二人の行方―⑨―
またしても意外な事実が飛び出てくると2人は放心状態で見つめ合う。
そんな事情があるだなんて全く知らなかったのだからここで責められても・・・と不満を生みつつも何故歴代の『プリピュア』達が中学生を中心に回っていたのかも腑に落ちた。
穢れを知らない健全な体と心が条件なのだとすれば最大値はやはり中学生辺りになるのだろう。でないと高校生になればそれなりの割合で異性との関係を持ち始めてしまうから。
ただ暗人はその事実を知った後、不意に声を漏らしてしまう。
「翔子先輩・・・すみません。僕、そんな理由があるとは知らなくて・・・」
何故復讐の対象に申し訳ない気持ちが芽生えているのか。自分でもよくわからないまま項垂れていると翔子はこちらの顔を両手で無理矢理挟んで向きを勢いよく変えて来た。
お蔭で若干首に異常を感じたがそんな目の前には今まで見た事がない程自信満々で双眸を滾らせる彼女が真っ直ぐに見つめ返している。
「何で謝るの?」
「い、いや。だって翔子先輩はあれ程『ピュアレッド』に拘っていたし・・・折角の機会を僕のせいで・・・」
「私は暗人君が好き。あなたは?」
「え?」
「あなたは私の事好きなんじゃないの?だから結婚の話までしてくれたんじゃないの?」
「あ・・・・・」
今ここで『それはあなたを絶望に突き落とす為のウソです。』と言えれば最も効果的な復讐劇を完遂出来たかもしれない。いや、むしろこの場面で告げないでいつ告げるのだ?
なのに彼女の小さくて柔らかい両手の温もりを頬で感じながら見つめられると思考が、憎悪がまるで浄化されていくような感覚に囚われてしまう。思い描いていた壮大な復讐の数々が塵のように吹き飛んでいく。
流石は元祖プリピュアのリーダーだ。今更ながら復讐相手がとてつもない強敵だと再認識したが翔子からの攻撃はまだ終わっていない。
「だからいいの。私が『プリピュア』になれなくても暗人君が傍に居てくれればそれでいい。」
その言葉を聞いて逆に暗人が絶望感に襲われる。今まで少しおっちょこちょいの、それでいてお茶目な部分と時折見せる真剣な表情に元プリピュアの片鱗を見て来たがこの真っ直ぐで純粋な心こそが伝説の戦士たる所以なのだろう。
こんな人に復讐を、絶望を与えるなんて不可能では?と改めて驚かされると共に、こちらの折れた心が言葉を発しようとしたその時。
「んっん~ん。あの~私がいるって事~忘れてな~い?」
ずっと黙って見守っていた愛美が口を挟むとやっと2人は現実に戻って来てお互いが真っ直ぐ椅子に座り直す。
危なかった。もしあそこで声を掛けてくれなければ自分は何を口走るかわからなかった。反省と冷静さを取り戻す意味でもお互いが違う意味で何とか気持ちを落ち着かせようと軽い深呼吸を繰り返す中、暗人は復讐とは全く関係ない意外な点に気が付いてしまう。
「・・・え?という事は・・・愛美さん、あなたはまだ・・・?」
「・・・あぁっ?!ほ、本当だ?!そ、そうなの?!」
あれ程自信満々に『ピュアイエロー』宣言をしただけでなく、妖精達の姿も声も見聞き出来ているというのが動かぬ証拠なのだろう。
しかし黄崎 愛美は夜の蝶として既に10年近く働いているのに未だ純潔を保ち続けていたとは驚きだ。
「ふっふ~ん。私だって翔子ちゃんと同じ!初めては大好きな人に捧げたい派なんだよ~?」
「そ、そうだよね?!やっぱり初めては大切で大事で大好きな人に・・・・・ね、ね?」
彼女の宣言に最初こそ元気よく呼応していたがそれを恋人の前で言葉に表すのは流石に恥ずかしかったらしい。先程の勢いは何処へやら、みるみる声が小さくなっていくと最後は確認するかのようにこちらをちらりと見て来たので暗人はとりあえず頷いておく。
「・・・それでもやはり一人だけ、というのは難しいのではないでしょうか?」
羞恥に陥った翔子を救う意味で疑問を提示したのだが考えてみるとこれはより厳しい状況を再確認しただけに過ぎない。
何故なら『プリピュア』への変身条件が絞られ過ぎて自分達の周りに候補がいなくなるからだ。
「そうだよね~美麗ちゃんは人妻だし子供も欲しいって言ってたし~司ちゃんも恋人さんと3年以上付き合ってて何もないって事は無いだろうし~?」
「うぅぅ・・・じゃあ本当に愛美だけが戦う事になるの?せめて『闇落ち』を解いて来夢だけでも正気に戻せないかな?」
翔子も焦りより心配の方が強いらしく、いきなり特攻するような真似をさせないように堅実な提案をしているがそこは大人な愛美も理解していた。
「だね~。後は変身する為の『アツイタマシー』を出来るだけ沢山集めて私自身を強化する必要もあるかな~?」
確か昔は『ブレイブホープ』という力を集めて変身したり妖精界を救っていたはずだがこれらのエネルギーは根本に大した違いはないらしい。
だが未来の全てを『ピュアイエロー』だけに託すのはあまりにも責任と危険が大きすぎる。
他に何かないのか・・・叔父を説得する・・・いや、そもそも叔父はどこまで関与しているのだ?自分に何かできる事はないのか?何なら以前のように忍び込んでみるか?
未だ『ダイエンジョウ』に籍が残っており、翔子への復讐すら成し遂げられていない半端な男は味方や立場という概念を忘れてただひたすらに考えているとふと女性2人の会話が途切れているのに気が付いた。
見れば正面に座る愛美が翔子のような『プリピュア』らしい真剣な眼差しを向けて来ていたのだ。一瞬どきりとしたがまだ何か議題が残っていたのだろうか?それとも再び悪い男と罵られるターンがやってきたか?
期待を全く持てない不安だけのドキドキを感じていると隣に座る翔子も不思議そうに2人を見比べている。
「暗人君も本気みたいだし、私もここで伝えておくね。」
(何を?!)
ほぼ初対面な愛美から一体何を告げられるのだ?いよいよ不安で呼吸が乱れそうになった時、彼女は静かに立ち上がって深々と頭を下げてくる。
「昔、私達が倒した『ホープレスエンペラー』があなたのお父さんだったなんて知らなかったの。謝って許してもらえるとは思えないけど、本当にごめんなさい。」
「・・・・・えっ?」
まるで代弁をするかのように翔子が驚く声を小さく漏らしたがこちらは逆に冷静さを取り戻せた。
「・・・いつから知っていたんですか?」
「わかったのは最近なの。『ダイエンジョウ』の本部と日本政府が画策していた『プリピュアプロジェクト』。この2つを調べていたら、ね。」
「ふむ・・・その『プリピュアプロジェクト』というのは?」
「分かりやすく言うと別世界を壊滅させて日本に妖精を連れてくるの。そして無理矢理『プリピュア』を誕生させる計画よ。」
「・・・うん?その説明ですと妖精界を直接破壊したのは敵対組織ではなく・・・?」
「そう。日本政府よ。」
ここまでとても冷静に話のやり取りが出来たのはある種の諦めが心に芽生えたからだと思っていた。父と自分の関係がバレた以上どう取り繕っても二度と彼女の信用は得られないだろうと。
がたんっ!
ところがずっと黙っていた翔子が突然走り去ろうとした時、暗人もほぼ同時に立ち上がってその手首をしっかりと握りしめた後、自分の胸に引き寄せて強く優しく抱きしめていた。
「・・・・・今日は帰るね。」
2人が抱き合ったまま、というか暗人が一方的に抱きしめたまましばらく無音の間が経った後、愛美は静かにそう告げて部屋から出て行く。
自分でも何故こんな事をしたのかよくわからなかったが翔子も特に抵抗する様子は見せずにじっと胸の中に収まったままだ。
さて、ここからどう動くか。考えられる選択は2つくらいしかない。まずは既にバレているが自分は『ホープレスエンペラー』の息子だと再び名乗りを上げて今まで全て遊びだったと伝える。
もう1つは何も告げずにそのまま命を奪う。父を殺された恨みなど今更説明しなくともわかるだろう。だが復讐者としてはやはり彼女をもっと苦しめたかった。自分が子供の頃に感じた憎悪と悲哀を何とか形にしてぶつけたかったがそれももう叶うまい。
今や残っているのは彼女への生殺与奪くらいか。そう考えるとこれまでの労力は一体何だったのかと無為に苛まれる。せめて父との関係は自分の口で明かしたかった。その為に彼女の信用を得られるよう立ち回り、こっ酷く裏切って大きな心傷を与えようと計画していたのに。
何かないだろうか?ここから翔子を絶望に突き落とせる方法が。それさえ達成出来れば自分の中でも大きな節目と納得を迎えられるはずなのだと暗人は必死で頭を回転させる。
しかしそのような都合の良い手段などすぐに思い浮かぶ筈もなく、心身が縛られていると先に反応を見せたのは翔子の方だった。
「・・・ご、ごめ・・・んね。わ、わたしが・・・くら、うどくんの、おとうさんを・・・ころ、して、た・・・なん、て・・・」
愛美がいなくなったからか、胸の中で沈黙を貫いていた翔子の体は激しく震え出すと泣き声を押し殺しながら謝って来たのだ。
それはとても辛くて苦しそうで、後悔と良心の呵責に耐えられないといった様子だった。その泣き顔も酷く、思わず涙をぬぐいそうになったがここに来て今まで求めていたものが全て合致した事に気が付く。
これだ。復讐で求めていたのはこれだったのだ。いや、想像していたものと随分違う形にはなったが結果としてはこの姿と流れを思い描いていた。
今の翔子は人生で初めての大きすぎる罪悪感に押しつぶされそうになっているに違いない。
なのに何故暗人の気分は一向に晴れないのだろう。
泣きじゃくる彼女を見つめ続けていた彼はその答えを無意識に求めていたのか、認識出来ていない妖精達に声を掛けた。
「すみませんがホップンさん、フェニコさんは隣の部屋で待っててください。」
そう告げた後翔子とベッドの上に並んで座ってから唇を本能のままに奪い、そのまま押し倒すと服の下から手を入れて柔肌に手の平を走らせる。
「も、もう、わたし・・・くらう、どくんに・・・あいされる、しかくなん、てないよ・・・あ、そ、そっか、からだ・・・うん、すきにして、いいよ・・・」
「はい。今までずっと我慢してましたからね。遠慮なく頂きます。」
どうやら罪滅ぼしという意味で好きにしてといった意味を伝えたかったようだが未だ涙の止まらない翔子を強引にではなく、優しく触れる暗人はどこかで気が付いていた。
既に復讐は終わっていたのだと。
恋人の父を殺めた事実と衝撃は彼女にしかわからないだろう。そしてそれが十分伝わったのであれば目的は達成されたと言っていい。
後は幕引きだけだが暗人は僅かに緊張と諦めた様子の翔子をじっと見つめながら復讐者として最終宣告する。
「あなたは父の仇だ。だから絶対許しません。一生僕のものとして傍にいてもらいますからね。」
育ち過ぎた愛憎を成就するにはこれしかない。それ程の覚悟を決めた一言だったのに翔子にはいまいち伝わらなかったのか、きょとんとした表情を浮かべていたので暗人は気恥ずかしさから彼女の胸に顔を埋めると後は日が落ちるまで遠慮なく求め続けるのだった。
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