歳の差なんて―⑧―
投治からの連絡が無いまま12月に入ってしまうと司のドキドキはハラハラへと変わってしまう。
まさか飽きられたのか?いや、まだ飽きるとかいう関係にすらなっていない。であれば何かあったのだろうか?怪我とか病気とか・・・
考えれば考える程心配になって仕方がない司はこの夜の巡回も心ここにあらずといった様子でいくつかの怪しい人物を見逃していた。
「紫堂巡査?その、大丈夫?最近とても辛そうだけど・・・やっぱりまだ?カウンセリングを受け直したら?」
「い、いいえ!大丈夫です!さぁさぁ、今日もしっかり取り締まりましょう!あ、そこの2人!!待ちなさい!!」
実際今の心境は襲われた日やその翌日よりもずっと辛い。しかし彼が約束を破るとも思えない。どうしよう?どうすればいい?答えはわかっているものの、それをするとまるで催促しているかのように受け取られるのが怖くて何週間か我慢していたある日。
がちゃっ
『ああ!済まないね!ちょっと仕事が立て込んでしまってて連絡できなかったんだよ。本当に申し訳ない!』
憂鬱が爆発するというギリギリまで我慢した司はついにこちらから連絡を入れる。だが彼の元気そうな声を聞けてそれらの不安は全て吹っ飛んだ。
「い、いえ!こちらこそお忙しいのにいきなり連絡してすみません!!ただ、燃滓さんに何かあったんじゃないかと心配になりまして!!その、お元気そうで何よりです!!」
よかった。会社の方が忙しかっただけのようで安心した司の声は久しぶりに明るく弾む。そして彼の方はとても申し訳なさそうに平謝りを繰り返した後、例の話を持ち掛けて来た。
『仕事はクリスマス前までに全てを片付けるつもりなんだ。だからそうだね・・・23日まで待ってもらえるかな?司君の予定はどうだろう?』
「はい!!その日は空いてます!!」
『よかった。それじゃあ夕方の5時に自宅まで迎えに行くから。本当に連絡くらいすればよかったね。心配もかけたみたいだし、その埋め合わせもするから期待してて。』
「は、はいっ!!」
この時は本当にただただ彼と会話が出来ただけで嬉しかったのだが電話を終えた後、自宅まで迎えに来てくれるという内容とまるで恋人同士のようなやり取りを思い返してベッドで悶え喜ぶ。
「23日、23日かぁ・・・惜しかったな・・・」
あと一日遅ければイヴという特別な日になっていたのだが彼には家族も仕事もあるのだ。なのでこれ以上の贅沢はいけない。そう自分に言い聞かせつつ司は愛美に喜びを爆発させて電話すると今日は1分も経たない内に切られてしまった。
「あれ?まさか外でずっと待っててくれたのかい?着いたら連絡するって言ってたのに。」
あっという間にその日がやってくると居ても立っても居られなかった司はまたも30分前からマンション前で彼が来るのを待っていた。お蔭で少し体が冷えていたものの、1か月以上会えなかった彼との再会により、心身は一気に熱くなる。
「いいえ!いつもお世話になっている燃滓さんをお待たせする訳にはいきませんから!!」
そう言って彼の車に乗せてもらうと今度は一瞬で落ち着きを取り戻した。何せ彼が運転してきた車はファミリーカーであり、その助手席に座るとデートというより家族でドライブのような感覚に浸れたからだ。
「それじゃ行こうか。」
更にその運転がとても優しい。恐らく息子である追人君を乗せてる時もこんな感じなんだろうなぁとほっこりしていると車は都内の高級ホテルへと入って行く。
司の知識だとそこがどれ程の場所なのかもわからなかったが彼に下心があるとも思っていなかったので気分は相変わらずほっこりムードのままだ。
しかしエントランスで車が止まるとホテルマンらしき人物がドアを開けてくれたり、投治が車を預けたりとまるで映画のような対応を目の当たりにすると自分の場違いっぷりに気が付き始める。
「大丈夫。私がそんな見栄っ張りに見えるかい?」
そしてそんな不安をさらりと払拭してくれるのだから本当に彼は素晴らしい。まさに紳士の中の紳士だ。その声に安心した司はいくつか掲げていた目標の1つ、今日こそ彼の手を握る・・・と思っていたらいつの間にか2人は手をつないでいた。
「・・・ぁれ?」
「おっと?手よりも腕を組んだ方がよかったかな?」
「い、い、いいえ!!その、どちらでも嬉しいです!!!」
「そうかい?しかしまだ冷たいな。随分と待たせてしまってたようだね。」
車の中には30分程しかいなかったので冷えた指先が暖を取り戻す事は無かったらしい。そしてそんな司を心配して握ってくれたのだ。そうに違いない。
自分の中で無理矢理理由付けをした後、2人は最上階付近にあるレストランへと入って行く。以前行った和食のお店や御蕎麦屋と違ってメニューを見るのが怖くなりそうな場所に委縮しかけた司だったが彼の手から感じる温もりと優しさが凍り付きそうな心身をほぐしてくれるのだ。
それから窓際のテーブルに案内された司は丁寧なエスコートを受けて椅子に座り、2人は子供のような笑顔で見つめ合うとまずはワインで乾杯をした。
「き、今日はお忙しいのにお時間を作って頂いてありがとうございます。」
「とんでもない。こちらこそ随分と待たせてしまって申し訳なかったね。なので今日はとっておきの場所を選んでみたんだ。でも見た目より堅苦しくない場所だから遠慮はしないでいいよ。」
そう彼は言ってくれるのだがシャンデリアの細工や光り方、絨毯の模様、踏み心地など至る所から高級感が漂っている。店内ではピアノの独奏が行われているしまるで映画のワンシーンに入り込んだかのような。
だが投治がとても美味しそうにワインを飲んでいる姿に目も心も奪われると場違いなどというちっぽけな心配は吹き飛んだ。
「・・・本当にお疲れさまでした。」
「お互いにね。しかし今日の司君はまた一段と綺麗だね。」
自然と口から出た言葉に自然と返してくれたのだろう。だが初めて彼から綺麗だと言って貰えたのがとても嬉しくて嬉しくて仕方がない司は照れ隠しの為にワインを慌てて飲み干してしまう。
そしてすぐに思い出した。自分はそれほどお酒が強くないのだと。でも相手は投治なのだから心配もいらないだろう・・・
「い、いいえ!わ、私なんてそんな!全然ですよ!!」
綺麗や美しいという言葉は沢山貰ってきたはずなのにこの時はまるで初めて褒めてもらえたかのような、そんな気持ちを多分に含めて謙遜する。と同時に我に返る。
(ダメダメ!いくら燃滓さんが安心できると言っても酔いつぶれるのはダメ!!)
それは翔子のお蔭だった。彼女の酷い姿を思い出したからこそ自制の心が働いたのだ。そもそも意中の男性とこんな素敵なディナーを楽しめるというのに酔いつぶれるなど問題外もいいところだ。
この日を今年最高の思い出にすべく、しっかりと全てを刻み込まねばならない。こうして新たに誓いを立てた司はお酒を控えつつ投治と夢のような時間を過ごしていった。
時間が止まってしまえばいいのに。
デザートが提供された後、終わりを感じた司はふと夜景に目を逸らしながら寂しさを紛らわす。他の場所で楽しくおしゃべりをしてもいいしドライブでもいい。とにかくまだ一緒に居たいと強く願ってしまったのはワインのせいだろうか。
「司君。今夜一緒にいて欲しいと頼んだら、流石に迷惑かな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
彼の申し出が一瞬理解出来なかったのもワインのせいかもしれない。気が付けば投治がこちらを真っ直ぐに見つめてきている。最初は冗談だと思ってみたものの、むしろ本気の方が絶対良いと考えを改めると司は軽く喉を鳴らした。
「そ、それは・・・」
「歳の離れた男からの誘いなんて気持ち悪いと思ってくれて構わない。でも今夜だけ、一度だけは君を誘う暴挙を許して欲しい。」
酔っぱらっているのか?いや、お互いがワインを飲んでいるのだから程度の差はあれど酔っぱらっているのだろう。でもこんな事があっていいのだろうか?
「・・・一度だけ、ですか?」
「・・・えっ?」
「一度しかお誘いしてもらえないんですか?」
どうしてそんな流れになったのかは皆目見当がつかない。しかし細かい事を考えるのを後回しにした司はこちらも負けじと熱い視線を真っ直ぐ送りつつ自分の本心を込めて話を続ける。
「私は燃滓さんに恋をしています。出来ればずっと一緒にいて欲しい。なので一度だけなんて嫌です。これからもずっと、何度でも誘って欲しいです。」
「・・・・・司君。君はかなり酔いが回っているようだね?」
「はい。お酒は強くないので。でもこれが私の気持ちです。」
気がつけが今度はこちらからテーブルの上にあった彼の手を握っていた。今までの自分では考えられない程積極的に動けたのは勝負服に身を包んでいたり彼と最高のディナーを楽しんだり多少酔っぱらったりと様々な条件が揃っていたからだろう。
その中でも決定的だったのは彼が放った『一度だけ』という言葉だった。それを聞いた時の素直な気持ち、名残惜しさこそが司の勇気を全て駆り立てたのだ。
気の緩みや多少の好意でそういう流れになるのもありかもしれない。だが司は本気なのだ。本気で彼に恋しているのだ。であればこのタイミングで全てを賭けるしかなかった。
「・・・わかった。ではもう少し話そうか。夜は長いんだから、ね?」
こうして2人はそのまま部屋へと向かったのだが司は何も心配はしていなかった。むしろやっと身と心を一つに重ねられるのだと期待で胸を膨らませていた程だ。
ところがそれから彼の説教に近い話が始まり、まるで事情聴取のようなやり取りで時間が流れていく。
その内容にも納得がいかなかった。もっと自分を大切にしろだの、歳の差を考えろだの、その感情は勘違いだの、誘ってきた投治がよく言えるなぁと白けるような言葉ばかりが飛び出してくるのだ。
そして遂に0時を過ぎた頃、我慢と恋心が大爆発した司は静かに立ち上がり、勝負服を脱ぎ捨てながら彼の膝に座り込むと深いキスを交わし合う。
「燃滓さん。四の五の言わずに私の気持ちを受け取って下さい。そして最高のイヴを迎えましょう。」
完全にこちらから押し倒す形になってしまったがこうでもしないと彼は司の気持ちを理解出来なかっただろう。だがこの行動が引き金となり、その夜2人は時間も忘れて求め合った。
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