知り過ぎた者
昔からそうだった。夏休みの宿題などはしっかりと予定を立てて早々に終わらせるのが美麗という人間だった。
それは14年経った今でも変わらず、2回目になる中学2年生の夏休みを大いに満喫・・・するはずが余計な事実を知って以降何にも集中できない日々。
気が付けば2学期が始まっており、あかねやほむらへの挨拶は以前と変わらず交わせるのにピュアフレイムであるりんかとの関係はよりギクシャクしたものへと変化を遂げていた。
「氷上さん。最近元気がないけど何か悩み事?」
そして担任教師の真宝使 翔子はこちらの事情を全く知らないので平気でこんな質問をしてくるのだ。
(・・・思いっきり悩んでるのよ!!あなたについてね!!)
と打ち明ける事が出来ればどれ程気が晴れるか。しかし自身も『ダイエンジョウ』の薬によって容姿を偽っている為適当な愛想笑いで誤魔化すしかない。
親友であり元ピュアレッドが『ブラッディジェネラル』なのは間違いなく、蒼炎 りんかがピュアフレイムなのもこの目で確認した。後はその情報を使ってどう動くかがずっと悩みの種なのだ。
もし翔子に『ブラッディジェネラル』から足を洗うよう伝えれば彼女は聞き入れてくれるだろうか?
今のプリピュアは自身の友人達・・・まだほむらとあかねの正体が確定した訳ではないが恐らくそれで間違いないだろう。変則的な形だが新旧のプリピュアが衝突するなんていくら割り切っている美麗でも見たくないし止めて欲しい。
しかし美麗は知っている。翔子が誰よりもプリピュアへの未練がある事を。それなのに敵対組織の幹部になっている理由が必ずあるはずだ。
昔から意志も真っ直ぐで強かった為これを説得するには相当な譲歩か代替案が必要だろう。それこそプリピュアの正体を告げる位しなければ・・・だがそれは後輩であり年下の友人達でもある現役プリピュアを裏切る事になりかねない。
現在の美麗は両方とも仲が良いのでどちらかを選べと言われると非常に困るのだ。感情や狭い知見からこの問題を解決するには失うものが大きすぎる。
そもそも何故翔子はブラッディジェネラルになってしまったのか。
恐らく原因は十中八九あの後輩君のせいだろうが、それにしても頑固な彼女を良く口説き落とせたものだ・・・・・
(・・・・・まさか、『光落ち』?)
授業中もずっとその事を考えているととある光明に辿り着く。そうだ、自身も口説かれる時この言葉を使われていた。
誰よりも過去の栄光に縋り、誰よりもあの時代に思いを馳せていた翔子がこんな美味しいエサに飛びつかない訳がないだろう。
そこから美麗は思考の迂回を重ね、放課後には燃滓 暗人への接触から始めようと計画を立てると早々に帰宅して彼を呼びつけるのだった。
「突然ですね。一体何の御用ですか?」
コスプレ会場で見た時は好印象だったが今となっては忌まわしく感じて仕方ない。残業か・・・などとぼやいたところも大いにマイナスだろう。
それでも中学生姿の美麗はテーブルに向き合う様に座ると深呼吸して怒りを沈め、それから直球勝負を仕掛ける。
「ねぇ暗人君。私の友人が『ブラッディジェネラル』だったんだけど、それについて詳しく教えてもらえる?」
相変わらずうざい前髪のせいで表情が読み取りにくいが隠れた双眸が若干ぴくりと見開いたのを彼女は見逃さない。
「ほう?それは意外ですね。一体どなたが『ブラッディジェネラル』なのでしょう?」
「それをあなたの口から教えて欲しいの?言っておくけど隠したって無駄よ?直接この目で見たんだから。」
燃滓 暗人は言葉に詰まると用意された紅茶に手を伸ばして薄く口をつける。それを見て毒でも仕込んどけばよかったと大いに後悔したがここで殺してしまっては話も終わってしまう。
「・・・プリピュア同様、彼女の正体はトップシークレットなので僕から教える事は出来ません。貴女が信じたい答えを信じておけばよろしいかと。」
「ふ~ん、そうなんだ~?でもあなたが翔子を唆したのはわかってるのよ?説得材料は『光落ち』よね?あの子単純だから疑いもせずに信じちゃったんでしょうけど・・・」
憶測も交えて詰めようとしたが『光落ち』に関しては自分も流された部分があるので口に出すと少し恥ずかしい。だが思いの外効果はあったのか平静を装う暗人から妙な緊張感が伝わって来た。
「へ~ちょっとは罪悪感を感じてるんだ?だったら今すぐ翔子を辞めさせてもらえる?」
「・・・・・言っている意味がわかりませんね。」
この青年、この期に及んですっとぼけを貫くつもりらしい。ならばこちらも切り札で対抗するしかない。
「あっそ。じゃあ私もスパイの事から何から全部翔子に打ち明けて説得してみるけどいいわよね?」
正直あかね達との学校生活に未練は残ってしまうが、プリピュアとブラッディジェネラルが互いの正体を知らないまま解決するにはこれ以外の打開策は思いつかなかった。
だからこれでいいはずだ。この方法なら自分さえ我慢すれば誰も傷つかなくて済むのだから。
「今のは聞かなかった事にします。ですので『ダイエンジョウ』を裏切るような言動は慎んで下さい。」
ところが今度は暗人の方が打って変わって凄んで来たので美麗は思わずたじろぐ。考えるまでも無く今はこちらが中学二年生の体で相手は25歳の成年なのだから力尽くで来られたら成す術はないのだ。
更に組織内の関係も考慮すると彼は幹部であり上司でもある。お互いの立場を見落としていた美麗は若干の恐怖を覚えるもここで止まる訳にはいかない。
「いいえ止めないわ。あれだけ過去に未練たらたらの翔子をプリピュアと対立させるなんて非道というか外道よ?!あなたもあの子が元プリピュアなのは知ってたんでしょ?!何でそんな事をしたの?!」
息を吸うのも忘れて全てを一気にぶちまけるとやや眩暈がする。だがこちらの怒りと悲しみが届いたのか、暗人も黙ってうつむいたままだ。
「・・・ではどうされますか?スパイ活動を終了して今から打ち明けにでもいかれますか?そうするとこの部屋もすぐに出て行ってもらう事になりますが。」
ぱぁんっ!!!
美麗の性格は決して大人しい部類ではない。むしろ誰よりも怒りやすい為、周囲からは気が強いと評判だった。そんな彼女は暗人から返って来た答えを聞いて一気に感情が大噴火したのだ。
気が付けば右手で彼の頬を思いっきりはたき終えており、暗人も一瞬何が起こったのか分からなかったらしい。
「所詮は敵対組織ね!やり方も汚いし関わるんじゃなかったわ!」
その時彼女の脳裏にはやっぱりあかね達の姿が過ったが、もし会いたくなったら麗美の姉として会えばいいだけだ。そう割り切った美麗は早速翔子に連絡を入れようとスマホを手に取る。
・・・・・
しかし目が覚めると部屋は真っ暗になっていた。時計を確認すると時間は夜の9時を超えている。
ぐぅぅ~・・・
腹時計も激しめの主張をしてきているので一刻も早く栄養を摂取せねばならないだろう。美麗はいつの間に体を預けていたベッドから起き上がると早速晩御飯の準備を始める。
(・・・・・何で私寝ちゃってたんだろう?)
思考に深い霧でもかかっているかのような自身に疑問を向ける能力すら発揮できないまま、何故か愛犬ポリンが激しく吠えていたのでまずはそちらの食事を与えた後、冷蔵庫のありあわせで料理を作ると体内に流し込む。
(・・・・・・・・・・・・)
それから宿題を済ませた後、『ダイエンジョウ』への報告をまとめようとしたのだが何も思い出せない。いや、そもそも何も発見がなかったのだから報告出来る内容が見当たらないのも当然か。
「・・・・・寝よ。」
吐き気を伴わない二日酔いのような状態だった美麗は脳の働きを完全に放棄するとその日は早々に眠りにつく。
以降彼女がブラッディジェネラルやプリピュアの正体を思い出す事はなかった。
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