暴かれる事実―⑤―
「やはり見間違いではありませんでしたか。しかし1人で『ダイエンジョウ』の本部に乗り込んでくるとは。我々も舐められたものですね。」
こちらの正体に気付いているのはさておき難所を何とか切り抜ける、正確には無傷で逃亡する方法を模索していると『ピュアグリーン』は不意を付くかのように無防備な様子で近づいてくる。
間違いなく罠だ。そう感じた暗人は一瞬で戦闘服にチェンジして大きく後方に飛び退いた。
「あ、待って。あなたと戦うつもりはないの。えっと、少しお話があるんだけど・・・その、付き合って?」
「・・・・・でしたら今、この場でどうぞ。」
「・・・それは難しい、かな。」
交渉が決裂すると彼女は先程までの大人しい雰囲気から信じられないような突進を見せるとこちらにレスリングでいうタックルを仕掛けてきた。
どどんっ!!!
同時に暗人が立っていた場所で爆発が起こると何者かの攻撃があったのだと理解する。それは『ピュアグリーン』ではない他の者からだ。
「なっ?!」
しかし彼女は止まろうとせずビルの壁を突き破ると外に飛び出して更に壁を走り出した。その力強さに流石は伝説の戦士だと感嘆するもこのままでは組織の一員としての面目が丸つぶれだ。
何とかその固い拘束から逃れようと体を動かすが幹部候補生止まりだった彼が多少足掻いた所で抜け出せるはずも無く、続けざまに放たれてくる攻撃をかわしつつ2人はその場を後にした。
風のような移動を終えた後『ピュアグリーン』は図書館の裏で暗人を降ろすと同時に変身も解く。
「・・・ごめんなさい。どうしても『ダイエンジョウ』の監視から逃れる必要があったから。」
露出の激しい派手なコスチュームから緑がかった長い髪を緩く編み、眼鏡をかけた地味な姿に戻った事で目の前の出来事ながらも一瞬同一人物かどうか迷ったほどだが彼女こそ現在の三森 来夢なのだろう。
拉致という強引な手段とは裏腹に敵対するつもりはないらしい。そう感じた暗人も仕方なく戦闘服を解除し、その話とやらに耳を傾けようとしたのだがまだ時期早々だったようだ。
ついてくるよう告げられると再び警戒した暗人は彼女の胸元から妙な光が発するのを目撃する。
「三森さん。胸元にあるそれは?」
「・・・この子はホップン。あなたなら名前くらい聞いた事あるでしょ?」
「・・・まさか?」
疑いたくなる事実に言葉を漏らすが確かにプリピュアとは妖精の力で変身しているのだから『ピュアグリーン』のそばにそれがいててもおかしくはない。
だが彼らは1年でその役目を終えるのが通例だ。例外として年を跨いだ存在もいたが14年後に、しかも成長した女性の前に現れて変身能力を授けたというのは聞いた事が無い。
固定観念で答えの見つからない思考に陥っていた暗人は周囲の景色を目に入れる事も忘れて彼女について行くととあるアパートに辿り着く。
そこは彼女らしさを表現しているというか、建築年数が経っている訳ではないが外観も質素で目立たない建物という表現が的を得ているか。
階段を上り2階の一番奥の扉まで来ると彼女がカギを開ける。そして静かに手招きしてきたので訳が分からないまま中に入って行くと大切な存在を思い出した。
「おかえり~。」
その声は復讐相手であり今は恋人のふりをしている翔子のもので間違いない。来夢も当たり前のように奥へと入って行ったので暗人も現実かどうかを確かめるべくそーっと覗き込むようにあがるとそこにはベッドでごろごろしている彼女の姿があった。
「・・・翔子先輩?何故ここに?」
厳しく問い詰めた理由は安堵と歓喜を隠す為に他ならない。『ダイエンジョウ』の一員として、復讐者として決して甘い顔を覗かせてはいけないと今更気を引き締めてみたのだが相手はそういった背景を知らないのだ。
「あ、暗人君も連れて来てくれたんだ!!さっすが『ピュアグリーン』ね!!」
「・・・ぶい。」
2人の呑気なやり取りに頭が痛くなるような錯覚に襲われるがすぐに看過出来ない言葉を拾い直して驚いた。
「・・・あれ?翔子先輩、今『ピュアグリーン』って・・・」
「うん!そうなの!来夢ってばいつの間にかまたプリピュアの力を得られたのよ!私も教えて貰った時はビックリ・・・より羨ましかった!今でも羨ましくて仕方ないんだけどね?!ねぇ、私も変身出来ないの?!」
昨日から一日程度しか経っていないのに自分の知らない所で随分と環境に大きな変化が訪れていたらしい。
「先輩、まずは落ち着いて。そして三森さん、詳しい事情をお聞かせ願えますか?」
何よりも翔子の無事を心の底から喜んでいたなど絶対にバレてはいけない。ここはあえて彼女に少し冷たい態度を示しつつ、経緯を知りたくて切り出すと三森 来夢は部屋着へ着替えた後夕ご飯を作り始める。
どうやらそれは3人分作られたらしい。小さなテーブルに並べて「どうぞ」と勧められると翔子が元気に食事を始めた事で暗人も訳が分からずご相伴に預かる。
「・・・皆で食べるご飯は美味しい。」
「・・・そうですね。いや、そうじゃなくて。そろそろ何があったのか教えてください。」
「こらこら暗人君。もう少し落ち着きを覚えなさい。」
「誰のせいで焦ったと思ってるんですか。」
隠していた本心をうっかり漏らすも翔子が嬉しそうな笑顔を浮かべていたのでどうでもよくなってきた。
「・・・うん。まずここにいるのが妖精のホップン。なんだけど・・・多分見えてないよね?」
先程もちらっと言っていたが三森 来夢の傍には光る何かがいるらしい。ただ暗人からはそれが何かの光源くらいにしか認知出来ていない。
「・・・うん、うん、やっぱり。あなた達は『ダイエンジョウ』の力に侵されてるから声も聞こえないプン。だって。」
「・・・ほほう?」
「そんな~!折角またホップンに会えた?はずなのに~!こんな事なら暗人君の口車に乗せられるんじゃなかった~!」
「ちょっと翔子先輩は黙っててください。そうですね・・・まずは何故あなたが再び『ピュアグリーン』に変身出来たのか。何故14年前に役目を終えた妖精が再びこの世界に現れたのか。先程『ダイエンジョウ』の本部に居た事も含めて全て説明してもらえますか?」
そもそも敵対組織の人間がプリピュアと向き合って食卓を囲んでいる所から可笑しいのだ。
それらの疑問を解消すべく暗人も翔子に少し口を塞ぐよう釘を刺すと三森 来夢はこれまでの経緯と何故本部にいたのかを説明してくれた。
「・・・つまり私は翔子の身に危険が迫っていたから助け出した。でもその時誰もいなかったから丁度いいと思って色々情報を集めようとしてたの。」
「・・・・・そうでしたか。」
あれは『ピュアグリーン』の襲撃ではなかったらしい。そしてホップンの危機管理能力のお蔭で真宝使 翔子が『ダイエンジョウ』の医務室で休んでいた事や、そこに魔の手が迫っていた事を察知して助け出せたのだという。
「・・・でも驚いた。まさか翔子があの『ブラッディジェネラル』だったなんて。世間では結構人気あるよ?」
「そうなの?いや~だったら頑張ってた甲斐があるわね~!」
ただその照れたような笑いを見て何かを感じたのか、三森 来夢がスマホで赤いぱんつがよく映っている画像を見せると翔子は絶句してしまった。お蔭で静かに話が出来そうなのでそのままご飯を全て平らげると更に質問を続ける。
「もう少し教えてください。貴女の目的はプリピュアすら牛耳っているという日本の裏組織を潰す事と解釈しましたが、その正体はどこまで突き止めているのですか?」
「・・・わからない。五菱グループが絡んでいるのは間違いないみたいだけどあれも一部に過ぎないみたいだし。」
「・・・ふむ。」
これには暗人も驚いた。てっきり『ダイエンジョウ』の最大スポンサーが全てを操っていたと予想したがそうではないという。であればその暗躍している組織というのはどれ程強大なのだろう。
「・・・とにかく『ダイエンジョウ』の本部も短い時間でどこか他の場所に移転したみたいだし、暗人、君?も五菱に楯突いたんだから相当危険なはず。」
「移転・・・移転だといいんですが。」
彼女の話が全て本当なら叔父や従弟も心配だ。特にネンリョウ=トウカ閣下は最後に五菱 助平の怒りを全て請け負ってしまっていた。
そこに目的の真宝使 翔子に逃げられたとあればさぞ激高しているに違いない・・・違いない?
「・・・・・すみません三森さん。僕達の変身ツールには位置特定のシステムくらいはついています。この場所も既に安全ではありません。」
目まぐるしく変わる状況に判断が追い付いていなかった。だがいくら敵対している『プリピュア』とはいえ彼女は過去の存在であり翔子を助けてもらった恩もあるのだから忠告位はしておくべきだろう。
「・・・大丈夫。その為にホップンが力を貸してくれた。彼のお蔭で私達は敵の眼から逃れられている。」
その答えを聞いてやっと拉致気味に連れて来られた理由が理解出来た。理屈は分からないが妖精の力というのは昔から常軌を逸している部分があるので素直に納得する他ないだろう。
「・・・ただ変身ツール?っていうのはもう処分した方がいいと思う。ホップンの力の範囲も限られてるから。」
「えっ?!で、でもこれがなくなったら私『ブラッディジェネラル』に変身出来なくなっちゃう・・・」
しかし最後は翔子が駄々をこねるような仕草をしてきたので暗人は無言で彼女の体に覆い被さると無理矢理その細い手首から黒いブレスレットを強奪する。
「暗人君ひどい!!そもそもそれを私に預けたのはあなたでしょ?!」
「それはあくまで貴女が自由に戦える事が前提での話です。これには体の動きを制限されるシステムが組み込まれているのをもう忘れたのですか?」
体中の怪我がどうやって付いたのかすら忘れているのかもしれない。最後は子供からおもちゃを取り上げるような形になったがここは譲る訳にもいかないだろう。
「・・・よかったね。」
「よくないよ?!」
三森 来夢にとっては友人が敵対組織から完全に助け出せた形なのだからその笑顔も当然だ。しかし叔父や従弟の安否を確認できていない暗人はここからが本番なのだ。
「では僕は帰りますね。翔子先輩、事が全部終わるまでは大人しくしてて下さい。三森さん、彼女の生活費は僕が支払いますのでよろしくお願いします。」
ホップンという妖精の力がどれ程のものなのかはわからないが少なくとも翔子を心配する必要はないだろう。
だが彼女が行方をくらました事によって五菱 助平が怒り狂っている姿は想像に難くない。暗人が知らない間に本部が移転していたり正体不明の攻撃を受けたのもそれらが原因のはずだ。
翔子を助け出すと決意した時から覚悟はしていたがこれでいよいよ反逆者扱いか、と呟きつつもまだやらねばならない事が残っている。
それは叔父と従弟の安否を確認する事だ。親族は暗人が根暗故に交友関係の少ない自身の大切な存在なのだ。これらだけは何としてでも自分の手で守らねば。
今後自分がどう立ち回るべきか。翔子への復讐という雑念を消し去り真剣に考えを巡らせていると優しく声を掛けられる。
「暗人君。無理しないでね?」
玄関から表に出て微動だにしなかった暗人が気になったのか。怪我をしている翔子も表に出てこちらの裾を軽く引っ張って来た。
「大丈夫です。僕は無理が嫌いな人間ですから。」
軽く答えると翔子も微笑を浮かべて軽く背伸びをしてきたので暗人も自然と合わせて軽く唇を重ねる。
いつの間にか相手の仕草や行動を読めるまでの仲になっていたのも後々必ず役に立つはずだ。そう無理矢理結論付けて立ち去ろうとした時。
「ふ、ふぇぇぇ~・・・やっぱり翔子ももう大人だプン・・・」
聞いた事の無い声と語尾を捉えると慌ててそちらに目をやる。するとそこには玄関から少しだけ顔を覗かせた三森 来夢が興味深そうにこちらを観察する姿があった。
それから帰り道は酷く遠回りをして途中、黒いブレスレットを川に投げ捨てる。
本当なら叩き割りたかったがあれは過酷な戦闘下でも壊れないようとても頑丈に出来ていたので諦めたのだ。後は真っ直ぐ自宅に足を運ぶと不安を無理矢理押し殺して就寝に入る。
これは賭けだった。
いくら裏切り者として扱われても翔子の代理として教壇に経ってまだ1日目なのだからいきなり襲われる事はないだろうと。
ただ目を覚ました時、氷山 麗美みたいに洗脳されるという考えに至らなかった浅はかさを後悔しつつ、特に変調を感じなかった暗人は今時乃中学校へ出勤した。
「おはようございます。」
そして疲れからやや働きの鈍い頭で生徒達と挨拶を交わしているととある人物が目に留まる。それが氷山 麗美だ。
彼女は『ダイエンジョウ』のスパイとして薬を服用して中学校に潜入しており、今では洗脳により『ピュアダーク』として戦ってもいる。
長期的に考えればプリピュアである3人に頼った方がより安全に本部への道を辿れるだろうが今は時間がない。
暗人はここでも速やかに決意すると彼女やプリピュア達の動向を探るべく、怪しまれないよう観察を続けるのだが以降はビックリするほど動きのない日々が続いていくのだった。
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