったぼくは、自信に満ちた気分で、いつもの談話室へ向かった。
いつも通り、静かな談話室。その室内に、1人だけ、暖炉の前でくつろいでいる女の人がいた。ゾーイさんだ。
彼女は、ぼくに気がつくと、優しく微笑んだ。「お疲れ様」
ぼくは頷いた。「こんばんは」
先日の、ぼくに恥ずかしいことを言わせたことに関しては、すでに文句を言ったし、それについての謝罪も受けていたので、今や、ゾーイさんに対するわだかまりのようなものはなかった。ぼくは財布を取り出した。「なにか飲みます?」
「じゃー、ソラちゃんのおすすめのワインを、ボトルでもらうかしら」ゾーイさんは手にグラスを2つ生み出し、サイドテーブルに置いた。
ぼくは頷いて、廊下に出て、ワインを購入した。フランス産のボルドーワインだ。戻れば、ゾーイさんが、シャンパングラスにシャンパンを注いでいるところだった。ぼくは、サイドテーブルにワインボトルを置いた。
ゾーイさんは、ぼくにシャンパングラスを寄せた。
ぼくは、それを受け取った。
ゾーイさんは、にっこりと微笑むと、唇を開いた。「いつ行こっか」
ぼくは、顔に浮かぶ笑みを堪えられなかった。「これを飲んで、程良くくつろいだらで良いですか?」
「素敵」ゾーイさんはシャンパンを啜った。「ねー、ソラちゃんは、ヴェルの冒険のどこが1番好き? わたしはね、ヴェルが指輪を受け取って、初めて魔法を使うところなの。夏の晴れた日の夕方に補助輪なしで自転車に乗れるようになった時とか、苦手な理科のテストで初めて100点を取った時とか、小雨なのに遠くから雷の音が聴こえてきた日に初めて箒で空を飛べるようになった時とかを思い出して、幸せになれるから」
「えー」ぼくは、やっぱりこの人の話を聞いていると恥ずかしくて胸の奥がムズムズしてくるな……、と思いながらも、ゾーイさんの話に共感していた。「ぼくは、好きなシーンが多すぎて決められません」
「だよねー、わかる」
「でも、1番特別なシーンならありますよ。やっぱり、初めの1文です。旅を通じて成長していくヴェルを見た後で、最後の1文に最初の1文を持ってこられたところで、鳥肌立って、その日は1日中余韻が抜けませんでした。初めはネガティヴな意味合いだったのが、最後はポジティヴでノスタルジックなヴェルの心境を表現していて……」
ゾーイさんは微笑んだ。
ぼくは、その顔を見て、咳払いをした。また熱っぽく話してしまっていた。オタクだと思われた。しんどい……。でも、しょうがないじゃないか。ぼくもまた、クラリッサと同じだ。ヴェルの冒険も、作者のヴェルのことも大好きなのだ。
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この物語はフィクションです。実在する如何なる人物、団体、出来事と本作品は関係ありません。物語内では未成年が飲酒喫煙をしてますが、彼らは人間ではなく魔法族です。本作品には未成年者の飲酒喫煙を推奨する意図はありません。自分の心と体を大事にしましょう:)




