歳の差なんて―⑥―
こんな彼女でも昔は一時だけ彼氏がいたはずなのだ。
しかしデートの日が待ち遠しくて最後の最後まで着ていく物に迷い続けるという経験は初めてだった。結果貫徹で決戦を迎える事になったのだがそこは警官であり体力に自身のある彼女は心配していない。
むしろ余計な力が抜けていいではないか!とおかしなテンションで前向きに捉えると早速あるた前に足を運んだ。そこでも勇み過ぎたせいか約束の時間までまだ30分もある。
だがそれがいいのだ。待つ間のソワソワとワクワク感が堪らない。何なら少し遅れて来て『待たせたかな?』みたいな感じの言葉を掛けてくれると尚良いかもしれない。
投治には気負わなくてもいいと言われていたが滅多に履かないスカートと秋らしい配色でばっちり決め込んだ司はその後5人程からナンパをされつつも明るく断って待ち続けていると。
「やぁ。随分早かったんだね。」
落ち着いたスーツ姿で登場した投治は相変わらず優しい笑みを浮かべて手を振ってきた。彼も10分前に到着したので望んでいたシチュエーションにはならなかったが、その誠実な部分に改めて惚れ直す。
「いえ!今到着したところです!」
一方司のほうは緊張のあまり思わず敬礼までしてしまったがはっと我に返るとお互いが声を上げて笑い合った。とてもいい。とてもいい雰囲気なのではないか?
「では早速行こうか。懇意にしているお店が近くにあるんだ。」
こうして2人は並んで歩き出したのだが一瞬だけ左手を差し出そうとしてくれた仕草に思わず心が飛び跳ねた。彼はエスコートし慣れているから自然とそういう行動を取ってしまったのだろう。
ただその手はすぐに引っ込んでしまったので喪失感が凄まじい。もし今度同じようなチャンスがあれば思いっきり掴んで見せる。心の中で新たな目標を立てると2人は和が強調されたレストランへと入って行った。
「若い女性には洋食の方が良かったかな?」
2人は座敷に案内された後、彼が少し申し訳なさそうに尋ねて来たので司は全力で首を横に振る。
「いいえ!私和食は大好きです!それにお店の雰囲気も落ち着いていて良い感じだと思います!」
実際とても静かで全く飾り気のない店内はまるで投治の性格を表しているかのようにも感じた。それを聞いた彼も少し緊張していたのか、心の底からの笑顔を見せてくれる。
「よかったよ。いや、実は先週のあげは嬢のステーキがね・・・美味しかったんだよ?ただ中年の私には少し胃もたれてしまってね・・・それで今日は私好みの料理をメインに考えてしまったものだから不安だったんだ。」
「ああ、そうだったんですね。」
確かに愛美が用意したA-5ランクと呼ばれる肉は脂が多かった。これは霜降りと呼ばれる所以なので仕方がない所ではある。実際司は美味しくいただけたのだが彼の好みは今後の為にしっかりと刻み込んでおく。
「う~む。やっぱり脂の乗ったサンマは美味いな。」
そこから2人は豪華な懐石料理・・・ではなく、割と庶民的な料理を堪能する。意外ではあったがこれには彼なりの理由があるらしい。
「ああ。確かに高いお店に行けばそれなりのものも食べられるけどそういう店は調理や食材がおざなりだったりするからね。君には本当に美味しい物を食べて欲しかったんだけど・・・お気に召さなかったかな?」
「いいえ!燃滓さんにお誘いを受けただけでも嬉しいです!それにこの栗ご飯もとても美味しいです!!」
「そうだろう?いや~この味がわかってくれるだけで私も嬉しいよ。うんうん!」
彼曰く、高級なお店はその立地を理由に料金を上乗せしている場合がほとんどらしい。なのでそういった場所で不必要なお金を使うより、旬の食材を美味しく調理してくれるお店の方が好みだという。
こちらとしてもあまり高いお店はお財布が吹き飛びかねないのでそういった意味でも助かったが食後、その件でひと悶着怒るとは予想だにしなかった。
「いや、今日は無理矢理連れ出したんだから私が払うよ。それに『年上』というのもあるし。」
心の何処かでは歳の差を意識していたからか。お会計の話になると投治の口からそういった言葉が飛び出してきたのでついむきになってしまう。
「いいえ。私は燃滓さんに奢って貰う為に来たんじゃありません。一緒にお食事をしてもらえるから、それが嬉しかったから来たんです。」
世の中には奢って貰って当たり前という価値観を持つ存在が一定数存在するが司はそうではない。更に自分は彼に恋している。その気持ちが余計に後ろめたさを強めてしまい、結果奢って貰う事に強く拒否反応を示してしまったのだ。
だが投治の機転により事態は思わぬ方向へと進んでいく。
「そうか・・・ではこうしよう。今度は君がお店を紹介してくれないか?そこの支払いは君に任せる。これでどうだろう?」
「・・・わかりました。では燃滓さん、今日はご馳走になります。」
折角彼が折衷案を出してくれたのだからこれ以上下手な意地を張る必要はないだろう。むしろ引き際を作ってくれた事に感謝の念を抱きつつ了承と感謝を述べる形になった。
こうして投治も目に見えて楽しそうにお会計を済ませていたがこの時司にはまだその理由が全く分からなかった。それよりもこの後お茶をしようとまた彼が連れて行ってくれたお店で楽しくおしゃべりすると負の記憶は全て上書きされ、その夜はまたも愛美に電話を掛けたのだが前回と同じ理由で切られてしまった。
「じゃあ次の休みは君の予定に合わせるよ。楽しみにしてるからね?」
有頂天になった理由はこれに他ならない。そうなのだ。お会計でもめた時、2人はさりげなく次回の約束をしていたのだ。
(やった・・・また会える・・・また会ってもらえるんだ・・・うは!うはははははっ!!)
改札前で手を振って別れを告げた後、車内では緩む顔を隠そうともせず今日の出来事と次回について妄想を膨らませていた司だったが、愛美に電話を切られた後やっとその重責に気が付いた。
次の予定は司が立てなければならないのだと。
その事実に気が付いた時激しい動揺が生まれ、この日も満足に眠れなかった司はほぼ二日貫徹状態で仕事に臨む。だがそのお蔭かまたも余計な力が抜けて冷静になった彼女は三日連続で営業妨害の電話をかける。そうだ、こういう場合も彼女を頼ればいいのだ。
愛美なら良いお店も沢山知っているし、その中で投治が気に入りそうな場所をチョイスすれば良い。自分で調べるよりよほど確実だろう。
『う~ん。でも本当にそれでいいの~?』
「え?何が?」
『だって司ちゃんは燃滓さんと良い仲になりたいんでしょ~?そりゃあいくらでもお店は紹介出来るけど~それじゃ司ちゃんの気持ちが置いてけぼりな気がするかな~?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くぅっ!!」
真理を突かれてスマホの前で思わず崩れ落ちてしまう司。確かに、いくら投治に喜んでもらう為とはいえ、これでは本末転倒かもしれない。
『ま、今はいくらでもネットで調べられるからね~?私が教えても司ちゃんが自分で調べても同じだとは思うよ~?でも後から得る達成感には大きな差が生まれると私は思うな~?』
更なる死体蹴りを食らってその場に倒れてしまった司は心身に大きなダメージを負ったまま天井を見上げた。
『だから~今回は司ちゃんが頑張るべきだよ~。大丈夫!どっちに転んでも絶対上手く行くから心配しないで~!』
最後は強く励まされた後一方的に電話を切られたが彼女も仕事が忙しいのだ。なのに毎回こんな相談に親身になって乗ってくれている友人に心の中でありがとうと告げた後司はゆっくりと体を起こす。
「・・・自分で探す、か。」
確かに今は情報が溢れ返っている。であれば愛美の言う様に教えてもらった場所でも自分で調べても結果は同じかもしれない。だがこれには司の気持ちが懸かっているいるのだ。
彼に喜んでもらう為にはどうすれば良いのか?その本質を理解しないと何も得られないまま終わってしまうだろう。
静かに立ち上がった司は自分の知る店と以前から興味のあったお店、そして彼が気に入りそうなお店などをピックアップするとまずはそれらのデータを得るべく、翌日以降は自ら足を運ぶ。
それからしばらく悩んだ後、早く投治に会いたい気持ちで心が一杯になると次の非番に彼との約束を取り付けた。
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