二人の関係は?―②―
そんなやり取りが3回ほど続いて完成したコスチュームに満足そうな翔子と暗人。気が付けば夏の日も落ちて暗くなってきている。
「それじゃ僕は帰りますね。あ、明日は何時に待ち合わせしますか?」
いつの間にか彼女と会えた事だけで満足した暗人が帰宅の準備を始めると翔子が時計を見て悩み始めた。それからすぐに答えが返って来るもそれは意外な内容であり、暗人の下心を大いに呼び覚ます。
「えっとね。明日は朝早くに出なきゃいけないから今日はもう泊まっていかない?」
「・・・いいんですか?」
「うん。あ、でも着替えの問題があったか。どうしよ・・・」
「ちょっと買ってきます。」
折角のお誘いを不意にする訳にはいかない暗人は急いで近場の店に足を運ぶと秒で衣類をカゴに集めてお会計を済ます。この時彼の頭は既にピンク色一色だったが前回とはシチュエーションが違うのだ。
それでも期待していたのはやはり欲望が勝っていたからだろう。心の中はお祭り騒ぎで今夜も朝まで楽しめると先走っていた暗人は部屋に戻る前に彼女の言葉を思い出す。
明日の朝は早いらしい。
そもそも2人の関係はどういったものなのだろう??考えてみればこちらに対する接し方が以前と変わらないのも気になるし、もしあれが一晩の過ちみたいな扱いで処理されているとまた一からチャンスを伺わねばならない。
かといってこちらから話を持ち出すのは非常によろしくない。暗人から見て翔子はあくまで父の仇なのだから接し方を間違えるとぼろが出る可能性もある。
結局使命感と欲望の板挟みになった感情が答えに辿り着く事は無く、モヤモヤした気持ちで彼女の部屋に戻って来た暗人は夕食とお風呂を済ませた後、翔子から明日の説明を聞かされ始めた。
「暗人君?ちゃんと聞いてる?」
「・・・え?あ、はい。大丈夫です。」
心ここにあらずだった暗人は半分以上聞き漏らしていたのを誤魔化しつつ頷く。こういう時、長い前髪が目元を覆っている為相手に表情を読まれにくくなるので非常に助かるのだ。
「ふーん。んじゃもう寝ようか。」
この問題は思っていた以上に難しいものかもしれない。翔子の部屋に泊まれる喜びは苦悩によって上書きされ、少しでも早く逃避したかった暗人は早々にソファへと体を預けると彼女よりも先に寝る体勢へと入った。
「はぁ・・・仕方ないわねぇ。ほら、こっちにおいで。」
だが表情を隠していても翔子には何かを悟られていたらしい。彼女がベッドに横たわったまま声を掛けてきたので顔を向けると優しく手招きしてる姿が目に入る。
すると感情すら放棄した暗人は誘われた場所に身を沈めた後、少しだけ彼女の顔色を伺いながら柔らかく優しい体に腕を回して抱きしめた。
「どうしたの?さっきまで楽しそうだったのに、何かあった?」
「・・・・・いえ、ちょっと考え事をしてたものですから。」
翔子にさえ読まれるほどわかりやすい態度を取っていたのか。いや、そもそも気落ちする理由などない。辛うじて思い当たる節があるとすれば明日の朝が早いから、彼女と体を重ねる時間がないからがっかりしているだけか?
だったら答えは簡単だろう。
「先輩、今夜も先輩を抱きたいです。駄目ですか?」
ムードも流れも考えない突然の発言は自棄にも近い。むしろ拒絶されたかったまである。それくらい心に余裕がなかったのだ。
「えー?・・・ふふっ、いいよ?でも明日早いから・・・ぁんっ。」
しかし元プリピュアのリーダーであり現職の教諭という翔子はまるで子供をあやすかのように微笑んで受け入れてくれた。一方暗人はどういった感情で向き合えばいいのかわからない。
彼女を想う気持ちからか、ただ欲望を満たしたいが為なのか、もしくは復讐の下準備だろうか?自分の事なのに何もわからないまま少し強めに体と指を沈めていく。それでも翔子はこちらに応えてくれるのだ。
「先輩・・・先輩は・・・いえ・・・」
何かを問いかけたかったが言葉にならない。今はただお互いが求め合う、いや、今夜に限っては暗人の一方的な要求に翔子が優しく応えてくれるような形だ。
「・・・いいよ。今じゃなくていい・・・から・・・」
欲しくて堪らなかった柔らかい匂いと優しいぬくもりに身と心を沈めていくと苦悩も快楽と共に溶けていく。例えそれが一時的なものだとしても後ろめたさは忘れられる。
それを知ってか知らずか、2人は空調の効いた涼しい部屋で身を焦がす程の熱を感じあっていると気が付けばカーテンの隙間から朝日が射しこんでいた。
「あぁぁあぁぁ!!と、とにかくシャワーよ!!それからご飯もしっかり食べないと!!」
セットしていたアラームがスマホから聞こえると翔子が慌てて飛び起きる。暗人としてはこのまま微睡んでいたいと狸寝入りを決め込んでみたのだが無理矢理体を起こされた挙句、浴室に詰め込まれると2人でシャワーを浴びる羽目になった。
当然体に水を浴びた事で目が覚める効果もあるのだろうが、何より濡れた彼女の姿が手に触れられる場所で動いているのを目にして余計な感情まで目覚めてしまう。
「ダメだから!!流石に今はダメだから!!ほらほら!!急いで急いで!!」
いつの間にか伸びてしまった手をがっしり掴まれると背中を洗ってくれる翔子、そして今度はお願いと言われたのでその小さくて細い、そして柔らかい背中を軽く洗い返すと暗人にもスイッチが入る。
「ドライヤーは先にどうぞ。僕は朝食の用意をしてきます。」
「おお!お願いね!!」
昨夜の事があったお蔭か、それとも2人でシャワーを浴びたせいだろうか。苦悩が少しだけ軽く感じた暗人はバスタオルで速やかに体を拭いた後すぐに腰に巻くと半裸でキッチンに立つ。
このスタイルは普段自身の家でもやっているのだが翔子から見れば不思議というか、呆れるような姿だったらしい。ドライヤーを頭に向けて口をぽかんと開きながら観察していたようだが今は気にしている場合ではない。
8月も中旬とはいえ昼間はまだまだ暑いのだ。朝食と水分補給はしっかりと摂取しておかねば会場で倒れ兼ねないだろう。
「先に頂きます。」
「えっ?!ちょっと!早いわよっ!!」
更に時短を求める為にベーコンエッグと野菜を食パンに挟んでサンドウィッチを完成させると4つ切りにしてテーブルに置いた。ちなみに暗人はそのままを三口でぺろりだ。
そこに牛乳を流し込んで朝食を終えると翔子にはコーヒーを用意する。
「あれ?わ、私だけコーヒーなの?!」
「先輩がメインですからね。途中で眠くなっても困るでしょう?大丈夫、荷物は僕が準備しますから。」
といっても昨夜の内にほとんど済ませてある。後は身支度を整えて電車に飛び乗ればいいだけだ。
こうして慌ただしい朝を何とか乗り越えた2人は車内で軽く笑い合いながら会場に向かうといよいよ暗人にとっては初めての、翔子にとっては毎年恒例のコスプレイベントが始まるのであった。
規模やテーマによっていろいろあるらしいが翔子が参加するイベントは国内でも最大級のものらしい。
なので会場も広くブースの数も100を超えるそうだ。と言われても無知な暗人にはよくわかっていない。ただ彼女は『プリピュア』サークルに所属しているらしく、着替えを終えると2人はそちらで挨拶回りを始める。
「『ピュアレッド』さん!今回もよろしくお願いします!あ、この方がお連れさんですね?」
「うん。大学の後輩で暗人君。今日はよろしくね!」
ピュアイエローのコスプレをした女性に紹介されると暗人もぺこりと頭を下げて挨拶を交わすがその内容に少しムッとしてしまった。確かに事実なのだが既に彼女とは良い関係のはずだ。
であれば彼氏とか恋人くらいは言って欲しい。
(・・・・・いや、いやいや。もしかして本当にそう認識されていない可能性も?それに結婚の話を蒸し返されるのも面倒か?)
考えてみれば2人の空気は以前と変わらない。特に翔子がそういった様子を見せてこないので余計にそう感じてしまう。何だろう。これは暗人が固まった思考にとらわれ過ぎているのだろうか?もしくはコスプレイヤーもアイドルみたいに彼氏がいないと宣言しておかねばならないとか?
理由は分からないが暗人も気持ちを切り替えて他の参加者と挨拶を交わしていくと、とある女性がこちらに随分と興味を持ってくれたらしくグイグイと距離を詰めて話しかけて来た。それからすぐにお酒の誘いを持ち出して来たのでどうしようか迷っていると突然腕を引っ張られる。
「ダ、ダメです。あの、暗人君はその、わ、私の彼氏なんで。」
「・・・です。すみません。」
その腕を無理矢理自分の胸に押し付けているのは当てつけなのか必死なのか。どちらにせよ彼女の本心が垣間見えた事で暗人もやっと自信をもってお断りすると翔子は顔を真っ赤にして照れていた。
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