歳の差なんて―④―
「ま、まさか燃滓さんの新居にお邪魔出来るなんて・・・ほ、本当にいいのかな?」
「今更何言ってるの~?嬉しくて仕方ないくせに~。」
口ではそう言いつつも期待で胸が膨らむ司に愛美もにんまり顔だ。あれから一週間後、木曜日の午前中に友人とドライブというだけでも気分的には十分すぎる程の癒しを得る。加えて愛しの人物に会えるとなるとその歓喜を隠し通すのは不可能に近い。
だが愛美の運転する黄色いスポーツカーが思った以上のスピードを出そうとするのでそこに真面目な司が引き戻される。結果として適度にクールダウンした司と愛美は彼の家の前に到着していた。
コンクリートの壁と屋根で覆われた駐車スペースは乗用車であれば軽く5台は停められるだろうか。その奥にはこれまた大きな庭が見えてやっと家屋が顔を覗かせる。
彼は息子が遊べる程度と言っていたがこれ程大きな家に入るのは初めてだった為、より緊張感が高まってきていたのだが愛美の方は軽い足取りですたすた歩くと玄関のチャイムを押す。
すると当然彼の声が応対してくれるし、中に入れば彼が姿を見せて歓迎してくれる。この時の司は緊張と知識不足により全く気にならなかったが本来ここまで大きな家だと家政婦の1人くらいは雇うものらしい。
「家族とゆっくり過ごしたいからね。それに彼らも良い人ばかりじゃない。」
(・・・もしかすると昔に何かあったのかな?)
お茶を用意してもらい、話題の最初はそこから始まると投治は少しだけ寂しそうな声で教えてくれた。司としては詳しく聞きたい内容ではあったが彼の様子からそこに触れるのはまだ先だとブレーキを掛ける。
「ところで~燃滓さんは五菱さんと仲が悪いってほんと~?」
なのに愛美はいきなり危うい内容を切り出すのだから開いた口が塞がらない。というか五菱さんって誰?名前からぱっと思い浮かんだのはあの大財閥だがまさかそんな人物と関りがあるのか?
「ははは。そんな訳がないだろう?そもそも彼と私じゃ立場が違い過ぎる。」
彼と会うのはこれで4度目であり、長い付き合いでもないので確信はなかったものの何故か燃滓 投治が少しだけ表情を曇らせたように感じた。
「そうなんだ~?でも警視総監時代には随分酷い圧力を掛けられたって聞いたよ~?」
話は自身の所属する組織に深く関係のあるものへと発展してきている。だが司は下っ端の下っ端だ。果たしてこの話題を聞いてていいものか。
「権力者とはそういうものさ。」
そしてこちらを伺う様に短く答えた彼を見て司は静かに席を立った。
「すみません。気が利かなくて。込み入ったお話が終わったらまた呼んでもらえますか?」
そもそも愛美がいきなりお宅訪問するという話からして不思議だったのだ。何故一介のホステスが御客の家に遊びに来るという話が成立したのか。
当然司の為という理由もあるにはあるのだろうが彼女にも個人的な理由がある。だからこの計画が実行出来たのだ。
知り過ぎると碌な目に会わない、というのは歴史が何度も証明してきた。
であれば司が彼らの事情を知る必要はない。自分は自分の目的を果たすべく、後から大いに迫ろうじゃないか。
「いや、司君にはこの場にいて欲しい。でないとあげは嬢はどんどんと深く掘り下げてくるだろうからね。」
ところが彼の視線の意味を勘違いしていたようだ。思えば愛美と2人じゃおっかないような話題を前回していた。2人きりになると更に深い裏話を展開されるのだと投治は危惧しているのだ。
「そ~そ~。別に司ちゃんが聞いても大丈夫な内容しかしないから一緒におしゃべりしよ~?」
そう言われると逆に大丈夫じゃない内容が気になるが、彼からここにいて欲しいと言われて断る理由は何もない。
「わかりました。でも愛美、あんまり燃滓さんを困らせるような話はしないでよ?」
それから財界人らの不祥事案件がいくつか出て来たり、それを揉み消す話になったりと内心冷や冷やしていたが投治の反応から彼が警視総監を辞任した理由も垣間見えた。
恐らく警察という組織はかなり汚職が進んでいるのだろう。そして下っ端である自分達は知る由もなく、毎日に疑問を持つ事なく生きていく。
社会というのがそういう構造なのであれば何も知らない方が幸せなのかもしれない。彼の困惑した表情を見ながら司はそう考えていた。
「あ、もうこんな時間か~。それじゃ燃滓さん、お昼作るから台所借りてもいいですか~?」
最終的には明るい話題で終えたのでほっと胸をなでおろしていると愛美が突然そんな提案をしてくる。ただ彼もやっと解放されると内心喜んだらしい。彼女の意見を快諾すると愛美は用意していた食材を取って来る為車へと戻っていった。
「やれやれ、あげは嬢には参ったね。紫堂巡査、今日の話は内密に頼むよ?」
愛美の店は相当な高級店な為、自ずとそういう人物が集まるので彼女が仲介に入る事も珍しくないらしい。
今までは友人としか接して来なかったが今日は彼女の意外な一面も見れて非常に満足だった司は少しくたびれた様子の投治に優しく微笑んだ。
そして彼もこちらに笑みを返してくれるのだから気持ちは最高潮へと達する。何もなければ更なる発展と本能に身を委ねてもよかったが今は愛美も一緒だし午後には追人君も学校から帰って来るだろう。
投治は家族の事を大切に思っているのだ。であれば息子さんに余計な気遣いをさせるのは悪印象へと繋がりかねない。
「・・・あ、あの。燃滓さんはその、再婚とかは考えておられないのでしょうか?」
なので『家族』という部分に重きを置いて考えたらついそんな質問が口から飛び出してしまった。これには投治も目を丸くしてこちらを眺めて来たので下心を隠すべく慌てて取り繕う素振りを見せる。
「い、いえ!その!えーっと・・・家政婦さんもおられないのに息子さんを1人で育てるというのは何と言いますか、負担・・・いえ!大変!大変ではありませんか?!」
「私には頼りになる甥っ子がいるからね。そういう風に考えた事は無いな。そもそも・・・」
だがこの質問は思った以上の地雷だったらしい。投治は少しぴりっとした雰囲気を纏い始めると疲れた様子は鳴りを潜め、鋭い双眸で司を捉えてほんの少しだけ語気を強めた。
「部外者に私の家族について発言してもらいたくはないんだ。」
「・・・は、はぃ・・・す、すみません・・・」
(ぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!やっちゃったよぉおぉぉ~~~!!!!)
張り裂けそうな心の叫びをその体内で放出しながら視線を下に向けると泣きそうになるのを必死でこらえる。というか今すぐ走って外へ飛び出したい。
こちらに悪気がないのはわかってくれるはず・・・わかってほしい。自分はお近づきになりたいが為にまずは彼がとても大事にしている話題を振っただけなのだ。
それが見事に裏目に出てしまった。紳士の振る舞いを欠かさなかった投治がまさかこれほど苛立ちを露にするとは夢にも思わなかった。
「・・・ほんとうに、す、すみません・・・」
顔を上げる事が出来ないまま、それでも誤解を解きたくて、機嫌を直して欲しくて、嫌われたくなくてか細い声で再度謝罪すると彼の方もすぐに怒りを引っ込めて今度はとても狼狽し始めた。
「いやいや!私の方こそきつい言い方になって申し訳ない!そんなに落ち込まないでくれたまえ。こちらこそ大人げなかった。すまないね。」
「あ~~~~!燃滓さん!!司ちゃんを泣かせるなんて~~~~?!結構信用してたのにな~あげはしょっく~」
そこに全くショックを受けていないであろう愛美が2人を呼びに現れる。どうやら彼女お手製の昼食が出来上がったらしい。
「あのね~実は司ちゃんについての相談もあったから私達一緒に来たんだよ~?全く~これじゃ先が思いやられるよ~?」
・・・相談?何の事だろう?事前に何も聞いていない司は彼女のおかしな発言と投治の慌てる姿にほんの少しだけ我を取り戻すと3人はダイニングテーブルの席に着いた。
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