奇跡の名の下に―②―
「・・・いやいやいや?!そんなことできないわよ?!」
無慈悲で無謀な提案に2人は驚いていたがこちらは本気だった。
「いいえ、出来ます。先輩なら、今の先輩なら必ず・・・急いで下さい!!」
暗人の首に巻き付いている腕を強く握りしめて絶対離さない様子から司は露骨に焦りを見せる。
「ま、待って。そ、そういえば翔子、あなたその姿は・・・もしかして美麗の薬を飲んだんじゃ・・・?」
今更彼女が若返っている件に言及するがもう遅い。先程服用したばかりなので時間はたっぷりある。変身して戦えるだけの時間が。
ここで司をぶっ飛ばして目を覚まさせるのは一緒に戦ってきたリーダー的存在、元伝説の戦士『ピュアレッド』を置いて他にあるまい。
「わ、わかったわ。司っ!!覚悟しなさいっ!!チェンジプリピュアッ!!」
いよいよだ。いよいよここから『プリピュア』の反撃が始まる。そう思うと胸に熱いものが込み上げてくる暗人だったが彼女の掛け声の後、一切何の変化もないまま数十秒が過ぎてしまった。
「・・・・・あれ?ホップン?わ、私変身出来ないんだけど・・・え?何か妙な力が邪魔してるって?!」
「「・・・・・」」
まさかこの場面で恐れていたことが現実になるとは。所詮薬で取り戻した偽りの純潔では認められないという事か、敵対組織の力を利用しようとしたのが大きな間違いだったのか。
「・・・どうやら杞憂に済んだようね。さ、翔子。大切な人を守りたいんでしょ?私と一緒に来てくれるわよね?」
窮地は去ったと判断した司からは余裕すら感じられた。対してこちらは茫然とするしかないのか・・・いや・・・何か・・・何かあるはずだ。
諦めが悪いのは暗人だけではない。翔子も妖精達とこそこそと話し合ったり慌てふためいているが諦めてはいない。だからこそここは信じて突き進もう。
「わかりました。翔子先輩の身柄は司さんにお任せしますので、その、せめて今の彼女に会う洋服を買わせてもらえませんか?」
その発言に司だけでなく翔子からも白い眼線が送られてくるがこれには大きな意味があるのだ。なので翔子先輩、自分は決してロリコンではないのです。信じて下さいね?
「・・・まぁ確かに不格好だけど・・・でも『ダイエンジョウ』に行けば衣服なんていくらでも・・・」
「?!そうよね?!私も中学生に戻ったんだから最後におしゃれしてみたい!!いいわよね?!」
これは司の不用意な発言に救われた。『ダイエンジョウ』で用意される衣服などそれこそ何を仕込まれるかわかったものではない。
以前五菱 助平が『ブラッディジェネラル』の身体を拘束した記憶を深く刻んでいた翔子も慌ててこちらの提案に食いついてくれたお蔭で司も最後の望みならと了承する。
こうして本当に最後かもしれないチャンスを手に入れた2人は司の監視の元、暗人の運転で街に繰り出す事となった。
「何でわざわざこんなところまで・・・まぁ本部も近いしいいか。」
やってきたのは昨日散々練り歩いた場所だ。駅前に限らずあらゆる場所は人だらけで何かあれば必ず記録が残って拡散されるだろう。
当然そこにも期待していたが暗人には他にも狙いがあった。それが再び『アツイタマシー』を集める事だ。
クリスマスこそ過ぎ去ったものの今は年末年始の準備で皆が忙しい。そんな人々で混雑する街中を歩けば必ずそれも達成出来るはずだ。
更に2人は忘れているようだが彼は未だ『ダイエンジョウ』の一員であり、組織から貸与されているガジェット類は全て持ち歩いている。つまりそれを使えばもう1つくらい反撃を与えられると考えていたのだ。
「あ、ここがいい!このお店でまずは・・・下着かな・・・」
美麗の時もそうだったがあの薬は体だけでなく精神も14歳まで下げてしまうのか、妙に幼く見えた翔子が気恥ずかしそうにそう告げると暗人は司と一緒に選んでくるよう勧める。
そして彼女の監視の目から逃れた瞬間、鞄から組織のタブレットを取り出すと急いでガジェット無効のアプリを起動し始めた。
流石に翔子から取り上げたような無理は出来ないと判断してまずは『バイオレットジェネラル』のブレスレットを無力化を狙う。そうすれば単純な腕力勝負で引けを取る事は無いはずだ。
司も翔子に掛かりっきりだったのとそもそも叔父から暗人には手を出さないよう言われているようなので今は楽しそうに友人の下着選びに専念している。
だが当然ブレスレットに干渉するにはロックを解除せねば無力化は叶わない。
出来るだけ時間を伸ばしてくださいと祈りつつ彼女の情報を洗いざらい調べ上げながら様々な暗号解除を試すも一向に進まず焦りを感じていると店内からは本当に楽しそうな2人の姿が垣間見えた。
・・・・・
そして思い出す。氷上 美麗が『闇落ち』した日の事を。
あの時暗人は彼女に呼び出されていた。理由は翔子と『ブラッディジェネラル』の関係について尋問する為だったようだが多少のやり取りと一方的に平手を放った後、彼女はスマホを手に取ってすぐ昏睡状態に陥ったのだ。
以降は明るい性格は鳴りを潜め、いつの間にか『闇落ち』して『ダイエンジョウ』の傀儡と成り下がっていた。そう考えるとあのスマホに何か仕掛けがあるのか?
(気が付いて下さいね・・・)
確証はなかったが基本的にそれらのガジェットには全て『ダイエンジョウ』の関連システムが多かれ少なかれ入っているはずだ。なので暗人は祈るように翔子のスマホへメッセージを送ってその意図を遠回しに伝えてみる。
するとすぐに気が付いてくれたらしい。司がやや怪しむ様子でこちらを睨みつけてくる中、彼女は一旦買い物を中断して軽い足取りで駆け寄ってくると少しわざとらしい演技で自分の鞄を預けてくれた。
「もうちょっと時間がかかると思うから待っててね!」
「はい。」
司の方もその行動自体を咎めたり怪しむ様子はなかったので内心ほっとしたがここからは賭けでしかない。
氷上 美麗が『闇落ち』した時の条件。それは14歳になる薬を服用していた事と『ダイエンジョウ』から貸与されたスマホを手に取った事だった。
今、翔子は『闇落ち』こそしていないが妖精達の話だと何やら邪魔な力が働いていて変身出来ないでいる。
つまりこのスマホと薬に含まれる成分を使っていざという時に洗脳出来るような仕掛けがあるのではないかと踏んだ暗人は早速解析し始めたのだ。するとすぐに妙なアプリが目に留まった。
それは画面に表示されないものの常に起動状態だ。他に怪しいものは存在していなかったのでもし悪さをしているとすればこれしかないだろう。
後は祈るようにそれを完全に除去してから鞄に戻し、翔子達が着替えと買い物を済ませて戻ってくるとそれを返しながら静かに囁いた。
「先輩、もう一度『プリピュア』への変身を試してもらえませんか?」
「・・・・・うん。わかった!」
「何をこそこそしているの?さぁ、着替えも終わったしそろそろ本部へ向かうわ、よ?」
「チェンジプリピュアッ!」
「「え?!ここで?!」」
これには司と意識がシンクロしてしまったが現在3人は大型ショッピングモールの中、しかもティーンズショップの真ん前で通行人も多数いるのだからこの驚愕は当然だろう。
なのに変身が成功してしまったら翔子の正体がバレて・・・いや、今更バレた所で大した事は無いのかもしれない。
それよりも先程とは違い彼女の体が眩い光に包まれると一瞬で『ピュアレッド』に変身出来た事実を喜ぶべきだ。
「やった!やりましたよ!!」
「え?!ええ?!う、うそ・・・?!」
暗人が珍しく大きな声で歓喜を表すと司からは信じられないといった様子だ。周辺からも突然のプリピュア登場に皆が足を止めてこちらに注目している。
「・・・・・待たせたわね司。で、私を『ダイエンジョウ』に連れて行く?いいわよ、やってみなさい。ただし出来るものならね?!」
まるで敵の強キャラみたいなセリフを告げた『ピュアレッド』は14年ぶりの変身に高揚を隠せなかったらしい。
司も慌てて『バイオレットジェネラル』に変身するがこの先は2人の戦いだ。暗人は一般人と同じように退避しながら彼女達の戦いが観戦出来る場所に移動してその様子を見守る。
それから始まった戦いは正に肉体言語でのやり取り。初代なだけあって『ピュアレッド』の戦いに派手なエフェクトや必殺技など必要ない。繰り出すのは力に全振りした肉弾戦のみだ。
対する『バイオレットジェネラル』は未だその変身能力にまだ慣れていないのか、大砲のような威力のハンドガンを乱射するがそれが『ピュアレッド』に当たる気配は全くない。
「『バイオレットジェネラル』ッ!!私はあなたも救ってみせるっ!!プリピュアッ!!ブレイブハートッ!!ナックル~ッ!!」
『アツイタマシー』を使って変身しているせいか、『ピュアレッド』の言動全てに熱い魂を感じたのは暗人だけではないだろう。
気が付けば避難していた一般人たちもスマホを片手にその可愛くも美しい彼女の戦いを見入っている。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」
『バイオレットジェネラル』もまさか親友の必殺技を食らう日が来るとは夢にも思わなかったはずだ。
最後はその熱い拳を心臓に思い切り撃ち込まれると思っていた以上に余裕のある叫び声を上げるとそれに反する盛大な大爆発を起こして周囲は大量の煙に包まれるのであった。
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