奇跡の名の下に―①―
翌朝、プリピュアの戦いがあった事を知った暗人達はニュースよりも先にフェニコからその一部始終を聞いて愕然としていた。
「・・・あの子ってば・・・全く!!全く!!!」
そしてすぐに怒りを露にする翔子をなだめて朝食を頼むが彼女の怒りは食事の間も続く。
「昔からそうなのよ!!最初はね?人の顔色ばかり窺う引っ込み思案な子だったんだけどそこから周囲に気を使い過ぎる性格になっちゃってさ!!だからホステスでも大成功したんだとは思うけど!!」
愚痴のような昔話に相槌を打つ暗人はもちろん翔子も彼女を責めたい訳ではない。何故なら黄崎 愛美は2人の事を思って行動してくれたのだから。黙って戦いに赴いたのも止められると分かっていたからだろう。
「それに『バイオレットジェネラル』ですって?!私の丸パクリじゃない?!暗人君!!その子誰なの?!」
「さぁ?全く心当たりがありません・・・ね」
一瞬言葉に詰まったのは何となく思い当たる節があったからだがそこは食べてストレス発散に専念する翔子には気づかれなかったようだ。
(・・・もしかして叔父さんの・・・)
3年程前から叔父が妙に楽しそうにしている時があるのは察していたし、時折追人のお守りを任されていたのもそれが理由なのだろうと推測していた。
恐らく交際相手は元『ピュアパープル』の紫堂 司で『バイオレットジェネラル』も彼女の可能性が高い。しかし憶測で翔子に伝えるのはどう考えても悪手でしかない。
そもそも叔父はどういった事情で司を『ダイエンジョウ』側に引き込んだのだ?怒りや失望以上に疎外感を覚える暗人もやけ食いする彼女をよそに黙々と朝食を頂くが問題はこの後どう動くかだ。
「翔子先輩。こうなれば他の元プリピュアも探し出して手伝ってもらいましょう。」
純潔が条件なのであれば1つ前の世代なら希望が持てる。彼女を大事に想うが故、無意識に翔子を戦わなせない方法を提案すると翔子が食べる手を止めてこちらをじっと見つめてきた。
「・・・何を言っているの?」
「今後の対策についてです。」
「だ、だって私の教え子達や仲間達が大変な目にあってるんだよ?そんな悠長なことをしてる時間なんてないでしょ?!」
「しかし翔子先輩にはもう変身する力がないじゃないですか!無理なんですよ、今のあなたでは!!」
昨夜の温かい関係から一転して初めてのケンカに近い言い合いが始まると心なしか妖精達の光も不安そうだ。
翔子も動かぬ事実を突きつけられると頬を膨らませて視線を落としていたが切り札はある。
「・・・だから私も薬を飲めばいいんでしょ?」
「駄目です。あれは危険すぎます。」
「だったら何で盗・・・拝借させてきたのよ?!こういう時に使う為でしょ?!」
「そうです!でも嫌なんです!」
「何が?!」
「これ以上翔子先輩を危険な目に合わせるのがです!!」
確かに最初は借用目的でマンションへの不法侵入を頼んだが今では彼女への愛が強すぎて言っている事が支離滅裂になっているのを本人は気が付いていない。
むしろそのせいで怒りや焦りを忘れた翔子がぽかんとした表情を浮かべてこちらを見つめて暫く経つとやっと自身が何を口にしたのか気が付いた。
「・・・暗人君。私幸せね。そこまで想ってくれる人とお付き合いして、結婚の約束までしてくれたんだから。」
気恥ずかしさと憤りで視線を逸らしていた暗人も翔子の様子を窺うと優しく微笑んでいる。どうやらわかってくれたみたいだと安心したのも束の間、次には彼女が何故プリピュアに選ばれたのかを思い出した。
「だったら私をもっと信じてもらえないかな?こう見えて昔はリーダーとして最前線で戦ってきたんだから!」
「・・・・・もう14年も前の話ですけどね。」
その真っ直ぐで可愛くも美しい眼差しの奥には確たる勇気と希望に満ちている。自分は何という女性に惚れてしまったのだろうという後悔と誇りが胸で沸き起こる。
「あっ?!ひっどい!!言っておくけど心の中はまだまだ現役なんだからね?!」
止められないと分かった時にはもう席を立ち、冗談に本気で怒っている彼女の体を抱きしめてキスをしていた。
後からすぐ妖精達への配慮が足りなかったに事に気が付いて謝罪もしたがこの時ばかりは溢れ出る気持ちを抑えきれなかったのだ。
「・・・必ず帰ってきてください。僕はまだ翔子先輩とやりたい事や行きたい所がいっぱいあるんです。」
「えへへ。それは私も同じ。」
最後に笑顔で見つめ合うと再び軽いキスを交わして抱きしめ合う。それからホテルをチェックアウトした2人はひとまず翔子のマンションへ向かい、例の薬を妖精達にもじっくり見てもらった。
「ふむふむ。何々・・・よくわからないプン?」
だがそこから何かを感じ取る事は出来なかったらしい。安心した暗人がほっと胸をなでおろしたのも束の間、その様子を見て翔子は無言でそれを一粒口の中に放り込むと水で流し込んだ。
「あっ?!」
隙を突かれたせいで思わず声を漏らしたがもう遅い。彼女の体はみるみる縮んでいくと映像で何度も見た懐かしい姿へと変貌を遂げてしまう。
「おぉぉぉおおぉぉ?!ふ、服がぶかぶかにっ?!そ、それに何だろこれ・・・?!あ、ホップンに、あなたがフェニコね?!やっと見えた・・・聞こえたわ!!」
どうやらここまでは全て順調のようだ。14歳に戻った恋人をどういう目線で見ればいいのかよくわからない暗人は一先ず何か着るものを考えていると突然玄関から異音が聞こえて来る。
ばきゃりりっ!!
それは間違いなく何かを破壊する音だ。暗人は咄嗟の判断で翔子と妖精達をベッドの布団に押し込むと素早く警戒態勢を取った。
「お邪魔します。あれ?君は確か翔子の恋人・・・翔子はどこにいるの?」
そして入って来たのは『ブラッディジェネラル』と同じような軍服姿の『バイオレットジェネラル』こと紫堂 司だった。というか妖精の加護はどうしたのだろう?
いや、そもそもここの住所は以前から知られているはずなので今まで安全だったのかに疑問を持つべきだったのだ。
「・・・翔子先輩はとある場所に身を潜めてもらっています。ところで貴女が何故『バイオレットジェネラル』になられたのですか?」
「それに答える義務はない。」
冷たく言い放った司はまるで自分の部屋のように我が物顔で辺りを見回している。どうやら彼女はこの場所については熟知しているらしい。
内心どきどきしているとその視線はすぐにベッドの上で固定され、そのまま歩みを始めたので暗人は何か注意を惹きつけねばと慌てて口を開いた。
「叔父に、唆されたのですか?」
憶測でしかなかったが想像以上に効果的だったようだ。今度は短く答える素振りも見せず、ぴたっと足を止めてからこちらを強く睨みつけてくる。
「・・・『ネンリョウ=トウカ閣下』から君に危害を加えないよう命令されている。でも次余計な言葉を発したらその口を縫い合わせるわよ?」
「もはや『ダイエンジョウ』、いえ、国家ぐるみの犯罪が世に出るのも時間の問題です。紫堂さん、お願いします。どうか叔父を正してあげて下さい。」
「・・・ちっ!」
そこからさらに揺さぶりをかけようと続けた暗人だったがこれがいけなかったらしい。司は分かりやすい舌打ちをするとこちらに襲い掛かって来た。
不味い。格好から考えて戦闘能力は相手の方が数段上のはずだ。下手をすると殺されるかもしれない。ならばいっそ自ら窓へ走って外へ飛び降りた方が生き延びられるか?
あまりにも後ろ向きな思考に自分でもおかしくて半笑いを浮かべていたが既に彼女の腕がこちらの首に巻き付いて後頭部を抑えつけている。
・・・・・
そこからは不可解すぎる出来事に時が止まったのかと錯覚した程だ。何故なら彼女はこちらにキスをしてきたのだから。
「あ、あ、あああぁぁぁぁぁあああああ?!?!つ、司ぁっ!!何してんのぉ?!」
「お?やっぱりそこにいたんだ。」
腕力という意味でも圧倒されっぱなしだった暗人はどうすればよかったのだろう。激昂した14歳の翔子が布団を跳ねのけて飛び出してくるのを抑え込むべきだったか?
しかし今はがっちりと掴まれていて藻掻くのが精一杯であり、紫堂 司も彼女の性格を熟知していたからこそ挑発行為に走ったとも捉えられる。少し陰のある笑顔を浮かべていたのがその証拠だ。
「な、何でそんな酷い事をするの?!し、しかも私の『ブラッディジェネラル』のコスプレまでして!!」
「これはコスプレじゃない。ちゃんと『ネンリョウ=トウカ閣下』から支給された戦闘服よ。だからこうして翔子の大切な人も捕まえる事が出来るの。」
気が付けば後ろ手に関節を決められて首にも腕が掛かっている。まさかあの一瞬で唇だけでなく体の自由まで奪われるとは流石警察官だ。
「・・・い、一体何を企んでいるのですか?!」
動揺し過ぎて震える声に翔子も心配そうな表情を浮かべているがこちらは申し訳ない気持ちと悔しさで顔を顰めるしか出来ない。
「それなら答えられるわ。翔子、私と一緒に『ダイエンジョウ』へ来なさい。しっかりと『闇落ち』させてあげるから。」
「んなっ?!あなたこそ何言ってるの?!『ダイエンジョウ』は国家に操られている傀儡組織なのよ?!妖精達の世界も敵対組織も皆利用されてるだけなのよ?!目を覚ましてっ!!」
ぶかぶかの服をぶおんぶおんと振り回している姿に若干の癒しを感じていたものの静観している場合ではない。
「その通りです!真の敵は他に居ます!!それを叔父にも伝えてっ・・・」
「知ってるわ。」
「「えっ?!」」
「知ってるって言ったの。『ネンリョウ=トウカ閣下』は私と恋仲なのよ?全部洗いざらい聞き出したわ。それで彼について行くと決めた。他に何か質問はある?」
やはりそうだ。彼女は他のメンバーと違い『闇落ち』や洗脳の類は一切受けていない。全て自身の意思で行動しているのだ。
「・・・それであなたはあんな自棄を起こしたのですか。叔父が聞いたらさぞ嘆かれるでしょう。」
あの乱暴なキスに、しかも恋人の前で無理矢理されたキスに不満が爆発した暗人もそこを突いて揺さぶりをかけてみたが大正解だったらしい。決められた右腕が軋み、首に掛かる腕は気道を締め上げて来たのだ。
「別に自棄になった訳じゃない。あれはあくまで翔子を釣り上げる為の演技よ。でも・・・やっぱり血は繋がってるのね。感触がそっくりだなって思ったわ。」
「つかさぁぁぁぁ?!?!」
挑発行為は回り回って翔子で沸点を迎えると再び彼女が叫び声を上げるがここは冷静に対処する必要がある。
「・・・僕と、翔子先輩は、無理矢理拉致される、という流れですか?」
「いいえ。君はあくまで説得する為の人質に過ぎないわ。翔子、どうする?大人しくついてきてくれるわよね?」
「わ、わかりました。でしたら翔子先輩、僕諸共紫堂さんをぶっ飛ばして下さい。」
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